メンデルの法則 解釈

メンデルの法則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/17 09:12 UTC 版)

解釈

分離の法則から、3代目に背の低いものが現れてくるということは、2代目にどのようにしてかその性質を受け継がなくてはならない。2代目で背の高い子しか生まれなくても、実はその性質は隠されているだけと考えるのがよさそうだ。それでは別の可能性で粒子状のものを考えてみよう。2代目は両親から背の高いことを決める粒子と背の低いことを決める粒子を計2粒受け継いでいて、この2粒は液状のものと違い混ざりあうことがない。この2粒を持っている時、何故かは分からないが背が高くなることの性質が現れると仮定してみる。2代目が親になったとき、この2粒の粒子のどちらかが、子に引き継がれるとしたらどうなるだろう。

詳細

メンデルの法則は、遺伝子という考え方で説明される。通常の生物は2個で一組の遺伝子をもつ。親の双方から1つずつ遺伝子を受け継ぐ。そこに含まれた情報(遺伝子型)に従った特徴(形質)を持った子ができるため、遺伝子は生体の設計図と考えられる。

なお、メンデルは遺伝子という語を用いていない。単に要素というような表現をしている。しかし、それが後の遺伝子と同じものであるのは間違いない。 もし、双方の親から異なる遺伝子を受け継いだ場合、多くの場合、どちらか一方の遺伝子に含まれた情報の形質が現れ、もう片方の形質は現れない。現れてくる方の情報を持った遺伝子型を優性であるといい、現れてこない方の遺伝子型を劣性であるという。なお、漢字の印象からしばしば誤解されるが、遺伝子型でいう優性とはそれが優秀であるという意味ではない。単に表現型として外に表れる力が強い、というだけである。それが表に出ない仕組みは、先の例で言えば、背が高くなるという方の遺伝子には「背を高くしろ」という命令が“書かれている”のに対して、背が低くなる方にはそれが“書かれていない”と考えると分かりやすい。

親から子へは、親がその両親から引き継いだ2つの遺伝子のうち、どちらか一方のみが引き継がれる。つまり、ある子が父から父の祖父方からの遺伝子をもらった場合、父の祖母方からの遺伝子は持っていない。

図による説明は下記のとおり。

メンデルの法則説明図1

図1で、赤い花を咲かせるという形質の遺伝子が R、白い花を咲かせるという形質のそれが w である。ここで、代々赤い花を咲かせる植物の遺伝子情報は、両親とも赤い花であるから RR となる。代々白いものは ww である。(図1-1)この2つの花を交配させると、赤花と白花の両親からは、自分の持つ2つある遺伝子のうちどちらか(通常は無作為で)が子に伝わる。といってもこの場合、両親はそれぞれ同じ遺伝子しか持たないから、赤花からは R、白花からは w が与えられる。すると、子の遺伝子は wR となるが、子はすべて赤い花を咲かせる。(図1-2)このことから赤は優性で白が劣性であることがわかる。

ここでこの子の自家受精による孫を考えると、孫は子の2つある遺伝子のうち1つを一方の親から、もう1つをもう一方の親から引き継ぐ。つまり両親からそれぞれ R か w かのどちらか一個を受け取る。

そうすると、孫の持つ遺伝子は RR, Rw, ww の三通りで、それが遺伝子型で言うと1:2:1 (RR:Rw:Rw:ww = 1:1:1:1) の割合で出現する。外見上は RR と Rw はどちらも赤い花を咲かせるので、表現型で言うと赤:白の割合は3:1になる。(図1-3)ちなみに、表現型とは、遺伝子型が原因で現れた形質の事で、遺伝子型とは、遺伝子の構成状態の事を言う。すなわち、ここで言うと、RR と Rw は同じ赤と言う表現型ではあるものの、遺伝子の構成状態が RR, Rw と違うので遺伝子型は違う。

メンデルの法則説明図2

図2は独立の法則の説明である。ネコの例である。S は尾が短く、s は長い。B は毛が茶色く、b は白い。それぞれの形質は、大文字が優性で、小文字が劣性である。SSbb のネコ(尾が短く白い)と、ssBB のネコ(尾が長く茶色い)を掛け合わせると、子はすべて尾が短く、茶色い子が誕生する。この子の遺伝子はすべて SsBb となる。(図2:F1)この子同士を掛け合わせると、9:3:3:1の割合の孫が生まれる。(図2:F2)

