内閣情報調査室 内閣情報調査室の概要

内閣情報調査室

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/03/07 09:14 UTC 版)

概要

内調のある内閣府庁舎

内閣に属する情報機関である。職員は約170人。所在地は内閣府庁舎6階[1]

内調は、日本政府の情報機関の代表としての役割を持ち、内調トップの内閣情報官は内外の特異情報についての分析を首相に直接報告している。この定例報告は週1回、各20~30分程度行われるのが原則であるが、事情がある場合はそれ以外にも面会している。また、内調はCIAなどの外国政府の情報機関との公式なカウンターパートとなっている。そのほか、合同情報会議の事務手続きも行っている。

内調には生え抜きの職員をはじめとして様々な省庁からの出向者が所属しているが、トップの内閣情報官をはじめ、警察庁から出向者が非常に多い。このため、霞ヶ関では警察庁の出先機関と捉えられており、各省庁から情報が集まらない一因ともなっている。

「調別」こと陸上幕僚監部調査部第2課別室(現在の防衛省情報本部)は、実質的に内閣情報調査室の下部機関であり、歴代トップは警察官僚が占めていた[2]

歴史

日本版CIA構想の頓挫

内閣情報調査室のルーツは総理府に設けられた内閣総理大臣官房調査室である。調査室設置の背景には「治安関係者だけでなく、各省各機関バラバラと言ってよい内外の情報を一つにまとめて、これを分析、整理する連絡機関事務機関を内閣に置くべきだ」という吉田茂の意向があり、その意向を受けて戦前に朝日新聞社副社長や情報局総裁を務めた緒方竹虎副総理と、元内務官僚で国家地方警察本部警備課長の村井順を中心に日本版CIA構想の先駆けとして創設された

吉田はこの調査室を土台として、組織の拡張または別組織の立ち上げを行うことで日本のインテリジェンス機能を強化しようと考えており、関係各省庁も国警の村井順が「内閣情報室設置運用要綱」を、外務省が「内閣情報局設置計画書」を、法務府特別審査局が「破壊活動の実態を国民に周知させる方法等について」をそれぞれ提出するなど、情報機関設置に関して警察・外務・法務各省庁がそれぞれ案を提出した。最終的には村井の案が通り、調査員は各省庁から出向させることになった。こうして1952年(昭和27年)4月9日総理府内部部局組織規程(総理府令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が、特別審査局を発展させた公安調査庁と共に新設される。

しかし、この後調査室が大規模な「中央情報機関」となる事はなかった。その原因の1つは当時の世論である。緒方は内調を「世界中の情報を全てキャッチできるセンターにする」という構想を持っていたが、これに対して読売新聞を中心とする全国三紙が「内調の新設は戦前の(マスコミの統制やプロパガンダを担った)内閣情報局の復活である」として反対運動を展開した。これにより内閣情報局創設構想は後退を余儀なくされる。もう一つは内務官僚と外務官僚の縄張り争いであった。インテリジェンスに理解のあった緒方が1956年に死去したことも大きかった。

1957年(昭和32年)8月1日には内閣法(法律)の一部改正、内閣官房組織令(政令)の施行及び総理府本府組織令(政令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が廃されるとともに、内閣官房の組織として内閣調査室が設置された。

冷戦時代の内調

1955年には国際部に「軍事班」が設けられ、元海軍中佐の久住忠男らを中心としてベトナム戦争の推移や沖縄に駐留する米軍の動向などを観察した。

60年安保をきっかけに内調は論壇の流れをフォローするようになり、安全保障論の育成のために中村菊男高坂正尭若泉敬小谷秀二郎ら現実主義的な論客の結集を助け、論議を普及するなどした[3]。現在でも内調は勉強会を数多く行っており、学識経験者や企業を招いて情勢分析を聞くなどしている[4]

1977年(昭和52年)1月1日には内閣調査室組織規則の施行により、内部体制が総務部門国内部門国際部門経済部門資料部門の5部門となる。

第1次中曽根内閣時代には当時の官房長官後藤田正晴の決定により[5]それまで官房長官に行っていた「長官報告」が「総理報告」に格上げされ、世界的スタンダードである国家最高権力者への直接報告体制が確立された。

