労働者災害補償保険 社会復帰促進等事業

労働者災害補償保険

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/03 12:35 UTC 版)

社会復帰促進等事業

社会復帰促進等事業(旧労働福祉事業)は、政府が独立行政法人労働者健康安全機構等に行わせる各種事業である(第29条)。次の事業がおこなわれる。

  • 社会復帰促進事業
    • 被災労働者のための療養・リハビリテーション施設(労災病院など)の設置・運営、補装具の支給等
  • 被災労働者等援護事業
  • 安全衛生確保等事業

特別支給金

業務災害・通勤災害に遭った労働者が労災保険の各種給付と同時に、各種特別支給金を申請する場合が多いが、基本的には労災保険の各種給付とは別枠の制度である。したがって、事業主からの費用徴収は行わず(不正受給者からの費用徴収は、不当利得として民事上の手続きにより返還を求めることになる)、損害賠償との調整も[注釈 29]社会保険との併給調整も行わない(特別支給金支給規則に、労災保険法を準用する規定がない)。前払一時金を受給しても、特別支給金は支給停止されない。特別支給金の申請は原則として保険給付の請求と同時に、所轄労働基準監督署長に対して行い、支給事務も労働基準監督署長が行う。申請は支給要件を満たすこととなった日の翌日から5年以内(休業特別支給金のみ2年以内)に行わなければならない。なお特別支給金の決定に不服があっても、不服申立てをすることはできない。

交通事故等の第三者行為を原因として業務災害・通勤災害を被った場合に特別支給金の給付を受けても、支給元(政府)は加害者への損害賠償請求権を代位取得することはない。このことはつまり、賠償、自動車保険(自賠責、人身傷害、対人保険)、示談、訴訟上の解決等により、損害の補填を受けた場合であってもなお、社会復帰促進等事業の特別支給金を受ける事ができることを意味する(一部例外あり)。例として、交通事故により第三者行為として通勤災害を被り、自動車保険(自賠責、人身傷害、対人保険)からの休業補償を、休業損害額の満額(100%)の支払いを受けた場合であっても、社会復帰促進等事業の休業特別支給金を申請する事によって、休業の4日目相当分から、給付基礎日額の20%(合計で休業損害額の120%)の給付を受ける事ができる。なおこの場合、労災保険からの休業補償給付等は受けることができない。対人保険の過失相殺により休業損害額の100%未満を受領した場合は、まず休業補償給付の支給調整により損害額が100%に満ちるまで(ただし最大60%)の休業補償給付を受けて、加えて休業特別支給金20%が支給調整なしに支給されることになる。

定額・定率の特別支給金

仕組み上、労災保険の各種給付と同時に給付される場合が多い。算定基礎が給付基礎日額である場合は、要件を満たしたときはスライド改定が行われる。

  • 休業特別支給金:休業(補償)給付の対象となる日1日につき、休業給付基礎日額の20%
  • 傷病特別支給金(一時金):傷病(補償)年金の受給権者に対し、傷病等級1級の者は114万円、2級は107万円、3級は100万円
  • 障害特別支給金(一時金):障害(補償)給付の受給権者に対し、障害等級1級の者は342万円、2級は320万円、14級は8万円
    • 傷病特別支給金を受給した労働者の傷病が治癒し、身体障害が残った場合には、当該障害に応ずる障害特別支給金の額が既に受給した傷病特別支給金の額を超える場合に限り、その超える額に相当する額が障害特別支給金として支給される。
  • 遺族特別支給金(一時金):遺族(補償)給付の受給権者(いないときは遺族(補償)一時金の受給権者)に対し、300万円(受給権者が複数いる場合は、その人数で頭割り)

ボーナス特別支給金

負傷・発病の日以前1年間(雇い入れ後1年未満の者については、雇い入れ後の期間)に支払われた特別給与(労働基準法第12条4項でいう「3か月を超える期間ごとに支払われる賃金」をいう[注釈 30]。以下同じ)の総額(算定基礎年額。150万円か、給付基礎日額の365倍の20%の、いずれか低いほうが上限)を基礎として算定される。年金または一時金として支給を受けることができる。なお、ボーナス特別支給金については、特別加入者には支給されない。要件を満たしたときはスライド改定が行われる。

