土浦市 土浦市の概要

土浦市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/04/08 14:52 UTC 版)

つちうらし
土浦市
Tsuchiura montage.JPG
1段目左:上高津貝塚ふるさと歴史の広場
1段目右:亀城公園
2段目左:土浦城
2段目右:土浦駅
3段目:土浦市街地
Flag of Tsuchiura, Ibaraki.svg
土浦市旗
茨城県土浦市市章.svg
土浦市章
1942年昭和17年)6月8日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
団体コード 08203-1
面積 122.99km²
総人口 143,275
推計人口、2012年12月1日)
人口密度 1,160人/km²
隣接自治体 牛久市つくば市
かすみがうら市石岡市
稲敷郡阿見町
市の木 ポプラケヤキ
市の花 サクラ
市の鳥 ヨシキリウグイス
土浦市役所
所在地 300-0812
茨城県土浦市下高津一丁目20番35号
土浦市役所
外部リンク 土浦市公式サイト

土浦市位置図(茨城県)

― 市 / ― 町・村
特記事項 市庁舎は佐藤武夫による設計である。
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
土浦駅前
中心市街地北部(東真鍋町)

目次

概要

土浦市は、茨城県発足から1980年代まで茨城県南の行政・経済・交通の要衝としての役割を担っていた。東隣の稲敷郡阿見町海軍航空隊が置かれた1929年以降は交通の要衝でもあり、また料亭遊郭その他休養施設が多かったこともあって、終戦に至るまで海軍の町としても栄えた。戦後も土浦駅西口の中心部には小網屋、京成百貨店丸井など複数の百貨店が存在し、広い商圏を有していた。土浦駅前のバスターミナルからは現在よりも多くの運転系統のバスが発着し、また筑波鉄道(旧・関東鉄道筑波線、1987年廃止)の起点でもあり、茨城県南部の要衝であった。1970年代からの筑波研究学園都市の開発、また1990年代以降、モータリゼーションの発達や規制緩和の影響による郊外型店舗増加により、中心市街地の求心力は低下したが、行政機関・高等学校等は多く立地しており、現在でも一定の中心性は維持している。

日本三大花火の一つである土浦全国花火競技大会が毎年10月に開催される。また、レンコンが特産品であることと、海軍に縁があり飛行船ツェッペリン伯号」が飛来した際にカレーを振舞ったことから、レンコンを入れたカレーで町おこしをしている。

なお、「土浦」という地名の由来は、土浦村(現在の稲敷郡美浦村に吸収合併)からそのまま借りたという説、土屋藩の「土」と十一の「浦」の合成地名という説や、「津々浦々」からの転訛などの説がある。

地理

隣接している市町村

(霞ヶ浦を隔てて隣接している市町村を除く)

人口

茨城県内では第5位の人口数となっている(平成22年国勢調査速報値)

Demography08203.svg
土浦市と全国の年齢別人口分布(2005年) 土浦市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 土浦市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
土浦市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 98,313人
1975年 112,577人
1980年 121,300人
1985年 129,236人
1990年 137,053人
1995年 141,862人
2000年 144,106人
2005年 144,060人
2010年 143,023人
総務省統計局 / 国勢調査

歴史

史料初見は元徳元年(1329年)、「東寺百合文書」に土浦村(現在の稲敷郡美浦村)の記載がある。室町時代土浦城が築かれ、一時期を除いて小田氏の居城として小田原征伐まで一帯を治めた。

小田氏滅亡後は結城秀康の所領となるも、江戸時代に入り藤井松平家松平信一が入封し土浦藩が成立。その後は松平氏・朽木氏が入ったものの、寛文2年(1662年)に若年寄土屋数直が入封し以後一時期を除いて土屋氏の城下となる。陸前浜街道霞ヶ浦の水陸交通の要地であったことから本陣・旅籠・問屋が置かれ、多くの商家が軒を連ねると共に醤油醸造業が盛んとなり、常陸国では水戸に次ぐ第二の都市として繁栄した。1786年の調査では人口3988人であった。

明治時代初期には新治県が県庁を設置し新治県が茨城県に統合された後でも新治郡の郡役所が置かれるなど、茨城県南部の中心地として機能し続けた。1896年には日本鉄道土浦友部間を翌1897年に土浦~田端間を開通させ現在の常磐線が開通、それまでの内陸水運に代わり対首都圏への主となる交通手段となる。1918年大正7年)には筑波鉄道(旧・関東鉄道筑波線、1987年廃線)が開通し、土浦駅が常磐線との結節点となった。

第二次世界大戦前には市南部に土浦海軍航空隊の基地があり、通称「予科練」(海軍飛行予科練習生)と呼ばれた海軍航空兵の教育機関があった。海軍関係者や面会者のための料亭や遊郭その他休養施設が現在の桜町に集められ、終戦に至るまで海軍の町として栄えた。1945年6月10日の阿見空襲では土浦市の市街地も爆撃され、数名の死者が出ている。

1985年昭和60年)の国際科学技術博覧会(通称つくば万博)の開催により、インフラ整備が進む。

行政区域変遷

  • 変遷の年表
  • 変遷表



  1. ^ TOKYO MX地上デジタル受信ガイド
  2. ^ (参考資料)地区別の計画 2012年8月11日閲覧。
  3. ^ //地区公民館// 土浦市公式ホームページ 2012年8月11日閲覧。
  4. ^ 仁平克幸"県内最古 127年の歴史 土浦幼稚園が統合移転 卒園生らお別れイベント"茨城新聞2012年2月21日付朝刊、地域総合A版18ページ





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

土浦市に関係した商品


辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「土浦市」の関連用語

1
100% |||||

2
100% |||||

3
100% |||||

4
100% |||||

5
100% |||||

6
100% |||||

7
100% |||||

8
100% |||||

9
100% |||||

10
100% |||||

土浦市のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/

モバイルで「土浦市」を見る




土浦市のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの土浦市 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2013 Weblio RSS