1986年(昭和61年)7月1日に内閣官房組織令の一部改正により、「内閣調査室」から現在の「内閣情報調査室」となる(5部門体制は継承)。

冷戦後の世界へ

1995年には阪神・淡路大震災が発生した。この際、政府の立ち上がりが遅れた教訓から1996年(平成8年)5月11日に内閣情報調査室組織規則(以下「規則」という)の一部改正により、内部体制に内閣情報集約センターが加えられた。また、阪神大震災をきっかけに官邸が自衛隊機を飛ばすなどして積極的に情報収集を行ったり、民間との協力体制の確立、マスコミへの情報発信など官邸の情報収集体制や危機管理体制の改革が行われた[6]

北朝鮮のミサイルや核兵器も重要な課題であった。米朝が核兵器を巡って対立していた1994年2月に行われた日米首脳会談で、アメリカは細川護熙首相(当時)に強硬策も辞さないとする意志を伝えた。首相は帰国後直ちに米朝開戦に備えて内調に北絡みの情報収集を指令。内調は「空爆は最後の手段で、海上封鎖か公海上での臨検が主となるだろう」という情勢見通しを行った[7]。また、北朝鮮工作員による破壊工作に備えて朝鮮戦争時の破壊工作の状況について研究を行った。金日成死去にあたっては米国の情報もあって北朝鮮軍の動きを把握しており、体制が安定していることを掴んでいる[8]

これらの経験から関係者や国民の間で情報収集衛星(=偵察衛星)の需要が徐々に高まっていった。そして1998年テポドン1号が発射されると世論が一気に高まり、1999年(平成11年)3月1日に規則の一部改正により内部体制に情報収集衛星導入準備室が設置され、本格的に情報収集衛星の計画がスタートした。

1996年(平成8年)~ 1998年(平成10年)の橋本政権において、後藤田正晴の発案で内閣情報局設置法案が用意され、実現一歩手前まで漕ぎ着けていた。これは、「内閣情報局」を創設して、戦前の情報局を復活させることを目指したものだった[9]

2001年(平成13年)1月6日には中央省庁再編に伴う内閣法及び内閣官房組織令の一部改正により、内閣情報調査室長(政令職)が廃され内閣情報官(法定職)と改められた(組織の長の格上げのみで組織の名称・内容には変更なし)。4月1日には内閣官房組織令及び規則の一部改正により、情報収集衛星導入準備室が廃され内部組織として内閣衛星情報センターが設置される。室内の他の部門・センターが規則に基づく区分呼称に過ぎないのに対し、このセンターは規則より一段上の政令で設置された内部組織である。7月1日には規則の一部改正により、資料部門が情報管理部門に改称されたものの、2004年(平成16年)4月1日には業務は総務・国内・国際の3部門に分散承継され、情報管理部門は廃止された。

2008年(平成20年)4月1日には規則の一部改正により、内閣情報分析官が新設され、内閣衛星情報センターの「管制部」が「技術部」に改編された。また、政府機関の防諜を取り扱う「カウンターインテリジェンス・センター」も設置された。

近年では第2次安倍内閣の進める「国家安全保障会議」(日本版NSC)の新設に伴い、国家安全保障会議とのインテリジェンス面での連携強化が検討されているとされる[10]。国家安全保障会議の事務局「国家安全保障局」には「情報」部門が設けられる予定となっており、トップには内調出向の警察官僚が就任し、内調との連携を図る予定であるという[10]

2013年11月13日には同月にフィリピンをおそった台風30号の被害状況を情報収集衛星の画像情報、公開情報等を集約した情報を基に作成したレイテ島の中心都市タクロバンから南約20キロ、東西約15キロの台風被害の被災状況推定地図をNGOなどの活動支援のため一般提供を開始した。[11]

組織

内閣情報調査室は4部門・2センターに分かれており、総務部門、国内部門、国際部門、経済部門、内閣情報集約センター、内閣衛星情報センターが設置されている。各部門の長は慣例的に「主幹」と呼称される[12]

内閣衛星情報センターを除く4部門・1センターは内閣情報官と次長両者の管理下に属するが、内閣衛星情報センターは内閣情報官の管理にのみ属し他の部署より1ランク上(次長とほぼ同格)の扱いであり、自前のセンター所長・センター次長の下にさらに内部組織(分課・副センターなど)を持ち、情報収集衛星の管理・分析などを統合的に行っている。この他にカウンターインテリジェンス機能を強化するため、内閣情報官をセンター長とするカウンターインテリジェンス・センターが設置されている。

長は内閣情報官(中央省庁再編に伴い「内閣情報調査室長」に替えて設置)。その下に管理職たる内閣審議官(次長1人)、内閣参事官(所要の人数)、内閣情報調査室調査官(9人)、内閣情報分析官(現在は6人[13])が置かれ、さらにそれらの事務を整理する事務官(所要の人数)が業務に従事している[14]。また、内調では情報を迅速に伝達するために課係制を採用せず、フラットな組織としている[14]

