東北新幹線 歴史

東北新幹線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/24 14:04 UTC 版)

歴史

年表

  • 1971年(昭和46年)11月28日:起工。キャッチコピーは「ひかりは北へ」。
  • 1979年(昭和54年):小山駅付近で試作車両の走行試験を開始。
  • 1981年(昭和56年)10月29日:列車愛称を「やまびこ」・「あおば」と発表。
  • 1982年(昭和57年)
    • 1月14日大宮駅でレール締結式。
    • 6月23日:大宮駅 - 盛岡駅間 (465.2km) 暫定開業。速達タイプが「やまびこ」、各駅タイプが「あおば」となった。「やまびこ」5往復(うち1往復は臨時列車)「あおば」6往復運転開始。最高速度210km/h。2002年12月の八戸延伸開業の際に本線として使用されることになった盛岡駅 - 盛岡新幹線第一運転所(現:盛岡新幹線車両センター)間の回送線も供用開始。200系営業運転開始。当初は大宮 - 上野間は専用列車の「新幹線リレー号」が結んでいた[21]
    • 11月15日:(暫定開業に対する)本開業(同時に上越新幹線開業)。定期列車を10往復から30往復に大幅増便。
  • 1983年(昭和58年)8月4日古川駅において家族が降車しきる前に列車が発車してしまい、ホームに取り残された小学生が、一ノ関駅方面に線路上を歩いて後続列車にはねられて死亡する事故が発生。
  • 1985年(昭和60年)3月14日上野駅 - 大宮駅間 (27.7km) および水沢江刺駅新花巻駅開業。最高速度を240km/hへ引き上げ。
  • 1987年(昭和62年)4月1日国鉄の分割・民営化によるJR各社の発足に伴い、全線が東日本旅客鉄道に移管。
  • 1990年(平成2年)
  • 1991年(平成3年)6月20日東京駅 - 上野駅間 (3.6km) 開業、東京駅乗り入れを果たす。
  • 1992年(平成4年)7月1日山形新幹線福島駅 - 山形駅間)が開業し、同線との直通列車として「つばさ」運転開始。200系「やまびこ」と400系「つばさ」の併結運転開始。
  • 1994年(平成6年)7月15日E1系"Max"が営業運転開始。「Maxやまびこ」・「Maxあおば」を新設。
  • 1995年(平成7年)12月1日:開業以来最大規模となる抜本的なダイヤ改正を実施。「やまびこ」・「Maxやまびこ」の停車パターンを大幅に見直して仙台・盛岡方面への速達化および混雑度の分散化が図られた。東京駅 - 那須塩原駅間で「なすの」・「Maxなすの」運転開始。同時に「あおば」・「Maxあおば」を削減。400系「つばさ」は6両編成から7両編成に増結。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月22日秋田新幹線が開業し、同線との直通列車として「こまち」運転開始。最高速度を275km/hへ引き上げ。同日E2系が営業運転開始。200系・E2系「やまびこ」とE3系「こまち」の併結運転開始。「つばさ」を併結する「やまびこ」が10両編成となり、東京駅 - 福島駅間では国内の新幹線としては初めてとなる17両編成の列車が見られるようになった。
    • 10月1日長野新幹線開業。列車愛称を行先別に整理、「あおば」・「Maxあおば」を廃止し「やまびこ」・「Maxやまびこ」に統合(詳細は後述)。東京駅20・21番ホームの新設により上野駅発着の定期列車が消滅した(上越新幹線についても同じ)。
    • 12月20日E4系Maxが営業運転開始。
  • 1998年(平成10年)12月8日:E1系Maxによる「Maxやまびこ」が東京駅 - 仙台駅間が1往復に減便され、仙台以北での定期運用終了。E3系「こまち」は5両編成から6両編成に増結。
  • 1999年(平成11年)
    • 4月29日:E4系「Maxやまびこ」と400系「つばさ」が併結運転開始。
    • 12月4日:山形新幹線、山形駅 - 新庄駅間延伸開業に伴いE3系1000番台が営業運転開始し、E1系Maxが東北新幹線列車での定期運用を終了。秋田新幹線「こまち」との併結運転列車から200系が撤退してE2系のみとなり、「こまち」は所要時間の短縮が図られた。
  • 2001年(平成13年)9月21日:山形新幹線「つばさ」との併結運転列車から200系が撤退し、E4系のみとなる。これにより17両編成の列車は一旦見られなくなった。
  • 2002年(平成14年)
    • 5月14日:八戸駅まで運行される列車の愛称を「はやて」と発表。
    • 6月23日:東北新幹線大宮開業20周年に合わせ、200系F93編成を使用した「想い出のあおば」を運転。
