古武道 伝承方法

古武道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/04 09:44 UTC 版)

伝承方法

新陰流兵法目録事(柳生宗厳能楽師金春流第六十三世金春七郎氏勝に与えた伝書とされる(1601年))

古武道の多くは、技術の進歩段階や人格を見て各種の許しを発行した。例として、天然理心流剣術では、まず切紙免許、次いで目録、中極意、免許、指南免許という順番であり、各段階での目録や流儀の秘訣、流儀の由来などが書かれた伝書が与えられた。指南免許を得た者は独立し、新たな師匠となることができた。

また多くの流派では入門時に入門の儀式を行い、流儀のが書かれた誓詞に血判をおこっていた(起請文)。誓詞の内容は多くの流派で共通しており、免許を得るまで親兄弟といえども流儀の内容を教えない、許可を得ずに指導しない、他流批判をおこなわない、天下の御政道を守る等であり、最後に以上の誓いを破った者には神罰が下ると書かれていた。また現代武道で多く見られる号令による集団指導はおこなわれず、もっぱら個人指導であった。現在では古来のままの伝授形式を墨守している流派は少なくなり、現代武道的な段級位制や集団指導方法を取り入れている流派も存在する。

また本来は門外不出と言えども、現代において流儀の内容を隠す必要性は薄れているため、流儀の宣伝や技術研究の推進などの目的から、書籍や映像などでその内容や理合いを詳細に公開している流派は少なくない。そのため、あくまでも勝手に流儀の直伝を名乗ったり他人に指導したりしないことを条件とした上で、特定の流儀に入門せず(師匠につかず)個人的に流儀を学ぶことは、容認されている傾向にある。この形のパブリックドメイン化とも言える傾向は、古くは明治初期の警視流が制定されたころから見られている。

宗家・家元

基本的には、古武道の指導者である一人の師匠が一子相伝すると言うことは珍しく、多くの師範を育てる場合が多かった(ただしある段階以上は一族や近しい者にのみ伝える場合も見られた)。指南許可を得れば自由に弟子を取って教えて良いとする流派や、免許を発行して良いが、師匠の許可を取る必要があるとする流派など様々であった。ただ実際は現代と違い全国的な組織を作ることが困難であり、江戸で学んだ者が特に指導許可を得ずに故郷で指導した例も見られた。以上の理由により○○流△派などとして同一流派に多くの派がうまれた。

明治維新後、特に戦後は交通や通信の発展と多くの流派が衰退し同流多派が少なくなった事により、古武道の世界でも宗家家元)制度が広まり、全国的な組織が作られる例も見られる。この制度の普及により、多くの流派では一流派・一系統につき一団体とし全国に支部を展開するという手法が取られ、宗家による師伝・直伝をもとに作法や技術の統一化が図られている。日本古武道協会では、古武道の保存・発展に貢献した宗家やそれに等しい師範代に対して、古武道功労者表彰を授与しているなど、古武道においても宗家は、その流儀に歴史性や正伝性が担保されるための重要な役割となっている(ただし俗悪な権威主義に陥いり、形骸化が進行する危険性もある)。

しかしその一方では、同一流派の別系統の同意を得ずに一方的に宗家を名乗ったり、所属流派の許可を得ずに分派して新たな団体を創設する、正式に免許が与えられていない(あるいは破門された)にもかかわらず勝手に流儀を指導するなどの問題も少なからず発生している。これらの中には技術レベルの圧倒的低下が露見したり、逆に別系統批判が平然と行われていることもある。特に居合術英信流系統では、昭和期に、一部で継承争いが勃発したことや、居合道の誕生で事態が複雑化したことにより、その傾向は顕著である。

これらを防ぐために、新たな制度を導入する例もある。例えば天真正伝香取神道流(本部系統)では、"許可なく香取神道流を名乗り、道場を開き段位や免状・巻物を発行する事例が後を絶たず、また香取神道流の型に似て非なるものを教授しているために、技術的水準を明確にし、正確な型を伝承する一環"として、平成29年に「審査制度」を導入した[23]


注釈

  1. ^ 初心や奥義などと区別することに限らず、技法が段階的・階層的に存在しているという、その非現実性そのものが重要である。兵法家の宮本武蔵は、『五輪書 風の巻』の中で、「実戦において奥や表、極意秘伝などというものは存在しないのであるから、我が流儀では技法にそのような区別をせず、各人の技量に合わせて教授していく(意訳)」と持論を展開しているが、その教授方法が段階的・階層的であることに変わりはなかった。
  2. ^ ここでいう「伝系」とは、誰によって創始されたか(あるいは分派したか)、歴代伝承者の名前が判明しているか、どこで伝承されていたか、などである。

