井手正太郎 井手正太郎の概要

井手正太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/23 03:17 UTC 版)

井手 正太郎
横浜DeNAベイスターズ #26
20140323 Shotaro Ide outfielder of the Yokohama DeNA BayStars,at Seibu Dome.JPG
2014年3月23日 西武ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮崎県西諸県郡野尻町(現:小林市
生年月日 1983年10月10日(31歳)
身長
体重
179 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2001年 ドラフト8巡目
初出場 2004年3月27日
年俸 1,100万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物

プロ入り前

宮崎県小林市出身。高校は日南学園高に入学[1]。一般入学の無名選手であったが[1]、1年生時から三塁手のレギュラーの座を掴み[1]、3年生時には第83回全国高等学校野球選手権大会に出場[1]。3番・遊撃手として出場し、6割以上の打率を残した[1]。アジアAAA選手権の代表にも選ばれる。チームは決勝で敗れたが、自身は打撃部門の三冠を獲得した[1]

2001年のドラフト8巡目で福岡ダイエーホークス(当時)に入団。ホークスが重視しているいわゆる「地元九州ブランド」の選手だったものの、入団当初の評価は高くなかった[要出典]

ダイエー・ソフトバンク時代

入団3年目となる2004年シーズンにオープン戦で結果を出し、3月27日オリックス・ブルーウェーブ戦に9番ライトで開幕スタメンに抜擢された(これがプロ初出場)。しかし、4月6日大阪近鉄バファローズ戦で負傷。このシーズンはわずか10試合出場にとどまり一軍定着のチャンスを逃した。

2005年には二軍で打率.325・5本塁打と結果を残し、後半戦に一軍昇格。自身初のサヨナラ打ヤフードームのライトスタンドに(いわゆる流し打ちでの)本塁打を2本放つなど大器の片鱗を見せた。2006年も二軍で打率.302・5本塁打を打った。

2007年多村仁大村直之の故障でチャンスをつかみ自己最多の61試合に出場し、松田宣浩と共に活躍したが、最終的に打率.235に終わった。二軍では打率.365を記録し打撃は完全に二軍のレベルを超えていたが、一軍定着には至らなかった。同年オフに結婚を発表した。

2008年、故障者の続出に伴い左翼手として開幕戦からスタメン出場。徐々に打撃の調子を上げ一時は打率2位にも入る活躍を見せるが、4月13日埼玉西武ライオンズ戦において飛球を追った際に右足首を捻挫し負傷[2]。翌日出場選手登録を抹消されたが、シーズン終盤になり一軍に復帰した。

2010年4月20日吉川輝昭との交換トレードで横浜ベイスターズへ移籍することが発表された。移籍後の入団会見では「ソフトバンクではチャンスがなく、外(他球団)でやりたいという気持ちはあった」とトレードを歓迎する姿勢を見せた[3]

横浜・DeNA時代

移籍後は5月4日の広島東洋カープ戦でサヨナラ安打でお立ち台に上がったが[4]、それから間もなく、5月11日恥骨結合部分の炎症であることが発表された。

2011年シーズンからは背番号は26、ユニフォーム表記はホークス時代の「S.IDE」に変更[5]。この年は森本稀哲の加入もあり出番が大きく減少。

2012年はシーズン終盤の9月28日に1軍に登録され、11試合という出場数ながら2本の本塁打を放った。

2013年は、32試合に出場し、移籍後最多の11打点打率.310を記録した。

2014年は開幕一軍入りをしたが結果を出せず1軍と2軍を往復し、2軍では打率.380・7本塁打・26打点を記録したが、1軍定着はならなかった。

エピソード

ソフトバンク時代(2009年9月)
  • チームメイトだった川崎宗則と仲がよく、ここ数年来鹿児島県姶良市で行われる川崎の自主トレに同行している。井手は川崎の実父(電気工事店店主)を『パパリン』と呼んでいるとの事。トレード後井手が、最初に連絡を取ったのが川崎だった。
  • 先に横浜へ移籍した寺原とは前述のように高校当時からのチームメイト。誕生日も1日違い(寺原:10月9日、井手:10月10日)である。
  • 2006年7月、練習中に当時育成コーチだった田口昌徳打撃投手を務めた際、顔面にボールが当たり鼻を骨折するという不幸な珍事が起きた。
  • ケツメイシのファンで、ホークス在籍当時は入場曲に「カーニバル」を採用していた。
  • ホークス在籍当時は公式サイトにて正太郎日記というコラムを執筆していた。



  1. ^ a b c d e f 月刊ホークス2007年1月号、P54-57
  2. ^ “ソフト井手が捻挫 出場選手登録抹消へ”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2008年4月13日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/04/13/kiji/K20080413Z00000650.html 2013年4月15日閲覧。 
  3. ^ “井手が横浜入団会見、寺原と「すごい縁だな」”. サンケイスポーツ. (2010年4月23日). http://www.sanspo.com/baseball/news/100423/bse1004231524001-n1.htm 2010年5月3日閲覧。 
  4. ^ “宮崎弁でお立ち台!井手、新天地で初の大仕事”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年5月5日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/05/05/kiji/K20100505Z00001640.html 2013年4月15日閲覧。 
  5. ^ [http://www.baystars.co.jp/bay/news/team_detail.html?category=4&news_thread=1&id=2947 2011年度 新背番号および登録名変更のお知らせ ](2010年12月6日付)。ホークス時代に井出竜也(2005年~2006まで現役、2007年からはコーチ)が入団してきたことから表記を区別されていた。余談だが、2010年シーズン中に井出が週刊ベースボール上で「井手が移籍したが背中の表記はどうなるのか」という旨のコメントをしたことがある。


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