砂漠 人文

砂漠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/07 06:35 UTC 版)

人文

カナートの横断面
オアシス(リビア
アルジェリアヒトコブラクダキャラバン。ラクダは砂漠に適応した家畜であり、砂漠交易を飛躍的に拡大した

砂漠の大部分は農耕が不可能であり、大部分は人類が定住することが不可能な地域となっているが、古来よりオアシスに農耕民が定住し、ナツメヤシなどの栽培を行い生計を立てていた。こうしたオアシスにおいては、しばしばフォガラカナートといった地下水路が建設され、オアシスにまで水を引き込んでいた[11]。こうしたオアシス農業はしばしば多くの人口を支えるに十分なものとなり、オアシス都市を形成する基盤となった。こうした砂漠定住民の伝統的生活様式は、たとえば家屋においては雨がほとんど降らず排水の必要がないため屋根が平らであり、また外気を遮り直射日光を避けるために窓が非常に小さく、そして多くが日干し煉瓦を用いて作られていたり、また衣服においては直射日光や砂塵から身を守るために、ゆったりとした衣服で全身を覆い露出部分を非常に小さくするなど、砂漠の気候に適応したものとなっていた。

こうしたオアシス定住民のほかに、旧大陸の各地の砂漠には遊牧民が存在していた。砂漠の有用性が飛躍的に向上したのは、ラクダを家畜化することに成功したのちのことである。ラクダは乾燥地に適応した家畜であり、を食用とすることもでき、ラクダ乳はしばしば遊牧民の主食ともなっていた[12]が、もっとも有用性を発揮したのは運輸の分野においてである。ラクダは荷役動物として使用することが可能であり、ラクダを使用することでそれまで不可能であった砂漠越えの交易が可能になった。これによりオアシス都市をつなぎながらタクラマカン砂漠を越える東西交易のメインルート、いわゆるシルクロードが使用可能となり、大航海時代の到来まで東西交易の柱となっていた。こうした交易の利益によって、オアシス都市はしばしば小規模な都市国家(オアシス国家)を形成した。また、3世紀にはサハラ砂漠にもラクダが伝来し[13]、これによってサハラ砂漠を南北に越える商業ルートの開設が可能となり、サハラ交易が開始された。このサハラ交易は北のと南のの交易を柱とするものであり、この交易の生む富によってサハラの南に位置するサヘル地帯には、ガーナ王国マリ王国ソンガイ王国カネム・ボルヌ帝国といった大規模領域国家が成立することとなった。

砂漠にも、オアシスや海岸を中心として大都市が形成されることがある。ナイル川沿いに位置するカイロや、アラビア湾岸に位置するドバイなどがその例である。海岸部の砂漠、特に資金と燃料に恵まれるペルシャ湾岸諸国においては海水の淡水化によって豊富な生活用水が確保され、ドバイのほかにも大都市が形成されるようになっている。また、砂漠は水の供給の問題さえ解決できれば、日照にも恵まれ必ずしも住みにくい場所ではないところも多く、アメリカのラスベガスのようにコロラド川からの引水によって大観光都市に成長したところも存在する。アメリカでは、ほかにアリゾナ州フェニックスなども快適な気候とエレクトロニクス工業の発展によって移住者を集め、第二次世界大戦後に急速に発展した都市であり、フェニックスのみならずメサグレンデールといった近郊都市にまで発展は拡大している[14]

また、砂漠は日照に恵まれるため、水さえ確保できれば農業の好適地になりうる。このため、アメリカの半砂漠やサウジアラビアなどアラビア半島の産油国では、地下水をくみ上げスプリンクラーセンターピボット農法を行ったり、あるいは海水を淡水化した水を使って大農園を作るなどして砂漠の農地化が行われている。ただしこうした大規模な灌漑農業の場合、砂漠では土地の塩性化が起こりやすく、これを防ぐために排水路を設けたうえで塩性の低い水を土の上にかけ、塩分を流し去ることなどが行われる。ただし、この塩性化管理はかなり精密なコントロールが必要なものであり、無秩序な灌漑を繰り返した場合、塩害が非常に深刻なものとなって耕作地を放棄せざるを得ない場合も多い。砂漠地下水は化石水が多く新規供給がほとんどないため、大量に使用した場合、地下水位の大幅な低下や、最悪の場合、枯渇を招くこともある。リビアにおいてはサハラ砂漠中に眠る化石水をくみ上げ、トリポリベンガジといった海岸部の大都市や農園地帯に水を供給するリビア大人工河川というプロジェクトが実行され、一部供用されているものの、こうした化石水は現在の気候状況下においては補充が不可能なものであり、枯渇の危険性が懸念されている[15]