辞令上、「専任者」と「他省庁との官職併任者」がおり、時局に応じて専門知識を持つ出向者等を柔軟に受入れて人事配置できるようにするため、室内の所属職員数は法令では限定されていない。業務の内容から警察官僚の出向者も多い。

2005年(平成17年)4月1日時点での所属職員数(併任者を含む)は、内調プロパー(生え抜き)約70人、警察庁からの出向派遣者約40人、公安調査庁からの出向派遣者約20人、防衛庁からの出向派遣者約10人、外務省総務省消防庁海上保安庁財務省経済産業省等から若干名の計約170人(第162回国会 衆議院安全保障委員会における政府参考人の答弁より[15])。

プロパー職員は内閣事務官として採用され、初任者研修を受けた後で各部署に配属されたのち大学や研究機関での研修、警察大学校での語学研修、在外公館への出向などのキャリアを積みながら主査あるいは情報専門官(情報専門官、上席情報専門官、特任情報専門官と昇格する)を経て管理職への道が開かれる[14]。なお、内調プロパーは国家II種採用のみである。

組織図

内閣情報官┬次長┬┬総務部門
        │   │├国内部門
        │   │├国際部門
        │   │├経済部門
        │   │└内閣情報集約センター
        │   └内閣情報分析官
        └内閣衛星情報センター
         カウンターインテリジェンス・センター
  • 総務部門:人事、予算、室内の総合調整などを扱う
  • 国内部門:国民の意見の収集分析や国内の新聞・放送・雑誌などの論調分析を行う
  • 国際部門:国外の政策に関する情報分析や新聞・放送・雑誌などの論調分析に加え、防衛省の情報本部から入るシギント(電波傍受)情報も扱う
  • 経済部門:国内外の経済状況の分析を行う
  • 内閣情報集約センター:下記で詳述
  • 内閣情報分析官:特定の地域や分野に関する分析を行う。
  • 内閣衛星情報センター:下記で詳述
  • カウンターインテリジェンス・センター:政府の定めた「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」に基づいて政府の防諜に関する連絡調整を行う組織。カウンターインテリジェンス・センターは、日本版CIAの原型となる組織であるとされ、創設には安倍晋三が尽力したという[16]
歴代情報官(前身を含む)
氏名 在任期間 前職 後職 備考
内閣総理大臣官房調査室長【総理府事務官】
1 村井順 1952.4.9 - 1953.4.1 国家地方警察本部
警備部警備課長
国家公安委員会出向 国家地方警察警視長兼任
2 1953.4.1 - 1953.12.18 専任
事代 鈴木耕一 1953.12.18 - 1954.1.27 事務代理
3 木村行藏 1954.1.27 - 1955.7.1 国家地方警察本部
警務部人事課長
警察参事官警察庁警務部付)
→1955.10.15広島県警察本部長
4 古屋亨 1955.7.1 - 1957.8.1 警視庁総務部 内閣官房内閣調査室長
内閣官房内閣調査室長【内閣調査官】
1 古屋亨 1957.8.1 - 1962.5.8 内閣総理大臣官房調査室長 総理府総務副長官(事務担当)
2 石岡實 1962.5.8 - 1964.7.28 九州管区警察局
警察庁警務局付
内閣官房副長官(事務担当)
事代 吉村又三郎 1964.7.28 - 1964.7.31 内閣官房内閣調査室次長として
内閣官房内閣調査室長事務代理
3 本多武雄 1964.7.31 - 1966.3.5 皇宮警察本部 関東管区警察局
4 大津英男 1966.3.5 - 1971.1.22 警察庁警務局長 退職
→1971.5.1日本道路公団監事
5 川島廣守 1971.1.22 - 1971.11.25 警察庁警務局長 内閣官房副長官(事務担当)
事代 原富士男 1971.11.25 - 1973.11.27 内閣官房内閣調査室次長として
内閣官房内閣調査室長事務代理
6 富田朝彦 1973.11.27 - 1974.11.26 警視庁副総監 宮内庁次長
事取 川島廣守 1974.11.26 - 1974.11.29 内閣官房副長官(事務担当)として
内閣官房内閣調査室長事務取扱
7 渡部正郎 1974.11.29 - 1977.8.20 内閣総理大臣官房広報室長
兼内閣官房内閣広報室長
退職
事代 伊達宗起 1977.8.20 - 1977.8.23 内閣官房内閣調査室次長として
内閣官房内閣調査室長事務代理
8 下稻葉耕吉 1977.8.23 - 1979.2.2 大阪府警察本部長
→警察庁警務局付
警察大学校
9 森永正比古 1979.2.2 - 1980.8.18 警察庁刑事局保安部長 退職
10 福田勝一 1980.8.18 - 1982.5.20 警視庁副総監 警察庁警務局長
11 鎌倉節 1982.5.20 - 1984.2.17 警視庁副総監 警察大学校長
12 谷口守正 1984.2.17 - 1986.7.1 大阪府警察本部長 内閣官房内閣情報調査室長
内閣官房内閣情報調査室長【内閣調査官】
1 谷口守正 1986.7.1 - 1987.6.16 内閣官房内閣調査室長 退職
2 大高時男 1987.6.16 - 1989.6.30 皇宮警察本部長 退職 「高」ははしご高(
3 森田雄二 1989.6.30 - 1992.9.1 警察庁長官官房 退職
4 金田雅喬 1992.9.1 - 1993.3.8 警察大学校長 警察大学校長
5 大森義夫 1993.3.8 - 1997.4.4 警察大学校長 退職
6 杉田和博 1997.4.4 - 2001.1.5 警察庁警備局 内閣情報官
内閣情報官
1 杉田和博 2001.1.6 - 2001.4.1 内閣官房内閣情報調査室長 内閣危機管理監
2 兼元俊徳 2001.4.1 - 2001.4.26 警察大学校長 退職
3 2001.4.26 - 2003.11.19
4 2003.11.19 - 2005.9.21
5 2005.9.21 - 2006.4.1
6 三谷秀史 2006.4.1 - 2006.9.26 警察庁警備局外事情報部長 退職
拉致問題対策本部事務局長代理
7 2006.9.26 - 2007.9.26
8 2007.9.26 - 2008.9.24
9 2008.9.25 - 2009.9.16
10 2009.9.16 - 2010.4.2
11 植松信一 2010.4.2 - 2010.6.8 大阪府警察本部長 内閣官房参与
12 2010.6.8 - 2011.9.2
13 2011.9.2 - 2011.12.27
14 北村滋 2011.12.27 - 2012.12.26 警察庁長官官房総括審議官
15 2012.12.26 -



