内閣情報調査室 内閣情報調査室の概要

内閣情報調査室

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/08/21 14:42 UTC 版)

概要

内調のある内閣府庁舎

内閣に属する情報機関である。職員は約170人(2016年現在、200人以上に増員されている)。所在地は内閣府庁舎6階[1]

内調は、日本政府の情報機関の代表・取りまとめ役としての役割を持ち、内調トップの内閣情報官は内外の特異情報についての分析を内閣総理大臣に直接報告している。この定例報告は週1回、各20〜30分程度行われるのが原則であるが、事情がある場合はそれ以外にも面会している。情報収集の手段別に見ると、シギント情報本部など、国内諜報や防諜に関わるヒューミント公安調査庁公安警察が主に担っており[2] 、内調自身は内閣の重要政策に関する国内外の政治経済治安テロ等)に関しオシントヒューミントを中心に担っている[3]。2013年には内調にもヒューミントの専門部署を設置する検討が政府内で行われた[4]。また内調の下部組織の内閣衛星情報センターは情報収集衛星の画像を基にした情報活動(イミント)を行っている。内調はアメリカ中央情報局(CIA)・イギリス秘密情報部などの外国政府の情報機関との公式なカウンターパートとなっている。そのほか、合同情報会議の事務手続きも行っている。

日本国家安全保障に関する司令塔として国家安全保障会議ならびに事務局の国家安全保障局が設立されているが、国家安全保障局が国家安全保障に関する政策提言・立案を行うため、内調が必要な情報を国家安全保障局に提供している[5]。この連携のため国家安全保障局の情報班長には内調出向者が当てられている[6]

内調には生え抜きの職員をはじめとして様々な省庁からの出向者が所属しているが、トップの内閣情報官をはじめ、警察庁から出向者が非常に多い。このため、霞が関では警察庁の出先機関と捉えられており、各省庁から情報が集まらない一因ともなっている。

なお、シギントを行っていた情報本部の前身組織のひとつである陸上幕僚監部調査部第2課別室(調別)は、実質的に内閣情報調査室の下部機関で歴代トップは内調から出向してきた警察官僚が占めており[7]、この経緯から現在も情報本部の電波部長は内調出向者の指定席である。

歴史

日本版CIA構想の頓挫

内閣情報調査室のルーツは総理府に設けられた内閣総理大臣官房調査室である。調査室設置の背景には「治安関係者だけでなく、各省各機関バラバラと言ってよい内外の情報を一つにまとめて、これを分析、整理する連絡機関事務機関を内閣に置くべきだ」「外務省情報局に代わるべき内閣直属の情報機関が必要」[8]という吉田茂の意向があり、その意向を受けて戦前朝日新聞社副社長や情報局総裁を務めた緒方竹虎副総理と、元内務官僚で国家地方警察本部警備課長の村井順を中心に日本版CIA構想の先駆けとして創設された

吉田はこの調査室を土台として、組織の拡張または別組織の立ち上げを行うことで日本のインテリジェンス機能を強化しようと考えており、関係各省庁も国警の村井順が「内閣情報室設置運用要綱」を、外務省が「内閣情報局設置計画書」を、法務府特別審査局が「破壊活動の実態を国民に周知させる方法等について」をそれぞれ提出するなど、情報機関設置に関して警察・外務・法務各省庁がそれぞれ案を提出した。最終的には村井の案が通り、調査員は各省庁から出向させることになった。こうして1952年(昭和27年)4月9日に総理府内部部局組織規程(総理府令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が、特別審査局を発展させた公安調査庁と共に新設される。なお、同時期に有末精三辰巳栄一などの旧軍人グループにより「内閣調査室別班」の設立が提唱されており、その結果「睦隣会」が発足し、その後、世界政経調査会となっている[9]

しかし、この後調査室が大規模な「中央情報機関」となる事はなかった。その原因の1つは当時の世論である。緒方は内調を「世界中の情報を全てキャッチできるセンターにする」という構想を持っていたが、これに対して読売新聞を中心とする全国三紙が「内調の新設は戦前の(マスコミの統制やプロパガンダを担った)内閣情報局の復活である」として反対運動を展開した。これにより内閣情報局創設構想は後退を余儀なくされる。もう一つは内務官僚と外務官僚の縄張り争いであった。インテリジェンスに理解のあった緒方が1956年に死去したことも大きかった。

