士農工商 差別用語としての「士農工商」

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士農工商

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/09 01:06 UTC 版)

差別用語としての「士農工商」

「士農工商穢多非人」の語は江戸時代には存在しなかったとされており[15]、明治7年(1874年)に初めて使用されて以後、昭和初期の融和教育の中で頻繁に使われるようになったと考えられているが[15]、「士農工商○○」(○○の部分には「芸能人」「予備校生」「アナウンサー」などの語が入り、しがない身分を自嘲的に表現するのに使う)との表現は部落差別の深刻さを茶化すことにつながるという主張から、1980年代以降は部落解放同盟糾弾を受けるようになり、放送禁止用語として扱われている[16]。具体的には、以下の糾弾事例がある。

TBS糾弾事件

1981年8月6日TBS系のテレビドラマ『虹色の森』(毎日放送制作)に「士農工商、その下がうちだよ」との台詞が登場[16]。これに対し、広島や熊本の部落解放同盟関係者が怒鳴り込んだ[16]。これ以後、部落解放同盟中央本部はこの種の表現を軒並みに糾弾するようになった[16]

週刊文春糾弾事件

週刊文春1985年5月9日号に、筒井康隆による「士農工商SF屋」との表現が掲載されると、部落解放同盟が抗議[16]。筒井は「多種多様な業界で自嘲的に使われている成句であり、その限りにおいて部落差別の隠喩にもなりえない」と突っぱねたが、文藝春秋は部落解放同盟に謝罪した[16]

その後、部落解放同盟の小林健治[17]から筒井に「週刊文春とは話がついたが、あなたとはまだついていない」との電話があった[18]。「話をつける」とはこの場合あきらかに「詫びさせる」という意味だったので、筒井は話し合いを断った[18]。すると部落解放同盟の小林健治は「この電話は個人の資格で言っているのではなく、背後には部落解放同盟20万の人間がいる」と言った[18]

この言葉に逆上した筒井は、思わず「20万が200万であろうと」云々と怒鳴りあげ、後になってからそのことを大人げない行為と反省しつつも「これはやはり先方の言い方に問題があるので、この言い方をされたら、たいていの者は脅えるか怒るかなのだ」と、部落解放同盟にも反省を促している[18]

この一件につき、野町均は「差別表現をネタに、背後には部落解放同盟20万の人間がいると恫喝めいたことを口にするような姿勢が、どれほど堕落したものであるかは、おのずと明らかであろう」[19]と喝破している。

阿久悠糾弾事件

東京新聞1984年12月10日付に掲載された連載「この道」第35回で、阿久悠が広告代理店勤務時代にテレビ局の社員たちから屈辱的な扱いを受けた思い出に触れ、「番組ディレクターは帝王だった[16]。それに比べて、広告代理店は自ら士農工商代理店と嘲るほど立場が弱かった」と書いた[16]。これに対し、部落解放同盟東京都連合会は、作者の意図にかかわらず「差別表現」であると抗議し、阿久悠を謝罪に追い込んだ[16]

電通事件

電通発行の週刊紙『電通報』1996年9月16日付に掲載された連載コラム「シリーズ・広告自分史<8>」に「士農工商代理店、われら車夫馬丁でござんす」との表現が登場(筆者は愛媛新聞社会長の松下功)[16]。これに対して電通は同紙を即刻回収し、謝罪声明を発表すると共に、問題の表現を差し替えた第二版を発行[16]。翌9月17日には部落解放同盟中央本部に電通みずからが連絡して詫びを入れ、1997年4月8日には電通の花岡専務が組坂繁之に面会して謝罪文を手渡し、一件落着となった[16]。このほか、問題の記事の筆者である松下功が1997年2月17日に部落解放同盟中央本部を訪れ、頭を下げた[16]

佐賀新聞社糾弾事件

1997年3月、佐賀新聞社社長の中尾清一郎が、佐賀市におけるシンポジウムで「佐賀というのは福岡から下にみられ、福岡人が士農工商の商であれば、佐賀は穢多非人」と発言[16]。これが差別発言として問題視され、部落解放同盟佐賀県連合会が中尾を糾弾し、謝罪に追い込んだ[16]。一方、部落解放同盟と対立する全国部落解放運動連合会九州地協は「部落差別発言ではない」「比喩として不適切だっただけ」との見解を発表し、糾弾会に出席しないよう中尾に促した[16]