また、これとはまったく別個の発想で、農園に張りめぐらせたホースのところどころに穴をあけ、必要最小限の水だけを植物に与える点滴農法と呼ばれる農法も存在する。この農法は水資源が非常に少なくても実行でき、霧の発生する海岸砂漠では除湿機を設置するだけである程度必要量の水が確保できる[16]うえ、水分が最小限で済むためほぼ土地の塩性化が起こらないなどの利点が存在するが、一方で非常に手間がかかり、維持管理コストが高くなるという問題点もあるため、さほど一般的な農法とはなっていない。

このほか砂漠に居住地が形成される例として、砂漠に眠る資源が採掘され鉱山が形成される場合がある。アルジェリアハシメサウド油田サウジアラビアクウェートアラブ首長国連邦カタールなど、砂漠に油田を持つ国は数多い。このほか、モーリタニアズエラット鉱山やオーストラリアのマウントニューマン鉄鉱山、チリのチュキカマタ鉱山、ニジェールのアーリットウラン鉱山などのように、人里離れた砂漠の真ん中に鉱山町が形成されているケースも多い。こうした場合、鉱山運営や労働者の生活に必要な水は遠隔地から運搬する必要があるが、チリやオーストラリアなどでパイプラインによって水を運ぶ場合、導水管が数百キロに及ぶこともある[17]。砂漠の鉱物資源として近年注目されつつあるのが、塩湖に堆積した各種資源である。特にリチウムイオン電池などで急速に需要の増大しているリチウムは塩湖において濃縮しやすく、可採埋蔵量の大半が砂漠塩湖に存在する。中でも、もっとも莫大な埋蔵量を持つのがボリビアのウユニ塩湖であるが、この採掘によって生態系や観光産業への悪影響も懸念されている[18]

砂漠はその独特の自然環境から、観光地としても一定の人気を有する。砂丘やオアシスなどの美しい自然を眺めるほか、ボリビアのウユニ塩湖のような塩湖・塩原も白く輝く景色が人気を集めている。こうした通常の観光のほか、砂漠を四輪駆動車などで疾走するオフロードツーリングも人気が高いが、こうしたオフロードツーリングは地表面を覆っていた地衣類や酸化鉄などによる地表被膜をはがし、ダストの原因となるとの指摘もある[19]。このほか特殊な利用法として、天体観測地としての利用法がある。砂漠は年間を通じて晴天に恵まれ、さらに海岸砂漠を除いては赤外線を吸収する水蒸気が非常に少ないうえ、人間活動が少ないため電波干渉なども起こりづらく、天体観測地としては非常な好適地となっている。こうした天体観測地としての利用がもっとも多いのはチリのアタカマ砂漠であり、 アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)、ヨーロッパ南天天文台パラナル天文台ラ・シヤ天文台ラスカンパナス天文台にある日本のなんてんマゼラン望遠鏡ASTE望遠鏡など多数の天体望遠鏡天文台が集積し、地上における天体観測のメッカとなっている[20]。このほか、ナミビアのナミブ砂漠にはこの美しい星空を求めて観光客が訪れるようになっている[21]

このほか、21世紀に入り注目されるようになった利用法として、太陽光発電が挙げられる。砂漠はほとんど降雨がなく、一年中晴天に恵まれるために利用できる太陽光エネルギーが非常に大きく、このため大規模な太陽光発電所を砂漠に設置して大量の電力を供給する計画が各所で構想されている。しかし太陽光発電はパネルの寿命や発電効率などに問題があるため、それに代わって太陽光をレンズ反射鏡を用いた太陽炉で集光することでタービンを回し汽力発電の熱源として利用する、いわゆる太陽熱発電(集光型太陽熱発電)が2010年代に入り注目を浴びるようになってきた。特に注目されているのは電力の大消費地たるヨーロッパ大陸に近いサハラ砂漠であり、中でもモロッコがこの事業には積極的である。2016年2月4日には、モロッコ南部の都市ワルザザート近郊にて160メガワットの発電量を持つヌール1発電所が完成し、操業を開始した[22][23]。このほか、アメリカやインドラジャスタン州[24]パキスタン[25]イスラエルのネゲブ砂漠[26]などで砂漠における太陽光・太陽熱発電計画は進んでいるが、などの野生生物に与える被害や当初予定よりコストが高額になるなど問題点も多い[27]


