知的障害 社会における歴史と現状

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知的障害

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/02 06:02 UTC 版)

社会における歴史と現状

呼称の変遷

以前は、「独:schwachsinn」「英:feeble mindedness」「英:mental deficiency」などの外来語の直訳として「精神薄弱(せいしんはくじゃく、略称・精薄)」という用語が広く使われており、法律用語にも多用されていたが、「精神」という言葉は人格も含むうえ、精神障害と混同されやすいため、関係団体などでは「知的障害」という用語が使われるようになった。2000年(平成12年)3月からは法律上の表記も、知能面のみに着目した「知的障害」という用語に改められた。

また、かつては重度知的障害を「白痴」、中度知的障害を「痴愚(ちぐ)」、軽度知的障害を「魯鈍・軽愚(ろどん、けいぐ)」と呼称しており、これらの用語は法律などにも散見されたが、偏見を煽るとして「重度」「中度」「軽度」という用語に改められた。

医学的な診断名には「英:mental retardation:MR」の訳として「精神遅滞(せいしんちたい)」、「精神発達遅滞(せいしんはったつちたい)」という用語が用いられる。これらは「知的障害」と同じ意味で使われる場合が多い。ただし、厳密な医学的分類では「精神遅滞」・「精神発達遅滞」と「知的障害」を使い分ける場合もある。DSM-IVやアメリカ精神遅滞学会 (AAMR) の定義では、「精神遅滞」は「知的障害」の症状に加えて生活面、すなわち「意思伝達・自己管理・家庭生活・対人技能・地域社会資源の利用・自律性・学習能力・仕事・余暇・健康・安全」のうち、2種類以上の面にも適応問題がある場合をさす。しかし、こういった生活面に適応問題があるかどうかを判断するのは難しく、現実的には知能のみで判断しているので、知的障害と精神遅滞は同義語だと考えても差し支えない。

現在では、教育分野や行政マスコミなどでは、「知的障害」や「知的発達障害」や「知的発達遅滞」と呼ばれることが多く、医学関係では、「精神遅滞」や「精神発達遅滞」と呼ばれることが多い。

日本国外での歴史

19世紀以前にも重度の知的障害者はいたが、軽度の知的障害者の場合は、それほど支障なく社会生活を送れていた。しかし、近代的な学校制度が普及するにつれて、年齢主義的な進級制度が広く行われるようになり、年齢基準の学年編成では、遅れをとる児童の存在が無視できなくなった。そのような児童生徒は、単純な怠惰や学業への無関心のために成績が悪い生徒と、努力しても成績が悪い生徒の2種類に分類できた。1905年に、フランスのアルフレッド・ビネーが世界初の知能検査を公表したが、これ以降、知的障害の児童は、厳密な診断のものさしで区分されることになった。ビネーの死後、知能検査はさまざまな心理学者によって改良され、現在では知能指数を基にして知的障害を判定するようになった。かつては福祉国家スウェーデン不妊手術をはじめ、諸外国でも知的障害者は社会的に抑圧されてきた。ナチス・ドイツにおいては他の先天性障害者とともに民族の血を劣化させるものとされ、T4作戦等による安楽死が実行された。

日本での歴史

江戸時代中期の医師漢方医古方派)で儒学者である香川修徳(香川修庵)は、その著書「一本堂行余医言(いっぽんどうこうよいげん)」の巻5にて「痴鵔」として記述している[15][16]

知的障害者福祉は民間から始まった。明治20年代に立教女学院教頭の職にあった石井亮一が、孤女学院(のちの滝乃川学園。東京都)を開設したことにはじまる。濃尾大地震の震災孤女を引き取った亮一は、孤女の中に知的障害児がいたことで強い関心を示し、アメリカへの二度にわたる留学を経て、日本初の知的障害者福祉施設滝乃川学園を開設したのが、日本における知的障害者福祉の先鞭である。亮一は、夫人筆子とともに知的障害者福祉事業に生涯をささげ、後には日本精神薄弱児愛護協会(現・日本知的障害者福祉協会)を設立した。

