三条市 人口

三条市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/04/20 15:18 UTC 版)

人口

Demography15204.svg
三条市と全国の年齢別人口分布(2005年) 三条市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 三条市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
三条市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 102,220人
1975年 105,833人
1980年 109,429人
1985年 110,568人
1990年 110,228人
1995年 109,584人
2000年 107,662人
2005年 104,749人
2010年 102,309人
総務省統計局 国勢調査より

隣接している自治体・行政区

福島県

市長

警察

新潟県公安委員会

新潟県警察本部(新潟県警)

三条警察署(三条市を管轄)
交番
駐在所
  • 保内駐在所
  • 井栗駐在所
  • 大崎駐在所
  • 本成寺駐在所
  • 尾崎駐在所
  • 若宮駐在所
  • 大面駐在所
  • 八木前駐在所

経済

産業

北陸道と新幹線の間にある、市のPR看板
  • 包丁工具などの金物工業が盛んで、全国的に有名。高橋前市長も元々江戸時代から続く金物卸業の会長である。
  • 人口比での社長の割合が日本一多い街として知られている。

三条市における金物業の歴史

17世紀初頭、毎年のように起こる風水害に疲弊した三条・燕地域の領民を救うため、三条城に在任していた出雲崎陣屋代官の大谷清兵衛が、江戸から和釘鍛冶職人を招き、農民の副業として和釘製造を奨励した。これが三条鍛冶の始まりである。

1661年(寛文元)に会津地方から鋸、鉈などの新しい製法が伝来し、三条町の鍛冶は一層盛んになった。製品の種類が増えたことにより、18世紀後半になると、今まで地元や近郷だけを商圏としていた地廻り金物商人が遠方へも足を伸ばす金物行商人として本格的に活動を始めた。金物問屋と鍛冶屋の結びつきは非常に強くなり、問屋の指導により和釘の生産を減らし、明治初期には、鎌、銚、小刀、包丁、鋸が中心になっていった[1]

市内の主な企業

商工会議所・商工会

姉妹都市・提携都市




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  1. ^ 新潟県の金属加工産業池田庄治他著、国連大学人間と社会の開発プログラム研究報告、1982年







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