聖テレジアの法悦 聖テレジアの法悦の概要

聖テレジアの法悦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/07 21:57 UTC 版)

『聖テレジアの法悦』
作者ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
製作年1647年 - 1652年
種類彫刻
素材大理石
寸法150 cm (59 in)
所蔵サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂、ローマ

依頼

芸術家としての円熟期を迎えていたジャン・ロレンツォ・ベルニーニの監修のもとで、コルナロ礼拝堂の『聖テレジアの法悦』を含む彫刻群全体の構成が完成したのは、ローマ教皇がパンフィリ家出身のインノケンティウス10世だった時期である。インノケンティウス10世は教皇位就任とともに、前教皇で教皇庁の財産を散財したウルバヌス8世の出身家バルベリーニ一族の弾劾を開始し、ウルバヌス8世のお抱え芸術家だったベルニーニをヴァチカンから遠ざけた。

教皇からの後援を失ったベルニーニは、代替のパトロンをヴェネツィア出身の枢機卿フェデリコ・コルナーロ (en:Federico Baldissera Bartolomeo Cornaro) らに求めることになる。コルナーロは自身の将来の墓所として、平凡な跣足カルメル会修道院の礼拝堂を選んでいた[※ 1]。コルナーロの墓所に選ばれたのは礼拝堂左側の翼廊で、この場所にはすでに『聖ペテロの法悦』を描いた絵画が飾られていたが、1622年に列聖された跣足カルメル会最初の聖女テレジアラテン語名:Teresia Abulensis)の宗教的神秘体験を再現したベルニーニの彫刻で置き換えられることになった[1]。この彫刻は1652年に完成し、最終的にかかった総費用は合計12,000スクーディだった[2]

全体像と構成

フェデリコ・コルナーロの肖像を含む彫刻全体画像(コルナーロは向かって左側の集団の一人で、台座下部は写っていない)

中彫刻群の中央には気絶寸前の修道女テレジアと槍を持つ天使が配置されている。これはカルメル会修道女で改革者の聖女テレジアの自伝『イエズスの聖テレジア自叙伝』(1515年 - 1582年)に書かれているエピソードを再現したものである。この書物ではテレジアが天使と出会ったという神秘体験の様子は次のように記されている。

私は黄金の槍を手にする天使の姿を見た。穂先が燃えているように見えるその槍は私の胸元を狙っており、次の瞬間槍が私の身体を貫き通したかのようだった。天使が槍を引き抜いた、あるいは引き抜いたかのように感じられたときに、私は神の大いなる愛による激しい炎に包まれた。私の苦痛はこの上もなく、その場にうずくまってうめき声を上げるほどだった。この苦痛は耐えがたかったが、それ以上に甘美感のほうが勝っており、止めて欲しいとは思わなかった。私の魂はまさしく神そのもので満たされていたからである。感じている苦痛は肉体的なものではなく精神的なものだった。愛情にあふれた愛撫はとても心地よく、そのときの私の魂はまさしく神とともにあった。この素晴らしい体験をもたらしてくれた神の恩寵に対して、私はひざまずいて祈りを捧げた[3]

向かって右側の「目撃者たち」の彫刻

『聖テレジアの法悦』を含む彫刻群は、彫刻上部の丸天井に巧妙に隠された窓から降りそそぐ自然光に照らし出され、金メッキを施されたスタッコの光の雨がその効果をさらに強調している。テレジアは雲の上に横たわっており、これはこの彫刻を観るものに、この場面が聖霊の出現を表していることを示す意味がある。この場面のほかの「目撃者たち」の彫刻が両側の壁面に存在する。彫刻の依頼主コルナーロ家の男性たちを表現した等身大の半身像であり、劇場の特別席のような場所でこの聖なる場面を語り合っているかのように表現されている。人物像は白大理石、壁面や特別席は色大理石が材料として使用されている。礼拝堂の上部(ヴォールト)はフレスコ画で、幻想的な智天使たちが天界の聖霊を意味する降りそそぐ光とともに描かれている。

