ヘンリー・キッシンジャー 評価

ヘンリー・キッシンジャー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/19 00:31 UTC 版)

評価

エジプトのアンワル・アッ=サーダート大統領とともに(1975年)
チリのアウグスト・ピノチェト大統領とともに(1976年)
ロナルド・レーガン米国大統領とともに(1981年)

キッシンジャーがニクソン政権で推進した外交の特徴はその現実主義(リアリズム)にあった。これはイデオロギーの代わりにアメリカの実益として国益を外交の中心に据え、世界的なバランス・オブ・パワーに配慮しつつ、国際秩序をアメリカにとって受け入れられる形の安定へと導くことを目的としていた。このような国際秩序像の背景にはかつてキッシンジャーが研究し、その安定性を高く評価していたウィーン体制が一つのモデルとして存在していたことが、多くの研究で指摘されている[66]。キッシンジャーらの発想は冷戦時代の「恐怖の均衡」という冷酷な現実の中で、従来アメリカが基本的国策としていた孤立主義理想主義という極端な外交の二分化がもはや機能しなくなったことを端的に表すものだった。

キッシンジャーの推進したデタント政策は、ベトナム戦争からの脱出という短期的な意味と、米ソという二つの超大国間の対立という約20年間継続されてきた従来の冷戦構造に、当時朝鮮戦争中ソ国境紛争を経て3つの世界論に基づく第三世界という立場で米ソと敵対した中華人民共和国を「第三勢力」として新たなプレイヤーに組み入れること(「米中ソ三角関係」などとも評される)、ソ連が核戦力の面でアメリカと対等な立場にあることを明示的に認めることによって、大国間の勢力バランスを現状に即したものへと安定的に再編成するという、長期的な意味を持った戦略の組み合わせだった。

キッシンジャーは、国家安全保障担当補佐官時代から国務長官(1973年8月23日指名)時代に至るまで、その独特な風貌やドイツ風のアクセント、パーティで有名女優を同伴して登場するなどの派手なパフォーマンス、日本で「忍者外交」などと形容された神出鬼没の外交スタイル、さらにベトナム戦争終結への貢献によるノーベル平和賞受賞などといった様々な理由から、歴代の前任者たちとは比較にならないほど目立つ存在だった。1972年後半には「もしキッシンジャーが今死んだら、ニクソンがアメリカ大統領になるんだ」というジョークが広まったほどだった[67]。今日では「ドクター・キッシンジャー」は20世紀後半を代表する外政家とする認識が一般的である。しかし、このような「外交の達人」という一般的な評価は、キッシンジャーが国務長官退任後繰り返し発表してきた著書や回想録に拠るところが大きく、前記の若泉敬は「キッシンジャーの回想録を鵜呑みにするな」と語っている。さらにキッシンジャーは、きちんとした手続きも踏まずに「第二次大戦の戦勝国ではない中国共産党による中国、つまり中華人民共和国」を国連の安全保障理事会の常任理事国に推挙し、それまで「第二次大戦の戦勝国で常任理事国のメンバーだった台湾、つまり中華民国」を国連から追い出した張本人とも言われている[68]

近年ではニクソン外交の実態について、公開された文書史料をもとに「外交政策の構想者・決定者は、外交通だった大統領・ニクソンであり、キッシンジャーはそのメッセンジャー・ボーイに過ぎなかった」などとし、ニクソンの比重をより重く見る研究も現れている[69]

冷徹なリアリストとして軍事介入や秘密工作も辞さなかったことから、ベトナム戦争時のカンボジアへの侵攻・空爆、チリ・クーデターの画策、インドネシアによる東ティモール占領を主導または支持したキッシンジャーに対して、クリストファー・ヒッチンスシーモア・ハーシュらは「人道に対する罪」「戦争犯罪人」として糾弾した[70]








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