五畿七道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/29 04:17 UTC 版)
注釈
- ^ 古い行政区分である「四道」があり、神話上の四道将軍はその由来について解説するために創作されたとされる他、国造制から令制国への移行過程で過渡的に用いられたとする見解などがある(前田晴人『日本古代の道と衢』(吉川弘文館、1996年) ISBN 4642022929)。
出典
- ^ 虎尾俊哉『律令国家の地方支配』吉川弘文館、1995年、121-122頁。ISBN 4642022880。
- ^ a b c 浅井建爾 2001, p. 84.
- ^ 武部健一 2015, p. 45、ただし、西海道だけは大宰府があったため、一定の行政権があった。
- ^ 市大樹「律令制下の交通制度」館野和己・出田和久 編『日本古代の交通・流通・情報 1 制度と実態』(吉川弘文館、2016年) ISBN 978-4-642-01728-2 P2-3
- ^ a b 浅井建爾 2001, p. 87.
- ^ 鐘江宏之「七道制と日本の律令制国家運営」『律令制諸国支配の成立と展開』(吉川弘文館、2023年) ISBN 978-4-642-04672-5 P186-189.
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