    • 12月1日:盛岡駅 - 八戸駅間 (96.6km) 延伸開業。同区間でDS-ATCを使用開始。「はやて」運転開始。
  • 2005年(平成17年)
    • 2月27日:全長約26.5kmの八甲田トンネルが貫通。
    • 5月31日:建設中の牛鍵トンネル内で、天井部分が60mに渡って陥没する事故が発生。この事故による新青森への延伸開業予定時期に支障はなく、年内に復旧工事がほぼ完了した。
    • 11月27日:古川駅 - 盛岡駅間でDS-ATC使用開始。
    • 12月10日:ダイヤ改正により、仙台以北における「Maxやまびこ」の定期運用終了。
  • 2006年(平成18年)10月15日新白河駅 - 古川駅間でDS-ATC使用開始。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月18日健康増進法第25条により、全車両を禁煙化。
    • 6月23日:東北新幹線大宮開業25周年に合わせ、200系K47編成のリニューアル車両をリバイバル塗装とした「東北新幹線大宮開業25周年記念号」を運転。
    • 7月22日:東京駅 - 新白河駅間でDS-ATC使用開始。これにより全線がDS-ATC化された。
  • 2008年(平成20年)12月20日:E3系2000番台が「つばさ」として営業運転を開始。
  • 2009年(平成21年)11月3日新青森駅構内において 八戸駅 - 新青森駅間のレール締結式を実施、東京駅 - 新青森駅間のレールが繋がる。
  • 2010年(平成22年)
    • 4月13日:八戸駅 - 新青森駅間で試験走行開始。
    • 4月18日:400系の営業運転が終了。
    • 5月11日:八戸駅 - 新青森駅間の開業が同年12月4日に決定し、E5系で運行される列車の愛称が「はやぶさ」と発表。
    • 12月4日:八戸駅 - 新青森駅間 (81.8km) が開業し、東北新幹線が全線開業。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月5日:東京駅 - 新青森駅間で「はやぶさ」運転開始。最高速度を300km/hへ引き上げ[22]
    • 3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。地震直後から全線で運転を見合わせ(運行状況の詳細な変遷は後述)。
    • 3月12日:東京駅 - 大宮駅間が運転再開(上越・長野新幹線の運転再開による)。
    • 3月15日:大宮駅 - 那須塩原駅間が運転再開。
    • 3月22日:盛岡駅 - 新青森駅間が運転再開。
    • 4月7日一ノ関駅 - 盛岡駅間が運転再開するが、同日夜に起きた余震で一ノ関駅 - 新青森駅間が再度不通となる。
    • 4月12日:那須塩原駅 - 福島駅間が運転再開。
    • 4月13日:盛岡駅 - 新青森駅間が運転再開。
    • 4月23日:一ノ関駅 - 盛岡駅間が運転再開。
    • 4月25日:福島駅 - 仙台駅間が運転再開。
    • 4月29日:仙台駅 - 一ノ関駅間が運転再開し、全線で運転再開[23]。ただし一部区間で減速運転のため、特別ダイヤで運転。
    • 7月9日:減速運転区間短縮に伴うダイヤ改正を実施。
    • 9月1日:仙台駅での乗り継ぎを一部改善したダイヤ改正を実施。
    • 9月23日:震災前の通常ダイヤに戻る。
    • 11月19日:E5系を使用した「はやて」・「やまびこ」運転開始。秋田新幹線E3系「こまち」との併結運転の一部が、E2系からE5系に置き換え。同時に前日限りで200系が東北新幹線大宮以北での定期運用終了。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月17日:E5系を使用した「なすの」運転開始。山形新幹線E3系「つばさ」との併結運転の一部が、E4系「Maxやまびこ」からE2系「やまびこ」に置き換えられ、再び17両編成の列車が見られるようになった。これによりE4系16両編成の「Maxやまびこ」・「Maxなすの」廃止。
    • 6月23日:東北新幹線大宮開業30周年を記念し、同日運転された臨時列車「やまびこ235号」に200系を充当。
    • 9月29日:前日限りでE4系が東北新幹線大宮以北での定期運用終了。Maxによる「Maxやまびこ」・「Maxなすの」が廃止され、同時に「つばさ」の併結相手がE2系のみとなる。
  • 2013年(平成25年)
    • 3月16日:「はやぶさ」の営業最高速度を320km/hに向上。「スーパーこまち」としてE6系が営業運転開始。同時に盛岡駅以北にてE2系の定期運用終了[5]
    • 6月4日:沿線での不発弾処理に伴い、11時頃から約3時間に亘って東京駅 - 大宮駅で運休。

