染色 (生物学)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/12 03:00 UTC 版)
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染色の原理には、観察する標本に含まれている特徴的な生体分子(タンパク質、核酸、脂質、炭化水素など)に対して、特定の色素が強く結合する性質を利用したものや、特定の酵素と反応して発色する基質を用いたものなどがある。用いる色素が蛍光色素(主に生物由来物や蛍光染料)の場合、特に蛍光染色と呼ばれる。観察しようとする対象と目的に応じて、さまざまな色素を用いた染色法が考案され、利用されている。
染色は生物学や医学のさまざまな分野で幅広く利用されている。組織学や病理学の分野では、特定の疾患に伴って起きる、組織や細胞の形態的な変化の観察や、疾患の指標となる酵素やタンパク質の発現を確認するときなどに染色が用いられ、病気の診断などにも応用されている。微生物学の分野では、グラム染色などの染色法が、細菌の同定や形態観察に用いられている。一般的には微視的観察に用いられることが多いが、分類学や発生学の分野では、透明骨格標本の染色など、巨視的観察に用いられることもある。また生化学の分野では、生体から分離したタンパク質や核酸を電気泳動で分析するとき、これらの高分子を可視化するためにも利用されている。
in vitro染色
in vitro染色は生きていない細胞や組織に色を付ける。in vitroとは直訳すると「ガラスの中」を意味し、in vivo(生体内)と比較される。単独の染色よりも詳細を明らかにする為、複数の染色法を組み合わせて使うことがある。固定と標本準備の独特な手順と組み合わされて、これら基本的な技術は、一貫した再現性のある検査ツールとして利用できる。対比染色は見える細胞や主要な染色法で染まっていない細胞へ加えられる。例えばクリスタルバイオレット染色はグラム陽性菌のみを染めるグラム染色である。サフラニン対比染色はグラム陰性菌を同様に識別するために、全ての細胞を染めるために使われる。
標本
準備の段階は解析方法の様式に左右され、のちの過程の殆どにそれが要求される。
透過処理は細胞の弱い界面活性剤による処理をしばしば含む。この界面活性剤処理は細胞膜を溶解し細胞内へ大きな色素分子を入れる事を可能にする。
固定は細胞や組織の形を可能な限り保存するための数段階からなる。殆どの固定液(化学的な固定)はタンパク質と他の基質の間の化学結合を生成してそれらの硬さを増す。通常の固定液にはホルムアルデヒド、エタノール、メタノール、そしてまたはピクリン酸を含む。組織の欠片は力学的な強さと安定さを増して薄く切り刻むのを容易にするためにパラフィンへ埋め込まれる。
マウンティングでは通常は観察と解析のためにスライドガラスへサンプルを貼り付け。いくつかの場合では、細胞を直接スライドガラスの上で圧挫して伸展させる。互いに結合せず遊離した細胞(血液塗抹や婦人科擦過細胞塗抹の場合)では、検体は直接スライドの上に置かれる。小さな個体や組織はそのままマウントすることがしばしばあり、これはホールマウント (whole mount) という。より大きな組織片では、薄い切片をミクロトームを用いて作る。これらの組織片はこうして切片にすることによってマウンティングと検査が可能となる。
代表的な染色法
その最も単純なものは、スライドガラス上に固定した標本を染色液(色素の溶液)に浸し、過剰な染色液を洗い流した後で観察する。いくつかの染色法では、染色した色素を不溶化するため、洗浄する前に媒染剤を使用する必要がある。
グラム染色
グラム染色(Gram staining)は細菌がグラム陽性か陰性かを決定するために使用される。クリスタルバイオレットやゲンチアナバイオレットで染色し、ヨウ素溶液で媒染した後、アルコールで脱色し、その後フクシンまたはサフラニンで対比染色を行う。
グラム陽性菌は暗い青や青紫に染まり、グラム陰性菌は対比染色によって赤やピンクに染まる。この分類は細菌の細胞壁の構成に基づいている。グラム陽性菌の細胞壁が単純で厚いペプチドグリカン層から形成されているのに対し、グラム陰性菌の細胞壁はペプチドグリカン層は薄く、リポ多糖などの脂質を多く含んだ外膜で覆われている。このためグラム陰性菌の細胞壁はアルコールによって破壊されやすく、最初に染色したクリスタルバイオレット-ヨウ素複合体が容易に溶出して脱色される。
チール・ネールゼン染色
チール・ネールゼン染色(Ziehl-Neelsen stain、誤って英語風に「チール・ニールセン染色」と読まれることがある。チール医師もネールゼン医師もドイツ人である。)は、グラム染色のような、標準的な検査室の染色手法では染まらない、結核菌、非結核性抗酸菌などの染色に用いられる。
菌体を赤いカルボールフクシンで、背景をメチレンブルーやマラカイトグリーンなどで染める。
