博多弁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/21 06:32 UTC 版)
文法
動詞
上一段活用・下一段活用・サ行変格活用動詞の命令形の活用語尾は、標準語では「ろ」となるのに対して、博多弁では「れ」となる。五段活用化していると言える[5]。
- 「着ろ」→「着れ」
- 「食べろ」→「食べれ」
- 「調べろ」→「調べれ」
- 「準備しろ」→「準備せれ」
上一段活用、下一段活用の動詞の未然形を五段活用の未然形と同様に活用する。
- 「寝ない」→「寝らん」
- 「寝させる」→「寝らせる」
- 「寝よう」→「寝ろう」
- 「寝なければいけない」→「寝らないかん」
- 「来させる」→「来らせる」
受け身・尊敬・自発・可能の「れる」「られる」を博多弁では「るう」「らるう」と言い、下二段活用する。 「笑われるよ」→「わらーるーばい」
動詞・助動詞の終止形・連体形で「る」が長音に変化することがある。
- 例
- 知っとる→しっとー
- 雨の (が) 降りよー
- 雪の降るごたる→雪の降るごたー
- 教えてやる→教えちゃー
終止形の語尾が「う」である五段活用動詞の連用形+「て」「た」にウ音便を使う。
- 例
- かう→こうて
- こう→こうて
- いう→いうて
- わらう→わろうて
形容詞
- ウ音便
- 形容詞も動詞と同様に連用形でウ音便を用いる。
- 「寒くなる」→「さむうなる」
- 「偉くなる」→「えろうなる」
- カ語尾
- 共通語の終止形、連体形の活用語尾「い」を「か」ということがある。語源は平安時代に京都で多用されていた「カリ活用」である。しかし、福岡でカ語尾は「よか」を除くとあまり聞かれず、「よか」以外の形容詞にカ語尾を付ける時は詠嘆を表すことが多い。
- 「いい、いい」→「よか、よか」
- 「今日も暑いねえ」→「今日も暑かねえ」
しかし、若い人の間では、標準語の影響で「か」の代わりに「い」を使うことが多い
助詞、語尾の変化など
格助詞
- さい (さ)
- 動作の対象を表す。
- 「天神に買い物に行ってくるね」→「天神さい (天神さ) 買いもんに行ってくるね」
- 「ご主人に、その言葉を言いなさい」→「ご主人さい (ご主人さ) 、その言葉ば言いんしゃい」
- ば
- 目的語を表す。(「をば」の略)
- 「もっと腰入れて綱を引け」→「もっと腰入れて網ば引け」
接続助詞
- けん
- 「〜から」(順接)
- 「お前が遅れるから、連絡できなかったんだ」→「お前が遅れるけん、連絡されんやったったい」
- 「やけん」…「や」+「けん」
- 「っちゃけん」…「と」+「じゃ」+「けん」
- ばってん
- 「〜けれども」(逆接・単純接続)。語源は「ば」+「とて」+「も」。
- 例
- (逆接)「炭坑は閉山されたが、建物は残っているよ」→「炭坑は閉山されたばってん、建物は残っとうよ」
- (単純接続)「よく探してみたんだけど、その書類は見つからなかったよ」→「よー探してみたとばってん、その書類は見つからんやったばい」20代[いつ?]では「と+や+けれども」で「〜っちゃけど」という形もよく見られる。
- っちゃけど、のに、ものを
- 「〜んだけど」
- 20代[いつ?]では「と+や+けれど」で「〜っちゃけど」という形もよく見られる。
- 「よく探してみたんだけど、その書類は見つからなかったよ」→「よく探してみたっちゃけど、その書類は見つからんやったよ。」
- とに
- 「〜のに」「ものを」(逆接)
- 「普通、子が親の言うことを聞くのに、あいつの家じゃ、親が子供の言うことを聞いてるらしいぞ」→「普通、子が親の言うことば聞くとに、あいつんがたじゃ、親が子供の言うことばききようげなぞ」
- たっちゃ
- 「〜ても」「〜たって」(逆接の仮定・既定条件[6])
- 「こんな重いものを持てと言ったって持てないだろうよ。」→「こげな重かもんば持てって言うたっちゃ持ちきらんめえもん。」
終助詞
「〜ばい」「〜たい」「〜っちゃん」「〜とって (「とたい」の訛か) 」などはあまり強く発音されない。
- と
- 末尾につけて疑問文にする。
- 例
- 「知っているの?」→「知っとーと?」
- 「取っているの?」→「とっとーと?」
- ばい