上野駅

1971年当時の建設計画には上野駅の設置予定はなく、東京駅をターミナル駅とする予定であった[24][25]。東京都内のターミナル駅については東京駅、上野駅のほか新宿駅池袋駅なども検討された[26][25]が、用地の問題や東海道新幹線との連絡の便から東京駅が選ばれた。途中経路は上野公園の地下を通って秋葉原駅付近で地上に出るとされ、上野駅は通らないことになっていた[24][25]。なお上越新幹線のターミナルは将来的に新宿駅の貨物駅跡地に移す予定であった[24][27]

これに対して、当時の美濃部亮吉東京都知事は1972年2月に、自然が破壊され不忍池の水が枯れるおそれもあるとして、都有地である上野公園地下の建設を許可しないと表明し、「狭い日本に新幹線のようなスピード第一主義の乗り物が必要とは思わない」と一種の文明論争を巻き起こした[28]。こうした都知事の対応に加えて、上野駅周辺からの上野駅設置の希望は強く、「新幹線上野始発実現同盟」を結成して運動し、上野駅を始発駅にすること、それが駄目ならせめて駅を設置することを求めていた[29]。しかし東北・上越新幹線沿線からは東京駅直通を望まれており、東京に2つのターミナルを造る理由に乏しかったことや、急カーブと急勾配のため技術的に難しいこと、上野駅を建設するだけで約800億円の費用が追加で必要になることから、国鉄側の対応は厳しいものであった[29]

ところが神田駅周辺などで用地買収協議が難航し、東京駅までの建設の目途が立たなかったこと[30]、東京駅において本来東北・上越新幹線用に2面4線のホームを用意する予定であったところ、東海道新幹線の輸送障害対応および輸送力増強のために1面2線を東海道新幹線用のホーム増設に振り向けることになり、残りの1面2線だけでは処理能力が厳しいとされたことから、1977年11月に計画を変更してやむなく上野駅地下に新幹線のサブターミナルを作ることにした[31][32][33][34]東京都が、東京駅をターミナルをした場合東京駅周辺への一極集中が進むことも懸念していたことも理由としてあった[35]

ただし上野駅建設が決まった後も、国鉄は東京駅までの延伸を目指していた。1981年には国鉄の高木文雄総裁が東京都の鈴木俊一に東京駅乗り入れを認めるよう要請した。鈴木知事は、あくまで上野駅を主なターミナルとしつつも、一部の列車が東京駅まで乗り入れることを認めるという形でこれに同意した。鈴木知事によれば、東京駅乗り入れに関しては東北地方の各県や、上越新幹線沿線の群馬県からの要望が強かったという[35]

しかし、いざ1985年3月に上野駅が開業してみると、せっかく上野駅を造ったのにさらに巨額の工事費を掛けて東京駅まで延伸する必要があるのかという声が国鉄部内からも上がり、この問題をどうするかの結論が出ないまま、1987年4月の国鉄分割民営化を迎えることになった[36]。とはいえ依然として東京駅延伸要請が強かったことや、民営化後のJR東日本の経営が順調な滑り出しであったことなどから、1989年に東京駅延伸が決定されることになった[36]

一方この結論の未定の部分については、ジェイアール東日本企画[注 8]は、「上野駅が、このまま東北・上越新幹線の始発駅となるはずだった。上野駅までの開通後、東京駅乗り入れを望む声が大きく、かつ利便性を高めるために東京駅への延長が実施された」[21]とし、当初上野始発固定に傾いていたことを伺わせる記述を行っている。

