快楽の園 快楽の園の概要

快楽の園

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/16 15:09 UTC 版)

『快楽の園』
作者 ヒエロニムス・ボス
制作年 1503年-1504年(他説あり)
素材 油彩祭壇画
寸法 220 cm × 389 cm (87 in × 153 in)
所蔵 プラド美術館マドリード

体裁

この三連祭壇画は板に油彩で描かれたもので、長方形の両翼を閉じると中央パネルを完全に隠す(いわば三面鏡のような)構造になっており、両翼裏面それぞれに半円ずつ描かれた天地創造地球、(当然ではあるが描かれている地球は当時の人々の考える(すなわち天動説を基にした)地球の姿である)のグリザイユが現れる。三枚のパネルに描かれている絵画はおそらく左翼、中央パネル、右翼へと展開する物語になっているが、必ずしも左翼から観なければならないというわけではない。左翼には神がアダムイヴを贈る場面、中央パネルには猥雑で人目を引く裸体の人物、空想上の動物、巨大な果物、石などが積み上げられた構造物などの広大な情景、右翼には地獄で拷問を受ける罪人などがそれぞれ描かれている。

美術史家や評論家は『快楽の園』を誘惑からの危険に対する警告を意図した作品であると解釈することが多い[5]。しかしながら、特に中央パネルに描かれた複雑な象徴的意味が何を表しているのかが何世紀にもわたって学術論争の的になってきた[6]。20世紀の美術史家の間では、祭壇画の中央パネルには道徳的な警告が描かれていると解釈する研究者と、失楽園が描かれていると解釈する研究者との二派に大きく分かれている。アメリカ人作家のピーター・S・ビーグルは「不道徳で享楽的な雰囲気に満ちあふれ、観る者全てを窃視症にするかのような性的狂乱が描かれている」としている[7]

ボスは画家としてのキャリアを通じて、3点の大きな三連祭壇画を制作した。どの祭壇画もそれぞれのパネルに描かれた題材が重なり合い、全体として一つの意味が表現される構成になっている。これら3点の祭壇画に共通して言えることは、どれも特定の歴史や信仰に直接関連するテーマを扱ったものではないということである。当時の三連祭壇画は左翼、中央パネル、右翼へと物語が流れていき、両翼にはエデンと最後の審判が描かれ、中央パネルには何らかの寓意を秘めた作品が多かった[8]。『快楽の園』が教会の装飾用として制作されたのかどうかははっきりとしていない。しかし、中央パネルと右翼に描かれている極端な内容からすると教会や修道院で使用されていたとは考えにくく、一般信徒の依頼に応じて制作された可能性が高い[9]

来歴

『快楽の園』の制作年度ははっきりしていない。ルードヴィヒ・フォン・バルダスは1917年の著作で、ボスの若年期の作品ではないかとしている[10]。しかしながら1937年のシャルル・デ・トルネイの著作以来[11]、20世紀美術史家の間では、この絵画が1503年から1504年にかけて描かれた作品か、あるいはもっと後になってから描かれた作品であるという見解で一致している。どちらの見解であれ、制作年度の根拠はこの作品における空間表現の「古典的」な手法にある[12]。現代になってからの年輪年代学の測定で『快楽の園』に使用されているオーク板が1460年から1466年の間に切り出されたものであり、少なくともこの作品がその年代以降に描かれたことが判明した[13]。絵画の支持体として木板を使用する場合には、経年変化によるひび割れなどの原因となる水分を抜くために一定期間そのまま保管されるため、このオーク板にボスが『快楽の園』を描いたのは板が切り出された年代よりも数年以上後のことになる。さらにこの作品には「新世界」である南アメリカ原産の果物であるパイナップルが描かれていることから、クリストファー・コロンブスによる1492年のアメリカ大陸の発見以降に描かれたと推測されている[13]。しかしベルナール・ヴァルメは年輪年代学による測定を根拠に[14]、『快楽の園』はもっと早い年代に描かれたものであり、「新世界」の産物が描かれているというのは誤りで、作品に描かれているのはアフリカの産物であると主張している[15]。ヴァルメは、ボスが古典的手法にこだわってこの絵画を描いたというデ・トルネイの考えを否定し、より新しい芸術性を求めていたとした。そしてこの絵画がナッサウ=ヴィアンデン伯エンゲルベルト2世 (en:Engelbert II of Nassau) の依頼に応じて制作されたもので、その時期はエンゲルベルト2世がスヘルトーヘンボス金羊毛騎士団の会合に出席した1481年か、その直後であると主張した[16]

