報道倫理 日本における報道倫理

報道倫理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/06/11 21:14 UTC 版)

日本における報道倫理

報道倫理が日本で初めて明記されたのは、1946年に制定された「新聞倫理綱領」と、その2年後に出された編集権声明である[63]。新聞業界での制定の後、放送業界でも、NHKが1959年に「国内番組基準」、日本民間放送連盟1970年に「日本民間放送連盟放送基準」を策定した。出版業界でも「出版倫理綱領」(1957年)、「雑誌編集倫理綱領」(1963年)等の業界倫理規範を策定した。また、1990年代以降、取材、報道の指針として自社内の報道マニュアルを策定する報道機関もあった[64]。 新聞業界では、新聞倫理綱領の発表とともに、日本新聞協会内に審査室を設置して、協会加盟社の紙面審査を行ったほか、新聞各社に紙面審査機構が置かれ、放送業界でも番組審査の部署が設置されるようになった。新聞審査機構では、新聞審査の結果を社内に公開してきた[65]

容疑者報道の改革

1974年に起こった松戸OL殺害事件などの冤罪事件で、犯人視報道された被疑者の名誉が大きく損なわれたことから、日本弁護士連合会が1976年に匿名報道論を主張した[66]。報道機関は1980年代初頭まで、被疑者や被告人を呼び捨てにすることが慣行だったが、パリ人肉事件の容疑者の氏名表記が、報道機関によって、実名、匿名に分かれたことや、免田事件の再審で死刑囚に無罪が認められたことをきっかけに、1984年、産経新聞とフジテレビ、NHKが、犯罪容疑者に肩書きや「容疑者」の呼称をつけることを決めた。これに各新聞社も追随し、同年末までにそろって容疑者呼称に踏み切った[67]

第三者機関の設置

椿事件TBSビデオ問題で、放送倫理の問題が問われたことをきっかけに設置された「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会」は1996年、放送関係の苦情を処理する機関を放送メディアが設置するよう求める報告書を提出した。これを受け、翌1997年に放送界共同の苦情対応機関として、学者や弁護士など報道機関外の第三者で組織されたBRO(放送と人権等権利に関する委員会機構、現在のBPO)が発足した[68]。また、2000年に毎日新聞社が「『開かれた新聞』委員会」を設置して以降、新聞業界でも新聞社内に報道被害の救済を行う、独立した第三者委員会が置かれるようになった。  

現在の課題

犯罪報道

日本新聞協会の調査によると、2001年と比較して、2007年の新聞の信頼度は6%、民放の信頼度は1.5%、NHKの信頼度は16.5%、それぞれ低下している。メディアスクラムやプライバシー侵害等の行為が、市民からは横暴と受け止められ、メディア不信につながっている[69]和歌山毒物カレー事件附属池田小事件等で、メディアスクラムが強く批判されたことから、日本新聞協会は2001年に「集団的過熱取材に関する編集委員会の見解」を発表し、事件取材における事件関係者への配慮を取材者に求めた[70]。また、犯罪報道の取材の改革に関する主な主張として「捜査段階から裁判段階に取材の比重を移す」[71]「報道被害により失われる名誉を解決する機関を設置する」「公人を除く関係者の匿名報道を求める」[72]などの意見がある。

権力監視

「報道の重要な役割である権力の監視機能が日本では低下している」「または権力に擦り寄る第四権力となっている」という批判がある[73]。取材拒否、嫌がらせ、不買運動、強制的調査などの報復を生むことから、報道機関にとって重要な情報源である捜査機関に対して批判しづらい傾向がある[74]。また、「記者クラブ制度」で所属する記者が便宜を与えられることから「政治家への厳しい記事が減ったり、発表を無批判に報じる傾向がある」と、上杉隆岩瀬達哉は指摘している[75]

プロフェッショナリズムの確立

「日本の記者の多くは企業ごとの労働組合に所属しているため、職業人として独立しておらず、個人的な職業倫理より所属企業の利害に従属しやすい。外部の圧力や政治的、広告などの配慮により、報道や主張を曲げる『自己検閲』が横行している」と共同通信元編集主幹の原寿雄は批判している[76]。また、弁護士の梓澤和幸や日隅一雄は、企業に従属しがちな記者行動の理由について、「編集権が報道機関の経営者に属する」とした日本新聞協会の編集権声明の影響を指摘し[77]、プロフェッショナルに基づく記者を養成するためにジャーナリスト・スクールや養成課程を設け、報道倫理のほか法律、倫理などメディアに関する科目を教育するべきだとしている[78][79]


注釈

  1. ^ フランス人権宣言11 条、アメリカ合衆国憲法修正第1条日本国憲法第21条(英訳は「press」だが、日本語文では「出版」)、ドイツ基本法5条にプレスの自由に関する規定がある
  2. ^ 全米編集者協会原理声明(以下「米」)4章、全英ジャーナリスト連合倫理綱領(以下「英」)3条、ドイツ・出版のための基本条件(以下「独」)1条、日本新聞協会新聞倫理綱領(以下「日」)「自由と責任」、フランス・ジャーナリストの職業義務に関する憲章(以下「仏」)に規定
  3. ^ 米2章、英2条、独前文、日「自由と責任」に規定
  4. ^ 米6章、英5条、独4条、仏に規定
  5. ^ 英7条、独5および6条、仏に規定
  6. ^ 米5条、英3条、日「正確と公正」に規定
  7. ^ 英10条、独12条、日「人権の尊重」に規定
  8. ^ マッカーシズムで、ジョセフ・マッカーシーの発表した共産主義者のリストが、事実確認なしに次々と報道されたことで、多くの失職者や自殺者を生んだ事実を指摘している
  9. ^ 本書で原は、水俣病の病因について、「有機水銀説に対し、誤った説である有毒アミン説が対等に扱われ、『公平な報道』で真実が長くごまかされてきた」ことを事例に挙げている
  10. ^ 鬼頭史郎謀略電話事件では、本人の秘匿要請にもかかわらず、事件へ加担することになるとして、各報道機関は情報源を公表している
  11. ^ 本書で原は、米副大統領が匿名で、政権に批判的な外交官にとってマイナスの情報を新聞記者に提供したプレイム事件を事例に挙げている
  12. ^ 被疑者が少年である場合、性犯罪の被害者の場合は除く
  13. ^ 詳細は「実名報道」を参照
  14. ^ 日本の新聞では記事審査委員会が存在する

出典

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  78. ^ 日隅 2008 p119-124,129-131
  79. ^ 梓澤 2008 p205


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