東大寺 年中行事

東大寺

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年中行事

東大寺二月堂の修二会(お松明)
  • 1月1日 除夜の鐘(鐘楼)
  • 1月1日 – 3日 正月三が日(大仏殿・二月堂)
  • 1月7日 修正会(大仏殿) 悔過法要が行われる。
  • 2月3日 節分星祭り(二月堂) 日中、「還宮(げんぐう)」と「節分豆まき」が行われる。還宮とは古くなったお札やお守り等を火にあげる儀式のこと。節分豆まきは、午後2時ごろ、二月堂の舞台の上から行われる。「星祭り」は、星に「除災与楽」を祈る法会。夕刻、二月堂本堂に万灯明を灯し、「星曼荼羅」を掲げてこの法会を勤める。
  • 3月1日 – 14日 修二会お水取り(二月堂) 詳細は修二会の項を参照。奈良時代、実忠和尚によって始められた東大寺の代表的行事。11人の練行衆と呼ばれる僧侶が精進潔斎して合宿生活を送り、二月堂の本尊十一面観音に罪を懺悔し、国家安泰、万民豊楽等を願う。内陣の中では過去帳読誦、走りの行法、韃靼の行法などの行事が行われる。二月堂の上でたいまつを振り回す「お松明」は3月1日以降連日行われる。若狭井から水を汲み本尊に備える「お水取り」は3月12日深夜(13日未明)に行われる。2007年の修二会は1255回目になる。
  • 3月15日 涅槃講 釈迦の入涅槃を記念する法要。
  • 4月8日 仏生会(大仏殿) 釈迦の誕生を祝う。
  • 4月24日 華厳知識供(開山堂) 一山の僧侶が開山堂に参集し、良弁僧正の厨子の前に華厳五十五聖善智識曼荼羅をかけ、華厳経を講じ、法会を行う。
  • 5月2日 – 3日 聖武天皇祭 聖武天皇の御忌法要。
    • 5月2日 天皇殿で論議法要。式衆・稚児の行列が市中から大仏殿に向かう。到着後、大仏殿で聖武天皇慶讃法要。舞楽も奉納される。
    • 5月3日 山陵祭(大仏殿・佐保御陵) 大仏殿を出発し、東大寺一山の僧侶が聖武天皇をまつる佐保御陵に参拝する。帰着後、大仏殿で献茶式。
  • 7月5日 俊乗忌(俊乗堂) 鎌倉時代に大仏を復興した重源の法要。法要終了後(11時ごろ)から午後4時ごろまで日ごろ非公開の秘仏重源上人坐像(国宝)が一般公開される。
  • 7月28日 解除会(けじょえ、げじょえ)(大仏殿) 901年(延喜元年)に始まる、夏越の祓と深い関係のある法会。法要と茅の輪くぐりが行われる[43][44]
  • 8月7日 大仏お身拭い(大仏殿) 200人程の僧侶や関係者が、早朝より二月堂の湯屋で身を清め、白装束に藁草履姿で大仏殿に集合し、午前7時より撥遣作法が行われた後、全員でお経を唱え、年に1度の大仏さまの「お身拭い」を行う。
  • 8月9日 およく(二月堂) この日参詣すると46,000回参詣したのと同じ功徳が得られると伝えられている。
  • 8月15日 万灯供養会(大仏殿) 盂蘭盆(うらぼん)の最終日、8月15日の夜、大仏に多くの灯籠をお供えする。お盆に帰省できない方々にもせめて御先祖の供養をしていただけるようにという趣旨で、1985年に始められた。
  • 9月17日 十七夜(二月堂) 観世音菩薩の縁日で、法要のほか二月堂前広場で盆踊りが行われる。
  • 10月5日 転害会 東大寺の鎮守の手向山八幡宮の祭礼。
  • 10月15日 大仏さま秋の祭り(大仏殿)
  • 12月14日 仏名会(二月堂) 三千仏の画像を掛け仏名を唱えて礼拝し、年内の罪障消滅を祈願。
  • 12月16日 良弁忌(開山堂) 東大寺開山良弁僧正の法要。秘仏・良弁僧正坐像、執金剛神立像が公開される。
  • 12月16日 方広会(法華堂) 研学竪義(けんがくりゅうぎ)と呼ばれる口頭試問が行われる。寺内の華厳と三論を学ぶものが学僧として認められるためにはこれに合格しなければならない。現在は形式化している。
  • 12月18日 香水下げ渡し お水取りで汲まれた若狭井の水が信者に分け与えられる。

