大喜利 (笑点) 大喜利 (笑点)の概要

大喜利 (笑点)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/21 12:45 UTC 版)

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本項では、BS日テレの『BS笑点』と日テレプラスの『笑点Jr.』の大喜利コーナーについても記載する。

概説

大喜利は通常、演芸の後に行われるが、時々演芸内でも日本テレビのアナウンサー6名による「アナウンサー大喜利」を行うことがある。その際は大喜利メンバーが司会や座布団運びを務める。最近では司会が6代目三遊亭圓楽三遊亭小遊三で、座布団運びが春風亭昇太林家たい平が務める。

初代司会の立川談志から3代目司会の三波伸介まではCMが終わって画面が切り替わった時点で既にメンバー全員が板付きでの挨拶状態だったが、4代目司会の5代目圓楽以降は笑点のオープニング曲に合わせて、上手からメンバーが登場するようになった(現在では、小遊三好楽木久扇昇太6代目圓楽たい平山田隆夫の順に登場する)。メンバーが座り、一旦全員の姿が映された後で司会者(桂歌丸)が現れ、席に着いた後に扇子を一打ちして大喜利が始まる。このオープニングに変えたのはプロデューサーの「番組に動きを作りたい」「笑点の象徴として定着しているテーマ曲を何とか使えないか」という意向があったためである。

大喜利開始の際に歌丸は「○○な(罵倒ネタ)皆様方のご挨拶からどうぞ」と言い、続いてメンバーによる20~30秒ほどの短めの挨拶(小遊三→好楽…の順)となる(たまに小遊三はそこにツッコミを入れることもある)。地方収録の場合、1週目は「東京を石もて追われた皆さん」と紹介し、山田には「呼ばれてもないのについてきた山田君(または「座布団運び」)」と紹介する。2週目は開催地にちなんだ紹介をする。メンバーの挨拶が一通り終わると歌丸は座布団十枚の賞品のキーワードを言ってから本題に入る。

大喜利の最中に不自然な座布団の増減が見られるときがあるが、これは時間調節や下ネタなどの関係でネタがカットされることがあり、カットの中でも座布団をあげたり取ったりする事もあるためである。答えを考えるために動きのない時間も生じるため、実際の大喜利の収録にはテレビ放送の2~3倍の時間がかかっている。

1年間の締め括りでは三本締めとして、会場の観客と共にその年を締めるが、2006年平成18年)5月14日の放送開始40周年記念特番のエンディングでも行われた。

また、毎年11月ごろになると大喜利終了後に2人の笑点メンバーが来年の「笑点暦」の告知をする(1976年昭和51年)版が最初)。現在は木久扇・好楽。小遊三・たい平。圓楽・昇太の3組のペアが週替わりで登場する。

ルールの起源

大筋は創設者である立川談志が考えた。 アトラクションとしての大喜利は昔からあり、寄席でも存在し、テレビでも行われていた。駄目な答えのペナルティとして、(あたかも羽子板遊びのように)「顔に墨を塗る」ということなどが行われていた。

前身番組『金曜夜席』での放送開始当初は「珍芸大会」となっていたが「大喜利」という言葉が徐々に定着したため、そのまま「大喜利」となった。

『金曜夜席』で大喜利に関する既成概念をリセットして、どういう構成にするかを一から考え直した。アイデアを出す主力になったのは出演者(大喜利メンバー)自身で、談志が「(江戸時代の)牢名主はどうだ? 昔の監獄では受刑者にも序列があった。受刑者のうち、畳を積み上げて座っている奴が偉いんだ」と提案、すかさずそのアイデアが採用された。ただし、高座では畳は運べないので座布団に変え、作られたのが「良い答えには座布団を積み上げ、良くない答えには座布団を減らす」という番組の独自ルールであった[1]

基本ルール

司会者(歌丸)が3問出題し、挙手制で指名されたメンバーが機知を利かせた答えを返す。良い答えに座布団1枚(特に優れた答えには2枚、さらにはそれ以上も)が与えられ、酷い答えは座布団を没収される。座布団10枚を獲得すると、座布団運び・裏方から紙吹雪による祝福を受けながら「ものすごい豪華賞品」が贈られる。その際「座布団10枚獲得おめでとうございます。賞としてoo(キーワード)の素晴らしい商品をさしあげます」と司会者が読み上げる。なお座布団10枚が達成された翌週(次の回)は、全員座布団1枚からのスタートとなる。但し24時間テレビのチャリティー大喜利・正月特番の寿大喜利・チーム対抗戦などは、翌週へ繰り越さずに「座布団の多い方は」と言って計算し、商品を差し上げている。余談だが稀に司会者(歌丸)が座布団を獲得(主に大喜利メンバーへの上手い返答時、山田が判断して与える)する事がある(この座布団は持ち越されない)。