  1. ^ What is a desert?, USGS
  2. ^ a b 砂漠化の原因・現状
  3. ^ a b 「乾燥地の自然」(乾燥地科学シリーズ2)p29 古今書院 篠田雅人編 2009年3月31日初版第1刷
  4. ^ “(何でもランキング)知ってなるほど!気象の真実”. 『日本経済新聞』朝刊NIKKEIプラス1. (2017年7月22日). https://style.nikkei.com/article/DGXKZO19048230Q7A720C1W03001?channel=DF130120166114 
  5. ^ a b c 星野光雄、砂漠砂から読み取る過去の自然環境、文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.4 (2006年12月号)
  6. ^ 「乾燥地の自然」(乾燥地科学シリーズ2)p49 古今書院 篠田雅人編 2009年3月31日初版第1刷
  7. ^ 「乾燥地の自然」(乾燥地科学シリーズ2)p35 古今書院 篠田雅人編 2009年3月31日初版第1刷
  8. ^ 「乾燥地の自然」(乾燥地科学シリーズ2)p63 古今書院 篠田雅人編 2009年3月31日初版第1刷
  9. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p17 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  10. ^ 「キリマンジャロの雪が消えていく―アフリカ環境報告」p158 石弘之(岩波新書、2009)
  11. ^ 「ビジュアルシリーズ世界再発見2 北アフリカ・アラビア半島」p26 ベルテルスマン社、ミッチェル・ビーズリー社編 同朋舎出版 1992年5月20日第1版第1刷
  12. ^ 「アラブ世界のラクダ乳文化」pp58-59 堀内勝/「乳利用の民族誌」所収 雪印乳業株式会社健康生活研究所編 石毛直道・和仁皓明編著 中央法規出版 1992年3月10日初版発行
  13. ^ 「サハラが結ぶ南北交流」(世界史リブレット60)p9 私市正年 山川出版社 2004年6月25日1版1刷
  14. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p166-167 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  15. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p72-75 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  16. ^ 「沙漠に緑を」pp146 遠山柾雄著 岩波新書 1993年6月21日第1刷
  17. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p130 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  18. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p13 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  19. ^ 「乾燥地の資源とその利用・保全」(乾燥地科学シリーズ4)p10 古今書院 篠田雅人・門村浩・山下博樹編 2010年6月30日初版第1刷
  20. ^ http://jp.reuters.com/article/chile-telescope-idJPKBN0TY0M220151215 「南米チリの天文学一大拠点、観測妨げる「光害」に危機感」ロイター  2015年12月15日 2016年8月24日閲覧
  21. ^ http://www.asahi.com/articles/ASH8L63V9H8LUHBI026.html 「砂漠の空、星の大海原 ナミビアに天文ファン続々」朝日新聞デジタル 2015年10月18日 2016年8月24日閲覧
  22. ^ http://www.cnn.co.jp/tech/35077675.html 「サハラ砂漠に世界最大級の太陽熱発電所 モロッコ」CNN 2016年2月21日 2016年8月24日閲覧
  23. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3076857 「モロッコ、初の太陽光発電所が操業開始」AFPBB 2016年02月16日 2016年8月24日閲覧
  24. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3061690 「インド、COP21を前に太陽光発電強化掲げる」AFPBB 2015年10月06日 2016年8月24日閲覧
  25. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3047731 「パキスタン、100メガワットの太陽光発電所が完成」AFPBB 2015年05月13日 2016年8月24日閲覧
  26. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3093196 「砂漠に高さ世界一のソーラータワー建設中 イスラエル」AFPBB 2016年07月15日 2016年8月24日閲覧
  27. ^ http://wired.jp/2016/05/25/heat-from-misaligned/ 「グーグルも投資した「世界最大の太陽熱発電所」で火災、トラブルが相次ぐ」2016年05月25日 WIRED 2016年8月24日閲覧
  28. ^ 地球環境問題 (PDF) - NTTコミュニケーションズ
  29. ^ サハラ砂漠、気候変動で緑化が進行か ナショナルジオグラフィックニュース、2009年9月、James Owen(インターネットアーカイブ)
  30. ^ 『大辞典 第十二巻』(平凡社 1935年) p.142
  31. ^ The World's Largest Deserts”. Geology.com. 2013年5月12日閲覧。
  32. ^ 海洋50のなぜ”. www.isee.nagoya-u.ac.jp. 2023年4月22日閲覧。





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