『ナッサウ=ヴィアンデン伯エンゲルベルト2世の肖像』アムステルダム国立美術館

『快楽の園』が最初に文献に現れるのは1517年で、これはボスが死去した翌年にあたる。16世紀のイタリアモルフェッタの律修司祭で美術愛好家でもあり、枢機卿の随行員としてヨーロッパ各地を巡ったアントーニオ・デ・ベアティスの記録で、この作品がブリュッセルナッサウ伯爵邸宅の装飾になっているというものである[17]。ナッサウ伯爵邸は貴顕の集まる建物で、政府首脳や宮廷高官が訪れることも多かった。この絵画は誰かの依頼によって描かれた作品であり、「たんに...ボスの創造力の趣くままに」描かれたものではない[18]。1605年の記録には、この絵画のことを『イチゴの絵画 (strawberry painting)』と記載されており、これは中央パネルの目立つ場所に赤い実をつける「イチゴの木」とも呼ばれるマドロナの木が描かれていることに由来する。また、『色欲 (La Lujuria)』と表現したスペイン人著述家もいた[12]

ヘンドリック3世・ファン・ナッサウ=ブレダの肖像, ベルナールト・ファン・オルレイ, 『快楽の園』のパトロンではないかとも考えられているナッサウ=ブレダ家出身の軍人で、熱心な美術品収集家としても知られていた[4]

ルネサンス人文主義の洗礼を受けたブルゴーニュ領ネーデルラントの上流階級層がボスの絵画のコレクターとなっていたことも考えられるが、ボスの没年直近でその作品の収蔵場所がはっきりしているものはほとんどない[19]。『快楽の園』の依頼主は当時ハプスブルク家統治下のネーデルラント総督あるいは支配者だったナッサウ=ヴィアンデン伯エンゲルベルト2世(1504年没)か、その後継者ヘンドリック3世・ファン・ナッサウ=ブレダだった可能性がある。デ・ベアティスの旅行記には「奇怪なものが描かれた数枚の板絵がある。海、空、樹木、草原など様々なものが描かれ、貝から這い出る人々、四羽の鳥に運ばれる男女など、あらゆる人種がそれぞれに異なる行動やポーズで表現された作品だ」と記述されている[20]。前述のようにこの作品はナッサウ伯爵邸に飾られており多くの人々の目に触れる機会があったため、ボスの評判や名声はヨーロッパ中に知れ渡った。『快楽の園』の評判がいかに高かったかは、ボスの死後まもなくして多くの贋作が出回ったことや、裕福なパトロンの依頼に応じた油彩、版画など多くの複製品が現存していることからも推測できる[21]。複製されたのは中央パネルのみの場合がほとんどで、ボスが描いたオリジナルそのままに表現されているが、オリジナルよりも小さなサイズで制作されることが多く、作品の質的にも劣っている。ボスの死後に次世代の芸術家たちによって、壁面を飾るタペストリーとして複製されることもあった[22]

『快楽の園』は他に類を見ない異端の祭壇画であり、特に中央パネルには宗教的なモチーフが描かれていないことなどから依頼主が誰であるか不明となっていたが、1960年代に発見されたデ・ベアティスの旅行記が新たな視点を与えた。当時のフランドルの画家たちが手がけた二連祭壇画の多くは個人からの依頼で制作されたものであり、少数ではあるが個人からの依頼で制作された三連祭壇画もあった。しかしボスが描いた『快楽の園』はそれら個人所有のものとは違って異例にサイズが大きく、さらに個人から依頼された宗教絵画にはその依頼主が描かれる (en:Donor portrait) のが通例であったが、そういった人物像は描かれていない[23]。しかしながら『快楽の園』の大胆で奔放な内容からすると、この絵画に描かれているような不道徳な行為を強く戒めていた当時の教会が依頼主とは考えにくい[12]。しかし、数十年後の1566年には、マドリード近郊のエル・エスコリアル修道院の壁面を飾るタペストリーのモデルとして『快楽の園』が選ばれている[3]

