モクズガニ モクズガニの概要

モクズガニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/01/28 10:21 UTC 版)

モクズガニ
Eriocheir japonica externals.jpg
モクズガニ
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 甲殻亜門 Crustacea
: 軟甲綱 Malacostraca
亜綱 : 真軟甲亜綱 Eumalacostraca
上目 : ホンエビ上目 Eucarida
: エビ目(十脚目) Decapoda
亜目 : エビ亜目(抱卵亜目)
Pleocyemata
下目 : カニ下目(短尾下目)
Brachyura
: イワガニ科 Grapsidae
: モクズガニ属 Eriocheir
: モクズガニ E. japonica
学名
Eriocheir japonica (De Haan, 1835)
和名
モクズガニ
英名
Japanese mitten crab

名前

学名については、一般向けの書物や分類学以外の学術雑誌では Eriocheir japonicus が用いられることがあるが、20世紀末頃から甲殻類の分類学者の間では種名を "japonica" とする方針が確定している[1]。学名には属名と種名の性 (gender) 一致の原則が決められているが、属名 Eriocheir がラテン語ではなく古代ギリシア語に由来し性不明の単語とみなされたためラテン語の原則が適用されず、男性形の japonicus と女性形の japonica のどちらにするか混乱がみられた[1]。しかし古代ギリシア語にも性は存在し、Eriocheir は女性である[1]。甲殻類の研究論文が発表される最も信頼のおける国際学術誌である『Journal of Crustacean Biology』や『Crustaceana』では、japonica が用いられている[1]。日本甲殻類学会でも japonica を用いているので、現時点ではそれに倣うのが望ましい。

別名については、モクゾウガニ(千葉県習志野市)、ズガニ(静岡県伊豆地方)、ツガニ、ツガネ(長崎県)、ヤマタロウ、カワガニ、ケガニ、ヒゲガニ(徳島県貞光町)、ガンチ(徳島県阿南市)、太田川流域の広島市では「毛ガニ」(スーパーマーケットなどで北海道などからこの地方に来るカニは「北海道の毛ガニ」や「花咲ガニ」などと呼ぶ)などがある。モクズガニはおもに関東地方の呼び名であり、西日本ではツガニやズガニと呼ぶ地域が多い。「モズクガニ」と間違えて呼ぶ人がいるが、「モクズガニ」が正しく、地方名にも「モズク」とつくものは見あたらない。また戦前は「モクヅガニ」と書かれていた。

特徴

甲の拡大写真。細かいヒョウ柄が見える
色素異常個体。やや透明な感じの淡赤褐色
ハサミ脚のアップ

甲幅は7-8cm、体重180gほどに成長する、川に産するカニの中では大型種である。鋏脚に濃いが生えるのが大きな特徴で、"Mitten crab(手袋ガニ)"という英名もこの毛に由来している。毛はふつう黒褐色をしているが、脱皮直後は白色で白髪のようにみえる。頭胸甲はやや後方に拡がった六角形をしており、側縁部にはノコギリの歯のようなとげが3対ある。体色は白い腹部と胸部腹甲を除き、本来全体的に濃い緑がかった褐色をしている。拡大するとわかるが、実際はこれはモノトーンではなく、黄緑色の下地に黒い縞模様が混ざった豹柄に近い。野生の状態では付着物が覆っていて黒く汚れた個体も多い。なお洗剤が流れ込む川は、あずき色や黄色の色素形成異常と思われる個体がみつかることもある。成長とともに鋏脚は相対的に大きくなり、毛も濃くなる傾向がある。成体では雌雄の形態差(性的二形)が明瞭で、雄は雌に比べたくさん毛の生えた大きな鋏脚を持ち、歩脚の長さは長い。成体の体サイズは雌雄でほぼ重なるが、雄の方が小型個体が多く、また最大サイズは大きい傾向がある。