このほか、2002年以来、毎年12月にザ・グレイトブッダ・シンポジウムが開かれている。仏教に関する諸問題を広い視野に立ちながら厳密な学問的方法をもって分析・検討し、その意義を明らかにすることを目的とする。


注釈

  1. ^ 東大寺の記録には良弁以来の歴代別当が記録されているが、奈良時代期の重要決定・文書が別当ではなく三綱の名義で出されていることなど矛盾も多く、良弁が東大寺の初代の住持であったのは事実であるが、実際に彼が就任したのは「造東大寺司」の別当であり、東大寺の代表者としての別当職の成立は「造東大寺司」が廃された平安初期ごろと推定されている。
  2. ^ 仏教語の「金光明」は呉音で「こんこうみょう」と読むことが多いが、東大寺では公式サイトで「きんこうみょう - 」を正式の読みとしている(参照:「東大寺の歴史」(東大寺公式サイト)。
  3. ^ 大和国分寺は一般に総国分寺の東大寺とされるが、『大和志』では橿原市の国分寺に比定する(「国分寺」『日本歴史地名大系 30 奈良県の地名』平凡社、1981年)。
  4. ^ もっとも、華厳宗は開山・良弁ゆかりの宗派として重要視され、近代以前においても日本における華厳宗研究の中心地として、多数の優れた学僧を輩出していた。
  5. ^ 東西の七重塔に関しては、一時、再建が検討されたが、木造による完全復元は建築基準法に抵触するため、再建は見送られた。
  6. ^ 現在、大仏殿内に展示されている。
  7. ^ 尊勝院は東大寺別当を務めた光智が天暦9年(955年)に創建したもので、寺内における華厳教学の拠点であり、東南院と並ぶ有力な院家であった。転害門の東北にあったが、室町時代に廃絶し、跡地は惣持院となった。現在の奈良市立鼓阪(つざか)小学校が跡地である。
  8. ^ 「賢劫経」は1897年重要文化財(旧国宝)に指定されているが所在不明。写真も残っていない。
  9. ^ 仏教美術史家の杉山二郎も『大仏以後』(学生社)で同様に提起している。続編に『大仏再興』