  • 傷病特別年金(傷病等級1〜3級):1級は算定基礎日額(年額/365)の313日分、2級は277日分、3級は245日分
    • 傷病差額特別支給金が加算される場合がある。
  • 障害特別年金(障害等級1〜7級)、障害特別一時金(障害等級8〜14級)、障害特別年金差額一時金(障害等級1〜7級)
  • 遺族特別年金、遺族特別一時金
    • 遺族(補償)年金が60歳になるまで支給停止されているものについては、特別支給金も支給停止される。

労災就学援護費

業務災害または通勤災害によって死亡した者の遺族や、重度障害を受け、あるいは長期療養を余儀なくされた者で、その子供等に係る学資等の支弁が困難であると認められる者に支給される。申請は所定の申請書に在学者等に関する在学証明書その他所定の資料を添えて、所轄労働基準監督署長に対して行い、支給事務も労働基準監督署長が行う。原則として卒業まで支給され、卒業後も返還は不要である。ただし在学者等が在学中に婚姻をしたときはその翌月以降支給は行わない。

以下のいずれかに該当した場合に支給対象となる。ただし、年金給付基礎日額が16,000円を超えないことが必要である。

  • 年金受給者本人やその子が、学校や専修学校に在学したり、公共職業能力開発施設において一定の職業訓練を受けていて、学資等の支弁が困難な場合
  • 年金受給者本人やその家族で、就労のために児童を保育所や幼稚園にあずけており、その費用を援護する必要があると認められる場合
  • 年金受給者本人やその子が、職業能力開発総合大学校において長期課程による指導員訓練を受けていて、平成26年3月31日以前に支給すべき事由(学資等の支弁が困難)が生じた方(経過措置)

対象となる給付は次の通り。

  • 遺族補償年金
  • 障害補償年金(障害等級1級~3級に限る)
  • 傷病補償年金(脊髄損傷等傷病の程度が特に重篤であると認められる者に限る。また受給権者本人が在学者等である場合は対象外)

給付額は1人につき次の通り。

  • 保育を要する児童、小学生:月額12,000円
  • 中学生、高校生:月額16,000円(通信制課程に在学する者にあっては13,000円)
  • 大学生、公共職業能力開発施設や職業能力開発総合大学校で所定の訓練を受ける者:月額39,000円(通信制課程に在学する者にあっては30,000円)

