有馬稲子 有馬稲子の概要

有馬稲子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/07/26 13:49 UTC 版)

ありま いねこ
有馬 稲子
有馬 稲子
アサヒグラフ』 1951年10月3日号表紙
本名 中西 盛子(なかにし みつこ)
生年月日 1932年4月3日(83歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府豊能郡池田町
(現:池田市
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 映画、テレビドラマ、舞台
活動期間 1949年 -
配偶者 中村錦之助(萬屋錦之介)(1961年 - 1965年
河村三郎(1969年 - 1983年
公式サイト 有馬稲子の喜望峰
主な作品
映画
彼岸花』/『夜の鼓』
人間の条件 第一・二部』
『浪花の恋の物語』/『はだかっ子
武士道残酷物語
テレビドラマ
あすか
名古屋仏壇物語
舞台
風と共に去りぬ
奇跡の人
『はなれ瞽女おりん』

来歴・人物

父が共産主義者だったため官憲に追われ、見かねた祖母が4歳の盛子を釜山にいる、父の実姉の中西かねの下に連れて行く。かね夫婦は子供がいなかったため、盛子は養女となる。養母(伯母)の中西かねは1916年から1926年にかけて有馬稲子(旧字体:有馬稻子)の芸名で宝塚歌劇団4期生として在団していた経歴があり、退団後は藤間流の名取りで日本舞踊を教えていて、盛子も養母から踊りを習う。釜山公立高等女学校に入学するも、間もなく終戦を迎え、伯母の手配で引き揚げ船に乗り、下関に帰国する。当初は引き揚げ船で知り合った人物の世話になり、小倉で1ケ月滞在するも、大阪にいた盛子の実の両親が彼女の生存を知り、再会を果たす。しかし、実父の虐待や弟妹達との関係が上手くいかなかったため、自殺を考える時期もあったという。1945年秋、大阪府立夕陽丘高等女学校に編入する。

中西かね(初代有馬稲子)

1948年、友人から薦められて受けた宝塚音楽学校に入学する。養母が宝塚歌劇団にいたことは、入学後に当人から知らされたという。1949年宝塚歌劇団36期生として宝塚歌劇団に入団、二代目有馬稲子を襲名する。この芸名は百人一首大弐三位の「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」に由来する。この由来を知ってからは、古臭いと思っていた自分の名前が好きになったという。宝塚入団時の成績は63人中9位[1]。在団期間は短かったが、主演娘役として活躍した。在団中の1951年東宝『寳塚夫人(宝塚夫人)』で映画デビューする。元々、宝塚在団中から新劇のファンであり、映画への誘いに抵抗がなかったという。同年7月、映画『せきれいの曲』で初主演する。宝塚歌劇団の最終出演公演の演目は花組公演『巴里の騎士/かぐや姫[1]である。

1953年、自身が男役を演じた際の違和感から映画に興味が転じ、3月25日[1]で宝塚歌劇団を退団し東宝の専属女優となる。1954年には岸惠子久我美子らと共に「文芸プロダクションにんじんくらぶ」を設立する。以降、岸・久我との半世紀にわたる友情は有名である。自ら出演作を決めたりする活発な活動は、「ゴテネコ」とも揶揄された[2]

『アサヒグラフ』 1955年6月29日号より

1955年松竹に移籍する。同様に東宝から移籍してきた岡田茉莉子と共に「松竹の二枚看板」として大活躍した。

1960年3月30日から5月15日まで約1ヶ月半、ヨーロッパを旅行する。当時はまだ海外渡航自由化の前で、貴重なヨーロッパ旅行となった。

1961年公開の『もず』(渋谷実監督)について、当初は杉村春子と岡田茉莉子が母娘役での出演とされていたが、最終的には淡島千景と有馬での製作となった。これは有馬が所属していた「にんじんくらぶ」が『もず』の権利を保有していたためだという。この件は「もず事件」としてマスコミで喧伝された[3]