出典

  1. ^ 外国人にわかりやすい地図表現検討会 (2016年1月6日公表) (PDF). 地名の英語表記及び外国人にわかりやすい地図記号について. 国土地理院. p. 17. https://www.gsi.go.jp/common/000111876.pdf#page=17 
  2. ^ “(ひと)橋村公英さん 4月に奈良・東大寺の第224世別当に就いた”. 朝日新聞. (2022年5月31日). https://www.asahi.com/articles/DA3S15310328.html 2022年8月5日閲覧。 
  3. ^ a b 黒田龍二・石田理恵「東大寺大仏殿内建地割板図について」(『奈良国立博物館研究紀要』6号、2004年)
  4. ^ 薬師寺君子『写真・図解 日本の仏像 この一冊ですべてがわかる』西東社、 2016年、p.170
  5. ^ 奈良市HP「古都奈良の文化財」の概要2018年6月20日
  6. ^ 村山修一『京都大仏御殿盛衰記』法藏館、2003年、 p.159
  7. ^ ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー『ケンペルと徳川綱吉 ドイツ人医師と将軍との交流』中央公論社、1994年、 p.95
  8. ^ ケンペル著・斎藤信訳『江戸参府旅行日記』平凡社、1977年 p.228-231
  9. ^ 「東大寺を戦乱に巻き込むな」…信長の書状発見
  10. ^ 河内将芳 『秀吉の大仏造立』法藏館、2008年、p.19
  11. ^ NIKKEI STYLE 古きを歩けば(47)「豊臣の盛衰刻んだ大仏の梵鐘」 河内将芳の解説より
  12. ^ a b 村山修一『京都大仏御殿盛衰記』法藏館、2003年
  13. ^ 井上和人『新編日本古典文学全集64 仮名草子集』注釈書 1999年、 p.22-24
  14. ^ 丸山俊明『京は大火!大地震‼そのとき京人は、どうふるまったのか』びわこ学院大学出版専門委員会、2019年 p.12-14
  15. ^ 奈良国立博物館『特別展 東大寺公慶上人 江戸時代の大仏復興と奈良』2005年
  16. ^ a b 大林組『秀吉が京都に建立した世界最大の木造建築 方広寺大仏殿の復元』 2016年
  17. ^ a b 麻生磯次 校注『東海道中膝栗毛(下)』岩波書店、1983年 p.172
  18. ^ a b c 『本居宣長全集 第16巻』1974年出版 在京日記 宝暦七年の条 p.136
  19. ^ 『本居宣長全集 第16巻』1974年出版 在京日記 宝暦七年の条 p.106
  20. ^ 『南都佛教』2007年12月89号、杉本和江(古美術修復家)「元禄開眼会の大華瓶」、池坊HP「いけばなの歴史 江戸時代(中期)東大寺大仏の立花」2018年1月30日閲覧
  21. ^ a b 東大寺 (平成28年1月). 東大寺 
  22. ^ 伊藤信二「八角燈籠の歴史と評価」奈良国立博物館編『東大寺大仏 天平の至宝』(展覧会図録、2010)、pp.187 - 192
  23. ^ 『仁王像大修理』、pp.87 - 88, 115
  24. ^ 『仁王像大修理』、pp.19 - 21
  25. ^ 『仁王像大修理』、pp.112 - 115
  26. ^ 「七重の東塔」再建に向け発掘へ 東大寺、過去2回焼失47NEWS 2010年4月2日
  27. ^ 東大寺「東塔」調査結果は
  28. ^ 東大寺の焼けた東塔、巨大な土台跡を確認 国内最大級か
  29. ^ 東大寺東塔跡:高さ70m超? 鎌倉期の基壇27m四方
  30. ^ 箱崎和久「東大寺七重塔考」『東大寺創建前後 ザ・グレイトブッダ・シンポジウム論集第二号』東大寺、2004年
  31. ^ a b c d e f g h 『東大寺』、発行・編集:東大寺、印刷:凸版印刷株式会社、2016年1月発行
  32. ^ 宮武外骨編『日本擬人名辞典』37頁、成光館、1930
  33. ^ 平成27年9月4日文部科学省告示第134号
  34. ^ 令和元年7月23日文部科学省告示第26号
  35. ^ 「文化審議会答申〜国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定及び登録有形文化財(美術工芸品)の登録について〜」(文化庁サイト、2019年3月18日発表)
  36. ^ 平成23年6月27日文部科学省告示第101号
  37. ^ 平成25年6月19日文部科学省告示第110号
  38. ^ 平成17年6月9日文部科学省告示第85号
  39. ^ 厨子は2015年追加指定、平成27年9月4日文部科学省告示第143号
  40. ^ 平成19年6月8日文部科学省告示第97号
  41. ^ 令和4年3月22日文部科学省告示第44号。
  42. ^ 平成23年6月27日文部科学省告示第103号
  43. ^ 解除会.年中行事 東大寺、2021年11月28日閲覧
  44. ^ “無病息災を願う茅の輪くぐり 東大寺で「解除会」”. 産経新聞. (2016年7月30日). https://www.sankei.com/article/20160730-5IDONMAK3RISFNAH5VUVLHAH5I/ 2021年11月28日閲覧。 
  45. ^ 入堂料・入堂時間改定のお知らせ”. 東大寺ホームページ. 2017年4月27日閲覧。
  46. ^ “東大寺、17年ぶり拝観料上げ 修繕費など負担増”. 日本経済新聞朝刊. (2017年4月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG24H7U_U7A420C1CR8000/ 
  47. ^ 東大寺HP大仏殿2019年10月15日閲覧
  48. ^ テレビ朝日|素敵な宇宙船地球号「水銀の不思議」 〜毒か?薬か?ナゾの液体金属〜
  49. ^ 東大寺(とうだいじ)”. スポット情報 奈良市内エリア. 近畿日本鉄道. 2022年8月22日閲覧。






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