生命の起源
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ワールド仮説
DNAを遺伝情報保存、RNAを仲介として、タンパク質を発現とする流れであるセントラルドグマは、一部のウイルスの場合を除いて、全ての生物に当てはまる。1950年代から、化学進化後の最初の生命でこれら3つの物質のいずれが雛形となったのかが論じられてきた。そうした説の名称がDNAワールド仮説、RNAワールド仮説、プロテインワールド仮説である。
この3つの説を統一するような見解は得られておらず、情報の保存、触媒作用を争点にいまだ論争が絶えない。なお、これらの説を一部融合させたDNA-プロテインワールド仮説のような説も存在する。
DNAワールド仮説
セントラルドグマが生命誕生以来、原則的なものであれば、まずはじめに設計図が存在していたと考えるべきであるが、DNAワールド支持者はRNAやプロテインワールドに比べて分が悪い。なぜならDNAは触媒能力を有しないとされていたからである。
2004年にDNA分子を連結させるDNAリガーゼ機能を持つ「デオキシリボザイム」が発見された[19]。デオキシリボザイムは、遺伝情報の安定性と触媒能力を有するが、触媒効率は非常に低い。触媒効率の高いそれが発見されれば、DNAワールド仮説の復権が期待できると思われる。
RNAワールド仮説
RNAワールド仮説は、「初期の生命はRNAを基礎としており、後にDNAにとって替わられた」とするものである。1981年、トーマス・チェックらによって発見された触媒作用を有するRNAである「リボザイム」がその根底にある。また、レトロウイルスによる逆転写酵素の発見もその拍車となった。RNAワールド仮説の趣旨は以下の通りである。
- RNAは自己スプライシングやrRNAの例もあり、自ら触媒作用を有している。
- RNAはRNAウイルスにおいては遺伝情報の保存に役割を果たしている。
- RNAはDNAに比べて変異導入率が高く、進化速度は速い。
RNA自体が触媒作用と遺伝情報の保存の両者をになう点は、生物学者に大きなインパクトを与え、RNAワールド仮説は、いまだ生命の起源の論争の中でも主たる考察であると言える。しかしながら、RNAワールドを否定する意見としては、以下の点があげられる。
- リボザイムの持つ自己複製能力は、それ自体では存在しない。
- リボザイムの触媒能力はタンパク質のそれに比べてきわめて低く、特異性も存在しない。
- RNAは分子構造が不安定であり、初期の地球に多量に存在したであろう、紫外線や宇宙線によって容易に分解を受ける。
しかし、特異性に関しては近年ではハンマーヘッド型リボザイムを筆頭に顕著な改善が認められる。
プロテインワールド仮説
「タンパク質がまずはじめに存在し、その後タンパク質の有する情報がRNAおよびDNAに伝えられた」とする仮説である。RNAワールド仮説と双璧をなす生命の起源に関する考察のひとつであり、近年プロテインワールドを支持する化学進化の実験結果が多く得られている。プロテインワールド仮説の趣旨は以下の通りである。
- タンパク質は生命反応のあらゆる触媒をになっており、代謝系を有する生命には必須である。
- 20種類のアミノ酸から構成されており、多様性に富んでいる。
- セントラルドグマのあらゆる反応に酵素の触媒は関与している。
- ユーリー-ミラーの実験で生じた、4種のアミノ酸(グリシン、アラニン、アスパラギン酸、バリン)を重合させたペプチドは触媒活性を有している(GADV仮説)。
- さらにそれらのアミノ酸の対応コドンはいずれもGからはじまるものであり、アミノ酸配列からDNA、RNAに情報が伝達された痕跡であると考えられる(GNC仮説)。
GADV仮説は、奈良女子大学教授の池原健二によって提唱された、プロテインワールド仮説を支持する新説である。この説により、プロテインワールド仮説がより重みを増したと言える。しかしながら、これにも以下の反証があげられる。
- ペプチドには自己複製能力が存在しない。
- タンパク質もRNAほどではないが、分子構造が不安定である。
- ランダムに重合したアミノ酸から特定のコンフォメーションを有する酵素等が自然に出来上がるとは考えにくい。
第一の点に関しては鋳型とモノマーを材料としたポリマライゼーションのみを自己複製とするなら指摘の通りだが、広義の自己複製ならその限りではない。
注釈
- ^ ちなみに、2009年に全米科学振興協会に所属する科学者たちに対して調査を行ったところ、科学者のちょうど半数ほど(51%)が、神あるいは何らかの超越的な力を信じている、と回答した。
出典
- ^ a b 『岩波生物学事典』 第四版 p.766「生命の起源」
- ^ 東京化学同人『生化学辞典』「生命の起源」
- ^ ウィキソース版『創世記』で、その内容を読むことができる。
- ^ a b c d 野田春彦『生命の起源』培風館、1996年、「第二章」
- ^ a b c d 『岩波生物学事典』 第四版 p.575「自然発生」
- ^ 『世界大百科事典』平凡社、1988「自然発生説」
- ^ 『岩波生物学事典』 第四版 p.575
- ^ J. F. Kasting, Earth's early atmosphere,Science 12 February 1993: Vol. 259 no. 5097 pp. 920-926
- ^ Schoph, J. W., ed. Major Events in the History of Life. Boston, Jones and Bartlett Publishers, 1992. p.12
- ^ Furukawa et al., Biomolecule formation by oceanic impacts on early Earth. Nature Geoscience, 2 (2009), 62-66
- ^ http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/853
- ^ http://www.newscientist.com/article/dn24199-crack-a-comet-to-spawn-the-ingredients-of-life.html#.VN62LsIcSHt
- ^ 池谷仙之、北里洋『地球生物学―地球と生命の進化』東京大学出版会、2004年、81頁。ISBN 978-4-130627-11-5。
- ^ http://www.nasa.gov/mission_pages/stardust/news/stardust_amino_acid.html
- ^ http://www.cnn.co.jp/fringe/30003666.html
- ^ Callahan et al., PANS vol. 108 no. 34, 13995–13998
- ^ Furukawa, Yoshihiro; Chikaraishi, Yoshito; Ohkouchi, Naohiko; Ogawa, Nanako O.; Glavin, Daniel P.; Dworkin, Jason P.; Abe, Chiaki; Nakamura, Tomoki (2019-12-03). “Extraterrestrial ribose and other sugars in primitive meteorites” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences 116 (49): 24440–24445. doi:10.1073/pnas.1907169116. ISSN 0027-8424 .
- ^ 長沼毅、井田茂『地球外生命 われわれは孤独か』岩波書店、2014年、51頁。ISBN 978-4-00-431469-1。
- ^ Sreedhara, A., Li, Y. & Breaker, R. R. J. Am. Chem. Soc. 126, 3454-3460
- ^ JAXA ISASニュース 2017年12月号など、様々な資料で活動実績や予定が説明されている。
- ^ “約40億年前の生命か 地球最古の化石発見に異論も”. 『ナショナルジオグラフィック日本版』、日本経済新聞電子版. (2017年3月20日)
- ^ “熱水噴出孔 周囲で電流確認 有機物に影響、生命誕生か”. 毎日新聞朝刊. (2017年5月7日)
- ^ NEWS WEEK 2018年12月13日「地下5キロメートルで「巨大な生物圏」が発見される」松岡由起子 執筆担当
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