注釈

  1. ^ 労働者災害補償保険法では「労働者」の定義規定を置いていないが、法律の目的・趣旨等から、労働基準法上の労働者を指すと解される(平成23年厚生労働省「労使関係法研究会報告書(労働組合法上の労働者性の判断基準について)」)。最高裁判所も同様の立場をとっている(横浜南労基署長事件、最判平成8年11月28日)。
  2. ^ 「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」第3条において「労災保険法第三条第一項の適用事業(=労働者を使用する事業)の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係が成立する」と定められており、労災保険が自動的に適用される規定となっている。なお、これにより労災保険への加入漏れは存在しないこととなるので、全ての労働者が労災補償を受けることができるようになっている。
  3. ^ 船員法国土交通大臣の所管のため、厚生労働大臣は労災保険の施行のために必要があると認めるときは、国土交通大臣に対し、船員法にもとづき必要な措置を取るべきことを要請することができる(第49条の2)とされる。
  4. ^ ただし、労災保険と同時徴収される石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく一般拠出金は外交特権の対象となり納付の義務を負わない。
  5. ^ 類似の任意加入制度を持つ雇用保険では「労働者の2分の1以上の希望」となっている。したがって、常時4人の労働者を使用する個人事業主が任意加入する場合、雇用保険では2人の希望、労災保険では3人の希望があったときに任意加入しなければならない。
  6. ^ 保険料の対象となる賃金は、「役員報酬」の部分は含まず、労働者としての「賃金」部分のみである。
  7. ^ 使用する場合であっても、使用する日の合計が年100日未満の場合を含む。
  8. ^ 特別加入者の具体的な範囲は、派遣元の団体又は事業主が申請書によって確定する。海外派遣者の特別加入制度では中小事業主等の特別加入制度の場合と異なり、加入者の範囲は、派遣元の団体又は事業主が任意に選択することが可能であるが、制度の運用にあたっては、できる限り包括加入するよう指導すること(昭和52年3月30日基発192号)。
  9. ^ この承認は、早くても特別加入申請書提出の翌日以降となるため(提出当日の承認は不可。昭和52年3月30日基発192号)、加入しようとする者が海外に渡航するまでの間に提出を行わなければ、承認までの間労災保険の対象外となる可能性がある。
  10. ^ 労働基準法第87条1項、および徴収法第8条1項が適用される事業。当該事業においては、事業主と雇用関係にない労働者の労災保険料も事業主が支払う。
  11. ^ 令和3年4月の保険料率改定では変更なしとされた。ただし、「水力発電施設、ずい道等新設事業」については特例がある[1]
  12. ^ 法文上は「労災保険率と同一の率から労災保険法の適用を受けるすべての事業の過去3年間の二次健康診断等給付に要した費用の額を考慮して厚生労働大臣の定める率を減じた率」(徴収法第13条)であるが、現在「厚生労働大臣の定める率」はゼロとされているので、結果的には一般保険料率と同一の率になるのである。
  13. ^ 平成23年度以前に保険関係が成立した事業については、100万円以上。
  14. ^ 平成26年度以前に保険関係が成立した事業では、1億2千万円以上。
  15. ^ 労働基準法に定める災害補償の価額の限度で行われる。したがって、平均賃金よりも給付基礎日額が高額な場合、平均賃金を用いて費用徴収に係る保険給付の額を計算する。なお労働基準法上規定のない二次健康診断等給付については費用徴収は行わない(平成13年3月30日基発第233号)。
  16. ^ なお、このような場合には、各事業場毎に労働保険関係を成立させ労働保険料を申告・納付するか、(事業の種類が同じ場合に限り)本社等主たる事業場に手続を一括する申請(=継続事業の一括)を労働局長あてに申請し承認を受ける必要がある。
  17. ^ 事業の存在については運輸局、法務局、日本年金機構等と定期的に情報交換をしている。
  18. ^ 労働組合の非専従者である労働者が会社の業務に従事中災害を蒙った場合の災害補償費の算定基礎となる平均賃金は、会社よりその労働者に対して支払った賃金額についてこれを計算するのであって、この場合労働組合より支払を受けたものは平均賃金算定の基礎とはならない(昭和24年11月11日労収第8377号)。
  19. ^ 実務上は、事業主証明を拒否された申請書が労働者から提出された場合、労働基準監督署は受理したうえで、事業主に対して「証明拒否理由書」を提出するよう求めている。労災か否かの判断はあくまで労働基準監督署が諸事情を考慮して行うものであり、事業主証明の有無が直接労災認定の可否につながるものではない。
  20. ^ 療養の給付と療養の費用の支給のいずれを受けるかが、労働者の選択に委ねられているのではない。あくまで療養の給付が原則で、療養の費用の支給は例外的な措置である。療養の給付を原則としたのは、業務上の傷病を回復するための給付を指定病院において直接に行なうことによって補償の実効と適正を期そうとしたものである。昭和41年2月の改正法施行により、それまでの「療養の費用の支給が原則」から転換した(昭和41年1月31日基発73号)。
  21. ^ 療養の費用の支給を強いて制限する趣旨のものではないので、上に述べた原則の適用については、被災者の便に支障を生ずることのないよう配意する必要がある(昭和41年1月31日基発73号)。
