稲葉光雄 稲葉光雄の概要

稲葉光雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/23 02:54 UTC 版)

稲葉 光雄
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県清水市(現:静岡市清水区
生年月日 1948年10月2日
没年月日 2012年8月11日(満63歳没)
身長
体重
174 cm
67 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1970年 ドラフト2位
初出場 1971年5月14日
最終出場 1983年6月19日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴

来歴・人物

静岡県立清水工業高等学校から日本軽金属へ入社、児玉好弘の控え投手だったが、将来性を買われ1968年のドラフト広島東洋カープから6位で指名される。しかしプロ入りせずに残留。1970年都市対抗には大昭和製紙の補強選手として出場、チームの優勝に貢献した。

1970年のドラフト2位で中日ドラゴンズに入団、いきなりエースナンバー18が与えられる。

スピンの効いた落差の大きなカーブを武器に活躍し、1972年には20勝をマーク。しかし、その後は低迷して、1976年オフに、戸田善紀森本潔大石弥太郎小松健二との3対4の大型トレードにより、島谷金二大隅正人と共に阪急ブレーブスへ移籍。300勝投手の米田哲也がつけていたエースナンバー18を受け継ぐ。移籍1年目の1977年に17勝6敗で最高勝率のタイトルを獲得[1]1984年阪神タイガースへ移籍、一軍登板はなく同年限りで引退。

引退後は1年間東海ラジオの野球解説者を務めた後、1986年から1996年まで中日二軍投手コーチ、1997年は中日育成チーフコーチ、1998年から2001年までは日本ハムの投手コーチを務めた。2002年から2008年までテレビ愛知・東海ラジオ解説者を務め、2009年に再び中日の投手コーチとして復帰、二軍で若手投手の指導に当たっていた。

2012年8月11日、ウエスタン・リーグ広島戦(ナゴヤ球場)の試合中にネット裏で「手がしびれる」と体調不良を訴え、名古屋市内の病院に搬送されたが、脳内出血のため20時39分に死去した。63歳没。7月に心臓カテーテル検査を受けたばかりだった[2]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1971 中日 21 5 2 1 0 6 0 -- -- 1.000 261 68.0 44 4 20 1 2 38 1 0 9 8 1.06 0.94
1972 38 35 14 8 1 20 11 -- -- .646 1045 261.1 202 26 94 9 11 140 0 0 84 80 2.76 1.13
1973 33 21 8 2 1 6 12 -- -- .334 673 160.2 141 13 66 7 1 94 1 0 72 63 3.52 1.29
1974 30 17 3 0 0 4 5 0 -- .445 459 110.0 97 15 41 3 5 75 3 0 54 48 3.93 1.25
1975 34 17 5 1 2 7 5 0 -- .584 518 130.1 104 14 37 1 4 76 0 0 42 40 2.77 1.08
1976 32 10 0 0 0 3 7 0 -- .300 373 81.0 93 16 40 4 0 56 2 0 56 52 5.78 1.64
1977 阪急 30 25 9 4 2 17 6 1 -- .739 757 190.2 146 17 51 0 7 104 0 2 56 52 2.45 1.03
1978 25 23 7 3 0 10 5 0 -- .667 679 164.0 159 17 51 2 3 74 2 0 62 53 2.91 1.28
1979 23 22 9 1 1 11 9 0 -- .550 646 151.0 154 23 47 2 5 84 1 1 84 73 4.35 1.33
1980 22 18 6 0 1 5 8 1 -- .385 513 109.0 136 20 58 1 6 35 4 0 85 77 6.36 1.78
1981 23 21 9 1 1 11 5 0 -- .688 580 135.1 150 14 47 0 9 36 2 0 56 44 2.93 1.46
1982 18 16 4 1 0 4 7 0 -- .364 371 87.1 83 7 36 0 2 22 2 0 42 41 4.24 1.36
1983 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 29 7.0 7 1 1 0 1 3 0 0 2 2 2.57 1.14
通算:13年 331 230 76 22 9 104 80 2 -- .566 6904 1655.2 1516 187 589 30 56 837 18 3 704 633 3.44 1.27
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

表彰

記録

初記録
  • 初登板:1971年5月14日、対読売ジャイアンツ6回戦(中日スタヂアム)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回1失点
  • 初奪三振:同上、9回表に長嶋茂雄から
  • 初勝利:1971年8月26日、対読売ジャイアンツ20回戦(後楽園球場)、11回裏に3番手で救援登板、4回無失点
  • 初先発・初先発勝利:1971年8月29日、対阪神タイガース19回戦(中日スタヂアム)、6回無失点
  • 初完投勝利:1971年9月15日、対大洋ホエールズ24回戦(中日スタヂアム)、9回3失点
  • 初完封勝利:1971年10月3日、対読売ジャイアンツ26回戦(中日スタヂアム)
  • 初セーブ:1977年4月14日、対近鉄バファローズ前期4回戦(日生球場)、7回裏1死に2番手で救援登板・完了、2回2/3を無失点
その他の記録

背番号

  • 18 (1971年 - 1983年)
  • 15 (1984年)
  • 78 (1986年 - 1991年)
  • 93 (1992年)
  • 95 (1993年 - 1995年)
  • 87 (1996年 - 1997年)
  • 73 (1998年 - 2001年)
  • 89 (2009年 - 2012年)





「稲葉光雄」の続きの解説一覧





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

稲葉光雄に関係した商品

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「稲葉光雄」の関連用語

稲葉光雄のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す




稲葉光雄のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの稲葉光雄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2014 Weblio RSS