ヘマトキシリン・エオシン染色
ヘマトキシリン・エオシン染色(HE染色、H&E染色)は組織学で組織薄片をみるのによく使われている。ヘマトキシリンは青紫色の色素であり、これに染まる組織をヘマトキシリン好性あるいは好塩基性という。具体的には細胞核、骨組織、軟骨組織の一部、漿液成分などである。エオシンは赤~ピンクの色素であり、これに染まる組織をエオジン好性あるいは好酸性という。具体的には細胞質、軟部組織の結合組織、赤血球、線維素、内分泌顆粒などである。特に赤血球はエオシンを強く吸収して、明るい赤に染まる。青藍色に染まることもある。
エオシンはエオジンとも。
マッソン・トリクローム
マッソン・トリクローム(Masson's trichrome)は3色染めの手順である。そのレシピはマッソンの最初の異なった特有の利用法から発展したものだが、全てが周囲の結合組織から細胞を見分けるのに適している。殆どのレシピは、扁平上皮細胞のケラチン、筋細胞の筋原繊維、線維素を赤くし、コラーゲン基質と骨基質を青や緑に染め、大抵の細胞の細胞質を明るい赤に、細胞核を黒く染める。
ロマノフスキー染色
ロマノフスキー染色(Romanowsky stains)は還元したエオシンとメチレンブルー(時にその酸化物であるアズールAとアズールBを含む)の組み合わせを全て基本とする。この仲間にはライト染色(Wright's stain)、ジェンナー染色(Jenner's stain)、リーシュマン染色(Leishman stain)、ギムザ染色(Giemsa stain)、メイ・ギムザ染色(May-Giemsa stain)がある。
全て骨髄生検や骨髄穿刺液・末梢血液塗沫の検体を診るのに使われる。異なった種類の白血球を容易に区別できるためこれらのやり方はH&E染色よりも好まれる。また、これら全てはマラリアの様な血液の寄生虫を検出するにも向いている。
銀染色
銀染色(ぎんせんしょく)は組織切片またはポリアクリルアミドゲル電気泳動等により分離した蛋白質や核酸を銀で染める方法である。銀イオンを蛋白またはDNAに結合させ、ホルマザンで還元して金属銀にする。銀鏡反応の応用である。この方法は細胞内外に存在する好銀性タンパク質(例えばタイプIIIコラーゲン。低分化な悪性腫瘍が上皮性のものであるか否かの鑑別に役立つ)やDNAを見るためには特に重要である。また、温度勾配ゲル電気泳動にも銀染色が使われる。鍍銀染色(とぎんせんしょく)とも呼ばれる。
パス染色(PAS染色)(PAS反応)
過ヨウ素酸シッフ反応とも呼ばれる。主に糖原を染める染色であり、細胞質内糖原顆粒、アポクリン腺などからの分泌物、細菌や寄生虫などの生体内異生物、ケラトヒアリン顆粒などがPAS反応陽性とされる。また、膠原線維、血管内皮などはPAS反応弱陽性である。病理組織学的には細胞内異生物の検出、グリコーゲン変性の証明、血管内皮の検出などに用いられる。
コンゴーレッド染色(Congo-red染色)
コンゴーレッド染色は、アミロイド等を染色する。
ズダンIII染色
組織内の脂肪成分を染め出す染色。中性脂肪を橙黄色に染色する。ホルマリン・パラフィンブロックから組織を作成する場合、その過程で脂肪成分は遊出してしまう。そのため、ズダンIII染色は凍結切片を用いなければならない。
パパニコロー染色
パパニコロー染色は、喀痰、尿などを採取し、悪性腫瘍細胞や感染症などを同定する方法で、核はヘマトキシリン、細胞質はオレンジG、ライトグリーン、エオジン、類脂質はビスマルクブラウンで染める。細胞診で多く用いられている。
ギムザ染色
ゴルジ染色
免疫染色
導電染色
電子顕微鏡で観察を行う際に重要な、導電特性の付与を狙った処理。
in vivo染色
in vivo染色は生きた組織を染色する過程で、in vivoは「生体内」を意味する(in vitro染色との比較)。細胞や構造の色を対比させることでそれらの形態や細胞または組織内での位置を容易に見て研究する事ができる。通常の目的は他の方法では明らかにならなかった細胞学的詳細を明らかにすることであるが、染色は特定の化学物質や特異的な化学反応が細胞や組織の中で起こっているのを明らかにしうる。
しばしばそれらの染色は生体染色と呼ばれ、細胞が生きている内に色素が生体内へ取り込まれる。しかしこれらの色素は多くの生物にとっては、やはり毒であるので、望む効果を出すには色素を非常に薄めて、1:5,000~1:500,000の範囲で使用しなければならない (Howey, 2000) 。in vivo用の多くの染色法が 、色素の使用濃度を変えれば生きている細胞と死んだ細胞のどちらにも使える。
- 1 染色 (生物学)とは
- 2 染色 (生物学)の概要
- 3 代表的な染色用色素
- 4 関連項目
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