美術史家ルドルフ・ウィットカウアーは次のように述べている。

全体的に真に迫った造形描写がなされているが、ベルニーニは人物彫刻ごとに写実性に差をつけている。コルナーロ家の人々は実際に命あるものとして生き生きと表現されており、これは彼らがこの作品を目にする我々観客と同じ「こちら側の世界」の人間であることを意味している。一方神秘体験の中にいるテレジアは独自の結界ともいえる世界の中に昇華されている。張り出した天蓋と天界からの光などによってテレジアならびに天使と「こちら側の世界」の住人とは明確に区別されているのである[4]

解釈

聖女テレジアと天使の部分拡大画像

コルナロ礼拝堂は、この彫刻を聖なる御使いが世俗の人間に介入した瞬間を捉えた作品と解説している。コルナーロ家の人々は特等席のような場所でこの場面を観察しており[5]、あたかも劇場で芝居を見ているかのような印象を観客に与えている[6]。ロンドン大学の美術史家キャロライン・バブコックは、ベルニーニのこの作品が持つ肉体面と精神面の両方が融け合った深い悦楽の表現が現代の芸術家と著述家にも大きな影響を及ぼしてると語り[7]、アーヴィング・レイヴィンは「宗教的エクスタシーこそが、世俗と神聖あるいは肉体と霊魂の融合における核心といえる」とした[8]。また、テレジアが自身の著作に書いた神秘体験に性的なイメージを重ね、この彫刻作品は性的絶頂を表した作品であると考える学者もおり[9]。とくにテレジアの姿勢と表情の描写こそが、テレジアの体験がその類であることを物語ると考えている[10]。フランスの精神分析家ジャック・ラカンが女性の性的絶頂の説明のなかで「ローマにあるベルニーニの彫刻を見に行くだけでいい。誰が見てもすぐに彼女(テレジア)がその瞬間を迎えていることが分かる。疑問の余地は全くない[11]」とした。

しかしながら、ロバート・ハービソンは聖イグナチオら神秘体験の経験者を引き合いにして、ベルニーニが単なる性的充足を具現化したという見解に疑義を呈した。ベルニーニは宗教的歓喜は肉体的悦楽と等価値であることを表現しており「フロイトの著作が世に出て以来、この修道女は激しい欲求不満だったなどと忍び笑い混じりで語られるようになったのは、なんとも悲しむべきことだ。確かにテレジアは肉体的誘惑のようだったと著書に書いてはいるが、全く異なる別の体験への始まりやきっかけに過ぎない。見ればわかるとおり、人間の性的嗜好や性的感覚などはテレジアやベルニーニにとって最重要な事柄ではなかった。衝撃的なまでに我々の心を惹きつけてやまない、この作品が持つ精神的干渉作用は扇情的なものではない。全く別の空間へと我々をいざなうことを目的にした作品である」とした。


  1. ^ コルナーロはヴェネツィアに埋葬されることは避ける必要があった。コルナーロが枢機卿に任命されたのはローマ教皇ウルバヌス8世のときで、当時父のジョヴァンニ・コルナーロはヴェネツィア共和国元首だったが、ヴェネツィアで大騒動を巻き起こして死去し、その後コルナーロ家はヴェネツィアで権力の座を追われていた。
  1. ^ Boucher B. p.135.
  2. ^ Corresponding to c. $120,000 Italian Baroque Sculpture : Books : Thames & Hudson
  3. ^ Chapter XXIX; Part 17, Teresa's Autobiography
  4. ^ Wittkower,Rudolf. Art and Architecture in Italy 1600-1750, Pelican History of Art, 1980, p.160.
  5. ^ ecstasy of st.theresa
  6. ^ Thomas H. Greer, Gavin LEwis. A Brief History of the Western World. Thompson, 2005, p.392.
  7. ^ http://ucl.academia.edu/CarolineBabcock/Talks
  8. ^ Boucher, B. p.138.
  9. ^ As noted by art historians Steven Zucker and Beth Harris
  10. ^ QM2 Proceedings Paper
  11. ^ (Jacques Lacan "Encore," Sem. XX: 70-71)
  12. ^ St. Lawrence
  13. ^ Official Site Borghese Gallery Bernini - Truth Unveiled by Time


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