1957年(昭和32年)8月1日には内閣法(法律)の一部改正、内閣官房組織令(政令)の施行及び総理府本府組織令(政令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が廃されるとともに、内閣官房の組織として内閣調査室が設置された。

冷戦時代の内調

1955年には国際部に「軍事班」が設けられ、元海軍中佐の久住忠男らを中心としてベトナム戦争の推移や沖縄に駐留する米軍の動向などを観察した。

60年安保をきっかけに内調は論壇の流れをフォローするようになり、安全保障論の育成のために中村菊男高坂正尭若泉敬小谷秀二郎ら現実主義的な論客の結集を助け、論議を普及するなどした[10]。現在でも内調は勉強会を数多く行っており、学識経験者や企業を招いて情勢分析を聞くなどしている[11]

1977年(昭和52年)1月1日には内閣調査室組織規則の施行により、内部体制が総務部門国内部門国際部門経済部門資料部門の5部門となる。

第1次中曽根内閣時代には当時の官房長官後藤田正晴の決定により[12]それまで官房長官に行っていた「長官報告」が「総理報告」に格上げされ、世界的スタンダードである国家最高権力者への直接報告体制が確立された。

1986年(昭和61年)7月1日に内閣官房組織令の一部改正により、「内閣調査室」から現在の「内閣情報調査室」となる(5部門体制は継承)。

冷戦後の世界へ

1995年には阪神・淡路大震災が発生した。この際、政府の立ち上がりが遅れた教訓から1996年(平成8年)5月11日に内閣情報調査室組織規則(以下「規則」という)の一部改正により、内部体制に内閣情報集約センターが加えられた。また、阪神大震災をきっかけに官邸が自衛隊機を飛ばすなどして積極的に情報収集を行ったり、民間との協力体制の確立、マスコミへの情報発信など官邸の情報収集体制や危機管理体制の改革が行われた[13]

北朝鮮ミサイル核兵器も重要な課題であった。米朝が核兵器を巡って対立していた1994年2月に行われた日米首脳会談で、アメリカ細川護熙首相(当時)に強硬策も辞さないとする意志を伝えた。首相は帰国後直ちに米朝開戦に備えて内調に北絡みの情報収集を指令。内調は「空爆は最後の手段で、海上封鎖公海上での臨検が主となるだろう」という情勢見通しを行った[14]。また、北朝鮮工作員による破壊工作に備えて朝鮮戦争時の破壊工作の状況について研究を行った。金日成死去にあたっては米国の情報もあって北朝鮮軍の動きを把握しており、体制が安定していることを掴んでいる[15]

これらの経験から関係者や国民の間で情報収集衛星(=偵察衛星)の需要が徐々に高まっていった。そして1998年テポドン1号が発射されると世論が一気に高まり、1999年(平成11年)3月1日に規則の一部改正により内部体制に情報収集衛星導入準備室が設置され、本格的に情報収集衛星の計画がスタートした。

1996年(平成8年)〜 1998年(平成10年)の橋本政権において、後藤田正晴の発案で内閣情報局設置法案が用意され、実現一歩手前まで漕ぎ着けていた。これは、「内閣情報局」を創設して、戦前の情報局を復活させることを目指したものだった[16]

2001年(平成13年)1月6日には中央省庁再編に伴う内閣法及び内閣官房組織令の一部改正により、内閣情報調査室長(政令職)が廃され内閣情報官(法定職)と改められた(組織の長の格上げのみで組織の名称・内容には変更なし)。4月1日には内閣官房組織令及び規則の一部改正により、情報収集衛星導入準備室が廃され内部組織として内閣衛星情報センターが設置される。室内の他の部門・センターが規則に基づく区分呼称に過ぎないのに対し、このセンターは規則より一段上の政令で設置された内部組織である。7月1日には規則の一部改正により、資料部門が情報管理部門に改称されたものの、2004年(平成16年)4月1日には業務は総務・国内・国際の3部門に分散承継され、情報管理部門は廃止された。