重度障害児には就学免除などが適用されていたが、特別支援学校1979年義務教育学校となり、重度障害児も入学可能となった。

『障害者白書』平成21年版によると、厚生労働省が確認した日本国内の知的障害者数は約55万人(在宅者約42万人、施設入所者約13万人)。

1948年、児童福祉法施行。精神薄弱児施設が規定された。

1960年、精神薄弱者福祉法(1999年、知的障害者福祉法)施行。精神薄弱者援護施設を規定。

1963年、重症心身障害児施設 第一びわこ学園(滋賀県)、開園。

1968年、愛知県心身障害者コロニー、開所。

1970年、大阪府立金剛コロニー、開所。

1971年、国立コロニー のぞみの園(国立のぞみの園。群馬県)、開所。

1981年、国際障害者年。

2006年、障害者自立支援法、施行。

公的支援

知的障害があると認定されると療育手帳が交付され、各種料金の免除などの特典が与えられる。自治体によって、「愛の手帳」や「緑の手帳」などの名称がある。また、障害年金特別障害者手当などの制度もある。療育手帳などの福祉手帳は、社会福祉法の制度で65歳未満と制限されている。人口比で計算すると先進国各国では年々減少はしているが、開発途上国各国や後発開発途上国各国では減少が見られない国も多い。

知能指数の分布から予測すると、IQ70以下の人は2.27%(認知症を含む)存在するはずなので、理論的には日本の知的障害者数は284万人になる。しかし、公的に知的障害者とされている人は推計41万人であり、実際に存在するはずの障害者数と比較すると6分の1ないし7分の1であり、著しく少ない。また、上記の41万人のうち84%が療育手帳所持者であるが、軽度・中度の手帳の所持者が55%、重度・最重度の手帳の所持者が45%であり、理論上の出現頻度は障害が軽いほど多いので、それを考慮すると、軽度・中度の手帳所持者は実際の軽度・中度の人数のうちのごく一部であると考えられる。 軽度では精神障害者や発達障害者に準じた福祉制度があり、そのため精神障害者保健福祉手帳も申請しやすい。重度や最重度の場合は対象にはならない。

障害者手帳(身体障害者手帳を除く)の取得者は45万人に達している。

支援としては中等度・重度・最重度は療育を専門としているが、軽度では精神福祉科も担当している。 自閉症を併発している者は30万人に達するとも言われている。 なお、知的障害を伴わない高機能自閉症は100万人前後だと推定されている。

就労支援

特に就労支援においては今後、本人が安心していられるよう知的障害に配慮した職場環境の整備[17][18]、職場において本人を支援するコーディネーターの設置[17]、雇用契約の改善[17]、就労支援の充実と社会的包摂[19]、職場や職種の選択肢の幅を広げ社会参加の機会平等を保証すること[20]などが強く求められる。

合理的配慮

障害者差別解消法に、合理的配慮の必要性が明記されている。多面的なアセスメントを実施し困難度を高めている要因を探るとともに、本人や保護者の意思およびニーズを丁寧に聞き取り、一人一人の実態やニーズに応じた合理的配慮を提供する[21]。提供後も、経過観察や本人・保護者への聞き取りを通して、本人にとってより良い合理的配慮のあり方を絶えず模索し続けることが重要である[21]

このようにして、実態やニーズを丁寧に汲み取りながら様々な合理的配慮が提供される[21][22]。その一例としては、以下のような配慮が考えられる。

  • 様々な伝達手段を活用する:知的障害のある方に対して何かを伝えようとするとき、音声言語での伝達だけではなく、具体物や動画、絵カードや写真カードなどの視覚支援を用いると伝わりやすい。また、知的障害のある方が自らの気持ちを表出する際にも、様々なICT機器などを含む拡大・代替コミュニケーション手段の活用をサポートすることで、無理なく周囲に伝わるよう支援する[23][22][24]

注釈

  1. ^ ただし非常に稀ではあるが、ダウン症の青年(女性)が大学(国文学科)に進学し、卒業した事例もある。
  2. ^ 自閉症が情緒障害に分類されることもあるが、自閉症は先天性の脳機能障害である。
  3. ^ 広義的に発達障害者と支援が準じているため、精神保健福祉法など適用される場合がある。