成体の雄には形態に関して二形が認められ、相対的に小さな鋏を持ち歩脚の長い小型個体(甲幅約3-6cm)と、たくさん毛の生えた大きな鋏脚と短い歩脚の大型個体(約6cm以上)の2タイプが分けられるが、雌はこのように分かれる傾向は認められない。これはカブトムシの角やクワガタムシの大顎など資源防衛型の交配システムをとる甲虫類でよく知られる現象で、甲殻類ではアメリカザリガニの鋏にその傾向がある。このような雄の二形は、「配偶行動においていかにふるまえば最も自らの遺伝子を残せるか」という配偶行動戦略の違いが生出したものだという性選択の理論で説明されること多い。つまり大きな体サイズを確保できた個体は鋏という武器を有効に使い雌を獲得する(特にモクズガニの場合には交尾後ガードで交尾済みの雌の再交尾を妨げる闘争において有効に機能する)ような軍拡競争的進化で獲得された形態を発現し、小型の個体は大型個体には武器を使った闘争ではかなわないので行動力を高める形質を発現するというふうに、複数の戦略を生育履歴にしたがって切り替える表現型の可塑性が進化することで、二形が分離したというものである。

食性はカワニナなどの貝類、ミミズ、小魚、水生昆虫両生類などを捕食するところが目撃されやすい、あるいは魚のあらなどを誘引餌として用いたカニ籠が漁獲に用いられることから、おもに肉食性と考えられていた。しかし、野生個体の胃内容を調べると通常底質からかき集められた枯死植物由来の有機物砕片(デトリタス)が胃を満たしており、肉食は機会的なものと考えられる。はさみの先端には黒い蹄状の爪がついているが、この爪は多くのイワガニ科に共通する特徴でもあり、底質の表面に藻類などの微生物が形成したバイオフィルムを掻きとったりするのに適している。モクズガニは淡水域において、コンクリートの護岸壁や岩に着いた糸状緑藻類を引きちぎって口に運ぶ行動がよく観察され、胃内容物も糸状藻類が比較的よく検出される。一般にイワガニ類は雑食か植物食が本来の食性であり、たとえばヒメアシハラガニのように動物食に特化した例はむしろ珍しい。多くのイワガニ類は温帯-熱帯域の水辺の生態系において、比較的大きな有機物である植物の枯死体や落葉落枝など(粗粒状有機物 CPOM : coarse particulate organic matter)を消費することで砕片に分解し、細菌や菌類などの分解者が利用できやすい形(細粒状有機物 FPOM : fine particle organic matter や、溶存態有機物 DOM : dissolved organic matter)に変え、物質循環を促進するという、腐食連鎖の上で非常に重要な役割を占めている。日本の河川でも、アカテガニベンケイガニ、クロベンケイガニなど多数の種が湿地帯でこの役割を果たしている。モクズガニも同様に水中においてこのような位置を占めていると考えられる。飼育を行う場合も、動物性の餌ばかり与えるとすぐに死んでしまうので、植物性の餌を中心に与えるのが望ましい。モクズガニが 肺吸虫の二次宿主になることから、一次宿主のカワニナを好んで捕食するという説もあったが、河川では胃内容物にカワニナ由来のものが出るのはまれである。さらにサワガニに寄生する吸虫では自由に移動してサワガニに付着し、体表から体内に侵入することも報告されているため、モクズガニをカワニナの主要な天敵と考えない方がよさそうである。また鋏脚に密生した毛は食性に関係しているという説もあるが、採餌行動を見る限り実際はほとんど関係ないようで、胃内容物にも毛やそれに付着した物質が出てくることはほとんどない。また成長にともない食性が変わり、動物性の餌への好みが増してくる傾向があるようで、魚肉を餌として誘引するカニ籠には、ほぼ甲幅3cm程度以上の中・大型個体しかかからない。胃内容物も、海域の成体は淡水域の未成体に比べて明らかに動物性の餌が多くなっている。飼育下では脱皮直後の軟甲個体が共食いされることも多いが、餌の与え方や水槽の広さ、岩の配置などによりある程度防ぐことも可能である。

