メランコリー 精神分析と憂鬱

メランコリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/16 14:28 UTC 版)

精神分析と憂鬱

精神分析学ジークムント・フロイト1917年に著した『悲哀とメランコリー』(Trauer und Melancholie) で「悲しみ」(悲哀)と「憂鬱」(メランコリー)を区別した。愛する者や対象を失って起こる悲哀の場合、時間をかけて悲哀(喪)の仕事を行うことで、再び別の対象へ愛を向けられるようになる。これに対しメランコリーは、「苦痛にみちた深い不機嫌さ・外界にたいする関心の放棄、愛する能力の喪失、あらゆる行動の制止と、自責や自嘲の形をとる自我感情の低下--妄想的に処罰を期待するほどになる--を特色としている。」[11]メランコリーの場合、愛するものを失った悲しみは悲哀と共通するが、「愛するもの」が具体的なものではなく観念的なものであること、対象を失った愛は自己愛に退行し、失った対象と自我との同一化が進むこと、この過程で愛は憎しみに変わり、失った対象およびこれと同一化された自我に対する憎しみが高まり自責や自嘲が起こることが異なるとされ[11]、フロイトはここに自殺の原因をも見ている。

キリスト教と憂鬱

中世ヨーロッパの僧侶の間では、うつにより何も進まなくなる現象は「怠惰」(倦怠、鬱、嫌気、sloth、ギリシャ語、ラテン語でアケーディア「acedia英語版」)として知られ、様々な神学的著作(例えばトマス・アクィナスの『神学大全』vgl. II/II, qu. 35)にとりあげられている。キリスト教における初期の例では、4世紀エジプトにいた苦行者・修道僧ポントスのエウアグリオス(エヴァグリオス・ポンティコスの著作において、「acedia」は「白昼の悪魔の訪問」と記述されている。その弟子ヨハネス・カッシアヌス英語版からトマス・アクィナスに至るまで、「七つの大罪」のひとつともされた「acedia」に関する研究が進んだ[12]

16世紀のプロテスタンティズムにおいて、メランコリーは異なった解釈をされた。この時期のメランコリー研究は、罪を避けることには主眼を置かず、信仰を試す悪魔の誘惑としてのメランコリーが研究された。絶望感や沈滞の状態が現れる時は、その信仰の真剣さが試される時でもあった。一方でメランコリーの破壊的な力が認識され、祈りや賛美歌や世俗的な歌などによる気晴らしを通じた治療が勧められた。憂鬱や恐れに何度も襲われたマルティン・ルターの体験も、ルターおよび支持者らによるメランコリーの慰めに関する著作へと結び付いた。対抗改革の側は16世紀後半、メランコリーをプロテスタントの病とするプロパガンダを行っている。


  1. ^ a b c 堀有伸、野村総一郎・編集「うつ病性障害」『抑うつの鑑別を究める』医学書院〈精神科臨床エキスパート〉、2014年、68-77頁。ISBN 978-4-260-01970-5
  2. ^ Hippocrates, Aphorisms, Section 6.23
  3. ^ a b Hanafy A. Youssef, Fatma A. Youssef and T. R. Dening (1996), "Evidence for the existence of schizophrenia in medieval Islamic society", History of Psychiatry 7: 55-62 [56].
  4. ^ Jacquart, Danielle, “The Influence of Arabic Medicine in the Medieval West”, pp. 980  in (Morrison & Rashed 1996, pp. 963-84)
  5. ^ S Safavi-Abbasi, LBC Brasiliense, RK Workman (2007), "The fate of medical knowledge and the neurosciences during the time of Genghis Khan and the Mongolian Empire", Neurosurgical Focus 23 (1), E13, p. 3.
  6. ^ Amber Haque (2004), "Psychology from Islamic Perspective: Contributions of Early Muslim Scholars and Challenges to Contemporary Muslim Psychologists", Journal of Religion and Health 43 (4): 357-377 [366].
  7. ^ cf. The Anatomy of Melancholy, Robert Burton, subsection 3, on and after line 3480 to 3485, "Music a Remedy"[1]
  8. ^ "Humanities are the Hormones: A Tarantella Comes to Newfoundland. What should we do about it?" Archived 2015年2月15日, at the Wayback Machine. by Dr. John Crellin, MUNMED, newsletter of the Faculty of Medicine, Memorial University of Newfoundland, 1996.
  9. ^ Aung, Steven K.H., Lee, Mathew H.M. (2004). “Music, Sounds, Medicine, and Meditation: An Integrative Approach to the Healing Arts”. Alternative & Complementary Therapies 10 (5): 266–270. doi:10.1089/act.2004.10.266. http://www.liebertonline.com/doi/abs/10.1089/act.2004.10.266?journalCode=act. 
  10. ^ http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card45299.html
  11. ^ a b http://www21.ocn.ne.jp/~sfreud/sem/tyukyu/tyukyu3.htm
  12. ^ http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~matsune/classes/archives/west_2007.html


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