座布団を与えるか没収するかは基本的に司会者の裁量であり、これをめぐるメンバーと司会者の絶妙なやりとりが展開される。他のメンバーを罵倒した答えには罵倒したメンバーのほうに座布団が与えられるのが基本である。また、司会者・番組・番組スポンサー(主に長らくスポンサーである日本香堂サントリー)をよいしょする(歌丸曰く「スポンサーだからやらないわけにはいかない」)答えでは座布団がもらえる。他にも司会者罵倒ネタに対して仇をうった答えも座布団獲得の対象になる(歌丸司会時代)[2] 以下のような場合、座布団を没収される。

  • 司会者を罵倒したり、気分を害する発言・答えを言った場合(全部没収がほとんど。三波時代には罵倒が甚だしい時などは、座布団を全部没収した上にメンバーをその場に立たせたままにしたり着物を脱がせたりにすることもあった。司会が5代目圓楽に対しては「馬」「借金」など。歌丸に対しては「ハゲ」「ミイラ」「ジジイ」或いは死去ネタなど)。挨拶で遠回しに歌丸を罵倒した場合、第1問出題前に没収される事もある。
  • 既存する、同じような答え(他のメンバーの罵倒ネタは例外、その場合は歌丸が「〇〇君、それは失礼だよ」といった後に、罵倒ネタを言ったメンバーに座布団を与える)
  • 下品な(放送時間帯にそぐわない、長寿番組としてのブランドに傷をつけるような)答え(主に小遊三)
  • 観客を罵倒する答え(笑点の公録はタダ、など)
  • 座布団運びが気分を害した場合。座布団運びが勝手に持っていく(歌丸はほとんどの場合、山田が没収した座布団の枚数+1枚の座布団を与える。多くは1回のみで、2回目に同じことや、それに近いことがあった場合は没収の対象にもなる。山田はたまに「いつも取ってるから」などと言い、座布団を1枚くれるのかと思いきや元あった座布団ごと没収するケースもある)。
  • 「歌と告知は禁止」ルールに違反した場合(歌丸時代、ただし場合や答えの良さによっては獲得など例外あり)
  • 実際に寄席などで演じる落語のネタを用いた答え(歌丸が「これはね、古典落語のオチにあるんですよ」などとネタを説明する)
  • 「次期司会者は自分」「司会は誰でも出来る」「司会者の横暴」
  • 2問目・3問目において前の問題の形式で答える
  • 座布団の状況をネタにする
  • 座布団を司会者に直接ねだる(ねだった枚数分没収)
  • 他のメンバーの座布団の横取りや貰った座布団。
  • 延々とネタを披露する(主に木久扇)
  • 歌丸が合いの手を入れる前に答えを言う(三波時代を踏襲したもの)
  • お題に合っていない
  • 観客や歌丸に先に答えのオチを言われる或いはオチが歌丸の予想通り(主に木久扇)
  • 答えを噛む(主に昇太、自主的に座布団を山田に返す事が多い)

数週に1度は10枚達成かというシーンがたまにあるが、座布団の枚数が10枚に近づいた場合は大抵司会者が過剰に座布団を取り上げるため、実際は年に1回~2回程度、場合によっては1年間座布団10枚が発生しないこともある。このため座布団9枚の際はあえて手をあげない事もあるがずっと手をあげないでいると何も答えなくても座布団を没収される事がある。

合いの手を入れるネタの場合、歌丸は内容によっては合いの手の台詞とは異なる台詞を言う事がある(主に木久扇のネタ時)。他にも合いの手を入れずにネタを強制終了する事がある。

歌丸時代は歌丸罵倒ネタがあった際(主に圓楽が元凶)、他のメンバーも調子づいて合いの手を入れたりすると連帯責任で全員座布団全部没収となる事が年に数回ある(若者視聴者はこの回を神回と言っている)。主に圓楽に対しては本来なら座布団没収の対象な答えや行為であってもあえて座布団を1.2枚残しておく事がある。座布団0枚だととられる心配がないため言いたい放題にされるため。