ヘンドリック3世が死去すると、『快楽の園』は甥である沈黙公ウィレム1世が相続した。ウィレム1世は後にスペインを反旗を翻すオランダ革命 (en:Dutch Revolt) を主導し、オラニエ=ナッサウ家の祖となる人物である。しかし1568年にアルバ公フェルナンドがこの作品をウィレム1世から没収し、スペインへ持ち去った。そしてフェルナンドの庶子でスペイン軍人のドン・フェルナンドの所有となっている[24][25]。1591年にはスペイン王フェリペ2世が競売に掛けられていた『快楽の園』を買い取り、2年後にエル・エスコリアル修道院に奉納している。1593年7月8日の奉納記録には[12]、「油彩三連祭壇画、ヒエロニムス・ボスによって様々な奇怪なものが描かれており、『山桃 (el Madroño ) 』と呼ばれている」という記述がある[26]。そして1939年にエル・エスコリアル修道院が所蔵していた他の数点のボスの絵画とともにプラド美術館に移譲され、現在に至っている[27]。『快楽の園』の保存状態は部分的によくない箇所もあり、特に中央パネルの蝶番周辺の顔料の剥落が目立っている[12]


  1. ^ ボスの正確な誕生年は不明だが、1450年ではないかと推測されている。 Gibson, pp. 15 - 16
  2. ^ Snyder 1977, 9
  3. ^ a b Snyder 1977, 96
  4. ^ a b Bosing, 60
  5. ^ Kleiner & Mamiya, 564
  6. ^ Snyder 1977, 100
  7. ^ Belting, 7
  8. ^ Belting, pp.85 - 86
  9. ^ Gibson, 99
  10. ^ Baldass Ludwig von, "Die Chronologie der Gemälde des Hieronymus Bosch", in: Jahrbuch der königlichen Preuszischen Kunstsammlungen, XXXVIII (1917), pp. 177-195
  11. ^ Tolnay, Charles de Hieronymus Bosch. Basel, 1937
  12. ^ a b c d e Cinotti, 99
  13. ^ a b Glum 2007, 3
  14. ^ Vermet, Bernard M.. "Hieronymus Bosch: painter, workshop or style?" in Koldeweij et al. 2001a, 84-99:90-91
  15. ^ Vermet 2010
  16. ^ ボスは生涯のほとんどを生地であるスヘルトーヘンボスで送っている
  17. ^ この記録を発見したのはJ.K.シュテッペで、1962年になってからのことだった (Jaarboek van de Koninklijke Vlaamse Academie voor Wegenschaften 24 [1962], 166-67)。ドイツの美術史家ヴィルヘルム・フレンガーが『快楽の園』はキリスト教異端派の指導者の依頼によるものだという仮説を立てた20年後のことだが、この仮説に対しては後に美術史家エルンスト・ゴンブリッチが、ナッサウ家が依頼主であると反論している。Belting, 71
  18. ^ Belting, 71
  19. ^ Moxey, 107–108. 教会、王族からの依頼やコレクションの記録が僅かながら残っている
  20. ^ Silver, Larry. "Hieronymus Bosch, Tempter and Moralist". Per Contra: The International Journal of the Arts, Literature and Ideas, Winter 2006–2007. Retrieved April 27, 2008
  21. ^ "Bosch and Bruegel: Inventions, Enigmas and Variations". The National Gallery, London. Press release archive, November 2003. Retrieved May 26, 2008
  22. ^ Belting, 79–81
  23. ^ Harbison, 77–80
  24. ^ Belting, 78
  25. ^ Vandenbroeck, Paul. "High stakes in Brussels, 1567."The Garden of Earthly Delights" as the crux of the conflict between William the Silent and the Duke of Alva," in Koldeweij, et al. 2001b, 87–90
  26. ^ Larsen, 26
  27. ^ Prado, 36
  28. ^ Snyder 1977, 102
  29. ^ a b c Belting, 21
