肥前国 肥前国の概要

肥前国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/12/11 17:52 UTC 版)

肥前国
地図 令制国 肥前国.svg
-肥前国
-西海道
別称 肥州(ひしゅう)[1]
所属 西海道
相当領域 佐賀県長崎県対馬市壱岐市除く)
諸元
国力 上国
距離 遠国
11郡44郷
国内主要施設
肥前国府 佐賀県佐賀市肥前国庁跡
肥前国分寺 佐賀県佐賀市
肥前国分尼寺 佐賀県佐賀市
一宮 與止日女神社(佐賀県佐賀市)
千栗八幡宮(佐賀県三養基郡みやき町
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沿革

国(のくに)、後ののくに)の分割によって7世紀末までに成立した。肥後国が『続日本紀』に初めて見える持統天皇10年(696年)までのどの時点かに、肥前国と肥後国との分割があったと推定される。

肥前国風土記』は、全国で5つだけの、ほぼ完全な形で残る風土記の1つである。

室町時代末期にポルトガルスペインの宣教師が相次いで来訪してからは西洋の窓口の一つとなり、天正少年使節団を出すなどした。

近世以降の沿革

国内の施設

国府

国府は、『色葉字類抄』によると、佐嘉郡にあった。現在の佐賀県佐賀市大和町惣座にあった。8世紀前半に造営され、そのまま移転せずに規模を変化させているが、10世紀に入ると急速に縮小していく。1975年昭和50年)から1984年昭和59年)までの発掘で政庁などの遺跡が発見された。

易林本の『節用集』では、「小城郡に府」と記載がある。

国分寺・国分尼寺

肥前国分寺跡
佐賀県佐賀市大和町大字久池井。

神社

延喜式内社
延喜式神名帳』には、以下に示す大社1座1社・小社3座3社の計4座4社が記載されている。大社1社は名神大社である。
総社一宮

最も社格が高いのは田島坐神社であるが、一宮にはなっていない。一宮は中世以降、上記の2社が一宮を主張し並立した。二宮以下は不詳である。

安国寺利生塔




  1. ^ 別称「肥州」は、肥後国とあわせて、または単独での呼称。


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