産業革命 産業革命の概要

産業革命

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/05 00:54 UTC 版)

産業革命の象徴にもなった、世界最初の鉄道である、ダラム州ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の開業、1825年

産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程におけるさまざまな技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる。これによって工場制機械工業が成立し、また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船鉄道が発明されたことにより交通革命が起こったことも重要である。

経済史において、それまで安定していた1人あたりのGDP(国内総生産)が産業革命以降増加を始めたことから、経済成長は資本主義経済の中で始まったともいえ、産業革命は市民革命とともに近代の幕開けを告げる出来事であったとされる。また産業革命を「工業化」という見方をすることもあり、それを踏まえて工業革命とも訳される。ただしイギリスの事例については、従来の社会的変化に加え、最初の工業化であることと世界史的な意義がある点を踏まえ、一般に「産業革命」という用語が用いられている。

力織機(1835年)

概要

「産業革命」という言葉が初めて使われたのは1837年、経済学者のジェローム=アドルフ・ブランキによるものからである。

イギリスで世界最初の産業革命が始まった要因として、原料供給地および市場として植民地が大きく存在した事、清教徒革命名誉革命による社会・経済的な環境整備、蓄積された資本ないし資金調達が容易な環境、フランスにもこれらの条件は備わっていたものの、両者の違いは植民地の有無である。

イギリス産業革命は1760年代に始まるとされる。七年戦争が終結し、1763年のパリ条約において、アメリカ、インドにおけるイギリスのフランスに対する優位が決定づけられた。植民地自体は以前から存在していたため、1763年の時点でイギリスが市場・原料供給地を得たというよりも、フランスが産業革命の先陣を切るために必要な市場・原料供給地を失ったというべきであろう。いずれにせよ、イギリスはライバルであるフランスに先んじて産業革命を開始し、フランスに限らず一体化しつつあった地球上のすべての国々に対して有利な位置を占めることとなった。言い換えるならば、七年戦争の勝利によってイギリスは世界システム論における覇権国家の地位を決定づけたのである[1]

イギリスの産業革命は1760年代から1830年代までという比較的長い期間にわたって漸進的に進行した。またイギリスに限らず西ヨーロッパ地域では「産業革命」に先行してプロト工業化と呼ばれる技術革新が存在した。そのため、そもそも「産業革命」のような長期的かつ緩慢で、唯一でもない進歩が「革命」と呼ぶに値するかという議論もある。

初期の軽工業中心のころを「第一次産業革命」、電気石油による重化学工業への移行後を「第二次産業革命」、原子力エネルギーを利用する現代を「第三次産業革命」と呼ぶ立場があるが、このような技術形態に重きを置く産業革命の理解からは、「産業革命不在説」に対する有力な反論は出にくい。そのため、現在では産業の変化とそれにともなう社会の変化については、「革命」というほど急激な変化ではないという観点から、「工業化」という言葉で表されることが多い。ただし、イギリスの事例については依然として「産業革命」という言葉も使われている。

イギリスについて目を向ければ、労働者階級の成立、中流階級の成長、および地主貴族階級の成熟による三階級構造の確立や消費社会の定着など、1760年代から1830年代という「産業革命期」を挟んで大きな社会的変化を見出すことができる。また世界史に目を向ければ、最初の工業化であるイギリス産業革命を期に、奴隷貿易を含む貿易の拡大や、国際分業体制の確立といった地球規模での大変化がある。

この世界規模での影響(性の側面も含めて)は、先行するプロト工業化などではなかったものである。そのため、産業革命は単なる技術上の変化としてではなく、また一国単位の出来事としてでもなく、より広い見地から理解される必要がある[2]

前提条件

毛織物工業と資本

産業革命に先行して、イギリスでは新毛織物と呼ばれる薄手のウール製品の製造が盛んであった。もともとイギリスでは中世末期から毛織物が盛んで、フランドルなどに比較的厚手の半完成品を輸出していた。この種の毛織物は新毛織物に対して、旧毛織物と呼ばれる。

その後、毛織物の主流は新毛織物へと変わり、当初イギリスはフランスやネーデルラント17州などから新毛織物を輸入していたが、宗教改革後のスペインとの関係悪化により輸入が停止すると、八十年戦争の混乱を避け大陸から逃れてきたプロテスタントを集めて、自国での生産を開始する。