この法則は、2種類以上の遺伝する形質は、互いに無関係に独立して遺伝するということを意味している。具体的には、尾の長さについてだけ調べると、子はすべて優性の尾の短いもののみが現れ、孫の代では 短いもの12:長いもの4 となり、尾の長さだけで分離の法則が成立する。毛の色についても同様で、毛の色だけで優性の法則・分離の法則が成立し、2つの形質の遺伝の仕方に相関関係はない。(たとえば、色が茶色いものは必ず尾が短くなる、などの相関関係は現れない)この法則は独立の法則と呼ばれる。ただし、2つの形質を決める遺伝子が同じ染色体上にある時、つまり、それらが連鎖している時は、それぞれの形質が関係する遺伝をすることもある。このため、独立の法則は現代では注釈付きで限定的にしか使われない。

メンデルの法則に合わない例

その後の研究の中で、メンデルの法則に従わないように見える例もいろいろ知られるようになった。連鎖がある場合や、形質が複数の遺伝子で規定される場合などである。図3はその一例として優性も劣性もない場合である(不完全優性)。

メンデルの法則説明図3

この種の花の場合、赤い花を咲かせる遺伝子はr、白い花を咲かせる遺伝子はwである。どちらも優性ではない。rrの赤い花とwwの白い花(図3-1)を掛け合わせると、子の遺伝子はすべてrwとなり、双方の色が混ざった、桃色の花が咲く(図3-2、このような雑種を中間雑種とよぶ)。そして、子同士をかけ合わせて孫をつくると、孫の遺伝子はそれぞれrr, rw, rw, wwが1ずつの割合になる。赤:桃:白がそれぞれ1:2:1の割合となる。(図3-3)

この場合、優性関係が不十分なので、結果としてはメンデルの法則に従わないが、考え方そのものは基本的には同じである。実際には優性形質のホモ接合とヘテロ接合が完全に同一になる場合(完全優性)はむしろ例外的であり、多少なりとも不完全優性となることが多い[1]

これ以外にある形質が誕生前に死ぬ致死遺伝子の場合、ホモ接合体が誕生しないので一見比率がおかしくなっているように見える場合がありうる。

埋没

メンデルの発表は完全に無視されたわけではなく、あちこちで、それなりの関心を引いたようである。しかしながら、後の再発見の際には即座に多くの注目を集め、追随する研究が行われたのに比べれば、埋没と表現するのは間違いではない。それには、いくつかの理由が考えられる。

メンデルの研究方法が先進的であったこと
彼の個々の遺伝形質に注目し、それを数百個というような大きな数で扱い、(広い意味で)統計的に扱うやり方は、当時の生物学者にはなじまなかった。また、彼の粒子論的な説明も、遺伝という複雑な生物現象の説明としては単純に感じられたであろう。彼はそれを逆なでするかのように、数式による説明までその著作の中で行っている。つまり、対立する遺伝子Aとaを持つ個体の自家受精の結果を
という形で説明している。彼自身は物理学数学が得意で、生物学は苦手だったことにも関係するかも知れない。ちなみに、ほぼ同時期にチャールズ・ダーウィンハトを材料にして遺伝の実験を行い、対立形質の一方だけがその雑種一代目に現れること、二代目には一代目に現れなかった(劣性の)形質を持つものも現れることは確認しているが、3:1といった関係には気づいていない。したがって遺伝法則を知ることには失敗している。
この法則が適合しない事例が多かったこと
そのころ行われていた遺伝の実験結果に、この法則に合わない例がいくつかあった。たとえば、メンデルもその後手がけたタンポポ類では、単為生殖が行われるために、花粉に関係なく、雌親の形質が遺伝する。
細胞学などの未発達
当時は、花粉と卵細胞が1:1で受精することも確実には示されていなかった。染色体は発見されていたが、詳しくは知られていなかった。減数分裂の発見もこれ以後である。再発見は、これらの知識が整った後であったから、すぐに受け入れられ、二年後にはウォルター・S・サットンにより染色体が遺伝子の担体であるとする染色体説が提唱されるわけである。

