生産技術 現在の生産技術

生産技術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 16:50 UTC 版)

現在の生産技術

現在の日本の製造業の多くには生産技術部門が存在している。単純な仕事はアウトソーシングする工夫がなされ、生産技術の中核部分だけを残している会社もある。

生産技術部門はコストの責任部門であり、その最も重要な業務は工程設計書を作ることである。工程設計は単なる見積りではなく、生産性検討、生産準備、設備計画、改善、技術開発などの業務が互いに絡み合う複雑な業務である。また、工程設計書はコストを設定するだけではなく、工程設計書を元にして設備計画や作業手順など重要なアウトプットが派生する。

工数と工程設計

工数とは、製造原価を決定する数値で、工程設計によって計算される(工数は作業時間の見積り値としての意味もあるが、生産技術的には「工数」と「作業時間」および「見積り」は違う意味の用語である)。 工程設計を記述した工程設計書といい、設計部門で言えば図面に相当するもので、厳密な規格書である。一般的には、工数にチャージ(ローディングあたりの賃金)という単位時間あたりの費用を掛けることで直接労働費、つまり人件費が算出される。 従って工数を決めることは製造原価を決めることに等しく、生産技術者にとって最も重要な作業である。

一方、生産技術における作業時間とは実際の仕事の時間をストップウオッチなどで計測した数値である。 また、生産技術における見積りとは図面の特徴(部品数や重量)から一意的に導かれる数値である。例えば重量に係数を掛けて求めたコストなどが見積りである。

工程設計は見積りとよく似ているが見積りと最も違うのは、それが単純に時間を積み上げた数字ではない点である。 工程設計では、まず製品の設計図から実際に必要となる作業手順を積み上げる。 ここまでは見積りと大差無いが、工程設計の場合は、積み上げた製造作業手順を少なくする検討を行う。これを生産性検討などと言う。 作業手順を少なくする手段としては、設計変更、治具・設備の開発・改良、生産ラインのレイアウト変更などがある。 これらの工夫によって、2回行う作業が1回になったり、機械加工をプレス加工に変更するなどして、製品の品質・機能を損なうことなく製造作業手順を少なくしていく。 この最適化された製造作業手順の見積時間が工数である。

工数は、既存生産設備能力や設備投資金額、工程設計を行った生産技術者の手腕・経験などによって変化する。

  • 工数 - 工程設計により作成される規格値。工数にチャージを掛けると製造原価となる。
  • 作業時間 - 実際の作業時間を時計で測ったもの。
  • 見積り - 重さなど指数から大まかなコストを推定したもの。

生産性検討

生産性検討とは、商品開発に対する合理化活動である。具体的には、設計図に生産性を加味するために行う設計部門と生産技術部門、あるいは製造部門の担当者を織り交ぜて行う図面の検討作業のことである。 材料の歩留まり、作業性などを図面を見ながら話し合い、可能な部分はその場で図面に織り込んでいく。

コンカレントエンジニアリング

オフラインティーチングシステム

1990年代中盤から設計部門に3DCADが普及し、生産技術部門へも3DCADおよび生産性検討の支援ソフトが普及するようになる。これにより生産性に関する要望を早期に製品へ反映しやすくなった。設計と生産性検討を同時に進める事をコンカレントエンジニアリングと呼ぶ。

最近の3DCADは、コンカレントエンジニアリングにおける性能向上を謳い文句にしているものが多い。 コンカレントエンジニアリング専用のソフトウェアや、通信機能を強化して海外の製造工場とのコンカレントエンジニアリングを容易にした大規模なシステムも売り出されている。 コンカレントエンジニアリングを目的としたシステムでは3DCADを中心に、応力解析システムやオフラインティーチングシステム、作業性解析システム、コスト見積システム、ラインシミュレーションシステムなどが連動して機能するものも存在する。