こうした毛織物生産は都市ではなく、各地の農村において行われることが多かった。農村部には余剰労働力が常に存在しており、またイギリスではかなり撤廃が進んでいたものの、都市部においては規制に縛られることがあり自由な生産に障害が発生しやすかったためである。都市にいる問屋が機材を持つ農民に対して原材料を供給し、農民が副業として織物を生産することが多く、こうした生産様式は問屋制家内工業と呼ばれた。一部においてはさらにこれが大規模化し、工場に生産者を集中させて生産を行う、いわゆる工場制手工業(マニュファクチュア)に発展するものも出てきた。こういった農村工業の進展はプロト工業化と呼ばれる。毛織物工業で蓄積された資本は、のちに綿織物工業に利用され、産業革命につながったとされる。初期の綿織物工業にはそれほど大きな設備投資が必要ではなかった。毛織物の担い手であった下級地主階層のジェントリおよび、それ以外にも雑多な職業人間の参入が分かっている。彼らの多くは蓄積された資本ではなく、借金によって必要な資金を賄ったといわれ、柔軟な資金供給が当時としては問題であったとも言われる。

労働力

1814年当時の鉱夫

18世紀から19世紀にかけて、西ヨーロッパにおいて一連の農業技術上の改革(イギリスでは特に農業革命と呼ばれる)があった。休耕地をなくしたノーフォーク農法の導入、囲い込みによる集約的土地利用などによって、食料生産が飛躍的に伸びた一方で、中小の農民は自営農から賃金労働者に転落した。しかし、賃金労働者となったものの、従来言われたように職を失い都市部に流入したわけではない。

農業革命による新農法は広い土地を必要としたが、依然耕作のための人手も必要としており、自営農であった者たちは同じ土地でそのまま農業労働者となったと言うのが正しい。むしろ食料生産の増加によってもたらされた人口の増加によって、産業革命に必要な労働力は賄われたといえる。

この人口増加は、イギリスに限らず西ヨーロッパ全域で起こっており、人口革命とも呼ばれる。また、このほかにもアイルランドからの人口流入も労働力需要に応えたが、競争にさらされることとなったプロテスタント系イギリス労働者との間に軋轢を引き起こし、1780年にロンドンで発生した反カトリック暴動の原因にもなった。

海外植民地と商業革命

資本の蓄積や人口増加、いずれにせよ、イギリス固有というよりもヨーロッパに共通の事柄であり、現在よく言われるように、産業革命前夜のイギリスとフランスではさしたる差は存在しなかった。むしろ手工業という点ではイギリスよりもヨーロッパ大陸諸国の方が若干発達していたともされる。

フランスで起きなかった産業革命がイギリスで起こった原因は、イギリスにあってフランスになかったもの、つまり広大な海外植民地であった。初期の産業革命で生産された雑工業製品の多くがヨーロッパ外の地域に向けられたことからも産業革命における海外植民地の重要性を見て取ることができる。こうした対外貿易の隆盛によって、イギリス商業革命と呼ばれる急激な商業の成長が起き、イギリスは産業革命に必要な資本の蓄積が可能となった。また、ギルドの廃止など国内商業自体の改革も進んだ。

需要と市場保護

インド産キャラコによって綿織物に対する需要が生み出されたが、イギリスから輸出できる生産品は毛織物程度しかなかったうえ、毛織物はインドはじめ温暖な地方においてはほとんど需要がなかったため、18世紀におけるイギリスの貿易収支は常に大幅な貿易赤字となっていた。これを改善するために綿織物の国内生産が進められるようになった。綿織物産業がおもに成立したのはランカシャー地方であり、ここは東部の毛織物工業地帯と西部の麻織物工業地帯に挟まれて両工業の資本やノウハウ、技術が利用可能な地域だった[3]。こうして生産された綿織物や亜麻と綿の混紡(ファスチャン)は品質がよくなかったために輸出用として大西洋三角貿易に回され、市場を得た綿織物工業は徐々に成長していった[4]。各国で成立した絶対王政における常備軍の誕生は大量かつ統一規格の軍服に関する需要を呼び、さらに生活革命により、その他の雑工業製品に対する需要は飛躍的に大きくなった。これにより工業化がもたらす商品生産能力向上を吸収・消費する国内市場が形成された。

技術力の向上

産業革命の原動力となった蒸気機関や紡績機などの機械は、多くの部品を正確に制作して組み合わせ、狂いなく動作するように仕上げる技術が必要であり、作成には高度な技術力が求められる。こうした多数の部品を組み合わせ正確に動作させる技術は、時計産業の発達によってもたらされた。時計は多数の部品を正確に組み合わせないと動作しない高度な機械製品であるが、18世紀後半にはジョン・ハリソンクロノメーターの開発に代表されるように時計制作技術が長足の進歩を遂げており、イギリスをはじめとしてフランスやスイスには時計を分業によって制作できる高度な技術を持った職人集団が成立していた。この機械製鉄技術やシステムはそのまま蒸気機関や紡績機といった黎明期の産業機械製作に応用され、産業革命の技術的基礎となった[5]


