ピート・ドハーティ ピート・ドハーティの概要

ピート・ドハーティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/16 09:34 UTC 版)

ピート・ドハーティ
2007年
2007年
基本情報
出生名 Peter Doherty
出生 1979年3月12日(34歳)
イングランドの旗 イングランドノーサンバーランド ヘクサム
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル インディー・ロック
ガレージロック・リバイバル
ポストパンク・リバイバル
職業 ミュージシャンソングライター
担当楽器 ボーカルギターベースハーモニカメロディカピアノオルガン
活動期間 1997年 -
共同作業者 ザ・リバティーンズ
ベイビーシャンブルズ
公式サイト The Libertines.org.uk
Babyshambles.net

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幼少期

ピート・ドハーティはイングランドノーサンバーランド州ヘキサムで、父方からユダヤ系の血を引く母ジャクリーンとアイルランド系の父ピーター・ジョン・ドハーティの間に生まれた3人の子供の第2子として生を受けた[1] [2]。父がイギリス陸軍士官だったため、いくつかの陸軍駐屯地で育つこととなり、母や保母、2人の姉妹エイミー・ジョーやエミリーらとともにカターリックやベルファスト西ドイツ、ベッドワース、ドーセットラルナカなどさまざまな駐屯地で幼少期を過ごした。学業成績は優秀で、ベッドワースのニコラス・チェンバレン中等学校におけるGCSE(General Certificate of Secondary Education 、中等教育修了一般試験)では11科目中5科目でA*(Aスター、最高点)[3]、Aレヴェル(General Certificate of Education - Advanced Level 、高校卒業資格試験)では4科目ともパスしたうち2科目でA[4]と、優秀な成績を収めている。16歳の時には詩のコンクールで入賞し、ブリティッシュ・カウンシルの主催したロシアへの訪問旅行にも参加した。

Aレヴェルの後に彼はロンドンにいた祖母のフラットへ移り(そうなる運命だと思っていたと彼は語っている)、ウィルズデン墓地で墓堀人夫の職に就くこととなったが、ほとんどの時間は墓石の上に座って本を読んだりものを書いたりして過ごした[5]

彼はロンドン大学を構成するカレッジの1つであるクイーン・メアリーで英文学を専攻したが、最初の1年で中退した[5]。大学を離れてから、彼は友人のミュージシャン、カール・バラーとロンドンのフラットへ居を移した。バラーは、ドハーティの姉とブルネル大学でクラスメートであった。2004年、ドハーティはリバティーンズの仲間カール・バラーとともに、NMEが最もクールなアーティストを選出する "Cool List" の第1位に輝いた。翌年も彼は第6位に名を連ね[6]、2006年5月10日には同じくNMEの世論調査による「偉大なロック・ヒーロー50人」の第2位に選ばれた[7]

経歴

ザ・リバティーンズ

2005年撮影

ドハーティとバラーは1990年代後半にザ・リバティーンズという名のバンドを結成し、2002年にデビュー・アルバム『リバティーンズ宣言』をリリースするやいなや、メインストリームでの広範な成功を収めはじめた。

バンドは批評家筋から高く評価されて商業的にも成功し、カルト的とさえいえる支持を得た。特にドハーティは、ここ数年のイギリスの音楽シーンに現われた最も有望なソングライターの1人としてファンや批評家からの賞賛を浴びた。しかし、ドハーティの深刻さを増すドラッグ問題がバンドに亀裂をもたらした。2003年に、ドハーティがバラーの留守宅に押し入ったため強盗容疑で収監されるという事件が起こったのである[8] [9]

初めこそ2人はこの事件のために仲違いをしたが、ドハーティが入獄中に和解した。ドハーティに対する当初の宣告は6か月であったが、2か月に短縮された。裁判官は「本件に関して、拘留期間は正当なものであったと我々は考えているが、当然なされてしかるべき時機を得た答弁をする猶予期間が彼に与えられなかったことも事実である。したがって我々は彼が間を置かずに釈放されるよう考慮して、刑期を2か月に短縮することとした」との声明を発した[10]。釈放されるとすぐに、ドハーティはバラーをはじめとするバンドのメンバーたちに合流してケント州チャタムのパブ "Tap 'n' Tin" でのギグを行なった[11]

