畠山昌人 畠山昌人の概要

畠山昌人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/19 08:43 UTC 版)

畠山 昌人
基本情報
本名 畠山 昌人
階級 ライトフライ級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1981年5月4日(33歳)
出身地 北海道札幌市
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 20
勝ち 14
KO勝ち 5
敗け 3
引き分け 3
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北海道石狩高等学校3年時に協栄札幌赤坂ボクシングジム所属でプロデビュー。サッカー経験と豊富な練習量により培ったスタミナが武器で女性トレーナー赤坂裕美子との二人三脚により、北海道ジム初の日本王者となった。

通算20戦中、家住勝彦と2戦、北野隼と2戦、林田龍生とは実に3戦も試合をしているなど、再戦経験が多い。また、対戦した16人中、実に5人が日本・東洋・世界タイトル獲得経験者と、強豪との対戦も非常に多い。

2005年6月28日の試合直後に網膜剥離が発覚し引退。トレーナーとして働いたのち、赤坂佳昭(赤坂裕美子の父)の後を受けジム会長を務める。

来歴

小学校時代はSSS札幌サッカースクールに在籍し山瀬功治赤井秀一とチームメイトで親交を持つ。小中学を通じて、サッカーの札幌市選抜に選ばれ、高校にスポーツ推薦の話もあった。経歴の中で北海道で試合をしたのはただ一度。常にアウェイでの戦いであった。

1999年6月21日、札幌協栄赤坂ジム所属でプロデビュー(4R判定勝ち)。

1999年12月17日、3戦目で後のOPBF東洋太平洋ライトフライ級王者林田龍生と対戦し、4R判定勝ちを収める。

2000年8月7日、5戦目で林田龍生と再戦。4R判定負けを喫する。

2002年7月8日、11戦目で北野隼の日本ライトフライ級王座に挑戦。最終Rに北野からダウンを奪うも、ジャッジのミスでスリップ扱いにされる。結局、この判定が響いて10R引き分けとなり、日本王座獲得に失敗。これに対しジムの抗議および署名活動がなされ、日本ボクシングコミッションがミスジャッジの裁定を下し、再戦が決定される。

2002年11月11日、12戦目で北野隼の日本王座に再挑戦。10R判定勝ちで日本ライトフライ級王者となった。

2003年4月21日高山勝成を相手に日本王座の初防衛戦を行う。序盤から高山の手数に押され気味だったが、後半から盛り返し、9R逆転TKO勝ちで初防衛に成功。

2003年7月21日、小山泰裕を相手に2度目の防衛戦を行う。8RTKO勝ちで2度目の防衛に成功。

2003年10月20日、OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者の山口真吾と、日本・東洋王者対抗戦を行う。序盤は畠山、終盤は山口が押す一進一退の攻防の末、10R引き分け。

2004年2月16日、日本王座3度目の防衛戦で、林田龍生と3度目の対戦。両者最後の対戦となったこの試合は、畠山が10R判定勝ちを収め、日本王座3度目の防衛に成功。

2004年6月21日、宮城英和を相手に日本王座4度目の防衛戦を行う。10R引き分けで辛くも防衛に成功。

2004年9月20日増田信晃を相手に日本王座5度目の防衛戦を行い、10R判定負け。約2年間保持した日本王座から転落した。

2005年3月21日、半田友章を相手に再起戦を行い、10R判定勝ち。再起に成功する。

2005年6月28日、再起2戦目、ペット・サクルンルアンを相手に地元・北海道の札幌メディアパーク・スピカで初の凱旋試合を行い4RTKO勝ちを収める。そのリング上で、増田信晃への再戦と、世界王座奪取をアピールする。

しかしその数日後、畠山が右目の異常を訴え、網膜裂孔・網膜剥離と診断される。

2005年8月16日JBCのルール規定により、正式に現役引退を発表。その際、畠山は専門誌のインタビュー「試合に出られなくなっても、何らかの形で大好きなボクシングは続けます」とコメントしている。

2005年11月21日後楽園ホールで引退式が行われた。引退式のリング上で畠山は「自分の人生はまだこれから。ボクシングで学んだ経験などを大切にして、挑戦する気持ちを忘れずに、これからも戦い続けていきたい」とコメントを残し、8年間のプロボクサー生活に幕を下ろした。

引退後

2005年9月下旬、約1か月の入院生活を終え、現役時代に所属していた札幌協栄赤坂ボクシングジムでトレーナーを開始する。現在は、現役時代のトレーナー赤坂裕美子と共に、後進の指導にあたっている。

2006年8月2日WBA世界ライトフライ級王座決定戦(ファン・ランダエタ亀田興毅)を観戦した際は、自身のブログ内で、判定に対する不服感と、自身が現役時代に追い求めていた世界王座が「ありえない」形で亀田に渡ってしまったショックを訴えていた。

獲得タイトル


  1. ^ 北の国から 畠山昌人のプロフィール
  2. ^ 『日本プロボクシングチャンピオン大鑑』 ボクシング・マガジン編集部編、ベースボール・マガジン社、2004年3月1日


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