天智天皇 系図

天智天皇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/03/11 13:59 UTC 版)

天智天皇(てんちてんのう / てんじてんのう、推古34年(626年)- 天智天皇10年12月3日672年1月7日))は第38代天皇(在位:天智天皇7年1月3日668年2月20日) - 10年12月3日(672年1月7日))。和風諡号天命開別尊(あめみことひらかすわけのみこと / あまつみことさきわけのみこと)。一般には中大兄皇子(なかのおおえのおうじ / なかのおおえのみこ)として知られる。「大兄」とは、同母兄弟の中の長男に与えられた皇位継承資格を示す称号で、「中大兄」は「二番目の大兄」を意味する語。(実名)は葛城(かづらき/かつらぎ)。漢風諡号である「天智天皇」は、代々の天皇の漢風諡号と同様に、奈良時代淡海三船によって撰進され、「最後の王である紂王の愛した天智玉」から名付けられたと言われる[1]




註釈

  1. ^ 日本書紀

出典

  1. ^ 森鴎外「帝諡考」による説。
  2. ^ a b 高島正人『藤原不比等』P60
  3. ^ 高島正人『藤原不比等』P62
  4. ^ 扶桑略記』では病死説の後一説として「一云 天皇駕馬 幸山階鄕 更無還御 永交山林 不知崩所 只以履沓落處爲其山陵 以往諸皇不知因果 恒事殺害」とあり山中で行方不明になったとされることから天武天皇側による暗殺説もある。これには「『扶桑略記』は『日本書紀』が編纂された時代より遙かに後の書物なので信憑性は低い」とする反論がある。この反論には「日本書紀は当時(天武天皇の系譜)の政権が編纂したものなので自分達に都合の悪い事は書かない」とする更なる反論がある。


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