出典

  1. ^ 大阪教育大学「大阪教育大学紀要, 第46巻, 第2号」(1998)p.304
  2. ^ a b c d e f g 湯浅晃, 大保木輝雄, 酒井利信『剣道専門分科会企画 講演会「武道の伝統性について考える」』(武道学研究, 2017年49巻3号, p.261-280)p.270-272
  3. ^ 弓道の歴史」全日本弓道連盟
  4. ^ 近藤好和『武具の日本史』平凡社新書。
  5. ^ 細川重男『頼朝の武士団』歴史新書y
  6. ^ 中世の相撲 ―武芸としての相撲と相撲興行の起こり[リンク切れ]
  7. ^ 木村吉次『体育・スポーツ史概論』(2001年、市村出版)p.67
  8. ^ 西久保氏武道訓
  9. ^ 中村民雄『史料近代剣道史』、島津書房
  10. ^ 日本古武道協会『日本古武道総覧』(1989年, 島津書房)p.15
  11. ^ 小佐野淳『日本伝統武術真諦』(1989年, 愛隆堂)p.253
  12. ^ a b c 人間教育としての剣の道を辿る 第3回 形稽古と竹刀打稽古 その2全日本剣道連盟
  13. ^ a b c 平木茂「古伝武藝形の生成と徳性について -神道夢想流杖術を視点として-」(國士舘大學武徳紀要 (30), 95-106, 2014-03, 國士舘大學武道徳育研究所)p.100
  14. ^ a b 平木茂「日本古傳藝術表現における余白について -日本画と神道夢想流杖術-」(國士舘大學武徳紀要 (33), 25-45, 2017-03, 國士舘大學武道徳育研究所)p.37-38
  15. ^ a b 杉江正敏, 大矢稔, 佐藤成明「平成16年度 日本武道学会 剣道専門分科会 第一回指導法研究会報告」(武道学研究37-(3):43-53, 2005〈剣道専門分科会〉, p.44
  16. ^ a b 黒田鉄山「古流武術における動き([武道・スポーツ科学]研究所共催 人体科学会第17回大会 動きから身体・人間の可能性を探る)」(武道・スポーツ科学研究所年報 (13), 178-180, 2007, 国際武道大学)p.179
  17. ^ 黒田鉄山『居合術精義』(1991, 壮神社)p.29
  18. ^ 平木茂「日本古傳藝術表現における余白について -日本画と神道夢想流杖術-」(國士舘大學武徳紀要 (33), 25-45, 2017-03, 國士舘大學武道徳育研究所)p.44
  19. ^ 日本武道館・編『日本の古武道』(2007年、ベースボール・マガジン社)p.97
  20. ^ a b 湯浅晃「武道における技術観について」(武道学研究, 1978年11巻2号, p.35-36)p.36
  21. ^ a b 平木茂「日本古傳藝術表現における余白について -日本画と神道夢想流杖術-」(國士舘大學武徳紀要 (33), 25-45, 2017-03, 國士舘大學武道徳育研究所)p.34
  22. ^ 長尾進「近世後期における剣術修行論に関する一考察 -弘前藩士山鹿高厚著『たより草』の分析を中心に-」(明治大学教養論集, 305:121-141, 1998)
  23. ^ 伝授体系天真正伝香取神道流
  24. ^ 梅若基徳・河野智聖『能に見る日本人力 <武術・整体研究家が読み解く、能楽師の身体に秘められた古の知恵と能力>』(2008年、BABジャパン)p.110 - 111
  25. ^ 長野峻也「武術の奥義と身体操作」(バイオメカニズム学会誌, Vol.29, No.3, 2005)p.132
  26. ^ 長野峻也「武術の奥義と身体操作」(バイオメカニズム学会誌, Vol.29, No.3, 2005)p.129
  27. ^ 福島浩彦、片渕美穂子『「教科体育」における古武術の身体操法の有効性と限定性』(和歌山大学教育学部紀要 教育科学 61, 29-36, 2011-02)p.30
  28. ^ 手島直美・脇田裕久「古武術における位置エネルギーを利用した前進動作の効果」(三重大学教育学部研究紀要 57, 21-31, 2006)p.21
  29. ^ 庄子宗光『剣道百年』646頁、時事通信社
  30. ^ 中原介山『日本武術神妙記(復刻版)』(平成28年、角川文庫)p.424, 427
  31. ^ [1]





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