  22. ^ 13級と9級を併合する場合、8級となるが、支給額はこのケースのみ例外として13級の額(101日分)と9級の額(391日分)との合算額である492日分となり、8級の額(503日分)とはならない。
  23. ^ 最初の支払期日から1年経過月以後の分は年5分の単利で割り引いた額となる。
  24. ^ 「生計維持」の認定は厚生労働省労働基準局長が定める基準によって行う(規則第14条の4)。
  25. ^ 「異常の所見」とは、検査の数値が高い場合(高比重リポ蛋白コレステロール(HDLコレステロール)にあっては低い場合)であって、「異常なし」以外の所見を指すものであること。ただし、一次健康診断の担当医が各項目について異常なしの所見と診断した場合であっても、産業医(労働安全衛生法第13条1項)や労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師(地域産業保健センターの医師、小規模事業場が共同選任した産業医の要件を備えた医師等。労働安全衛生法第13条の2)が、一次健康診断の担当医が異常なしの所見と診断した検査の項目について、当該検査を受けた労働者の就業環境等を総合的に勘案し異常の所見が認められると診断した場合には、産業医等の意見を優先し、当該検査項目については異常の所見があるものとすること(平成13年3月30日基発第233号)。
  26. ^ 二次健康診断を受診した結果、既に脳血管疾患又は心臓疾患の症状を有していると診断されたことにより、療養補償給付等の他の保険給付の請求がなされた場合は、通常の脳及び心臓疾患に係る労災請求事案と同様に平成7年2月1日基発第38号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」に基づき業務上外の判断を行うこと(平成13年3月30日基発第233号)。
  27. ^ 一次健康診断を実施した次の年度に当該一次健康診断に係る二次健康診断等給付を支給することは可能である。ただしその場合は、当該年度に実施した定期健康診断等について、同一年度内に再度二次健康診断等給付を支給することはできないものであることに留意されたい(平成13年3月30日基発第233号)。
  28. ^ 二次健康診断を勤務中に受診せざるを得ない揚合においても、その受診に要した時間に係る賃金の支払いについては、当然には労働者の負担すべきものではなく労使協議して定めるべきものではあるが、脳及び心臓疾患の発症のおそれのある労働者の健康確保は、事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業主が支払うことが望ましいこと(平成13年3月30日基発第233号)。
  29. ^ コック食品事件(最判平成8年2月23日)では、「特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできない」としている。
  30. ^ 同項に定める「臨時に支払われた賃金」「通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないもの」は含まない。
  31. ^ 2022年3月末をもって、福祉医療機構による年金を担保とする貸付の新規受付は終了し、4月以降は既存債権の管理回収業務のみである。
  32. ^ じん肺と認めなかった国の決定取消を求める訴訟を起こした原告が死亡した場合、死亡した者の遺族が当該訴訟を承継することができるかどうかが争われた事件において、最高裁判所は、未支給の労災保険給付を受けることができる遺族であるなら、訴訟承継することができると判断した(最判平成29年4月6日)。似た趣旨の規定を持つ国民年金法においては訴訟承継できないとの最高裁判例があり(最判平成7年11月7日)、法令により扱いは異なる。
  33. ^ この規定は、2人以上が同時に請求した場合に、請求人の人数で等分して各人に支給することを排除する趣旨のものではない(昭和41年1月31日基発73号)。
  34. ^ ここで言う第三者とは、請求者(被災労働者)、保険者(政府)以外の第三者。交通事故の相手方の場合もあれば、同僚、事業主等の場合もある。

出典

  1. ^ a b c d 令和3年4月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がります厚生労働省
  2. ^ 令和4年4月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました厚生労働省
  3. ^ 令和4年7月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました厚生労働省
  4. ^ 令和元年7月31日厚生労働省告示68号
  5. ^ 平成28年版厚生労働白書 p.326
  6. ^ 石綿健康被害救済法が改正されました厚生労働省
  7. ^ 遺族年金、受給資格の男女差「違憲」 大阪地裁が初判断日経新聞 2013年11月25日
  8. ^ 労働保険審査制度の仕組み(厚生労働省HP)






労働者災害補償保険と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「労働者災害補償保険」の関連用語

労働者災害補償保険のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



労働者災害補償保険のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの労働者災害補償保険 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS