住血吸虫症 住血吸虫症の概要

住血吸虫症

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/11 04:43 UTC 版)

Schistosomiasis
別称 Bilharzia, snail fever, 片山熱[1][2]
罹患した11歳男児。腹水がみられる。
発音 [ˌʃɪstəsəˈməsɪs, -t-, -s-][3][4]
概要
診療科 感染症学
症状 腹痛、下痢、血便、血尿[5]
原因 淡水巻貝に寄生する住血吸虫[5]
診断法 尿または便中の寄生虫卵、血液中抗体の発見[5]
合併症 肝障害、腎不全、不妊症、膀胱がん[5]
予防 清浄な水へのアクセス[5]
使用する医薬品 プラジカンテル[5]
頻度 2.52億人 (2015).[6]
死亡数・ 4,400–200,000[7][8]
分類および外部参照情報
Patient UK Schistosomiasis

歴史的には、灌漑網を整備したメソポタミアエジプトの初期農耕社会ですでに蔓延しており、日本には水田耕作とともに弥生時代に持ち込まれたと考えられている[9][注釈 1]。アフリカや中東にかけてはビルハルツ住血吸虫症が今なお流行しており、ダムや灌漑水路の普及とともにますます拡大している[9]。エジプトでは、1970年完成のアスワン・ハイ・ダムの貯水開始とともに感染が爆発的に拡大した[9][注釈 2]

WHOによれば、世界77か国で2億人以上が感染しているとされる[9][10]。「顧みられない熱帯病」のひとつである[11]

歴史

マラリアとならんで農耕生活の広がりによって拡大した感染症であり、灌漑に用いる河川や湖沼に生息する巻貝が中間宿主となって、人には生水を通して感染する[9]

住血吸虫の保虫者は慢性的な胃や胸の痛み、疲労感、下痢などを訴え、虫卵が膀胱尿管の粘膜に集まるため尿路に障害が生じる[9]。フランス史の英雄、ナポレオン・ボナパルトは尿道の激しい痛みをかかえており、従来、その原因は尿路結石とされていたが、彼の症状を子細に検討した医師によれば、エジプト・シリア戦役の際に感染したビルハルツ住血吸虫症の可能性が高いという報告がなされている[9]

症状

腕に生じたセルカリア皮膚炎

住血吸虫症は基本的には慢性疾患である。住血吸虫が皮膚から侵入したときにかゆみを伴う発疹(セルカリア皮膚炎)がみられる。急性期の症状としては、発熱蕁麻疹下痢、肝脾腫、せきなどがあり「片山熱[12]」と呼ばれているが、目立った症状のない不顕性感染となることも多い。更に、終宿主鳥類の住血吸虫のセルカリア侵入でも皮膚炎が発症するが、虫体は寄生に成功することなくそのまま死滅するため、皮膚炎のみの症状で終息する。

慢性症状は、成虫の寄生部位によって、尿路住血吸虫症と腸管住血吸虫症とに大別できる。(住血吸虫はそれぞれ尿路または腸管を取り巻く静脈叢に寄生する。)

尿路住血吸虫症では、血尿がみられ、進行すると尿路の線維症や腎炎が認められる。合併症として膀胱癌が増えることも知られている。病変は生殖器にも及び、女性では陰部の炎症や出血、結節、性交痛など、男性では精嚢前立腺に異常が見られ、不妊の原因にもなる。

腸管住血吸虫症では、腹痛下痢血便などがみられる。進行すると肝硬変がおこり、門脈圧亢進により腹水が溜まる。食道静脈瘤が認められ、吐血する場合もある。脳腫瘍に似た症状を示すこともある。

病原体

吸虫扁形動物)のうち、住血吸虫科に属する寄生虫が病原体である。雌雄異体で血管に寄生するという点で特徴的。哺乳類終宿主であり、人に感染する住血吸虫としては、尿路周囲の静脈叢に寄生するビルハルツ住血吸虫(Schistosoma haematobium)、門脈など腸管周囲の静脈叢に寄生するインターカラーツム住血吸虫(S. intercalatum)、日本住血吸虫(S. japonicum)、マンソン住血吸虫(S. mansoni)、メコン住血吸虫(S. mekongi)の5種が存在する。

それ以外にも野生動物や家畜に感染する種が知られており、これらが人に対してセルカリア皮膚炎を起こすこともある。

生活環

住血吸虫は哺乳類を終宿主、淡水産巻貝を中間宿主としており、いずれの種もおよそ似たような生活環を持っている。

巻貝

終宿主から排出された虫卵(1)は、淡水に接することで孵化しミラシジウムが泳ぎ出す(2)。 ミラシジウムは淡水産巻貝の体表から感染し(3)、組織内で嚢状のスポロシストへと変態する(4)。 この母スポロシスト内で、幼生生殖により娘スポロシストが形成される。 娘スポロシストは中腸腺へ移行して、ふたたび幼生生殖により多数のセルカリアを形成する。 セルカリアは宿主貝の概日リズムに応じて脱出し、水中を遊泳する(5)。