脚注
  1. ^ 軍事研究 2006年 9月号別冊 ワールドインテリジェンスvol2 日本の対外情報機関 p.26
  2. ^ 朝日新聞 2004年 9月21日
  3. ^ 大森(2005):41ページ
  4. ^ 大森(2005):69ページ
  5. ^ 大森(2005):41ページ
  6. ^ 大森(2005):47-48ページ
  7. ^ 大森(2005):150ページ
  8. ^ 大森(2005):153ページ
  9. ^ 文藝春秋 (雑誌) 2015年 3月号 文藝春秋 p116
  10. ^ a b “NSCの組織編成全容判明 部門長は防衛省3 外務2、警察1 内調とも連携”. 産経新聞. (2013年11月9日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131109/plc13110910540002-n2.htm 2013年11月14日閲覧。 
  11. ^ フィリピン台風被災状況推定地図 タクロバン周辺全体
  12. ^ 大森(2005):24ページ
  13. ^ “内調に諜報員配置 情報収集強化へ新部門 政府検討”. 産経新聞. (2013年5月29日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130529/plc13052901300006-n1.htm 2013年9月17日閲覧。 
  14. ^ a b c d 内閣情報調査室パンフレット(抜粋)
  15. ^ 第162回国会 衆議院安全保障委員会第6号 議事録、2005年4月8日
  16. ^ 窪田順生 『スピンドクター モミ消しのプロが駆使する「情報操作」の技術』 講談社+α新書 p.101
  17. ^ a b 黒井(2007):167ページ
  18. ^ 衆議院議員吉井英勝君提出大規模災害時における情報収集衛星の活用に関する質問に対する答弁書、2011年(平成23年)7月8日受領 答弁第286号
  19. ^ 竹内(2009):28ページ
  20. ^ 竹内(2009):30ページ
  21. ^ 小谷(2007):209ページ
  22. ^ 竹内(2009):22-33ページ
  23. ^ 就任・退任は閣議を経て発令される
  24. ^ a b 黒井(2007):169ページ
  25. ^ 内閣府本府等所管公益法人一覧
  26. ^ 国会会議録検索システム
  27. ^ 内閣 平成16年度省庁別財務書類


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