- 終助詞「は」が転じたものとされ、断定や詠嘆のニュアンスがある。
- 例「俺は男だよ。そんなこと言われなくても分かるさ」→「俺は男ばい。そげなこと言われんでも(言われんでん)分かるくさ」
- 例「今日、水泳の授業をするんですか?」「ないよ。雨の降るのはいいんだけど、雷が鳴っているから…」→「今日、水泳の授業ばするとですか?」「なかばい。雨の降るたーよかとばってん、雷の鳴りようけんが…」
- たい
- 状態の存続、作業の完了などのニュアンスがある。古語「たり」の転という説も。
- 例「花火を見ているんだ」→「花火ば見よーったい」
- っちゃん
- 例「それ持っているんだよね」→「それ持っとーっちゃんね」
- って
- 例「天気予報で明日は雨が降るって言っていたよ」→「天気予報で明日は雨の降るって言いよったばい」
- 20代[いつ?]以降、驚くべきことが起きたことを報告する文脈で「〜しよったとって。」という形が見られるようになった。
- 例「昨日キャンプに来たばっかりだけど、明日大雨が降るから今日帰るって先生が言ってたんだ。」→「昨日キャンプに来たばっかりやけど、明日大雨が降るけん今日帰るって先生がいいよったとって。」
- くさ
- 例
- 「あのさ、願い事があるんだけど、聞いてくれない?」→「あのくさ、願い事のあるとばってん、聞いちゃらん?」
- 「私のこと大事に思ってる?」「当たり前さ。」→「私のこと大事に思っとう?」「当たり前くさ。」
- ぞ
- 例「俺が作ったんだぞ!」→「俺が作ったとぞ!」「俺が作ったっつぉ。」
- っつぇ
- 例「俺が作ったんだぜ!」→「俺が作ったっつぇ!」
- もん
- 例「そんなこと言ったって仕方ないだろうよ。」→「そげなこと言うたっちゃしょんなかろうもん。」
- や
- 疑問、確認、反語
- 例
- 「いいか?」→「よかや?」
- 「早く帰らないか!」→「早よ帰らんや!」
- 「どうするのか!」→「どうするとや!」
- 「探しもんはこれか?」→「探しもんなこれや?」
- 「何をしているのか?」→「なんばしようとや?」
- やー
- 詠嘆
- 推量の助動詞の直後につくことが多い。
- 例
- 「あいつは寂しがってんだろうなー」→「あいつぁ寂しがっとうっちゃろうやー」
- 「もう良いだろうなー」→「もう良かろうやー」
- ナ行文末詞「な」
- 例
- 「あれだね。」→「あれやな。」
- 「先輩も来るよね。」→「先輩も来るよな。」
- 「この教室は寒いね。」→「この教室は寒かな。」
- 「あの先生の授業は、みんな静かだね。」→「あの先生の授業は、みんな静かかな。」 博多弁では、疑問を表すため、語尾表現で多くの場合、準体助詞から派生し疑問を表す
- 「と」を伴い、「な?」や「ね?」を付することで疑問を表すことがある。多くの場合、準体助詞から派生し疑問を表す「の」に同じく疑問を表す「か」が付いているという点では、標準語の「か」と博多弁の「な?」や「ね?」の使用実態は似ている。「なんばしよるとね?」を「なんばしよるとか?」と比較すると、後者の方が行動を制約するニュアンスが強く、時に偉そうに思われる言い回しである。
- 例
- 「あれ何?」→「あら何な?」
- 「何してんの?」→「なんばしようとね?」
- 「字を書いてくれないか?」→「字ば書いちゃらんね?」
- 例
助動詞
- きる
- {五段活用} (動詞の連用形に接続)
- 自らにそれをする能力があることを表す。
- 例
- 「お前、泳げないのか?」「いや、危ないから泳がないだけだ」→「お前、泳ぎきらんとや?」「いんにゃ、危なかけん泳がんだけたい」
- 「俺、英語を書けるよ」「俺、英語ば書ききぃばい」
- るー、らるー
- {下二段活用} (動詞の未然形に接続)
- 自らの能力に拘わらず、天候、法的拘束力、人間関係における力などで禁止されないからすることが出来ることを表す。
- 例
- 「貴様、いつまでも中学生でいられるとでも思うなよ」→「きさん、いつまんでん中学生でおらるーとでん思うなよ」
- んめえ
- 打消推量
- 動詞や助動詞の未然形に接続
- 例「今日はもう、としちゃんは来ないだろうなー」→「今日はもう、としちゃんは来んめえやー」
- んずく
- 打消結果
- 動詞の未然形に接続
- 例「としちゃんは今日はとうとう来なかったね」→「としちゃんは今日はとうとう来んずやったね」