未成体は河川の感潮域からかなり上流の淡水域にかけて分布するが、分布の中心は淡水域の下流部にある。雌雄とも上流に行くほど大きく成長するため、大型の個体が採集される。上流域で採集された例としては、長野県を流れる千曲川や、諏訪湖で採集されたという記録がある。

成体はおもに晩夏から秋に河川の淡水域に出現し、雌雄とも、主に秋から冬にかけて繁殖のために海へ下る。そのため成体は春以降夏の終わりまで淡水域ではほとんど採集されない。河口や海岸では、秋から翌年の初夏にかけて甲幅3-8cm程度の成体が採集される。長く海にいる成体には甲に海藻が付着していることがあり、時には20cm以上に成長した緑藻が見られることもある。また繁殖期の終わりには、海域に毛の禿げた個体や脚の欠損した個体が多く見られるようになる。脱皮しない限り、毛は伸びることはなく脚も生えてこないので、脱皮しない繁殖参加個体は禿げて脚の無いまま死ぬことになる。

様々な塩分濃度の環境に出現することは、モクズガニが非常に強力な体液(血リンパ)浸透圧調節能力を有することを意味している。カニ類の中でも海域にしか出現しない種ではほとんど浸透圧調節能力がなく、外液の浸透圧に受動的に変化し、塩分濃度が低くても高くても体液浸透圧が変化して死んでしまう。また海水と淡水の混ざり合う河川の感潮域(汽水域)に生息する種では、ある程度の薄い塩分濃度に対して、体液浸透圧を保つ働きがみられ、通常の海水の塩分濃度(3%前後)の他に薄い塩分濃度の範囲でも生存できる能力を獲得している。モクズガニはさらにその上をいく体液浸透圧調節能力があり、かなり薄い塩分濃度に対して耐える能力があるだけでなく、高い塩分濃度に対してもある程度浸透圧を保つ能力があることが知られている。このことは塩分濃度の低い淡水環境だけでなく、塩分濃度の高まる干潟の潮間帯の環境への適応能力が備わっていることを意味する。

甲殻類は開放血管系であり、血液組織液リンパ液)が分化しておらず、両者の機能を兼用する血リンパが全身を循環している。そのため脊椎動物でみられるような閉鎖血管系が、迅速に全身を循環する血液の恒常性を保ながら、その強い緩衝機能に依存して全身組織の細胞環境の恒常性を保っているのに比べると、血リンパ中の浸透圧を一定に保つことは難しい。そこで甲殻類は、高浸透圧環境下では浸透圧調節物質(オスモライト)を蓄積して細胞内浸透圧を上昇させ、細胞容積を保つよう進化してきた。このようなメカニズムは「細胞内等浸透調節」と呼ばれている。容易に生合成の可能な非必須アミノ酸であるグリシンアラニンは、多くの無脊椎動物種で最も有効なオスモライトとされている。モクズガニの成体では、淡水域にいる間に細胞内に無機イオンとD-およびL-アラニンのみを細胞内に蓄積させて回遊に備え、河口に達するとさらにこれを増加させ、海ではD-およびL-アラニン以外に無機イオンに代えてグリシンを大きく増加させ細胞浸透圧を高めていることが明らかにされている。つまり成体は淡水にいる間に既に海域に下る準備が体内でできているということである。


  1. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.44
  2. ^ 小林 (2011)、pp.44-45.
  3. ^ 小林 (2011)、p.51
  4. ^ 小林 (2011)、p.42
  5. ^ 小林 (2011)、pp.43-44.
  6. ^ 小林 (2011)、p.43
  7. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.46
  8. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.48
  9. ^ a b c d e f g h 小林 (2011)、p.47
  10. ^ a b c d e 小林 (2011)、p.52
  11. ^ 小林 (2012a)、p.104


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