東北・上越新幹線反対運動(大宮以南の開業遅延と同区間での速度制限)

当初計画では大宮以南では地下ルートであったものが地上ルートへ変更されたため、主に騒音懸念により沿線の埼玉県戸田市、さいたま市(当時は与野市浦和市)などの住民の一部から非常に大規模な建設反対運動を受けた(特にトンネルで真下を通過することになった星美学園はそのシンボルとなった)。工事用地内への居座り・デモ行進・地元説明会打切りなどの妨害行為がなされ、開業時期の遅れや事業費の肥大化の大きな原因となった。詳細は「東北・上越新幹線反対運動」、および「埼京線と地元住民の関係」を参照。

最終的には、新幹線建設の見返りとして赤羽駅付近まで並行する通勤新線(埼京線)を同時に建設し、大宮以南の区間も建前上は「線形上の理由」として(実際のところは、他の路線においても同様の騒動が起きるのを防ぐため)最高速度を110km/hに制限することで鎮静化した。

このような理由により、東京 - 大宮間は新幹線でも約25分かかり、並行する在来線の所要時間と大差がないため、新宿・池袋方面から東北新幹線を利用する場合、埼京線、または、湘南新宿ライン経由で大宮駅を利用する方が便利な場合がある。また時間帯によって湘南新宿ラインが直通する宇都宮線沿線の小山・宇都宮方面へ向かう場合にも同様のことが言える。

新幹線と並行して走る宇都宮線上り列車の小山駅到着前の車掌からの乗換案内では時間帯により、上り新幹線の接続案内を省略もしくは「こちらの列車(在来線)の方が新幹線より先に上野へ到着します」あるいは「到着時刻はさほど変わりませんのでこのまま在来線をご利用下さい」とのアナウンスが行われている(小山駅停車の新幹線列車が少なく、待ち時間が長くなることが多いためである)。

新青森延伸

2010年12月4日、東北新幹線は八戸 - 新青森間が延伸され、全線開業となった。将来は新青森で北海道新幹線(新青森 - 新函館2015年度開業予定)に接続する。

新ダイヤでの運行初日となったこの日は、朝に盛岡駅で新青森発一番列車の「はやて12号」と連結する「こまち12号」に車両連結機器の不具合が発生したため東京着が15分遅れたり、午前中から続いた強風の影響で東京駅 - 盛岡駅間が一時運休となり、約1万7千人の足に影響が出た[37]。また17時35分頃、始発駅である東京駅で仙台行の「やまびこ147号」において、ダイヤが乱れた影響で車掌が乗っていなかったことでドアが開かずホーム上にいた乗車予定の客約200人を置き去りにして発車するトラブルも起きた[37]。新区間開業とダイヤの大混乱は各種メディアで大きく報じられ、全通初日の苦いエピソードとして印象付けられた[37][38]

東京 - 新青森間の所要時分は、開業当初は最速3時間20分であったが、翌2011年3月に新型車両E5系を導入し、最高速度300km/h運転を行う最速達列車「はやぶさ」の所要時分は最速3時間10分に短縮された[13][14]。さらに2012年度末の段階で宇都宮 - 盛岡間の最高速度を320km/hへ引き上げ、最速2時間59分にまで縮める見込みであるほか、2012年10月にJR東日本が発表した「グループ経営構想V〜限りなき前進〜」においては、「東北新幹線において320km/h運転区間のさらなる拡大を目指す」旨が盛り込まれている[7]。なお、将来的に360km/h運転が実現した場合は最速2時間40分弱と一部で予想されている[39]

東日本大震災の影響

2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の発生と同時に、東北新幹線は全区間で運転を中止した。仙台駅構内で試運転中のE2系1本が脱線したほか、数本の列車が駅間で立ち往生した。

落橋やトンネルの崩落はなかったが、仙台駅ホームの天井が落下するなど5つの駅が損傷し[40]、大宮 - いわて沼宮内間の約536km(新潟県中越地震で被害が生じた上越新幹線越後湯沢 - 燕三条間の約5.6倍)[41]で、電柱の損傷が約470箇所、架線の切断が約470箇所、高架橋の橋脚損傷が約100箇所、線路の損傷が約20箇所など[42]、約1,200箇所(うち那須塩原 - 盛岡間は約940箇所[43])に被害が生じた。