  1. ^ I.ウォーラステイン『近代世界システム 1730〜1840s -大西洋革命の時代-』名古屋大学出版会 1997
  2. ^ 望田幸男他編『西洋近現代史研究入門[増補改訂版]』名古屋大学出版会、1999、p.19。あるいは川北稔「環大西洋革命の時代」(『岩波講座世界歴史17』岩波書店、1997)などを参照
  3. ^ 『世界経済史』p303 中村勝己 講談社学術文庫、1994年
  4. ^ 『イギリス史10講』p188 近藤和彦 岩波新書, 2013年
  5. ^ 「興亡の世界史13 近代ヨーロッパの覇権」p183-184 福井憲彦 講談社 2008年12月17日第1刷
  6. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p19 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  7. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p33 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  8. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p36-37 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  9. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p46 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  10. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p62-63 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  11. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p111 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  12. ^ 『イギリス史10講』p189 近藤和彦 岩波新書, 2013年
  13. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p96-97 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  14. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p97-98 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  15. ^ 「人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」p100-102 永田和宏 講談社ブルーバックス 2017年5月20日第1刷発行
  16. ^ 「火と人間」p73 磯田浩 法政大学出版局 2004年4月20日初版第1刷
  17. ^ 「人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」p102-104 永田和宏 講談社ブルーバックス 2017年5月20日第1刷発行
  18. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p42 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  19. ^ 「火と人間」p113 磯田浩 法政大学出版局 2004年4月20日初版第1刷
  20. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p67 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  21. ^ 「ビジュアル版 本の歴史文化図鑑 5000年の書物の力」p133 マーティン・ライアンズ著 蔵持不三也監訳 三芳康義訳 柊風舎 2012年5月22日第1刷
  22. ^ 「ビジュアル版 本の歴史文化図鑑 5000年の書物の力」p132 マーティン・ライアンズ著 蔵持不三也監訳 三芳康義訳 柊風舎 2012年5月22日第1刷
  23. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p26 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  24. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p107 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  25. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p60-61 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  26. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p87-88 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  27. ^ 「火と人間」p92 磯田浩 法政大学出版局 2004年4月20日初版第1刷
  28. ^ 「火と人間」p106 磯田浩 法政大学出版局 2004年4月20日初版第1刷
  29. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p184 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  30. ^ 『ジョージ王朝時代のイギリス』 ジョルジュ・ミノワ著 手塚リリ子・手塚喬介訳 白水社文庫クセジュ 2004年10月10日発行 p.81
  31. ^ 「商業史」p172 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  32. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p93-96 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  33. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p124-126 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  34. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p99 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  35. ^ 「世界一周の誕生――グローバリズムの起源」p46 園田英弘 文春新書 平成15年7月20日第1刷発行
  36. ^ 「アジアの海の大英帝国」p39 横井勝彦 講談社 2004年3月10日第1刷発行
  37. ^ 「大帆船時代 快速帆船クリッパー物語」p4 杉浦昭典 中公新書 昭和54年6月25日発行
  38. ^ 「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」p143 リチャード・ローズ著 秋山勝訳 草思社 2019年7月25日第1刷発行
  39. ^ 「日本鉄道史 幕末・明治編」p2 老川慶喜 中公新書 2014年5月25日発行
  40. ^ E.J.ホブズボーム『産業と帝国』浜林正夫他訳、未來社、1984、p.132
  41. ^ 「オックスフォード ヨーロッパ近代史」p55 T.C.W.ブランニング編著 望田幸男・山田史郎監訳 ミネルヴァ書房 2009年9月30日初版第1刷
  42. ^ 「オックスフォード ヨーロッパ近代史」p62 T.C.W.ブランニング編著 望田幸男・山田史郎監訳 ミネルヴァ書房 2009年9月30日初版第1刷
  43. ^ 『西洋の歴史――近現代編』p116 大下尚一・服部春彦・望田幸男・西川正雄編(ミネルヴァ書房, 1988年)
  44. ^ 「オックスフォード ヨーロッパ近代史」p71 T.C.W.ブランニング編著 望田幸男・山田史郎監訳 ミネルヴァ書房 2009年9月30日初版第1刷


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