バンドへの復帰後、ドハーティは自分のドラッグ中毒の治療を思い立った。彼は代替医学的な更生センターであるワット・タムクラボークへ通うこととした。これはタイにある寺院で、コカインヘロインの中毒者に対する更生プログラムで有名な場所である。ここでドハーティは竹竿で打たれたり、吐気を催すような嫌な臭いのするハーブの調合薬を飲まされるという体験をした。結果としてドハーティは3日で音を上げてイングランドへ戻ったが[12] [13]、このためにリバティーンズは出演の予定されていたワイト島フェスティバルおよびグラストンベリー・フェスティバルをキャンセルすることとなった[14]

しかし、リバティーンズの2枚目のアルバム(日本盤タイトルは『リバティーンズ革命』だが、原題はバンド名そのものの『The Libertines』である)は無事に完成して2004年6月に世に送り出されたものの、ドハーティはふたたびバンドを追われることとなった。バンド側はこの解雇の理由としてドハーティの治ることのない薬物中毒を挙げたが、ドハーティが中毒の治療に専念するのであればいずれは連れ戻したいという意思はあることを強調した。バラーはかつて、リバティーンズはドハーティが復帰するまで一時的に活動を休止するだけだと語っているが、2004年にドハーティが離脱した時点で事実上このバンドは解散した[15]。メンバー全員が、その後に立ち上げた各自の新たなプロジェクトに専念している(イエティダーティ・プリティ・シングスの項を参照)。

2007年4月12日、ピート・ドハーティとカール・バラーはロンドンのハックニー・エンパイア劇場でふたたび共演した[16]。ドハーティのギグ "An Evening with Pete Doherty" のセカンド・セットにバラーがゲスト出演し、13曲をともに演奏したのである。再結成リバティーンズは「ホワット・ア・ウェイスター」、「デス・オン・ザ・ステアーズ」、「ザ・グッド・オールド・デイズ」、「ホワット・ケイティー・ディド」、「ディリー・ボーイズ」、「セブン・デッドリー・シンズ」、「フランス」、「テル・ザ・キング」、「ドント・ルック・バック・イントゥ・ザ・サン」、「ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー」 、「タイム・フォー・ヒーローズ」、「アルビオン」、「ザ・デラニー」の全13曲を演奏した。

コラボレーション

リバティーンズの解散に先立ち、ドハーティは友人でウルフマン名義のミュージシャンでもある詩人ピーター・ウルフとコラボレートしている。2人は2004年にシングル "For Lovers" をレコーディングしてチャートのトップ10入りを果たし、同年4月には7位を記録した。このシングルはイギリスの権威ある音楽賞「アイヴァー・ノヴェロ賞」にノミネートされるほど成功した[17]にもかかわらず、ドハーティとウルフマンは比較的小額の収入しか得ることができなかった。すでにこの曲の版権をパブで安く売り払っていたためである[18]

2004年後半、ドハーティはイギリスの女性エレクトロニカ・デュオ、クライアント (Client) の楽曲 "Down to the Underground" にゲスト・ヴォーカルとして参加した。この曲はシングル "In It for the Money" のB面として2004年6月にリリースされ[19]、クライアントのセカンド・アルバム "City" に収録された。

2005年にはイギリスのロック・バンド、リトランズ (Littl'ans) ともシングル "Their Way" で共演した[20]

2006年、ドハーティはストラマーヴィル(Strummervilleジョー・ストラマーの遺族と友人によって設立された、新しい音楽の創出や才能の発掘のための慈善団体)の運営資金募集のためのチャリティー・シングル "Janie Jones" に出演した。この曲には、他にもダーティ・プリティ・シングス、ウィー・アー・サイエンティスツ (We Are Scientists) 、ザ・クークス、ザ・ホロウェイズ (The Holloways) など多くのアーティストが出演している。

2006年8月には、ザ・ストリーツ名義で活動しているヒップホップ・アーティストのマイク・スキナーとドハーティが、ストリーツのアルバム "The Hardest Way to Make an Easy Living" の収録曲 "Prangin' Out" の新ヴァージョンをレコーディングしていると報じられた[21]

ベイビーシャンブルズ

2008年、マドリードにて

ドハーティは、リバティーンズでの活動の終わりごろにベイビーシャンブルズを結成した。このバンドは2枚のスタジオ・アルバム『ダウン・イン・アルビオン』("Down in Albion" 、2005年11月)と『ショッターズ・ネイション』("Shotter's Nation" 、2007年10月)をリリースした。ツアーのスケジュールや作品のリリースも立てられたが、ドハーティがたびたび起こす法的問題によりしばしば中断された。バンドのラインナップも何度か変更されている。ドラマーのジェマ・クラークがドハーティの麻薬問題によってバンドを去り、アダム・フィセクが後任となった。またギタリストで共同作曲者のパトリック・ウォールデンもバンドを離れてミック・ウィフィナルが後を継いだ。

