ブルベ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 19:27 UTC 版)
日本でのブルベ
2019年現在は、オダックス・クラブ・パリジャンからの委任によりオダックス・ジャパン(Audax Japan)の代表理事(AJ会長)が日本でのブルベを統括している[12]。ACPやAJの認定ブルベ以外にも、類似のルールにより実施されているブルベもある。
日本のブルベの歴史
- 1990年代前半、1980年代後半より実施されていたMTBを用いた募集型ラリーライドのオンロード版が模索され始める。
- 1994年、関東在住の有志によってに設立された「ブルベ・ジャポン実行委員会」が設立される。これが日本のブルベの発祥となる[6][13]。
- 1995年、「ブルベ・ジャポン実行委員会」は、日本サイクリング協会の後援も受け「ルート・エヌ(日本)」という独自のブルベを実施した[6][13]。本州5ヵ所のコースが設けられたが、当時の距離は50km、100km、200kmの3種類であった[6]。「ブルベ・ジャポン実行委員会」はスターバイクジャパンというサイクリングイベントの企画運営を行う個人事務所が設立に関わっており、ヨーロッパで開催されているブルベを日本に合わせたスタイルで導入しようとしたもので、自己責任・ノーサポートという原則はACPが規定したBRMと同じであるが、スタート日時が任意・途中の仮眠時間は走行時間から除外するという点が異なっていた[13]。
- 1996年、ブルベ・ジャポンが認定するコースは10コースに拡充された[13]。
- 1999年、カナダの団体から日本人がPBPに初参加した。この際、スターバイクジャパンが中心になりPBPの視察とPBP開催後に行われるRM会議へオブザーバーとして参加し、日本へのBRM導入に関する申し出が行われた。
- 2001年、日本からスターバイクジャパンや雑誌「サイクルスポーツ」が中心となり、カナダの団体のACP公認ブルベ(600km BRM:フレイザーキャニオン)へ視察2名、参加者4名が参加し、2名が認定完走した。
- ブルベ・ジャポン2002実行委員会(事務局は横浜市中区のスターバイクジャパン)により2002年開催予定のBRMが申請された。同時にACP登録団体としてのRandonners Japon(ACP登録番号600000)が発足する。
- 2002年、日本からPBPへの参加を念頭においた公式のBRMが静岡県掛川市で開催され80名が参加した(距離は200km)[13]。この頃はキューシートもなく、当日現地でルートをマーカーで記載した1/25000の地図のコピーが渡されるというシステムであり、76名が認定を受けた[13]。2002年はこのほかに300km、400km、600kmが各1回ずつ開催され32人がSRを取得した。
- ブルベ・ジャポン2003実行委員会(事務局はスターバイクジャパン)により2003年開催予定のBRMが申請された。
- 2003年、日本から21人が初めてPBPにエントリー。これに先立って1999年PBPの視察や現地ACPやRM(ランドヌール・モンディオ)との情報交換、カナダ600kmBRMへの日本人参加者の繰りこみ等を行い、特別扱いで2002年のPBP参加が認められた[注釈 3]。
- ランドヌールジャポン設立準備委員会により2004年開催予定のBRMが申請された。これ以降、ブルベ・ジャポンとしての活動が行われなくなり、「BRM」「ルート・エヌ」の2本立てで行われてきた日本のブルベは「BRM」一本に収斂されていった。
- 2004年、「RJ(ランドヌールジャポン)」が正式に横浜市青葉区を本拠として活動を開始し、BRM開催を「ブルベ・ジャポン実行委員会」直営からRJ掛川、RJ堺、RJ日立、RJ宇都宮、RJ南足柄の各地域の自主開催グループの主導へと移行した。
- 北海道で「RJ(ランドヌールジャポン)北海道」が設立される[4]。
- 日本人有志がロッキーマウンテン1200kmに参加する。
- 2004年のBRMシリーズ開催終了後の11月、RJでの設立者同士のトラブルによりACP登録団体としてのRandonners Japonと国内組織としてのRJが分裂。国内組織としてのRJはAJ(オダックス・ジャパン)へと改名を行い、ACP登録団体としてAudax Japanを新規に立ち上げた(ACP登録番号600007)。日本での認定権をRJ代表からAJ会長へと移譲する手続きを行い、ACPに承認された。これによりスターバイクジャパンの影響力が排除された。