前田時代には「大喜利ナンバーワン」と称し、後述の通り前田が中央に座り、赤白二組に分けて前田の左右に座り、座布団5枚を奪い合うルールとなっていた。また、大喜利メンバーが6人になってからは通常版とコスチューム大喜利の2本立てで行っていた。

座布団

現在座布団を作っている会社は荻原舞台美術で、大きさは67cm × 77cmと一番大きい「夫婦判」と呼ばれる規格のものよりさらに横幅が長く取ってある。布地にはちりめんが使われており、高級感もある。1枚当たりの製作費は3万2000円(2011年4月3日放送「誰だって波瀾爆笑」から)する。中綿が通常の座布団の倍近く詰められており、さらに中に小さな座布団を1枚入れているため、重さも1枚4キロある。10枚重なった時でもバランスが保てるといわれている。[3]

ちなみに現在、座布団は出演者全員が10枚獲得する事態を考えて60枚以上用意されている。しかし以前は60枚までしか用意されておらず、1991年(平成3年)12月29日の放送で全員が10枚獲得した際には座布団が足りなくなり(歌丸・小遊三が11枚だったため)、5代目圓楽(4代目司会者)の座っていた座布団や山田が最初の挨拶のときに座っていた赤の座布団を急遽メンバーに渡すという珍事があった(商品は「好きなだけ岩清水を飲める」というもので、1992年(平成4年)5月10日放送の慰安旅行にて贈呈された)。

また、小遊三がすでに10枚獲得していたのに5代目圓楽が気付かずに11枚目の座布団を与えてしまい、最終的に13枚まで増やしたこともある。ちなみにこの時は10枚以上獲得したメンバーが同時に3人出ている。

放送開始時は淡いブルーの座布団を使っていたが1年ほどでピンクに変わり、三波の司会就任後の1972年(昭和47年)に現在の紫色に変わっている。

役目を終えた座布団は大喜利レギュラーの元に引き取られているが、過去には視聴者プレゼントされたり、1973年(昭和48年)8月の日本テレビ開局20周年記念イベントとして浅草寺で「笑点まつり」を開き、座布団を読経と奉焼で厳かに供養する「座布団供養」が行われた。

座布団は数年に一度不定期で交換されており、2009年(平成21年)3月22日放送分から最新の座布団が使用されている。そのため新品の座布団は綿が柔らかく厚みがあり、高く積んだ場合にバランスの取り方が難しく、楽太郎(当時。現六代目圓楽)曰く「(バランスを取るのに気を取られ)答えを考える暇が無い」。また座布団に座るのも難しく、小遊三と楽太郎が7枚の際は山田の補助を借りてやっと座っている。これは歌丸が「普段座布団剥奪の対象のネタでも積極的に座布団を獲得できる」などで、普段から罵倒合戦が続いている6代目圓楽にワザと多く座布団を上げた結果で、後に全部没収となっている。

なお、『笑点』が長寿番組となり世間に広く認知されたこともあって、気の利いた表現や面白いことを言ったときに「座布団1枚!」、逆に面白くないことを言ったときなどに「座布団取れ!」などの表現が日常会話で使われることもある。

