東京逓信病院 東京逓信病院の概要

東京逓信病院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/29 06:16 UTC 版)

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 東京逓信病院
TTHospital.jpg
情報
英語名称 Tokyo Teishin Hospital
標榜診療科 内分泌・代謝内科、血液内科、神経内科、循環器内科、腎臓内科、消化器内科、呼吸器内科、感染症内科、精神科、外科、呼吸器外科、脳神経外科、整形外科、婦人科、小児科、眼科、皮膚科、形成外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、放射線科、リハビリテーション科、麻酔科、歯科口腔外科、救急総合診療科、病理診断科
許可病床数 477床
職員数 773
機能評価 一般500床以上:Ver5.0
開設者 日本郵政株式会社
管理者 院長 平田恭信
2013年4月1日就任、元東京大学医学部附属病院循環器内科准教授
開設年月日 1938年2月
所在地
102-8798
位置 北緯35度41分49秒
東経139度44分33秒
二次医療圏 区中央部
PJ 医療機関
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1938年(昭和13年)2月逓信省職員と家族を対象の職域病院として開設され、1986年(昭和61年)3月に保険医療機関指定承認を受け一般開放、郵政省関係者以外の一般の患者の利用も可能となった。郵政民営化に伴い、日本郵政株式会社が開設者として、日本郵政グループの企業立病院となった。

沿革

併設施設

いずれも診療棟の隣にある管理棟(医局や事務方社員が勤務する事務室がある建物)の中にある。

  • 日本郵政株式会社首都圏郵政健康管理センター
東京都及び千葉県に所在する郵便局等の日本郵政グループ各社事業所に勤務する社員の健康管理を受け持つ産業医保健師が所属する。元々は当院の組織(健康管理科)であったが、民営化が予測された日本郵政公社当時、健康管理業務と医療業務(逓信病院)を完全に分離するとの方針に基づく組織の再編が行われ、2004年(平成16年)に当院から分離されて発足した。ただし、一事業所としての規模が大きく多数の社員が勤務しているため、元々健康管理室(医務室)が設置されていた霞が関本社ビル・銀座郵便局新東京郵便局に限り、同センターの直接の受け持ちではなく、健康管理室(医務室)を引き継いだ同センターの分室が置かれている。
  • 日本郵政株式会社健康管理事務センター
全国48箇所の健康管理施設(郵政健康管理センター、同分室)における会計・調達事務を集中して行う組織。

旧建物

旧建物

1936年(昭和11年)1月起工され、翌1937年(昭和12年)10月に竣工した旧建物は逓信省経理局営繕課・山田守の設計によるモダニズム建築で、映画『暖流』の舞台ともなった。第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)5月に行われた空襲では本館外来の一部及び院内郵便局焼失の難にあう[1]。戦後も増築されるなどしながら維持されたがついには建て替えられた。






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