  30. ^ Veen & Ridderbos, 6
  31. ^ a b c von Baldass, 33
  32. ^ 大地が水に満ちていることから大洪水の地球が描かれていると考える研究者もいる。(Mann, Richard G. "Melanie Klier's: Hieronymus Bosch: Garden of Earthly Delights." Utopian Studies, 2005)
  33. ^ a b Belting, 22
  34. ^ Gibson, 88
  35. ^ Dempsey, Charles. "Sicut in utrem aquas maris: Jerome Bosch's Prolegomenon to the Garden of Earthly Delights". MLN. The Johns Hopkins University Press, 119:1, January 2004. S247 - S270. Retrieved November 14, 2007
  36. ^ Cinotti, 100
  37. ^ 神はアダムとイヴに楽園での自由な生活を許したが、「知恵の木の実」を食べることは固く禁じた。しかしイヴは蛇に誘われ禁を犯して知恵の木の実を食べ、アダムも彼女にそそのかされて食べる。そのため彼らは善悪を知り、自らの裸体を恥じて局部を木の葉で隠した。神の怒りによってアダムとイヴは楽園を追放され、彼らの子孫である人間は限りある命と労働・出産に苦しむようになる。これを原罪と言う。
  38. ^ ボスの作品には、比喩や象徴を含んで謎は多いものの、異形のものが描かれない、伝統的な主題に基づく正統的な絵も少なくない。『東方三賢王の礼拝』・『放蕩息子』・『荊冠のキリスト』等がそれであり、ボスの画家としての卓越した技術や構成力の一面が見られる。
  39. ^ 肉体的(性的)快楽は正統派のカトリック信仰では忌むべきものとされるが、アダム派ではこれを積極的に肯定し、それによって原罪以前の至福の世界に戻れると主張した。
  40. ^ プラド美術館蔵。1500年から1505年頃の作品と考えられる。『快楽の園』同様3面構成の祭壇画で、左翼にはエデンの園、右翼には地獄が描かれ、中央には現世の富を象徴する干し草を山と積んだ車と、それに群がる人々が描かれる。車は化け物たちに引かれて右に、つまり右翼に描かれた地獄の方に進んでいる。この世の富のむなしさと、ありったけの富を手にしようとする人間の強欲、強欲の果てには地獄があることを表現しているとされる。
  41. ^ カトリックの教えで人間が犯してはならないとされた7種の罪、すなわち暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・傲慢・嫉妬を指す。ボスにも、七つの大罪を描いた作品がある。
  42. ^ Surréalisme フランス語。超現実主義を指す。マックス・エルンストサルバドール・ダリルネ・マグリット等が代表的。
  43. ^ Burness, Donald B. "Pieter Bruegel: Painter for Poets". Art Journal, Volume 32, No. 2, Winter, 1972–1973. 157–162
  44. ^ Jones, Jonathan. "The end of innocents". The Guardian, January 17, 2004. Retrieved May 27, 2008
  45. ^ "Mad Meg by Pieter Bruegel the Elder, 1561-62". Royal Museum of Fine Arts, Antwerp. Retrieved May 27, 2008
  46. ^ Kimmelman, Michael. "Arcimboldo’s Feast for the Eyes". New York Times, October 10, 2007. Retrieved May 27, 2008
  47. ^ a b c Moray, Gerta. "Miró, Bosch and Fantasy Painting". The Burlington Magazine, Volume 113, No. 820, July 1971. 387–391
  48. ^ Fanés, Fèlix. Salvador Dalí: The Construction of the Image, 1925-1930. Yale University Press, March, 2007. 121. ISBN 0-300-09179-6
  49. ^ Tremlett, Giles. "Online gallery zooms in on Prado's masterpieces". Guardian, January 14, 2009. Retrieved June 19, 2010.


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