出典

  1. ^ 小島道生「知的機能に関する制約と支援」橋本創一ら〔編〕『障害児者の理解と教育・支援』金子書房、2008年。[要ページ番号]
  2. ^ a b c d e “Identification and evaluation of mental retardation”. American Family Physician 61 (4): 1059–67, 1070. (February 2000). PMID 10706158. https://www.aafp.org/afp/2000/0215/p1059.html. 
  3. ^ a b c "Definition of mentally retarded". Gale Encyclopedia of Medicine.
  4. ^ “Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 301 acute and chronic diseases and injuries in 188 countries, 1990-2013: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2013”. Lancet 386 (9995): 743–800. (August 2015). doi:10.1016/S0140-6736(15)60692-4. PMC 4561509. PMID 26063472. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4561509/. 
  5. ^ a b 土田耕司「「障害者雇用促進法」改正の背景に関する考察」『川崎医療短期大学紀要』第37号、川崎医療短期大学、2017年、15-18頁、doi:10.18928/00000980ISSN 0287-30282024年2月2日閲覧 
  6. ^ Myers SM, Johnson CP (2007). “Management of children with autism spectrum disorders”. Pediatrics 120 (5): 1162–82. doi:10.1542/peds.2007-2362. PMID 17967921. 
  7. ^ "LevineMarks1928p131"
  8. ^ "KamphausWinsoretalpp57–58"
  9. ^ 障害評価の最近の話題 -知能指数と遷延性意識障害- - waybackのキャッシュ
  10. ^ [Levine, Albert J.; Marks, Louis (1928). Testing Intelligence and Achievement. Macmillan. OCLC 1437258. Retrieved 23 April 2014. Lay summary (23 April 2014)]
  11. ^ 小島道生「知的障害に関する制約と支援」橋本創一ら〔編〕『障害児者の理解と教育・支援』金子書房、2008年。[要ページ番号]
  12. ^ 加藤昭和「重症心身障害者への地域支援」橋本創一ら〔編〕『障害児者の理解と教育・支援』金子書房、2008年
  13. ^ 障害者の雇用の促進等に関する法律施行規則(昭和51年労働省令第38号) 第1条の2
  14. ^ a b c サイモン・バロン=コーエン『自閉症スペクトラム入門 脳・心理から教育・治療までの最新知識』2011年8月、21-22頁。ISBN 978-4805835234 
  15. ^ 日本医家列伝 鈴木昶 大修館書店、2013年、ISBN 9784469267457 p94-p95
  16. ^ 精神障害者をどう裁くか 岩波明 光文社、2009年、ISBN 9784334035013
  17. ^ a b c 黒木美佳, 大和明日香, 中坪晃一, 田村光子、「知的障害者の雇用の状況と課題 : 大学における就労事例を通して」 『植草学園短期大学紀要』 2012年 13巻 p.39-45, doi:10.24683/uekusat.13.0_39, 植草学園
  18. ^ 矢野川祥典, 是永かな子、「知的障害者の一般就労における環境設定の実態と課題 : 卒業生への合理的配慮の提供を目指して」『高知大学教育学部研究報告』 2016年 76巻 p.77-83, 高知大学教育学部
  19. ^ 米澤旦、「福井県における障害者への就労支援を通じた社会的包摂の試み : コミュニティネットワークふくいを事例として」『社會科學研究』 2014年 65巻 p.117-134, 東京大学社会科学研究所。
  20. ^ 森口弘美, 久保真人、「障害のある人の就労の現状と障害者自立支援法の問題点 ― 社会参加の機会平等の観点から」『同志社政策研究』 2007年 1号 p.42-52, doi:10.14988/pa.2017.0000011086, 同志社大学政策学会
  21. ^ a b c 鈴木紀理子・阿部崇・小曾根和子・柘植雅義・鈴木紀理子・阿部崇・小曾根和子・柘植 雅義 (2018). “意思の推察と本人・保護者との対話を含む意思決定支援を基盤とした合理的配慮の提供 : 重度知的障害児への合理的配慮が本人主体であるために”. 筑波大学特別支援教育研究 12: 51-64. 
  22. ^ a b 熊田正俊・宮本正一 (2017). “知的障害特別支援学級における合理的配慮の実際”. 中部学院大学・中部学院大学短期大学部教育実践研究 2: 77-85. 
  23. ^ 日本認知・行動療法学会 編『認知行動療法事典』丸善出版、2019年、148-149頁。 
  24. ^ 髙津梓・奥田健次・田上幸太・田中翔大・生田茂 (2021). “特別支援学校における発話の困難な知的障害児の言語表出を促進するICTの活用と継続”. 特殊教育学研究 58 (4): 283-292. 






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