内柴正人 内柴正人の概要

内柴正人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/12/11 09:05 UTC 版)

内柴 正人
基本情報
ラテン文字 Masato Uchishiba
日本の旗 日本
出生地 熊本県合志市
生年月日 1978年6月17日(35歳)
身長 160cm
選手情報
階級 男子66kg級
段位 5段
 
獲得メダル
男子 柔道
オリンピック
2004 アテネ 66kg級
2008 北京 66kg級
世界柔道選手権
2005 カイロ 66kg級
アジア大会
2002 釜山 60kg級
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人物

熊本県合志市出身、同県玉名市在住。9歳で柔道を始める。そのきっかけは「兄にケンカで勝つため」だった。得意技は巴投。尊敬する選手は野村忠宏。身長160cm、体重66kg。血液型はB型

国士舘高等学校を経て国士舘大学卒業後、旭化成に入社した。2004年に開催されたアテネオリンピックや、2008年に開催された北京オリンピックでは、それぞれ柔道男子66kg級にて金メダルを獲得した。その後、競技生活も晩年に差し掛かる2009年より、指導者も務めるようになった。旭化成を2010年末に退社後、九州看護福祉大学にて客員教授に就任し、2011年1月から11月29日まで同職を務めた。

中学時代から頭角を現し、パワーとスタミナのある攻めを生かし男子60kg級で活躍。オリンピック金メダリストの野村忠宏を追う存在として期待を集めた。一方で減量に苦しみ、大事な試合で失格を繰り返したため、こだわっていた60kg級でのオリンピック出場を断念。

66kg級に階級を上げて臨んだアテネオリンピック金メダルを獲得した。全ての試合をそれぞれ違う技で一本勝ちを収めるという珍しい記録を残している[1]

週刊新潮が報じたところによると、北京五輪直前に酒に酔って俳優・渡瀬恒彦の運転手に暴行、後遺症が残る怪我を負わせたが、金メダル候補ということもあり内密に示談したという[2]

北京オリンピックでは、柔道日本代表チームの主将に指名され、決勝でバンジャマン・ダルベレ縦四方固めで一本勝ちし、野村忠宏以来の男子柔道連覇を達成。同大会の日本人選手の金メダル第1号となった[3]

現役時代は常に体脂肪率4%以下を維持していた[4]。野村忠宏が引退するまでは現役でいることをかつて出演したテレビ番組にて発言していたが[5]、2010年10月、野村より自らが先に現役を引退することを決意したことが報道された[6]

引退後

現役時代の2010年4月より九州看護福祉大学女子柔道部コーチを務めていたが、現役引退に伴い同年末で旧所属の旭化成を退社し、2011年1月に同大学の客員教授に就任した[7]

準強姦事件

同年11月8日、同大学の女子部員に対するセクハラ疑惑がマスメディアで報じられる[8]11月29日、同大学は内柴のセクハラ行為に関する調査結果について、未成年女子部員の飲酒を黙認し、その後セクハラ行為を行ったとし、懲戒解雇処分を発表した[9][10][11][12]12月6日準強姦容疑で警視庁逮捕された。内柴は「納得いかない。合意だった」と容疑を否認[13]12月27日東京地検は同罪で内柴を起訴[14][15]12月29日東京地裁は内柴の保釈請求を却下[16]2012年3月30日東京地裁は内柴の保釈請求を再び却下[17]。 同年9月12日、東京地裁の初公判が行われ、内柴は「合意の上で行為に及んだ」と無罪を主張[18]。同年12月21日の結審まで7回の期日が指定された。12月26日検察側は「指導者としての品性のかけらもなく、卑劣極まりない犯行だ」と述べ、懲役5年を求刑した。

また同年12月には離婚したと報じられた[19][20]

第一審・東京地方裁判所

2013年2月1日、東京地裁(鬼沢友直裁判長)は、求刑通り懲役5年の実刑判決を言い渡した。裁判長は、「被告人の公判供述は信用することができない」[21]、「被告人は指導者の立場にありながら、被害者の心情を無視した被告人の行為は悪質である」[22]など内柴側の主張を全面的に退けた。内柴側は引き続き無罪を主張、即日東京高等裁判所控訴した[23]

全柔連の対応

2012年1月10日全日本柔道連盟は2011年12月27日付で内柴の指導者登録を停止処分にした[24][25]。続いて2013年2月5日、刑事裁判で有罪となったことを受け、会員登録永久停止処分(永久追放)とすることを理事会で決めた[26]

