マラリア 疫学

マラリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/09 13:35 UTC 版)

疫学

2004年の100,000人あたりのマラリアの障害調整生命年(DALY)[26]
   no data
   <10
   10-100
   100-500
   500-1,000
   1,000-1,500
   1,500-2,000
   2,000-2,500
   2,500-2,750
   2,750-3,000
   3,000-3,250
   3,250-3,500
   ≥3,500

マラリアの発生、流行は、現在、熱帯および亜熱帯地域の70か国以上に分布している。全世界で年間約2億2000万人の患者が発生し、死者数は年間約45万人に上ると報告されている[5]。最も影響が甚大な地域はサハラ砂漠以南のアフリカ諸国である[5]

過去には、日本やヨーロッパなどでもマラリアが流行した[27]イタリアの都市の多くが、丘の上に作られているのは、低湿地がマラリアの多発地帯である事を恐れた結果であったとする指摘がある。実際、過去にはイタリアでもマラリアが存在し、19世紀の政治家・カミッロ・カヴールといった著名人も死去している。しかし、現代では、日本やヨーロッパなどの温帯地域はマラリアの流行地帯ではなく、流行は熱帯地域に多い。

地球温暖化の影響でハマダラカが越冬できる地域が広がったことにより、感染地域が広がる危険性についても指摘されている。

マラリアを保持しないハマダラカ

ハマダラカは、マラリア原虫を媒介する。しかし、ハマダラカが生息していても、土着マラリアが流行していない地域がある。実際、かつて、土着マラリアが流行した西ヨーロッパアメリカ合衆国カナダ南部、北緯64度以南のロシア日本南樺太には、今でもハマダラカが生息しているが、土着マラリアは流行していない。

現代各国の状況(帰属未確定な地域を含む)

マラリアの流行地域
  クロロキン耐性・多剤耐性あり
  クロロキン耐性あり
  熱帯熱マラリアまたはクロロキン耐性なし
  存在しない

アメリカ合衆国

1930年代まで年間10万人以上のマラリア患者を出しており、特にミシシッピー北西部の低湿なデルタ地帯で流行していた。特にテネシー川流域では人口の3割がマラリアに感染しており、テネシー川流域開発公社ではマラリアの撲滅が重要な課題となっていた。また、アメリカ疾病管理予防センターはマラリアを撲滅するために作られたプログラム及び組織が前身となっている[28]。現在ではアメリカから土着マラリアは根絶されたが[29]、年間2,000例の輸入マラリアが報告されている。

日本

1903年明治36年)時には全国で年間20万人の土着マラリア患者があったが、その後は急速に減少し、1920年大正9年)には9万人、1935年昭和10年)には5,000人に激減している。第二次世界大戦中・戦後復員者による一時的急増があったが、減少傾向は続き、1959年彦根市の事例を最後に土着マラリア患者は消滅した[30]

しかし現在も海外から帰国した人が感染した例(いわゆる輸入感染症)が年間100例以上ある。また、熱帯熱マラリアが増加傾向にある。現在第4類感染症に指定されており、診断した医師は7日以内に保健所に届け出る必要がある。詳細は下記を参照のこと。

日本もマラリア対策に協力しており、その一つに伝統的な蚊帳づくりがある。

ロシア

北緯64度以南の地域(北樺太、シベリアを含む)で、三日熱マラリアが流行していた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では姿を消している。

南樺太

少なくとも、1922年(大正11年)頃までは三日熱マラリアが流行していた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では姿を消している

カナダ

カナダ南部で、マラリアが流行していた。例えば、1820年代のリドー運河建設時には、多数の労働者がマラリアに罹患した。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では絶滅している。

韓国

大韓民国(韓国)では一時期根絶に成功したと考えられていたが、1993年に京畿道北部の軍事境界線で三日熱マラリアの感染事例が確認された。北朝鮮側からマラリア感染した蚊が飛来したためと推定されている。当初患者は20 - 25歳の軍人が主だったが、次第に民間人へも広まり、現在では軍人患者とほぼ同数。2007年の全患者数は23,413人にのぼっているという[31]

中華人民共和国

世界保健機関(WHO)により2021年に清浄国と認定された[32]

オランダ

オランダ低湿地地帯は19世紀のヨーロッパで最もマラリアが蔓延している地帯として知られていた。ナポレオン戦争期のイギリスによるワルヘレン上陸作戦では8,000名が罹患したことがクラウゼヴィッツ戦争論』に記されている。

スウェーデン

スウェーデンでは1880年頃まで毎年4,000 - 8,000人のマラリア患者が出ていた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では、撲滅された。

アフリカ

モザンビーク

2017年、モザンビークではマラリアの流行が深刻化した。2017年1月から3月の間に148万人がマラリアと診断され、288人が死亡している[33]