哺乳類

セルカリアは哺乳類の皮膚にたどり着くと、タンパク質分解酵素を分泌して皮膚内へと侵入し(6)、 その頭部のみがシストソミューラへと変態する(7)。 シストソミューラは2日間ほど皮膚に滞在し、細静脈から血流に乗ってへ向かう(8)。 肺で成虫に変態したあと、感染8日から10日ほどで肝臓の類洞へとたどり着き、 口吸盤を発達させ赤血球を捕食して成熟する(9)。 成熟した住血吸虫は体長10mm程度で、雌がやや短い雄の抱雌管にはさみこまれるように対になり、最終的な寄生部位へと移動して産卵する(10)。 セルカリアの感染から成熟して産卵を始めるまでには6~8週間かかり、数年から20年ほど寄生を続ける。産まれた虫卵は、消化管もしくは尿路から宿主体外へと排出される。

感染経路

遊泳や水飲みなど水と接するときに感染する。漁業や水田の耕作などの作業で水につかったときにも感染し得る。


注釈

  1. ^ ビルハルツ住血吸虫は、もともとはカバの寄生虫であったと考えられる。エジプトでは約4000年前のパピルス文書にもその記述があり、ツタンカーメン王ミイラの内臓部からも寄生虫卵の遺存が確認されている[9]
  2. ^ ナイル川流域に生活する80パーセント以上の住民が保虫者とされている[9]

出典

  1. ^ Schistosomiasis (bilharzia)”. NHS Choices (2011年12月17日). 2014年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月15日閲覧。
  2. ^ Schistosomiasis”. Patient.info (2013年12月2日). 2015年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  3. ^ schistosomiasis - definition of schistosomiasis in English from the Oxford dictionary”. OxfordDictionaries.com. 2016年1月20日閲覧。
  4. ^ "schistosomiasis". Merriam-Webster Dictionary. {{cite web}}: Cite webテンプレートでは|access-date=引数が必須です。 (説明)
  5. ^ a b c d e f g Schistosomiasis Fact sheet N°115”. World Health Organization (2014年2月3日). 2014年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月15日閲覧。
  6. ^ “Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 310 diseases and injuries, 1990-2015: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2015”. Lancet 388 (10053): 1545–1602. (October 2016). doi:10.1016/S0140-6736(16)31678-6. PMC 5055577. PMID 27733282. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5055577/. 
  7. ^ “Schistosomiasis chemotherapy”. Angewandte Chemie 52 (31): 7936–56. (July 2013). doi:10.1002/anie.201208390. PMID 23813602. 
  8. ^ “Global, regional, and national life expectancy, all-cause mortality, and cause-specific mortality for 249 causes of death, 1980-2015: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2015”. Lancet 388 (10053): 1459–1544. (October 2016). doi:10.1016/s0140-6736(16)31012-1. PMC 5388903. PMID 27733281. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5388903/. 
  9. ^ a b c d e f g h i j 石(2018)pp.80-82
  10. ^ a b c Fact Sheet 115 Schistosomiasis”. World Health Organization (2012年1月). 2012年10月18日閲覧。
  11. ^ Neglected Tropical Diseases”. cdc.gov (2011年6月6日). 2014年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月28日閲覧。
  12. ^ Carl AJ, et al. Katayama fever. N Engl J Med 2016; 374:469. doi:10.1056/NEJMicm1504536
  13. ^ Oliveira, G.; Rodrigues N.B., Romanha, A.J., Bahia, D. (2004). “Genome and Genomics of Schistosomes”. Canadian Journal of Zoology 82 (2): 375–90. doi:10.1139/Z03-220. http://www.ingentaconnect.com/content/nrc/cjz/2004/00000082/00000002/art00012. 
  14. ^ Kheir MM, Eltoum IA, Saad AM, Ali MM, Baraka OZ, Homeida MM (February 1999). “Mortality due to schistosomiasis mansoni: a field study in Sudan”. Am. J. Trop. Med. Hyg. 60 (2): 307–10. PMID 10072156. 
  15. ^ Zhou, Xun (2020年8月22日). “Mao's China falsely claimed it had eradicated schistosomiasis – and it's still celebrating that 'success' in propaganda today” (英語). The Conversation. 2021年1月25日閲覧。


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