また、座布団の位置は、司会の桂歌丸から全員の手が挙がっているのを分かる様に、奥に進むに連れ、5cmずつ前にずれて[4]いる。

出題

主な出題例としては以下のものがある。

  • 都々逸/川柳(特定の言葉を初句あるいは結句で固定するのがほとんど)/なぞかけ
  • 頭文字シリーズ(地方収録の1週目1問目に多い)
  • あったらいやな/誰だったらどんなシリーズ
  • 二度と○○したくない●●
  • 笑点・新漢字の遊び(特定の部首に、色々な漢字を書いて新しい読みを作るのが基本)
  • 笑点お詫びシリーズ○○編(お詫びをしたあと司会者もしくは謝罪されたメンバーが「それだけじゃないでしょ」や「それだけじゃないだろ!」と言った後に答えを返す)
  • 笑点○○自慢合戦(相手のメンバーを1人指名する)
  • もっと○○シリーズ(メンバーが「○○なのは□□」と言い、司会者が「もっと○○なのは?」と聞いたあと、もっと○○なものを答える)
  • 笑点イエス・ノークイズ(司会者はどんな場合でも「イエス」としか答えない。クイズの正解を言った後、答えを返す)
  • 笑点お笑い窃盗団○○編
  • 笑点お笑いタクシードライバー○○編
現在は「お笑い窃盗団」か「お笑いタクシードライバー」のいずれかが地方収録の2週目3問目で行われる。「お笑い窃盗団」は、窃盗団の親分に扮した司会者に「○○(収録地の特産品など)を盗んでめえりやした」と報告、親分が「でかした」と言った後に答えを返す。「お笑いタクシードライバー」は、収録地の名所を案内し、司会者が「ほんと?」と感心した後に答えを返す。
  • 笑点運命の旅シリーズ(かつて地方収録の2週目3問目で多かった)
  • 運命の○○年(その年の最後の放送で行われる)
上記「運命の旅」「運命の○○」では、メンバーが言う「でも...」のあとにベートーベンの「交響曲第5番」が流れる

なお、1966年(昭和41年)5月15日放送の第1回目では「この世に女がいなければどうなるか」という問題が出された(後に2001年(平成13年)5月20日放送の35周年記念大喜利でも同じ問題が復刻されている)。

1問目、2問目は多くが最近の時事問題や芸能人の話題をネタにしたものが多いが、「新しい漢字を作る問題」・「都々逸シリーズ」・「あったらいやな/誰だったらどんなシリーズ」が出ることもある(歌丸の司会就任後はあまり出ていない)。ご当地での収録では土地柄にちなんだ問題が必ず用意される。

3問目は後楽園ホール収録分では被り物を使うものが多く、地方収録では「笑点お笑い窃盗団○○編」「笑点お笑いタクシードライバー○○編」などが出される。

寿大喜利では毎年「干支大喜利」と称し、3問目にその年の干支の動物の着ぐるみを着た問題が出される。

問題では「例のもの」として小道具が用いられることがある。その時は司会者が「山田君、皆さんに例のもの(パターン)を配って下さい」と言うと山田が「はい、かしこまりました」と受け答え、山田を含む3人のアシスタントが配り、その間に問題が紹介される。

「例のもの」として一番多いのは「フリップ」で、折り込み句(ご当地名等を平仮名にし、一文字ずつ文の最初に置いて川柳都々逸調に詠む)シリーズや穴埋め問題などでも登場する。中には「被り物(多くがかつら王冠帽子着ぐるみの頭の部分など)が出てくることがある。被り物ネタでは歌丸が被り物を被った姿がクローズアップされるのがお約束である。

その他の定番としてはチャイムデパートなどでの呼び出し。鉄琴風のタイプ)やコップ・帽子・手拭いマイク拡声機携帯電話などがある。時には1問目から3問目まで、その日の問題全てに道具を使った問題が出ることもある。

2009年(平成21年)4月26日放送では、「例のものを持って来て」の台詞が3問目のお題として使用された。

色紋付

スタッフが容易に識別できるよう、笑点メンバーは衣装の色によりラベリングされている。談志時代の頃から導入されていたが、その当時カラーテレビの普及率が低かったため1968年(昭和43年)~1969年(昭和44年)の冬場の数ヶ月のみの着用だった。談志の降板後は落語家ではない司会者の前田のみほぼ毎週着用していたが、1970年(昭和45年)秋口頃からはメンバーも毎週着用するようになり、そして司会が三波に代わった後でほぼ現在の形に落ち着いた。

カラフルな色紋付を着るようになったのは、カラー放送用の映像の色調整をするためだったという。そのため各人は深く考えずに適当な色紋付を選んだが、これが番組本編内で定着してしまい現在に至ったのである[5]

5月から10月までは羽織を着ない(2008年以降は11月,12月も羽織なし、2009年以降は1月も羽織なし)。また、例年8月の放送ではメンバー全員が同じ柄の浴衣もしくは白色の麻の着物で登場する(近年はそれぞれ2週ずつの着用となっているが、収録日の都合で9月の放送でも浴衣や麻の着物で登場することもある。また、例年8月にある24時間テレビや、8月に地方収録がある場合は色紋付を着用している)。

現在、色紋付は深緑黄色桃色水色薄紫銀鼠橙色朱色の8種類である。

歴代席順

『金曜夜席』放送開始時から現在までの席順の一覧表を紹介する(1965年から2006年までの圓楽は5代目圓楽、2010年以降の圓楽は6代目圓楽)。またここでは歴代のメンバー落語家の配色も並べることとした。