(左)損傷した東北新幹線の架線(2011年3月13日、福島県伊達郡国見町付近)
(右)広瀬川に架かる橋梁上に緊急停止した「Maxやまびこ」(2011年3月27日、宮城県仙台市太白区

設備の損傷の少なかった東京 - 那須塩原間は3月15日に運転再開(当該区間全列車が「なすの」として運転)、盛岡 - 新青森間は一時3月23日再開予定とされていたが、1日早く3月22日に運転を再開した(同「はやて」として運転)[44]

3月23日、4月20日前後に全線の運転再開という方針が決定されたが[41]、後に新たな損傷個所が見つかり、4月8日頃に一ノ関 - 盛岡間、4月中旬に那須塩原 - 福島間、20日 - 25日に全線再開と修正された[45]

運転再開プランが固まったことを受け、4月1日、東北新幹線を含めた被災路線復興を目的に、「つなげよう、日本。」をスローガンとした震災復興推進キャンペーンが開始された。最初のメディア展開として、各駅構内や車内にはポスターが掲示されたほか、テレビやラジオでのCM放映(ナレーション吉永小百合を起用)が開始された。キャンペーンCMは、トレインチャンネル(車内LCD)を搭載している車両を運用している以下の首都圏在来線でも音声無し(ナレーションはテロップで代用)で放映されている。

4月7日に一ノ関 - 盛岡間が運転を再開(「はやて」を延伸)したが、同日夜に起きた東北地方太平洋沖地震の余震とみられる強い地震により八甲田トンネル内で下り最終列車が立ち往生した。この余震で約450箇所[46](うち一ノ関 - 新青森間は約100箇所[47])の新たな損傷が生じ、一ノ関以北は再び運休となった。

4月12日に那須塩原 - 福島間が運転を再開し(「なすの」を郡山まで延伸、一部「やまびこ」も設定)、福島 - 新庄間で折り返し運転を行っていた山形新幹線「つばさ」も東京までの直通運転を再開。同日から東北本線福島 - 仙台間を結ぶ臨時快速列車新幹線リレー号」の運転を開始(同区間開通前日の4月24日まで運行)。翌4月13日には盛岡 - 新青森間、4月23日に一ノ関 - 盛岡間、4月25日に福島 - 仙台間が運転再開した。

そして4月29日の「震災復興キックオフデー」に合わせて仙台 - 一ノ関間が運転を再開し、全線での運転となった[23]。同日「はやぶさ」を東京 - 新青森間と東京 - 仙台間でそれぞれ1日1往復ずつ運転を再開(6月土休日には新青森発着の臨時列車を1往復増発)し、秋田 - 盛岡間で折り返し運転を行っていた秋田新幹線も同時に東京までの直通運転を再開。また、グランクラスの営業も再開され、利用料金の一部(1人当たり5千円)を被災地支援の義援金として寄付される[48]

運転再開当日は仙台市地下鉄南北線の全線開通や、東北楽天ゴールデンイーグルスKスタ宮城・vsオリックス戦)・ベガルタ仙台ユアテックスタジアム仙台・vs浦和レッズ戦)の本拠地初戦の開催と重なったことから、仙台市の市民ボランティアのTwitterでの呼びかけにより、九州新幹線開業CMを元に、通過する列車を沿線で手を振って迎えようというプロジェクトが企画され、当日は沿線で多くの人が列車に向かって手を振る様子が見られ、この模様がYouTubeニコニコ動画などで配信された[49]

(左)復興推進キャンペーンのステッカーを貼付したE3系と、青森デスティネーションキャンペーンのステッカーを貼付したE2系
(2011年6月12日 東京駅)
(右)長野新幹線あさま用編成にも同様のステッカーを貼付(2011年7月11日 熊谷駅

運行再開にあたっては、前述の復興推進キャンペーンのステッカーと、同時期に開始された青森デスティネーションキャンペーンのステッカーを、上越・長野新幹線を含めたJR東日本所属営業用車両全編成の先頭車両に貼付している(前者は東京寄り、後者は新青森・新潟長野寄りに貼付)。