2006年8月、ベイビーシャンブルズはメジャー・レコード・レーベルのパーロフォンと契約し、2006年12月9日に "The Blinding EP" をリリースして高い評価を得た[22]。その後2007年1月にはパーロフォンとの長期レコード契約にサインした[23]

2007年11月にベイビーシャンブルズははじめてのアリーナ・ツアーを行ない、マンチェスターMENアリーナやノッティンガム・アリーナ、ボーンマス・インターナショナル・センター、ロンドンウェンブリー・アリーナバーミンガムナショナル・インドア・アリーナなどで演奏した[24]

ゲリラ・ギグ、執筆とソロ作品

ドハーティは新しいアコースティック作品に着手しており、すでにインターネットでダウンロード可能となっている多数の未発表曲に似たものになると噂されている[要出典]。彼は単独で、また時にはバンドを引き連れて小さな会場で予告なしに演奏するという、リバティーンズ以来続けているゲリラ・ギグをしばしば行なう[25]。2005年の大晦日に北ロンドンの自分のフラットで行なったゲリラ・ギグでは、ソロ作品をいくつか公開し、その多くが後にインターネットに流出した[15]。2006年の3月31日および4月1日には、1月に行なう予定であったライヴが取り止めになったのを受けて、ヨーロッパ本土では初となる単独ギグを2ヵ所で行なったが、その場所はオーストリアグラーツポルノ映画館 "NonStop Kino" であった。これを機に、ドハーティは友人で "NonStop Kino" の所有者でもあるベッティナ・アイヒバウアーの提案で、自分の演奏中にスクリーンに映し出すための映像作品 "Spew It Out Your Soul" を制作した[26]

2006年6月、ドハーティは自分の日記を出版するためにオリオン・ブックスと契約したと発表した。この本は彼がこれまでに書いた詩や絵画、写真などを収めたものである[27]。ドハーティの日記の多くはインターネットから自由に入手することが可能となっている[28]"The Books Of Albion: The Collected Writings of Peter Doherty" と題されたこの本は2007年6月21日に刊行された[29]

モデル活動

モデルであると同時に元フィアンセであったケイト・モスに倣い、ドハーティはロベルト・カバリの2007/08年秋冬シーズンのファッション広告キャンペーンのモデルを務めた。このときの写真はドハーティを普段以上に小奇麗かつハンサムに写したものとして評判を呼んだ。この1950年代風の写真は故マーロン・ブランドのイメージとも比較された[30]

俳優活動

2012年、俳優としてロマン派の作家、アルフレッド・ド・ミュッセの自伝的小説を映画化した「『詩人、愛の告白』(原題 Confession of a Child of the Century)」にオクターヴ役で主演した。ブリジット役はシャルロット・ゲンズブール[31]