2008年(平成20年)4月1日には規則の一部改正により、内閣情報分析官が新設され、内閣衛星情報センターの「管制部」が「技術部」に改編された。また、政府機関の防諜を取り扱う「カウンターインテリジェンス・センター」も設置された。

2013年11月13日には同月にフィリピンをおそった台風30号の被害状況を情報収集衛星の画像情報、公開情報等を集約した情報を基に作成したレイテ島の中心都市タクロバンから南約20キロ、東西約15キロの台風被害の被災状況推定地図をNGOなどの活動支援のため一般提供を開始した[17]

2013年(平成25年)12月、第2次安倍内閣で「国家安全保障会議」(日本版NSC)が設立され、2014年(平成26年)1月、国家安全保障会議の事務局「国家安全保障局」が設立された。国家安全保障局は国家安全保障に関する政策提言・立案を行うため、これに資する情報を得る必要があり、内調とのインテリジェンス面での連携強化が必要であり、国家安全保障局の参事官の情報班長には内調出向の警察官僚が就任している[6]

設立時の主要メンバー

※内閣総理大臣官房調査室顧問




  1. ^ 軍事研究 2006年 9月号別冊 ワールドインテリジェンスvol2 日本の対外情報機関 p.26
  2. ^ ビジネスにおけるリスクの早期警戒とインテリジェンスの役割 (PDF)”. 戦略検討フォーラム. 2016年6月7日閲覧。
  3. ^ 国家公務員一般職(大卒程度試験)採用パンフレット”. 2016年7月1日閲覧。
  4. ^ 内調に諜報員配置 情報収集強化へ新部門 政府検討”. 産経新聞 (2013年5月29日). 2016年6月7日閲覧。
  5. ^ 「国家安全保障会議」について(「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」説明資料)”. 内閣官房 国家安全保障会議設置準備室. 2013年12月24日閲覧。
  6. ^ a b “NSCの組織編成全容判明 部門長は防衛省3 外務2、警察1 内調とも連携”. 産経新聞. (2013年11月9日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131109/plc13110910540002-n2.htm 2013年11月14日閲覧。 
  7. ^ 朝日新聞 2004年 9月21日
  8. ^ 吉原公一郎 『謀略列島―内閣調査室の実像』 新日本出版社 p.27
  9. ^ 吉原公一郎 『謀略列島―内閣調査室の実像』 新日本出版社 p.28
  10. ^ 大森(2005):41ページ
  11. ^ 大森(2005):69ページ
  12. ^ 大森(2005):41ページ
  13. ^ 大森(2005):47-48ページ
  14. ^ 大森(2005):150ページ
  15. ^ 大森(2005):153ページ
  16. ^ 文藝春秋 (雑誌) 2015年 3月号 文藝春秋 p116
  17. ^ フィリピン台風被災状況推定地図 タクロバン周辺全体
  18. ^ 大森(2005):24ページ
  19. ^ “内調に諜報員配置 情報収集強化へ新部門 政府検討”. 産経新聞. (2013年5月29日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130529/plc13052901300006-n1.htm 2013年9月17日閲覧。 
  20. ^ a b c d 内閣情報調査室パンフレット(抜粋)
  21. ^ 第162回国会 衆議院安全保障委員会第6号 議事録、2005年4月8日
  22. ^ 窪田順生 『スピンドクター モミ消しのプロが駆使する「情報操作」の技術』 講談社+α新書 p.101
  23. ^ 第82期定時株主総会召集ご通知 51頁 - 日本テレビホールディングス株式会社。
  24. ^ a b 黒井(2007):167ページ
  25. ^ 衆議院議員吉井英勝君提出大規模災害時における情報収集衛星の活用に関する質問に対する答弁書、2011年(平成23年)7月8日受領 答弁第286号
  26. ^ 竹内(2009):28ページ
  27. ^ 竹内(2009):30ページ
  28. ^ 小谷(2007):209ページ
  29. ^ 竹内(2009):22-33ページ
  30. ^ 就任・退任は閣議を経て発令される
  31. ^ a b 黒井(2007):169ページ
  32. ^ 内閣府本府等所管公益法人一覧
  33. ^ 国会会議録検索システム
  34. ^ 内閣 平成16年度省庁別財務書類


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