尾崎豊 死因について

尾崎豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/02/22 16:47 UTC 版)

尾崎 豊(おざき ゆたか、1965年11月29日 - 1992年4月25日)は日本ミュージシャンシンガーソングライター




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注釈

  1. ^ 尾崎の所属事務所『マザー・エンタープライズ』およびレーベル『MOTHER&CHILDREN』の社長。
  2. ^ 当時、1ヶ月にも及んで、民放のみならずNHKも含めたテレビ各局は連日のように尾崎の特集を組んだ。
  3. ^ 尾崎は2、3年生共に文化祭直前に停学処分を受けており、文化祭に出られなくて悔しかったことをオーディションの際に述べている[7]
  4. ^ 月給は2万円で、尾崎の担当区域は180部だった[8]
  5. ^ 須藤は「尾崎がノートに書いてくるのは歌詞ではなく、もはや散文のようなもので、それもノート1ページだけではなく、時には2、3ページ書いてくることもあった。」と語っている[7]
  6. ^ 実際に当時は「卒業」の歌詞に影響されて、学校の校舎の窓ガラスを割るという事件が頻発した[10]
  7. ^ 人数については様々な憶測があり、3万8000人、4万人、5万人、5万3000人などの説がある。
  8. ^ それぞれ、美空ひばり、忌野清志郎の追悼式は4万2000人、坂井泉水の追悼式は4万100人、吉田茂の国葬は4万人という規模であった[14]
  9. ^ 防犯上、警備上の理由のため、実際にはこの墓地には尾崎の遺骨は納骨されていない。
  10. ^ のちに、Mr.Childrenらを生んだ小林武史が優勝している。
  11. ^ a b ファーストアルバム『十七歳の地図』に収録されている『街の風景』の原曲。
  12. ^ 原宿音楽祭での「町の風景」は平成21年(2009年)3月30日に放送されたTBSラジオのラジオ番組「kakiiin尾崎豊」にて公開されている。
  13. ^ 十七歳の地図」の原曲。尾崎がつけたタイトルは「野良犬の道」。
  14. ^ オーディションは前日の10月10日に行われたが、尾崎はオーディションを受けなかった。翌日、CBSソニーのプロデューサーである丸沢和宏に説得され、オーディションを受けた[16]
  15. ^ この日に尾崎は友人らを招いて『退学記念パーティー』を開催、「街の風景」と「僕が僕であるために」を涙で声をつまらせながら歌った[4]
  16. ^ 正確には「Scrambling Rock'n'Roll」の間奏中。
  17. ^ その後もなんとかスタッフに支えられステージに這いつくばりながらセットリストのすべての曲を歌い切った。
  18. ^ 大阪球場でのライブはライブツアー「Tropic of Graduation Tour」時に開催されたものであるが当時のツアーパンフレットには日程が記載されておらず、大阪球場での公演2日前の8月23日でツアーは終了する予定であったがツアー開始初日の5月6日に関係者の間で会見を行い公表した。チケットは発売後に即日完売したことからも当時、尾崎の人気が一気に高まっていたことが伺える。
  19. ^ 最初にニューヨークへ渡ったのは1月で、その後は行ったり帰ったりを繰り返し、6月から長期滞在していた。
  20. ^ 同社はのちにアルファ・ムーンと合併しエム・エム・ジーとなり、その後イーストウエスト・ジャパンとなる。
  21. ^ 日本武道館でのライブは尾崎の夢だったが、同じく日本武道館での公演がプログラムされた「放熱への証」ツアーも尾崎の急死によって中止に終わり、結局叶うことはなかった。
  22. ^ 裁判官は尾崎に対して「人気歌手として社会に与えた影響は大きい。仕事上のスランプは理解できないわけではないが、法律が厳禁している覚せい剤の使用は決して許されるべきではない。両親が歌手生命が絶たれても警察に通報して救おうとした熱意などもあり、もう一度更生の機会を与える。一日も早く立ち直るように」と話した。また尾崎は判決が下されるまで実刑を信じていたという。[17]
  23. ^ 釈放時、右手には手垢が滲みた村上春樹の「羊をめぐる冒険」を持っていた[18]。またファンらが彼の出所を祝うかのように「存在」や「卒業」を歌ったという。
  24. ^ 2013年現在、このCDの売り上げが尾崎史上最高となっている。
  25. ^ このライブの模様は映像作品『OZAKI・19』に収録
  26. ^ 結局「TOKYO ROCKFEELING FESTIVAL」は尾崎以外の出演者で行われた。
  27. ^ 岡村とは1987年8月6日の広島平和コンサート「ALIVE HIROSHIMA '87」で共演し、岡村の楽曲「Young Oh! Oh!」を岡村と共に歌っている。
  28. ^ 北勝海とは亡くなる前々日の1992年4月23日に東京・六本木スナックで知り合っている。その際に尾崎は北勝海に「次の僕のコンサート必ずきてくださいよ。チケット送りますから。」と話したという[24]
  29. ^ RED WARRIORSや大友康平(HOUND DOG)らは尾崎と同じ事務所であるマザーエンタープライズに所属していた。
  30. ^ 武道館でのライブは尾崎の夢であった[30]
  31. ^ 現行教科書11種類のうち3種類の本に記述があること。
  32. ^ 巻数は『~℃』で表されていた。
  33. ^ 3℃は1992年4月に発行され、その直後の4月25日に尾崎は急死した。
  34. ^ 浜田は事務所の名や曲名などに「ROAD」を多用している。
  35. ^ 尾崎は自分のイメージを鋭く尖ったナイフのような『Egde』だと解釈していたことによる。
  36. ^ 主にライブ映像を中心として構成されている。
  37. ^ 今番組内で放送された「ハイスクールRock'n'Roll」のMCでブルース・スプリングスティーンに関する話をしている。
  38. ^ 既に2010年に開催された音楽イベント「フジロック」において公開されていた。
  39. ^ この番組は無料放送として放送された。
  40. ^ 「誰かのクラクション」は尾崎がパーソナリティを務めたレギュラー番組で、1985年10月から1986年3月、1986年10月から1987年3月にオンエアされていた。番組ディレクターは加藤与佐雄。
  41. ^ アルバム版では『Driving All Night』となっている。
  42. ^ アマチュアバンドの前座として参加。
  43. ^ 核 (CORE)」の原曲。
  44. ^ 白井貴子の前座として参加。
  45. ^ 一部の関連本で、大阪球場での「Scrambling Rock'n'Roll」はプログラムからカットされた、とあるのは誤り。
  46. ^ ツアー途中に尾崎本人の急病により、ツアーが中断している。
  47. ^ 4日後の9月28日に公演会場である新潟県民会館へ入るも、ライブ前に倒れ、ツアーは中断されたため、結果的にこの日が本ツアーの最後の公演となった。
  48. ^ 多数の関連書では「15の夜」がプログラムされておらず、「十七歳の地図」となっているが、両曲ともに演奏されている。
  49. ^ 「・ism」が演奏された公演もあり
  50. ^ 6日の出演は予定になく、急遽出演したため「シェリー」、「僕が僕であるために」のみを演奏している。
  51. ^ 一部の関連本では、アンコールに「15の夜」がプログラムされているが誤り。
  52. ^ 2012年12月1日公開。
  53. ^ 尾崎本人が急死したため全公演中止となった。
  54. ^ 後に、未収録写真を76点を追加して「FREEZE MOON+」として再発売されている《2009年、春日出版、ISBN 4863211546》。

出典

  1. ^ BEATCHILD(ビートチャイルド)映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987」出演者
  2. ^ 永井雄一 『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日ISBN 4-88718-117-5
  3. ^ a b c 「風の少年~尾崎豊 永遠の伝説~」(2012年3月21日、BSジャパン
  4. ^ a b c フジテレビ系列「尾崎豊 ~作られた教祖~」平成4年(1992年)6月2日放送分より
  5. ^ 「尾崎豊ストーリー 未成年のまんまで」(1985年、落合昇平著、ソニー・マガジンズISBN 4789701964
  6. ^ 「尾崎豊 青春の叫び BORN TO RUN」(2002年4月21日、NHK-BS2
  7. ^ a b 2012年11月10日 NHK-BSプレミアム『ヒーローたちの壮絶人生』より
  8. ^ 永井雄一 「第2章 伝説の始まり」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、67頁。ISBN 4-88718-117-5
  9. ^ 永井雄一 「第2章 伝説の始まり」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、67-68頁。ISBN 4-88718-117-5
  10. ^ a b c d 日本テレビ系列「知ってるつもり?!」1997年4月13日放送分より
  11. ^ 永井雄一 「第1章 風になった尾崎」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、18ページ。ISBN 4-88718-117-5
  12. ^ 読売新聞 1992年4月26日朝刊
  13. ^ 朝日新聞 1992年4月26日朝刊
  14. ^ “ひばりさん4.2万/著名人葬儀参列者数”. 日刊スポーツ. (2009年7月5日). http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20090705-514400.html 2014年3月14日閲覧。 →アーカイブ(テキスト部分のみ)》
  15. ^ 須藤晃『尾崎豊 覚え書き』(1998年、小学館、ISBN 4094021019)P147より
  16. ^ a b 永井雄一 「第2章 伝説の始まり」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、72頁。ISBN 4-88718-117-5
  17. ^ 永井雄一 「第4章 神話崩壊」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、168頁。ISBN 4-88718-117-5
  18. ^ 永井雄一 「第4章 神話崩壊」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、169頁。ISBN 4-88718-117-5
  19. ^ アイソトープ公式サイト「OZAKI20」
  20. ^ “吉田豪×坂上忍の衝撃トーク いまだから語れる素顔の尾崎豊”. NEWSポストセブン. (2012年6月13日). http://www.news-postseven.com/archives/20120613_118048.html 2014年3月15日閲覧。 →アーカイブ
  21. ^ WOWOWで尾崎豊デビュー30周年記念番組 - EMTG.JP
  22. ^ 須藤晃 「真夏の記念日」『尾崎豊 覚え書き』 小学館、1998年1月1日、180-181頁。ISBN 4-09-402101-9
  23. ^ 「forever OZAKI」(1999年4月25日発行、ルー出版)
  24. ^ 永井雄一 「第1章 風になった尾崎」『尾崎伝説 愛の伝道師』 株式会社データハウス、1992年6月25日、19頁。ISBN 4-88718-117-5
  25. ^ “辻仁成 尾崎豊さんから悩みを聞いた”. デイリースポーツ. http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/07/24/0007175475.shtml 2014年7月25日閲覧。 
  26. ^ a b 復刻・尾崎豊さん肺水腫だった”. nikkansports.com. 2014年5月24日閲覧。
  27. ^ a b 尾崎豊さん「遺書」月刊誌に全文掲載”. nikkansports.com. 2014年5月24日閲覧。
  28. ^ a b c d 支倉逸人『検死秘録』 ISBN4-334-97352-3
  29. ^ 朝日新聞1999年10月7日号
  30. ^ 須藤晃『尾崎豊 覚え書き』(1998年、小学館、ISBN 4094021019
  31. ^ “尾崎の記憶永遠に”. 読売新聞. (2011年10月4日). https://web.archive.org/web/20111010050604/http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news2/20111004-OYT8T00284.htm 2014年3月15日閲覧。 ※現在はインターネットアーカイブに残存(掲載写真画像を除く)
  32. ^ “尾崎豊さんの“遺書”あった 10日発売の「文藝春秋」に掲載 「先日からずっと死にたいと…」”. 産経新聞. (2011年11月9日). https://web.archive.org/web/20131001042327/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111109/ent11110914340014-n1.htm 2014年3月15日閲覧。 
    ※全2頁構成《上記リンクは第1頁を表示;→第2頁》。何れも現在はテキスト部分のみインターネットアーカイブに残存
  33. ^ “尾崎豊の遺書公開に実父 「本当の遺書?」「自殺じゃない」”. NEWSポストセブン. (2011年11月18日). http://www.news-postseven.com/archives/20111118_71059.html 2014年3月15日閲覧。 →アーカイブ
  34. ^ アイソトープによる公式サイト
  35. ^ 尾崎豊 デビュー30周年記念日 -THE DAY- | WOWOWオンライン







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