ヴィクトリア湖

2008年3月、ケニアウガンダタンザニアにまたがるアフリカ大陸最大の湖ヴィクトリア湖は年々水位が下がっており、係留していたと思われるボートが陸に上がってしまったり、湖岸であった箇所には幅10メートルないし20メートルの草地が続いていたりすると報道された[34]NASAなどの人工衛星観測データでは、ヴィクトリア湖の水位がピークの1998年にくらべ1.5メートルも低下しており、1990年代の平均と比べても約50センチメートル低くなっている[34]。原因としては、降雨量の減少と下流にあるダムへの過剰な流出が考えられている[34]。干上がりかけた水たまりにハマダラカのボウフラ(カの幼虫)が泳ぐなど蚊の繁殖に好適な水域が広がり、従来はマラリアが非流行地だったケニア西部の高地にも多発する傾向が顕著となっている[34]


  1. ^ Global health estimates: Leading causes of DALYs (Excel) (Report). 世界保健機関. 2020年12月. Download the data > GLOBAL AND BY REGION > DALY estimates, 2000–2019 > WHO regions. 2021年3月27日閲覧
  2. ^ 大槻文彦著 「マラリア」『大言海』新編版、冨山房、1982年、1961頁。
  3. ^ 落合直文著・芳賀矢一改修 「まらりや」『言泉:日本大辞典』第五巻、大倉書店、1928年、4400頁。
  4. ^ a b c マラリアに注意しましょう!厚生労働省検疫所 FORTH(2021年4月27日閲覧)
  5. ^ a b c FORTH|最新ニュース|2018年|マラリアについて (ファクトシート)
  6. ^ 『漢字源』
  7. ^ 4月25日は世界マラリア・デーです。―マラリアは世界3大感染症―地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所(2021年4月27日閲覧)
  8. ^ マラリア メルクマニュアル家庭版
  9. ^ 馳亮太, 上蓑義典, 村中清春, 杤谷健太郎, 曽木美佐, 北薗英隆, 細川直登「三日熱マラリアの再発との判別が困難であった4カ月以上の潜伏期間の後に発症した四日熱マラリアの1例」『感染症学雑誌』2013年 87巻 4号 pp.446-450, doi:10.11150/kansenshogakuzasshi.87.446
  10. ^ 脳性マラリア IASR
  11. ^ Daneshvar, Cyrus; Davis, Timothy M. E.; Cox‐Singh, Janet; Rafa’ee, Mohammad Zakri; Zakaria, Siti Khatijah; Divis, Paul C. S.; Singh, Balbir (2009). “Clinical and Laboratory Features of HumanPlasmodium knowlesiInfection”. Clinical Infectious Diseases 49 (6): 852-860. doi:10.1086/605439. ISSN 1058-4838. PMID 19635025. 
  12. ^ Jongwutiwes S, Putaporntip C, Iwasaki T, Sata T, Kanbara H (2004). “Naturally acquired Plasmodium knowlesi malaria in human, Thailand”. Emerging Infect. Dis. 10 (12): 2211-3. doi:10.3201/eid1012.040293. PMC 3323387. PMID 15663864. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3323387/. 
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  14. ^ マラリア MSDマニュアル プロフェッショナル版
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  17. ^ 『気候変動と感染症』(ヘルシストニュース2007年7月号)”. 2008年7月22日閲覧。
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  21. ^ a b c d 「マラリアワクチン、WHOが初推奨/効果は中程度、別の研究も」『日経産業新聞』2021年10月20日イノベーション面
  22. ^ 「英GSK、世界初マラリア・ワクチンの承認申請へ」AFPBB News(2013年10月9日配信)2013年10月23日閲覧
  23. ^ 「世界初のマラリアワクチンまであと一歩、フェーズ3治験で有望な結果」AFPBB News(2011年10月19日配信)2013年10月23日閲覧
  24. ^ 東岸任弘, 石井健, 堀井俊宏「マラリアワクチンの臨床開発」『Drug Delivery System』2010年 25巻 1号 pp.37-45, doi:10.2745/dds.25.37
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  27. ^ 桐生尚武, 木下賢一「ヨーロッパにおける民衆の世界の社会史的研究」『明治大学人文科学研究所紀要』第42巻、明治大学人文科学研究所、1997年12月、25-46頁、ISSN 0543-3894NAID 120005258273 
  28. ^ https://www.cdc.gov/malaria/about/history/
  29. ^ 大友弘士「輸入マラリアの現状と問題点」『順天堂医学』1994-1995年 40巻 3号 p.280-290, 順天堂医学会, doi:10.14789/pjmj.40.280, NAID 130004711403
  30. ^ a b c d e 特集 蚊媒介性感染症をめぐって 蚊媒介性感染症はなぜ日本で減ったのか? 上村清
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  32. ^ 「中国、マラリア清浄国に 70年根絶取り組み」AFP(2021年6月30日)2021年7月23日閲覧
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  40. ^ 酒井 2008, p. 97.
  41. ^ 酒井 2008, p. 99.
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  46. ^ 日本人の遺伝子が酒に弱く「進化」した納得の理由 コメを食べてきた日本人の腸に起こった変化 | 健康 | 東洋経済オンライン
  47. ^ 井上章一『愛の空間』角川書店、ISBN 4-04-703307-3
  48. ^ 地球温暖化と感染症〜いま、何がわかっているのか?〜
  49. ^ a b c d e f 『ヴォート 基礎生化学』東京化学同人社発行、ISBN 978-4807907120
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