1961年11月27日、俳優の中村錦之助(萬屋錦之介)と結婚式を挙げる。披露宴の招待客は約1000人以上、用意されたウェディングケーキは高さ2メートルで当時の値段で16万円、と日本映画界を代表するトップスター同士の結婚にふさわしい、当時としては破格の豪華結婚式だった。また、2人の結婚を祝して「有馬錦」という銘柄の日本酒も造られた。さらに中村の父親から900坪の土地を京都に与えられ、そこに150坪の邸宅を構えた。しかし、そこでの家事生活は過酷なもので、昼も夜も台所に立つ日々に疲れてしまい、これが離婚の一因になってしまったという。結婚から約3年7ヶ月後に離婚する。1969年には実業家の河村三郎と再婚するも、1983年に離婚する。なお、中村(萬屋)、河村いずれとの間にも子はなかった。

1965年、負債による「文芸プロダクションにんじんくらぶ」の解散後は、宇野重吉に私淑し劇団民藝に所属する。演技を基礎から学び直したが、再婚と同時に退団した。その後は主に舞台とテレビドラマを中心に活躍している。

自身の著書『バラと痛恨の日々』(1995年)などで、初婚前にある映画監督と不倫関係にあったことを告白している。2010年4月、『私の履歴書』(「日本経済新聞」)でもこの不倫と堕胎について触れ、赤裸々な連載が話題となった。有馬自身は映画監督の実名を公表していないが、一部のマスコミは市川崑であると実名報道している[4][5]

2013年7月17日宝塚大劇場で開催された「宝塚音楽学校創立100周年記念式典 百年(ももとせ)の道〜いま新しき未来へ〜」に、八千草薫天海祐希檀れい(司会を担当)達と共に出席した[6][7]

主な出演

映画

  • 寶塚夫人(宝塚夫人)(1951年)
  • せきれいの曲(1951年)
  • ひまわり娘(1953年)
  • 母と娘(1953年)
  • 都会の横顔(1953年)
  • 幸福さん(1953年)
  • 愛人(1953年)
  • 晩菊(1954年、※DVD発売) - キネマ旬報ベストテン第7位
  • わたしの凡てを(1954年)
  • 女性に関する十二章(1954年)
  • 結婚期(1954年)
  • 伊津子とその母(1954年)
  • 愛(1954年)
  • 息子の縁談(1955年)
  • 貝殻と花(1955年)
  • 東京-香港・蜜月旅行(1955年)
  • 花嫁はどこにいる(1955年)
  • 太陽は日々新たなり(1955年)
  • 川のある下町の話(1955年)
  • 泉へのみち(1955年)
  • 胸より胸に(1955年)
  • 君のうたごえ(1956年)
  • 泉(1956年)
  • 女の足あと(1956年)
  • 白い魔魚(1956年)
  • 朱と緑(1956年)
  • 晴れた日に(1956年、※DVD発売)
  • 花嫁募集中(1956年)
  • ここは静かなり(1956年)
  • 踊る摩天楼(1956年)
  • つゆのあとさき(1956年)
  • 松竹まつりスタア総動員 スタジオ超特急(1956年)
  • 松竹まつりスタア総動員 女優誕生(1956年)
  • 白磁の人(1957年)
  • 大忠臣蔵(1957年、※DVD発売)
  • 東京暮色(1957年、※DVD発売)
  • 体の中を風が吹く(1957年)
  • 娘三羽烏(1957年)
  • 黒い河(1957年)
  • 抱かれた花嫁(1957年)
  • 黒い花粉(1958年)
  • 坊っちゃん(1958年)
  • 夜の鼓(1958年) - キネマ旬報ベストテン第6位
  • ボロ家の春秋(1958年)
  • 赤い陣羽織(1958年)
  • 森と湖のまつり(1958年、※DVD発売)
  • 彼岸花(1958年、※DVD発売)- キネマ旬報ベストテン第3位
  • 風花(1959年、※DVD発売)
  • 空かける花嫁(1959年)
  • 春を待つ人々(1959年)
  • 人間の條件[8] 第一・二部(1959年、※DVD発売)- キネマ旬報ベストテン第5位
  • いたづら(1959年)
  • 危険旅行(1959年、※DVD発売)
  • 惜春鳥(1959年、※DVD発売)
  • 浪花の恋の物語(1959年、※DVD発売) - キネマ旬報ベストテン第7位
  • わが愛・「通夜の客」より(1960年)
  • 白い崖(1960年)
  • 観賞用男性(1960年)
  • 朱の花粉(1960年)
  • 波の塔(1960年、※DVD発売)
  • もず(1961年、※DVD発売)
  • ゼロの焦点(1961年、※DVD発売)
  • かあちゃんしぐのいやだ(1961年)
  • 雲がちぎれる時(1961年、※DVD発売)
  • はだかっ子(1961年、※DVD発売) - キネマ旬報ベストテン第8位
  • 充たされた生活(1962年)
  • お吟さま(1962年)
  • 酔っぱらい天国(1962年)
  • 武士道残酷物語[9] Bushido - Sie lieben und sie töten(1963年、※DVD発売) - キネマ旬報ベストテン第5位
  • 大根と人参(1965年)
  • 徳川家康(1965年)
  • 無法松の一生(1965年)
  • 告白的女優論(1971年、※DVD発売)
  • 生きてはみたけれど 小津安二郎伝(1983年)
  • いのちの海 Closed Ward(2001年)
  • 夢のまにまに(2008年、※DVD発売)