第二審・東京高等裁判所

2013年10月4日東京高裁(金谷暁裁判長)で控訴審初公判が行われたものの、弁護人側が求めていた被告人質問の機会と新たな証拠の採用がことごとく却下された。審理はわずか30分ほどで終了して、即日結審となった[27]12月11日、「被告の無罪主張は不合理、信用出来ない」との趣旨で控訴棄却。即日上告[28]

経歴

1978年
6月17日熊本県菊池郡合志町(現合志市)に生まれる
1994年
3月、一の宮町立一の宮中学校(現阿蘇市立一の宮中学校卒業
4月、国士舘高校入学
1997年
3月、国士舘高校を卒業
4月、国士舘大学に入学
1999年
1月9日嘉納治五郎杯男子60kg級で優勝
オーストリア国際男子60kg級で優勝
全日本選抜柔道体重別選手権で減量に失敗、計量を前に道端で倒れ出場辞退
2000年
ロシア国際男子60kg級で2位
世界大学選手権男子60kg級で優勝
全日本選抜柔道体重別選手権男子60kg級で3位
2001年
3月、国士舘大学を卒業
4月、旭化成に入社
8月、ユニバーシアード男子60kg級で優勝
11月、講道館杯男子60kg級で優勝
2002年
1月、日本国際男子60kg級で優勝
2月、フランス国際柔道大会男子60kg級で3位
4月、全日本選抜柔道体重別選手権男子60kg級で優勝
6月、ギドシニエ国際男子60kg級で優勝、トレトリ国際男子60kg級で優勝
9月、釜山アジア大会男子60kg級で銅メダル
11月、講道館杯男子60kg級で2位
2003年
ドイツ国際男子60kg級で3位
3月、結婚[29][30]
4月、全日本選抜柔道体重別選手権で減量に失敗、体重オーバーで失格。引退を考えるも再起をかけ階級を66kg級に上げる。
11月、講道館杯男子66kg級で優勝
2004年
2月、ドイツ国際男子66kg級で優勝
4月4日、全日本選抜柔道体重別選手権男子66kg級で優勝。アテネオリンピック代表候補に決定した。
5月16日、カザフスタンアジア選手権男子66kg級で5位、アテネオリンピック出場枠を獲得。
6月、第1子(長男)誕生[31]
8月15日、アテネオリンピックの男子66kg級で優勝、金メダル獲得
9月、熊本県から県民栄誉賞、合志町から町民栄誉賞授与
2005年
9月、世界柔道選手権で銀メダル獲得
2008年
8月10日、北京オリンピックの男子66kg級で優勝、オリンピック2連覇を達成
2009年
2月、フランス国際柔道大会男子66kg級で優勝
4月1日九州看護福祉大学(熊本)の非常勤職員に着任。2010年4月に発足する同大学の女子柔道部のコーチに就任。
4月4日、全日本選抜柔道体重別選手権男子66kg級で優勝
6月、第2子(長女)誕生[32]
8月26日世界柔道選手権3回戦敗退
2010年
10月、現役引退を表明
2011年
1月12日、九州看護福祉大学の客員教授に就任
11月29日、女子部員に対するセクハラ行為が判明し九州看護福祉大学を懲戒解雇
12月6日、準強姦容疑で警視庁に逮捕 この後、自治体からの栄誉賞が全て剥奪される(後述)
2013年
2月1日東京地方裁判所にて懲役5年(求刑懲役5年)の実刑判決。柔道界から永久追放される

栄典

※なお、紫綬褒章については、実刑の有罪が確定すれば褫奪(ちだつ、剥奪の意)され、執行猶予がついた場合に褫奪されるかどうかは情状によるという[33]

賞詞

  • 2004年 - 熊本県民栄誉賞、合志町町民栄誉賞(市町村合併後は合志市市民栄誉賞)
  • 2008年 - 熊本県民栄誉賞特別賞、合志市名誉市民[34]、阿蘇市市民栄誉賞
※なお、上記各賞は2011年の逮捕を受けすべて剥奪された[35][36][37]