サイマル

製造コストの90%は、設計段階で決まってしまうと言われている。 [4] これは製品のアッセンブリー化が進み、部品の大半が購買品で占められるようになった影響が大きい。 そのため、設計段階でいかにコスト削減のアイデアを織り込むかが重要となってきた。設計段階での生産性検討や図面検討会のようなものは以前から行われていたが、近年ではさらに設計のごく初期の開発段階から生産性を織り込むケースが増えてきた。 戦略的にコストを下げるために、図面に線を描く前から生産技術者が設計に参加するわけである。 このような設計段階での生産技術の織込をサイマルサイマル活動という。 生産技術は設計の下流部門という位置付けであったが、自動車業界、家電業界の一部企業では生産技術部 門を設計部門の上流に位置づけている企業も存在する。

その一方で、生産技術が現場から遠ざかるようになり、生産技術者の育成が困難になってきた。 近年、特に現業部門を持たなくなってきた企業ではその傾向が顕著である。そのため生産技術者の価値は加速度的に増している。 製造部門や下請け企業で叩き上げた技術者や作業者を生産技術として使う例もあるが、生産技術と製造部門では物を見る視点が根本的に違うので、一朝一夕にはうまくいかない。 あまりいい比喩ではないが、労働階級と資本階級と同様の物の見方の違いがそこにはある。

設備計画

工場の設備を導入したり、工場自体を設計することも生産技術部門の重要な業務である。生産設備は高額であり、当然かなり長い期間使われる。 とくに工場新設ともなると、その出来不出来は企業の経営に大きな影響を及ぼすため、生産技術者は技術者と言えども経営に関する知識が不可欠である。 大企業の生産技術部門に配属された社員は、製造技術と同時に投資経営の方法についてもたたき込まれることが少なくない。 そのため最近になって、技術と経営を統合して学ぶ技術経営学講座が大学などに新設されている。特にこの講座の修士号はMOTと呼ばれ、金融業のMBAに相当するライセンスとなっている。 優秀な生産技術者は幅広い技術の知識と深い企業経営の知識を有するので、製造業のトップは生産技術者によって占められることが多い。

技術開発

他の企業と同じ技術で生産すれば、製造コストも当然他の企業と同じようになる。 市場経済では製品は消費者によって選択される立場にあり、企業は少しでもコストパフォーマンスの高い製品を提供することが求められている。 そのため、生産技術部門には常に新しい技術の開発が求められる。 新しい生産設備の導入は当然だが、さらに生産効率を高めるために改造をすることも普通に行われる。

企業によっては開発効率を上げるために、生産技術の研究開発部門を製造部門から独立させているところもある。しかし分析的になりがちな研究者の目から見ると、製造という場所では微視的な問題しか見えず、独立した研究開発部門ではうまく機能しないことも多い。

生産性指標

生産技術では生産現場の効率や製品の経済性を把握するために、さまざまな生産性指標が使われる。経済用語をそのまま使うことも多い。

固定費
CCとも言う。生産量にかかわらず必要となるコストである。製造業の場合、主なものは設備の償却費、借金の金利などである。製品の研究開発費は固定費に分類されることが多い。
変動費
SVCとも言う。生産量に比例して必要となるコストである。製造業の場合、主なものは材料費、人件費、電気代などである。
損益分岐点
黒字と赤字の境界となる売り上げのこと。損益分岐点以上に売り上げがないと赤字になる。一般に固定費が少ないほど損益分岐点は低くなる。低いほど良いとされる。売り上げが低下したときには、この損益分岐点を低くするためにリストラなどが行われることがある。
工数消化率
工数消化率=実績工数÷計画工数
単に消化率とも言う。実際に発生した作業時間(実績工数)を予定されていた計画工数で割った数値。工数消化率が高いほど生産性が低く、工数消化率が低いほど生産性が高いと言われる。しかし、100%から数値の乖離があまり大きいと、工程設計の甘さや現場作業に異常があると考えられる。
操業度
基準操業度ともいう。総工数から基準総操業時間を引き、作業員数(または設備数)で割ったもの。簡単に言えば残業時間の平均である。0~1に入る数値であることが望ましい。2シフトの工場で、一日の基準就業時間が8時間の場合、昼休みなどを除くと残りの時間は6時間である。つまり日の場合、1シフトあたり3時間以上の残業は物理的に不可能である。操業度が3を超えると生産がオーバーフローすることになる。操業度が2を超えたら生産増強の対策を考えなければならない(なお、この「操業度」の意味は業種や事業所によって微妙に違うことがある)。
稼働率
稼働率=稼動時間÷就業時間
実際に設備が稼動した時間を就業時間で割ったもの。就業時間ではなく、1日24時間を分母にすることもある。
チャージ
単位時間当たりのコスト。労働者の時給に、設備の償却費や間接人員のコストをみなしで加えたもの。チャージに製造工数を掛けると、その製品の製造コストとなる。
製造原価
製造原価=製造工数✕チャージ+材料費
製造コストと言う。物を作るのにかかる費用。管理費などはチャージに含まれるのが普通。
仕切価
工場出荷価格工場卸値SVMとも言う。工場からディーラーへ供給される時の製品の価格である。工場から販売業者までの輸送費は含まれるのが普通である。遠隔地の場合は別途特別輸送費がかかる場合もある。