  1. ^ 「優性の法則」を法則と呼ぶことの問題点は他にもある。1組の対立遺伝子がある形質に完全優性を示しても、別の形質に対してはそうとは限らない。例えば豆の丸とシワを決める対立遺伝子は、その遺伝子が生産する酵素の量に注目すれば完全優性にはなっていない。
  2. ^ 「メンデル遺伝(Mendelian inheritance)」は単一遺伝子に限定されるが、「メンデル遺伝学(Mendelian genetics)」は通常、メンデル以後の展開も含み、単一遺伝子による遺伝に限定されない。日本語では違いが曖昧だがinheritanceは親から子への継承パターンを指し、gene(genetics)は遺伝物質とそれがもつ情報を指す。メンデル遺伝学という言葉は、メンデルとは異なる遺伝理論である混合説、生物測定学、ルイセンコ説との対比で用いられる。
  1. ^ a b 中村運 「生命科学の基礎」2003年 p41
  2. ^ 例えば、以下の教科書には全て「分離の法則」「独立の法則」と記されているが、優性に関しては「法則」とは書かれていない。「キャンベル生物学」2007年、J.F. クロー「遺伝学概説」1991年、「ハートウェル遺伝学」2010年、「アメリカ版 大学生物学の教科書 分子遺伝学」2010年 (原著「LIFE」)、澤村京一「遺伝学」2005年
  3. ^ Carlson, Elof Axel (2004). “Doubts about Mendel's integrity are exaggerated”. Mendel's Legacy. Cold Spring Harbor, NY: Cold Spring Harbor Laboratory Press. pp. 48–49. ISBN 978-0-87969-675-7 
  4. ^ a b c d Fisher, R.A. (1936). “Has Mendel's work been rediscovered?”. Annals of Science 1 (2): 115–137. doi:10.1080/00033793600200111. https://hdl.handle.net/2440/15123. 
  5. ^ Thompson, EA (1990). “R.A. Fisher's contributions to genetical statistics”. Biometrics 46 (4): 905–14. doi:10.2307/2532436. PMID 2085639. 
  6. ^ Charles E. Novitski (2004). “Revision of Fisher's Analysis of Mendel's Garden Pea Experiments”. Genetics 166 (3): 1139-1140. http://www.genetics.org/content/166/3/1139. 
  7. ^ E. Novitski (2004). “On Fisher's Criticism of Mendel's Results With the Garden Pea”. Genetics 166 (3): 1133-1136. http://www.genetics.org/content/166/3/1133. 
  8. ^ Pilgrim, I (1984). “The too-good-to-be-true paradox and Gregor Mendel”. The Journal of Heredity 75 (6): 501–502. PMID 6392413. http://jhered.oxfordjournals.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=6392413. 
  9. ^ Magnello, ME (1998). “Karl Pearson's mathematization of inheritance: from ancestral heredity to Mendelian genetics (1895-1909)”. Annals of Science 55 (1): 35–94. doi:10.1080/00033799800200111. PMID 11619806. 
  10. ^ a b Hartl, Daniel L.; Fairbanks, Daniel J. (2007). “Mud sticks: On the alleged falsification of Mendel's Data”. Genetics 175 (3): 975–979. PMC 1840063. PMID 17384156. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1840063/. 
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  12. ^ Price, Michael (2010). “Sins against science: Data fabrication and other forms of scientific misconduct may be more prevalent than you think”. Monitor on Psychology 41 (7): 44. http://www.apa.org/monitor/2010/07-08/misconduct.aspx. 
  13. ^ Porteous, JW (2004). “We still fail to account for Mendel's observations.”. Theoretical Biology & Medical Modelling 16 (1): 4. doi:10.1186/1742-4682-1-4. PMC 516238. PMID 15312231. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC516238/. 
  14. ^ Fairbanks, D. J.; Schaalje, G. B. (2007). “The tetrad-pollen model fails to explain the bias in Mendel's pea (Pisum sativum) experiments”. Genetics 177 (4): 2531–2534. doi:10.1534/genetics.107.079970. PMC 2219470. PMID 18073445. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2219470/. 
  15. ^ Novitski, Charles E. (2004). “On Fisher's criticism of Mendel's results with the garden pea”. Genetics 166 (3): 1133–1136. doi:10.1534/genetics.166.3.1133. PMC 1470775. PMID 15082533. http://www.genetics.org/cgi/reprint/166/3/1133 2010年3月20日閲覧. "In conclusion, Fisher’s criticism of Mendel’s data—that Mendel was obtaining data too close to false expectations in the two sets of experiments involving the determination of segregation ratios—is undoubtedly unfounded" 
  16. ^ Franklin, Allan; Edwards, AWF; Fairbanks, Daniel J; Hartl, Daniel L (2008). Ending the Mendel-Fisher controversy. Pittsburgh, PA: University of Pittsburgh Press. p. 67. ISBN 978-0-8229-4319-8. https://books.google.com/books?id=C4m6NlmGhjgC&dq 
  17. ^ Monaghan, F; Corcos, A (1985). “Chi-square and Mendel's experiments: where's the bias?”. The Journal of Heredity 76 (4): 307–309. PMID 4031468. http://jhered.oxfordjournals.org/content/76/4/307.abstract. 
  18. ^ Novitski, C. E. (2004). “Revision of Fisher's analysis of Mendel's garden pea experiments”. Genetics 166 (3): 1139–1140. doi:10.1534/genetics.166.3.1139. PMC 1470784. PMID 15082535. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1470784/. 






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