全線開通後も7月8日までは那須塩原 - 盛岡間では復旧作業のため、通常より速度を落として運転された(同区間最高速度160km/h)。このため300km/h運転ができなくなった「はやぶさ」は特別料金収受を取り止め、「やまびこ」・「はやて」と同じ料金体系が採られた。

7月9日、復旧作業の進捗により、那須塩原 - 福島間と、一ノ関 - 盛岡間の運転速度を通常に戻すダイヤ改正を実施。「はやぶさ」東京 - 新青森間1往復など、列車も増発された[50]。この改正で山形新幹線「つばさ」は震災前の本数・所要時間に戻った。引き続き「はやぶさ」の特別料金収受中止、福島 - 一ノ関間での減速運転が行われた。また、9月1日には仙台駅での乗り継ぎを一部改善するためにダイヤ修正が行われた。

9月22日をもって減速運転を終了し、翌9月23日には全線が震災前のダイヤに戻り、「はやぶさ」の特別料金収受も再開された。これに伴い、グランクラス料金の寄付も終了した[18]




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注釈

  1. ^ 日本最長の鉄道直線区間である室蘭本線白老駅 - 沼ノ端駅間 28.736km には、途中の構内に分岐器などによる曲線部分が含まれる。
  2. ^ 現在この組織体系を取っているのはJR東日本のみであり、東海旅客鉄道(JR東海)の東海道新幹線は同社新幹線鉄道事業本部が並行在来線とは分離して独立管理している。同様に西日本旅客鉄道(JR西日本)の山陽新幹線は同社新幹線管理本部が、九州旅客鉄道(JR九州)の九州新幹線は同社新幹線部が独立管理する。
  3. ^ ただし大宮駅は『JR時刻表』における埼玉県の県庁所在地駅としては扱われていない。
  4. ^ さいたま市の代表駅は浦和駅である。
  5. ^ 青森駅は青函連絡船接続駅だった名残から線路が海に向かって行き止まりになっているため、新幹線は将来の北海道方面延伸時でも方向転換が不要となる現在地に奥羽本線の駅を先行開業させ、のちに東北新幹線を接続させる方法が採用されて現在に至る。北海道側も、函館駅が青函連絡船接続駅だった名残からホームが頭端式で、本州からの列車は五稜郭駅で方向転換する形であることから、新幹線は将来の札幌延伸時に方向転換が不要となるよう、現在の函館本線渡島大野駅北斗市)の位置に新函館北斗駅を建設している。
  6. ^ 長野新幹線は2005年から全面禁煙化済。
  7. ^ これについては東海道・山陽新幹線の車内放送のうち、名古屋駅など一部の駅の乗り換え案内にも当てはまる。名古屋駅では地下鉄線あおなみ線姫路駅では山陽電鉄への乗り換え案内はされていない。
  8. ^ ジェイアール東日本企画はJR東日本グループの広告代理店でJR東日本の連結子会社完全子会社)。

出典

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  2. ^ 最近実用化された新しい架線方式 (PDF) 鉄道総合技術研究所 電力技術研究部
  3. ^ 『新幹線全百科』小学館〈コロタン文庫87〉、148ページ。1982年から存在する施設については実キロが記載されている。
  4. ^ 国土交通省監修『数字で見る鉄道2005』運輸政策研究機構、p.22。
  5. ^ a b 2013年3月ダイヤ改正について (PDF) - JR東日本 2012年12月21日
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  13. ^ a b 東北新幹線八戸〜新青森間の開業時期について (PDF) - JR東日本 2008年11月10日
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  15. ^ 青森延伸で東北新幹線刷新 新型E5系に統一、2階建て「MAX」姿消す - 産経新聞 2009年2月12日(2009年2月14日時点のアーカイブ
  16. ^ 北海道新幹線用車両について (PDF) - 北海道旅客鉄道、2014年4月16日
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  60. ^ 『整備新幹線再び「我田引鉄」の恐れ(10年目の「国鉄改革」=5)』 - 朝日新聞 1996年4月14日朝刊、2面
  61. ^ 『並行在来線(はやて時代=下)』 - 朝日新聞 2002年11月29日朝刊、青森1面
  62. ^ 『地方のカネ食う新幹線』 - 朝日新聞 2008年3月15日朝刊、11面
  63. ^ 『空路も鉄路も借金の山』 - 朝日新聞 2009年8月22日朝刊、5面







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