サイゾーとAV監督への糾弾事件

サイゾー』2016年8月号における安達かおるの発言「結局、僕は職業カーストの、昔で言えば「士農工商えた非人」の最底辺なんですよ。AV業界にも職業カーストは厳然としてあって、その中でもスカトロなんて撮ってるのは最底辺だしね」が部落解放同盟から問題視された[20]2016年11月5日、サイゾーの代表取締役と編集長と広告部長と安達監督などが部落解放同盟中央本部に呼び出され、反省文を提出させられた[21]


注釈

  1. ^ 書経』周書周官には「司空は邦土を掌り、四民を居く(司空掌邦土、居四民)」と記されている。
  2. ^ 『荀子』王制「農農・士士・工工・商商一也」
  3. ^ 『春秋穀梁伝』成公元年「古者有四民。有士民、有商民、有農民、有工民」
  4. ^ 「非人」となる例として、刑罰「非人手下」「奴刑」の執行などがある。
  5. ^ 武士の士分・侍、彼等の中には後に華族として爵位を与えられた者もいたが、解体された江戸幕府・奥羽越列藩同盟・蝦夷共和国(幕府陸軍・幕府海軍)のはからいにより、明治政府からの官軍(新政府軍)や大日本帝国陸軍・海軍の「贈位日本軍の階級」の官職および称号の申し出を受けて得る者、または、必ずしもこの申し出を「固辞」して名誉や名声などの裕福を求めなかった者もいた。

出典

  1. ^ 牧原 2008, p. 104.
  2. ^ a b c これまでよく使われていた「士農工商」や「四民平等」といった記述がなくなったことについて,理由を教えてください。東京書籍小学校(平成27年度から)社会 よくある質問Q&A)
  3. ^ 上杉聰『部落史がかわる』(三一書房、1997年)
  4. ^ 最近の教科書には「士農工商」が載っていない? 近年の研究で「不適切だった」と判明 → 教科書から削除に”. ITmedia. 2023年8月31日閲覧。
  5. ^ 宮本武蔵著、渡辺一郎校注『五輪書』(岩波書店、1985年、pp. 15-16)ISBN 4-00330021-1
  6. ^ 河原由紀子「江戸前期武家服飾の材質規定について」『金城学院大学論集 家政学編』第25号、金城学院大学、1985年、1-10頁、ISSN 02868237NAID 110000062121 
  7. ^ 青柳精一『診療報酬の歴史』(思文閣出版、1996年)ISBN 978-4-7842-0896-8 P113-136
  8. ^ a b 斎藤洋一『身分差別社会の真実』(1995年7月、講談社現代文庫)
  9. ^ 筒井功『サンカと犯罪』現代書館、2008年11月、106-108頁。ISBN 9784768469811 
  10. ^ 畑中敏之 『「部落史」を問う』(兵庫部落問題研究所、 1993年4月)
  11. ^ 吉村豊雄「近世の身分制編成に関する覚え書」『文学部論叢』第78号、熊本大学、2003年3月、135-158頁、ISSN 03887073NAID 110000949943 
  12. ^ a b c 編者、奈良 人権・部落解放研究所『日本歴史の中の被差別民』100頁(朝尾直弘)
  13. ^ 田中圭一『百姓の江戸時代』ちくま新書 58頁
  14. ^ ひろげよう人権 関西大学文学部講師 上杉聰「部落史は変わった」(その3)
  15. ^ a b 斎藤洋一『身分制社会の真実』(講談社現代新書)における「『士農工商・えた・ひにん』の虚構」の章。[要ページ番号]
  16. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 江上茂『差別用語を見直す』p.90-100
  17. ^ 小林健治『部落解放同盟「糾弾」史』107-108頁
  18. ^ a b c d 筒井康隆『断筆宣言への軌跡』
  19. ^ 野町均『永井荷風と部落問題』85頁
  20. ^ 解放新聞2016年12月12日
  21. ^ 差別表現だと認め 反省文をもとに話し合い|部落解放同盟中央本部”. www.bll.gr.jp. 2021年12月26日閲覧。
  22. ^ 磯田道史 『素顔の西郷隆盛』 (新潮新書、 2018年、 p249.)


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