テレビドラマ

宝塚歌劇

  • 春のおどり(花組)(1950年4月1日 - 4月30日、宝塚大劇場
  • アラビアンナイト(花組)(1950年8月1日 - 8月30日、宝塚大劇場)
  • 春風の接吻(花・星組)(1950年12月1日 - 12月28日、宝塚大劇場)
  • ラ・ヴィオレテラ(花組)(1951年2月1日 - 2月27日、宝塚大劇場)
  • 虞美人(花組)(1951年10月2日 - 10月30日、宝塚大劇場)- 桃娘 役
  • 源氏物語/ブロードウェイ(花組)(1952年1月1日 - 1月30日、宝塚大劇場)
  • シャンソン・ド・パリ(花組)(1952年7月1日 - 7月30日、宝塚大劇場)
  • 巴里の騎士/かぐや姫(花組)(1952年11月1日 - 11月30日、宝塚大劇場)*退団公演

舞台(宝塚歌劇以外)

ラジオ

テレビ番組

  • いちばんきれいなとき(NHK-BS2) - 有馬を含む5人の女優たちのインタビュー番組
  • 徹子の部屋 (テレビ朝日)

他、多数

CM




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  1. ^ a b c 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』(阪急コミュニケーションズ2014年4月1日)P.45-46。ISBN 9784484146010
  2. ^ 「わたしの失敗」 p197。
  3. ^ 岡田茉利子『女優 岡田茉利子』(文藝春秋)P.194-195
  4. ^ 有馬稲子が市川崑監督との不倫、堕胎告白 - asahi.com (2010年4月22日) 2012年4月9日閲覧。
  5. ^ 不倫中絶を告白...有馬稲子が市川崑監督と - nikkansports.com (2010年4月22日) 2012年12月13日閲覧。
  6. ^ 宝塚音楽学校創立100周年記念式典 百年(ももとせ)の道~いま新しき未来へ~ - スポニチ、2013年7月18日
  7. ^ 式典詳報…すみれ寮も新築へ 90代も参加100周年祝う、天海祐希は… - 産経、2013年7月18日
  8. ^ ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞、パシネッティ賞(国際映画記者賞)受賞作品。
  9. ^ 第13回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品。


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