  1. ^ 「内柴正人」近代柔道 ベースボールマガジン社、2004年10月号、19-21頁
  2. ^ 『「石原軍団」元名物専務と「内柴正人」男と男の約束が破られた』 週刊新潮 2011年12月29日号
  3. ^ 「内柴正人」近代柔道 ベースボールマガジン社、2008年9月号、8-12頁
  4. ^ 近代柔道ベースボールマガジン社発行)2001年10月号の「解体新書 内柴正人」によれば、高校時代から体脂肪率はずっと9%だと記されている。
  5. ^ BRAVO!読売テレビ 2008年9月5日放送より
  6. ^ 柔道の内柴、第一線退く サンケイスポーツ 2010年10月16日閲覧
  7. ^ 内柴が九州看護福祉大の客員教授に - スポーツニッポン・2011年1月12日
  8. ^ 五輪「金」内柴氏セクハラの疑い、大学が調査委 読売新聞 2011年11月8日
  9. ^ 本学客員教授の懲戒処分について、九州看護福祉大学、2011年11月29日
  10. ^ 内柴客員教授を懲戒解雇 九州の大学、飲酒・セクハラで 朝日新聞(電子版)、2011年11月29日
  11. ^ 五輪「金」内柴氏を懲戒解雇 九州看護福祉大 熊本日日新聞(電子版)、2011年11月29日
  12. ^ 内柴氏を懲戒処分へ 所属大、セクハラ問題で 日本経済新聞(電子版)、2011年11月29日
  13. ^ 内柴正人容疑者を警視庁が逮捕 準強姦容疑 朝日新聞 2011年12月6日
  14. ^ “五輪金の内柴容疑者を起訴 女性部員への準強姦罪”. 共同通信社. 47NEWS. (2011年12月27日). http://www.47news.jp/CN/201112/CN2011122701001417.html 2012年9月12日閲覧。 
  15. ^ 内柴正人容疑者を柔道部員への準強姦罪で起訴 東京地検 朝日新聞 2011年12月27日
  16. ^ 東京地裁、内柴正人被告の保釈請求を却下、スポーツニッポン 2011年12月29日
  17. ^ “柔道の内柴被告、再び保釈却下 東京地裁”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年3月30日). http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012033001002470.html 2012年9月12日閲覧。 
  18. ^ “内柴被告が準強姦無罪主張 柔道五輪メダリスト”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年9月12日). http://www.47news.jp/CN/201209/CN2012091201001127.html 2012年9月12日閲覧。 
  19. ^ あの内柴被告が妻から三行半 「自業自得」「家族が気の毒」”. j-castニュース (2012年12月6日). 2013年2月1日閲覧。
  20. ^ 女性セブン 2012年12月20日号
  21. ^ 「被告人の供述信用できない」 猫背になり、がっくり両肩落とす”. msn産経ニュース (2013年2月1日). 2013年2月1日閲覧。
  22. ^ 「性的欲求満たすためだけに姦淫」 厳しい言葉の数々”. msn産経ニュース (2013年2月1日). 2013年2月1日閲覧。
  23. ^ “内柴被告 即日控訴「僕は無実 まだ頑張る気持ちがある」”. スポーツニッポン. Sponichi Annex. (2013年2月1日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/02/01/kiji/K20130201005104140.html 2013年2月1日閲覧。 
  24. ^ 内柴被告の指導者登録を抹消 MSN産経ニュース 2012年1月10日
  25. ^ “内柴被告の指導者登録停止 柔道家として活動できず”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年1月10日). http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011001002006.html 2012年9月12日閲覧。 
  26. ^ 内柴正人被告を「永久追放処分」…全柔連 読売新聞2013年2月5日
  27. ^ 内柴被告“返し技”不発 準強姦控訴審 発言機会与えられず”. スポーツニッポン (2013年10月5日). 2013年10月8日閲覧。
  28. ^ 柔道の内柴被告、二審も懲役5年 準強姦「無罪主張は不合理」 共同通信2013年12月11日
  29. ^ 夢は夫婦合わせ技!「内柴道場開校」サンケイスポーツ 2008年8月11日
  30. ^ アテネ五輪 宮崎の選手たち 宮崎日日新聞
  31. ^ 夢は夫婦合わせ技!「内柴道場開校」サンケイスポーツ 2008年8月11日
  32. ^ 内柴に第2子出産!「家族のために頑張る」2009年6月24日 スポーツニッポン(電子版)
  33. ^ 内柴容疑者「紫綬褒章」の行方 実刑確定なら「はく奪」 J-CASTニュース、2011年12月8日
  34. ^ 内柴正人さん!!お疲れ様でした。 - 合志市
  35. ^ 内柴容疑者の県民栄誉賞取り消し…熊本知事 朝日新聞、2011年12月8日
  36. ^ 準強姦:内柴容疑者逮捕 阿蘇市、栄誉賞取り消し/熊本 毎日新聞、2011年12月14日
  37. ^ 内柴容疑者の名誉市民 合志市が取り消し 西日本新聞、2011年12月17日


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