三重水素 規制基準

三重水素

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/31 01:31 UTC 版)

三重水素(さんじゅうすいそ)またはトリチウム: tritium、記号: T)は、質量数が3である水素の同位体、すなわち陽子1つと中性子2つから構成される核種であり、半減期12.32年で3Heへとβ崩壊する放射性同位体である。三重水素は、宇宙線と大気との相互作用により、地球全体で年間約72 PBq(7.2ベクレル[注 1])ほど天然に生成されている[2]


注釈

  1. ^ 1 PBq(1ペタベクレル)=1015 Bq(1千兆ベクレル)
  2. ^ 温帯地方の天然水における割合。不確かさは±0.0070%。
  3. ^ 半減期12.32年
  4. ^ 水分子は水素原子2個と酸素原子1個からなることから、その化学式は良く知られているように、
    である。これを全原子を明示する形に冗長に書けば、
    となる。地球上に存在する大半の水素と酸素の質量数はそれぞれ1と16であるので、質量数を明示する形でさらに冗長に書けば、
    となる。ところで、トリチウム水とは水分子の一つ(または二つのこともあるかもしれないが今は考えない)の水素が3倍の重さの三重水素に置き換わったものであった。したがって、トリチウム水であれば水分子の式は、
    と書ける。さらに、三重水素 には特別な略記号が与えられていた。すなわち、は単純にに置き換えて良い。したがって、
    と書ける。ここで最後に、左肩の質量数の添字を省略すれば、トリチウム水を表す水分子の式は、
    となることがわかる。
  5. ^ トリチウム水 HTO は、天然存在濃度では、軽水( H2O)と性質や反応にほとんど違いがなく、水の理想的なトレーサーとしての利用がある。宇宙線の作用による生成速度を一定とみなせば、放射性壊変による消失速度が一定であるので、地球における天然の三重水素総量は古今とも一定値となる。地球上での分布としては水素ガス中のトリチウム(HT)は大気上層から下層まで均一であるが、水蒸気中のトリチウム(HTO)は上層ほど増大している[5][6]。大気循環しているトリチウム水濃度は、おおまかに地球上で動植物も含め一定値と考え、水中濃度の低下量から大気循環から外れた期間を知る地下水年代測定が可能である。土木、農業分野での地下水流動の実証的な調査に役立てられている。
  6. ^ 日本国内で測定された最高値は、原発事故を起こした福島第一原発の港湾内2・3号機取水口間にて2014年5月12日に採取した海水から1900 Bq/L検出されている[7]。他の原発の例では、1991年2月9日に美浜原発の放射能漏れ事故の際に、福井県美浜町沖の海水で、1991年2月18日に測定された490 Bq/Lであった。また、東海再処理施設の排水の影響により、茨城県東海村沖で、1990年1月1日に190 Bq/Lの三重水素が海水から検出されている。
  7. ^ 日本国内の環境中における三重水素濃度は、文部科学省の委託で日本分析センター環境放射線データベースを公開している。世界の環境水中の三重水素濃度は、国際原子力機関(IAEA)がGNIPデータベース(Global Network for Isotopes in Precipitation)として公開している。また、放射線医学総合研究所のGNIPデータベース用の測定データも環境中のトリチウム測定調査データベースNETS DBで利用申し込みにより無料で検索できる。
  8. ^ 1 PBq(1ペタベクレル)=1015 Bq(1千兆ベクレル)
  9. ^ 核兵器(分裂と融合)の大気圏内核実験により環境中の濃度は、それ以前の天然存在量の200倍程度へと急増したが、環境中への放出量の減少により漸減している[8]
  10. ^ なお、再処理施設からの放出実績および基準については、表2 再処理施設からの放射性気体廃棄物の年間放出実績(1977年度〜1996年度)および表3 東海再処理施設保安規定に定める処理済廃液の放出基準および1年間の最大放出量ATOMICA:再処理施設からの放射性廃棄物の処理内図表)参照
  11. ^ 詳細は、(松岡 1995, pp. 9f.) 参照。なお、その事例の報告を受け国際放射線防護委員会(ICRP)の安全基準は改訂されている。同書より。
  12. ^ またトリチウム水は、分子生物学の実験などにおける、放射性同位元素標識にも利用される。
  13. ^ 一般環境中の濃度は 1–3 Bq/L 程度と低いため、特別にバックグラウンドノイズを軽減した液体シンチレーションカウンターが必須である。なお、かつてはガスカウンターが用いられた[8]。別な方法としては、崩壊で生じる 3He質量分析装置で計測する方法もあるが、数ヶ月の期間が必要である。トリチウム 原子力資料情報室(CNIC)
  14. ^ 一般的な溶媒である水そのものであるため、化学反応により溶媒に不溶性の化合物を作り沈殿させ、それをろ過するという手法などが使えない。
  15. ^ 水素は同位体の質量比がすべての元素の中で最も大きく、同位体分離が一番容易であると言われる[25]
  16. ^ 現在もっとも多くのトリチウムを生成している施設は原子炉の一種であるCANDU炉である。CANDU炉では重水を冷却と減速材に使用するため、重水中の重水素が中性子を吸収することにより生じる。トリチウムの回収はCANDU炉使用の上で重大な問題であり、回収されたトリチウムは科学的、あるいはその他の目的に使用されるが、一部は環境中に放出される。実際、カナダのブルース原子力発電所や韓国の月城原子力発電所周辺では環境中トリチウム濃度の増加が観測されている。
  17. ^ 膨大な汚染水から低濃度のトリチウムを分離するのは溶媒が水であるがために難しく、原子力施設から環境中に放出されたトリチウムは2015年現在の技術では除染できない核種である。
  18. ^ ほか、工藤 (1985) に詳しい
  19. ^ 本来、原子炉内で核分裂に寄与しない中性子は、燃料棒などに含まれるウラン238プルトニウム239に核変換させるために利用させるため、この方法ではプルトニウムを作る代わりにトリチウムを作るということになり、プルトニウム価格に応じて高くなる [29]