- んく
- 20代[いつ?]以降の若年層で比況を表すため、用いられる。以前に比べて「〜しなく(なる)」)
- 例「最近は人がこんくなりよるってよ。」
- んやった
- 打消過去
- 動詞・助動詞の未然形に接続
- 例
- 「見なかった」→「見らんやった」
- 「しなかった」→「せんやった」
- やい
- 軽い命令
- 動詞の連用形に接続。尊敬の助動詞「やる」が、命令形のみ残ったもの[7]。
- 例「ちょっとあそこを見て」→「ちいとあすこば見やい」
- てんやい、でんやい
- 軽い命令
- 動詞の連用形に接続。接続助詞「て」+動詞「見る」の連用形「見」+助動詞「やる」の命令形「やれ」が転化したもの。「やい」の部分が省略され、「てん」の部分だけが語尾に現れることがある。
- 「ほら、ここに手を突っ込んでみて」→「ほら、ここに手ば突っ込んでんやい」
- ない
- 少し丁寧な命令
- 動詞の連用形に接続。語源は「なさい」の転化したもの。
- 例「騙されたと思って、食いなさい」→「騙されたと思うて、食いない」
- てんない
- 少し丁寧な命令
- 動詞の連用形に接続。接続助詞「て(で)」+「なさい」がつづまり、転化したもの。「ない」の部分が省略され、語尾に「てん」だけが現れることもある。
- 例「騙されたと思って、食ってみなさい」→「騙されたと思って、食うてんない」
- てんしゃい、でんしゃい
- 丁寧な命令
- 動詞の連用形に接続。接続助詞「て(で)」+「見なさい」がつづまったものである[要検証 ]。
- 例「ちょっと来てみなさい」→「ちいと来てんしゃい」
- ちゃる、じゃる
- 接続助詞「て(で)」に補助動詞「やる」が接続したもの。口蓋音化し「ちゃる」「じゃる」という音に変化する。さらに、終止形、連体形では「る」が落ち、全体として「ちゃー」「じゃー」と発音されることがある。
- 特に福岡平野の方言の特徴は、朝鮮語の주다(チュダ)の用法と同様に、補助動詞の「やる」が「くれる」の意味をも表すため、「やる/くれる」授受動詞の使い分けがなされないことである。
- 例「漢字がわからないんだけど、ちょっと書いてくれなさい。(書いてくれないか?)」「いいよ。」→「漢字の分からんとばってん、ちと書いちゃんない。(書いちゃらん?)」「よかばい」
- げな
- 伝聞、伝言、伝達
- 例「明日は雨が降るそうだから、傘を持っていかないと(いけない)よ」→「明日は雨の降るげなけん、傘ば持って行っとかな(いかん)よ」
- ごたー (る)
- 推定、婉曲な断定、比況、希望
- 助動詞「ごと」+「ある」の転訛で、転訛していない「ごとある」の用法も北九州弁などで見られる。
- 例
- 推定「留め具が壊れているみたいだね」→「留め具がぱげとうごたーね」
- 婉曲な断定 「今日はパソコンの調子が悪いみたいだね」→「今日はパソコンの調子の悪かごたーね」
- 比況 「8月みたいな暑さだねえ」→「8月のごたーあつさやねえ」
- 希望 「120歳までは生きたいな」→「120歳までは生きようごたーな」
- ごと
- 比況、様態、例示
- 比況の助動詞「ごとし」の活用語尾が省略されたもの。
- 例
- 「馬鹿みたいに、ピーピー家で笛を吹くな」→「馬鹿んごと、ピーピー家で笛ば吹くな」
- 「最近は人が来ないようになっているみたいだよ。」→「最近は人のこんごとなりよるごたるばい。」
- ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Hakata-ben”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History
- ^ a b c d あまり使われない。
- ^ 岡野 1983, p. 67.
- ^ 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学 9 九州地方の方言』国書刊行会、1983年、71頁-72頁
- ^ 陣内 1997, p. 23.
- ^ 岡野 1983, p. 82.
- ^ 岡野 1983, p. 79.
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