笑点ではメンバー交代があると席替えが行われるが、メンバー自身の希望等の理由により席替えをすることもある。最近では、2006年(平成18年)5月21日より歌丸が大喜利メンバーから司会者に昇格、昇太が新加入のように(こん平の代役でたい平が加入した際も同様)、メンバーの入れ替えがあっても席替えが行われずに、前のメンバーが座っていた場所に新メンバーがそのまま入るケースが続いている(厳密な意味での席替えは、1992年(平成4年)4月に好楽と小遊三の座る位置が入れ替わったのを最後に行われていない。この時は好楽が師匠・5代目圓楽が隣の席で、答えの後に「師匠どうですか?」と尋ねていた為萎縮気味で、1つ置いた席の方が力を発揮出来るのではないかとスタッフが考えたため)。

歌丸がメンバーだった時代に、馬鹿(木久蔵→木久扇のキャラクター)と腹黒(楽太郎→6代目圓楽のキャラクター)の間を嫌がるやりとりが定番であった。なお、木久扇と6代目圓楽は1986年(昭和61年)1月以降、小遊三と好楽は1992年(平成4年)4月以降代理大喜利司会を置いていた時期を除いては全く位置が替わっていない。

チーム対抗戦

新春スペシャルなどの時に3対3の対抗戦形式で大喜利を行う場合、通常とは異なる司会者を真ん中に配置した特殊な席順となり、アシスタント1名も座布団運びとして参加することがある。2004年(平成16年)のこん平(休演扱い)、2006年(平成18年)の5代目圓楽降板後は長らく行われていなかったが、2007年(平成19年)12月30日に年忘れ大喜利大会として約4年ぶりに行われた。歌丸は司会者として、たい平と昇太は初のチーム対抗戦でもあった。歌丸司会就任以降はチームメンバーも固定されるようになった。



  1. ^ 立川談志がゲスト出演した2008年11月10日放送『SMAP×SMAP』の1コーナー「BISTRO SMAP」にて語る。
  2. ^ [1]
  3. ^ TVおじゃマンボウ」(日本テレビ)でこの座布団を16枚重ねた上にアナウンサーが座っている様子が放送されている。また、「シルシルミシル」(テレビ朝日)でこの座布団をまねて製作した座布団(ただし、製作する際に日本テレビから本物を借りてきたようである)を重ねて何枚座れるか、という企画を放送(挑戦したのは木久扇)し、31枚という記録を達成した。
  4. ^ つまり、小遊三からたい平まで25cm前にズレている事になる。
  5. ^ 2006年(平成18年)11月6日放送の「極上の月夜」で林家木久蔵(当時)談
  6. ^ その時前田の席は左端ではなく、歌奴と金馬の間の中央部分だった。
  7. ^ この日は北海道収録であり、演芸のゲストがてんぷくトリオだったため
  8. ^ 定位置には座布団、その上に折りたたまれた水色の紋付が置かれた。
  9. ^ この日の席順は鶴亀大喜利の席順で、愛川の左側に上方噺家がいる東西対抗戦方式だった。
  10. ^ ドレミファ大喜利はこん平が代理。
  11. ^ この頃は週代わりで自前の紋付を着ていた。
  12. ^ ほとんどは大喜利下克上の優勝した若手落語家で、その中にはのちにレギュラーになる昇太とたい平もいた。
  13. ^ 定位置には、残された4枚の座布団が積まれていた。
  14. ^ 木久蔵が実子きくおの真打昇進・2代目木久蔵襲名に伴うもの
  15. ^ 冒頭の挨拶と演芸の紹介は、いずれも木久扇と楽太郎の2人で担当。
  16. ^ 冒頭の挨拶と演芸の紹介も2人で担当。
  17. ^ a b c d 代理司会を担当したメンバーの定位置には、前回までに獲得した座布団が積まれていた。
  18. ^ 冒頭の挨拶と演芸の紹介は、いずれも昇太とたい平の2人で担当。
  19. ^ a b ただしこの回では両チームに賞品が与えられた。
  20. ^ 林家たい平の著書「笑点絵日記」に『BS笑点の座布団はトータル20枚程度しか用意されていない』という記述がある。
  21. ^ 愛知収録の回を含めると14回。


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