出典

  1. ^ "Tritium". Encyclopedia Britannica. Britannica. 2021年4月15日閲覧
  2. ^ a b c 宇田 & 田中 2009.
  3. ^ 「原子量表(2012)」について”. 日本化学会 原子量専門委員会. 2021年4月14日閲覧。
  4. ^ よくあるご質問(FAQ)”. 核融合科学研究所. 2019年9月16日閲覧。
  5. ^ Allen S. Mason, H. Göte Östlund (1976-10-20). “Atmospheric HT and HTO: 3. Vertical transport of water in the stratosphere”. Journal of Geophysical Research. doi:10.1029/JC081i030p05349. https://doi.org/10.1029/JC081i030p05349. 
  6. ^ 神山孝吉, 渡辺興亜「南極内陸氷床上へ降下・堆積する物質について」『南極資料』第38巻第3号、1994年11月、232-242頁、doi:10.15094/00008863ISSN 0085-7289NAID 120005509802 
  7. ^ 放射能濃度、5カ所で最高値=福島第1港湾内外の海水—東電 2014年 5月 16日 20:30 JST 更新 ウォールストリートジャーナル
  8. ^ a b 百島 2000.
  9. ^ 宮本 2008.
  10. ^ 武谷 1957, p. 194.
  11. ^ 松岡 1995, pp. 9f.
  12. ^ 須山 & 江藤 1981.
  13. ^ 環境放射能安全研究年次計画
  14. ^ 放射線医学総合研究所 1978放射線医学総合研究所 1986放射線医学総合研究所 1999
  15. ^ 柴崎達雄, 畑中春夫, 松本勝利, 松尾孝治, 佐藤和志, 田中邦也「被圧水のかん養機構を考察するにあたっての混合トリチュウム濃度の意義」『日本地質学会学術大会講演要旨』第77年学術大会(1970静岡)、日本地質学会、1970年、155頁、doi:10.14863/geosocabst.1970.0_155ISSN 1348-3935NAID 110003036148 
  16. ^ 吉田平太郎「耐熱金属材料の水素透過」『防食技術』第33巻第7号、腐食防食協会、1984年、409-416頁、ISSN 0010-9355NAID 130004731692 
  17. ^ 渡辺興亜「回想「広域積雪化学観測の道筋」」『雪氷』第62巻第3号、日本雪氷学会、2000年5月、279-285頁、doi:10.5331/seppyo.62.279ISSN 03731006NAID 10004644878 
  18. ^ 木村修一「血液から加齢制御を考える」『学苑』第830号、昭和女子大学近代文化研究所、2009年12月、1-10頁、ISSN 13480103NAID 110007409721 
  19. ^ a b 日テレ 2022.
  20. ^ 井上 1989.
  21. ^ 国立天文台 2012.
  22. ^ 松岡 1995, pp. 13f.
  23. ^ 武谷 1957, pp. 194–197.
  24. ^ トリチウム 原子力資料情報室(CNIC)
  25. ^ 日本原子力学会 2014, p. 29.
  26. ^ 日本原子力学会 2014, pp. 29–38.
  27. ^ 磯村 1981.
  28. ^ 武谷 1957, pp. 194f.
  29. ^ 武谷 1968, pp. 281–285.
  30. ^ Whitlock, Jeremy. “Section D: Safety and Liability – How does Ontario Power Generation manage tritium production in its CANDU moderators?”. Canadian Nuclear FAQ. Dr. Jeremy Whitlock. 2010年9月19日閲覧。


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