サプライチェーン・マネジメントとビジネスモデル

サプライチェーンマネジメントとビジネスモデル

1980年代から、「作るだけ」だった製造業にサービス業の顧客中心の考え方を取り入れることが行われるようになった。顧客の満足度に重点を置くようになったのである。製造業ではそれまでも製品の品質や機能において満足度を上げる努力は行われてきたが、納期やアフターケアなどのソフトの面でも顧客満足度を向上しようとする考え方である。

右図はサプライチェーン・マネジメントとビジネスモデルの関係を表したものである。製造業は、どの段階で中間在庫を持つかでビジネスモデルが決定されるという経済理論を模式化した図である。色の違うところが中間在庫のあるところで、中間在庫の位置でビジネスモデルが区別される。

左に行くほど製造プロセスの上流になり素材に近く、右の方に行くと販売や物流といった顧客に近いプロセスになる。 在庫というものは素材に近くなるほど、換金性、流動性が良くなる。顧客ごとのカスタマイズも容易になる。 なるべく素材に近い状態で在庫を持つのが理想だが、現実的には、在庫があまりに素材に近いと納期が長くなり、顧客の要望に応えられなくなる。 どのくらい前の段階で在庫を持てるかが、その会社のビジネスモデルや競争力を決定する要素になる。 従来は、在庫は販売や流通段階で持つ必要があり、そのために企業は大量生産を必要とし、顧客は大量生産された可もなく不可もない製品しか手にできない、というのが常識だった。

しかし生産技術の改良と情報技術の進歩により、中間在庫をより前段階のプロセスで持つことが可能になってきた。 代表的な例がDELLである。DELLは中間在庫を部品で持ち、顧客の注文をインターネットで受け、それを短納期で組み立てるラインを作った。その結果、顧客ごとの要望に応じたパソコンを、現実的な納期と驚異的な低コストで実現した。 DELLのこのビジネスモデルはBTOと呼ばれ、今ではどのパソコンメーカーも行っているが、これを最初に成功させたのがDELLである。


注釈

  1. ^ 英: quality
  2. ^ 英: cost
  3. ^ 英: delivery
  4. ^ 英: flexibility
  5. ^ 英: Management and Workers
  6. ^ 英: total cost control
  7. ^ 英: total quality management

出典

  1. ^ フラットパネルディスプレイ産業における日本から台湾への技術移転(蘇世庭、新宅純二郎、東京大学ものづくり経営研究センターDISCUSSION PAPER SERIES、No.408、2012)
  2. ^ メタ・テクノロジー : 技術のダイナミクス(榊原清則)(一橋論叢, 87(3): 363-376、1982)p.372
  3. ^ 品質管理の原点は?” (Japanese). 2009年5月24日閲覧。
  4. ^ Robin Cooper, Regine Slagmulder, 「Target Costing and Value Engineering 」,1997/5/31, ISBN 1563271729
  5. ^ 平成23年度独立行政法人大学評価・学位授与機構学位審査会(第5回)議事要旨


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