- 2005年、AJとして改めて活動を開始し、日本で初の1000kmブルベが開催された[13]。
- 2006年、ブルベ・ジャポン創設期から活動しているメンバーの一部が運営方針の違いにより整理された。
- これまで毎年度ごとにAJ(RJ)会員に加入して、AJ(RJ)が加入する団体保険を利用するのがBRMの参加資格であったが、BRM1開催ごとに提供されるスポット保険の利用が可能になった。これによりBRMに無所属での参加が可能になった。
- 2007年、これまでAJ(RJ)の最高意思決定機関は参加者一人一人が加入するAJ(RJ)会員の会員総会であったが、主催者を理事とする理事会が最高意思決定機関となった。これによりBRM運営に参加していない人物のAJへ関与する権利を失った。
- 2008年、埼玉と宇都宮にて日本で初めてFleche(フレッシュ)が行われる。
- 2009年、日本が開催ポイントで、世界二位のブルベ開催国となる。またオダックス埼玉が開催クラブ別で認定ポイント世界一のクラブと認定される。
- 2010年、北海道にてアジアで初めて1200kmブルベが開催された。
- 2013年、2014年の2年間日本が開催ポイントで、世界一位のブルベ開催国となる。
- 埼玉と宇都宮にて日本で初めてSuper Randonnées(シューペル・ランドネ)が開始される。
- 2014年、これまでAJが提供していたAJ会員としての団体保険、およびBRM1開催ごとに提供されていたスポット保険が廃止された。BRM参加するためには、参加者自身での保険手配が必要になった。
- 2015年、日本が開催ポイントで、PBP開催年によるフランスでのブルベ人気の影響から世界二位のブルベ開催国に後退。翌2016年以降はアジアや南米のブルベ隆盛により徐々に地位が後退。
- 2016年、一般社団法人化に伴いオダックス・ジャパンが「一般社団法人オダックス・ジャパン」となる。
- 2019年、AJに登録しているクラブが実施するAJ Permanentの開始される。
注釈
出典
- ^ a b ランドヌール Vol.1 P.8
- ^ a b c d e 銀輪、躍る北関東400キロ 4市に休憩地、名産を堪能 “ブルベ”走行会 /群馬県 朝日新聞 2015.05.24 東京地方版/群馬 27頁 群馬全県 写図有(全1,180字)
- ^ a b c d e f ランドヌール Vol.1
- ^ a b 長距離走るサイクリング競技*「ブルベ」の魅力広めたい*有志が愛好団体設立*11、12日300キロ走行しPR 2004.09.03 北海道新聞 朝刊地方 31頁 札C(全730字)
- ^ a b ランドヌール Vol.1 P.9
- ^ a b c d 自転車の長距離ツーリングに認定制度が発足 時間は参加者が自己申告 読売新聞 1995.10.27 東京朝刊 21頁 写有(全1,236字)
- ^ ランドヌール Vol.4 P.11
- ^ a b c d e ランドヌール Vol.4 P.5
- ^ a b c 潮流 報道部長・下山克彦 「ブルベ」の魔力 2014年08月14日 中国新聞 朝刊 広場(全748字)
- ^ ランドヌール Vol.4 PP.14-18
- ^ a b c d e サイクリングで長距離走破 4年5000キロ世界認定 三田の弓場さん 日本では71人のみ 神戸新聞 2013年02月26日 朝刊 30頁 淡路W(全792字)
- ^ ランドヌール Vol.1 P.10
- ^ a b c d e f g シクロツーリスト Vol.6 P.76
- ^ a b ランドヌール Vol.3 P.8
- ^ ランドヌール Vol.3 P.16
- ^ ランドヌール Vol.3 P.18
- ^ a b ランドヌール Vol.3 P.42
- ^ a b ランドヌール Vol.1 P.11
- ^ Audax Japan : Fleche Japon 規定
- ^ Tony Farrelly (2009年4月22日). “London-Edinburgh-London: Britain's toughest bike ride needs your help!”. road.cc. 2016年1月4日閲覧。
- ^ 1001miglia 公式ページの参加リスト
- ^ MGMの公式ページ
- ^ CYCLE SPORTS(サイクルスポーツ) 2017年12月号 2017年10月20日発売 八重洲出版
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