  1. ^ Barratt, Nick (2006年11月24日). “Family detective: Pete Doherty”. Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/exclusions/familyhistory/fhpetedoherty.xml 2007年9月27日閲覧。 
  2. ^ a b McGlone, Jackie (2006年9月3日). “Lament for a lost boy”. Scotsman.com. http://living.scotsman.com/index.cfm?id=1288012006 2007年5月12日閲覧。 
  3. ^ Wetton, Laura (2005年8月31日). “What a Shambles!”. BBC. http://www.bbc.co.uk/nottingham/content/articles/2005/08/31/blast05_what_a_shambles_feature.shtml 2007年5月12日閲覧。 
  4. ^ “Wild man of pop 'a model student'”. Dorset Echo. (2005年8月24日). http://archive.thisisdorset.net/2005/8/24/110601.html 2007年5月12日閲覧。 
  5. ^ a b Brewis, Kathy (2006年5月14日). “Pete's Dragons”. The Sunday Times. http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2099-2173961.html 2007年5月12日閲覧。 
  6. ^ “Who made it into the NME Cool List 2005?”. NME.com. (2005年11月22日). http://www.nme.com/news/arctic-monkeys/21580 2007年5月12日閲覧。 
  7. ^ “Your biggest rock 'n' roll hero revealed”. NME.com. (2006年5月10日). http://www.nme.com/news/nirvana/23019 2007年5月12日閲覧。 
  8. ^ “Musician admits burgling bandmate's flat”. BBC News. (2003年8月12日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/3142801.stm 2007年5月12日閲覧。 
  9. ^ “Libertines singer sent to prison”. BBC News. (2003年9月8日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/3090862.stm 2007年5月12日閲覧。 
  10. ^ “Libertines singer's sentence cut”. BBC News. (2003年9月29日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/3149610.stm 2007年5月12日閲覧。 
  11. ^ “Libertines reunite at freedom gig”. BBC News. (2003年10月9日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/3178394.stm 2007年5月12日閲覧。 
  12. ^ Smith, David; Smith, Zoe (2004年7月4日). “Annihilation beckons the dark star of rock”. The Observer. http://arts.guardian.co.uk/features/story/0,,1253753,00.html 2007年5月12日閲覧。 
  13. ^ Pete Flees Rehab Again”. NME.com (2004年6月14日). 2006年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年2月1日閲覧。
  14. ^ “Libertines cancel festival dates”. BBC News. (2004年6月9日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/3792065.stm 2007年5月12日閲覧。 
  15. ^ a b Thornton, Anthony; Roger Sargent (2006). The Libertines Bound Together. Little, Brown Book Group. pp. p. 263. ISBN 0-316-73234-6. 
  16. ^ The Libertines reunite at Hackney gig”. NME.com (2007年4月12日). 2007年4月13日閲覧。
  17. ^ “Geldof to follow up Live Aid and 'turn the world'”. The Guardian. (2005年5月27日). http://arts.guardian.co.uk/live8/story/0,,1500501,00.html 2007年5月12日閲覧。 
  18. ^ a b Binelli, Mark (2006年3月24日). “Over the Edge with Pete Doherty”. Rolling Stone. http://www.rollingstone.com/news/story/9519813/over_the_edge_with_pete_doherty 2007年5月12日閲覧。 
  19. ^ “Pete finds new client!”. NME.com. (2004年4月29日). http://www.nme.com/news/client/16803 2007年5月12日閲覧。 
  20. ^ “Doherty records with The Littl'ans”. contactmusic.com. (2005年9月19日). http://www.contactmusic.com/new/xmlfeed.nsf/mndwebpages/doherty%20records%20with%20the%20littlans 2007年5月12日閲覧。 
  21. ^ “Pete Doherty and The Streets record drugs anthem”. NME.com. (2006年8月9日). http://www.nme.com/news/streets/23863 2007年5月12日閲覧。 
  22. ^ “Babyshambles speak about new deal”. NME.com. (2006年9月15日). http://www.nme.com/news/babyshambles/24344 2007年5月12日閲覧。 
  23. ^ “Babyshambles sign 'long term' record deal”. NME.com. (2007年1月18日). http://www.nme.com/news/babyshambles/25926 2007年5月12日閲覧。 
  24. ^ “The boys are hitting the road later this year...”. MTV.co.uk. (2007年3月16日). http://www.mtv.co.uk/channel/mtvuk/news/16032007/babyshambles_announce_arena_tour 2007年3月16日閲覧。 
  25. ^ “Pete Doherty plays 'freedom gig'”. NME.com. (2006年2月9日). http://www.nme.com/news/22178 2007年5月12日閲覧。 
  26. ^ Einoder, Arthur (2006年4月1日). “Uberraschungsgast in Graz”. FM4. http://fm4.orf.at/connected/212627 2007年5月12日閲覧。 
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  31. ^ allcinema”. 2014年2月16日閲覧。
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  37. ^ Whaite, Phil (2004年4月). “This Charming Man: An Interview with Pete Doherty”. Socialist Review. http://www.socialistreview.org.uk/article.php?articlenumber=8852 2007年3月23日閲覧。 
  38. ^ “Pete Doherty On Orange Playlist”. XFM. http://www.xfm.co.uk/Article.asp?b=news&id=67535 2007年3月23日閲覧。 
  39. ^ Lyons, Beverley; Sutherland, Laura (2007年10月13日). “Pete Doherty Tells How He Gave The View Their Break”. Daily Record. 2007年11月2日閲覧。
  40. ^ “The Books of Albion”. Babyshambles.net. (2006年6月26日). http://www.babyshambles.net/books.asp 2007年5月12日閲覧。 
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  44. ^ Moss is now 'fiancee'”. NZ Herald (2007年4月16日). 2007年4月15日閲覧。
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  47. ^ Silverman, Stephen M. (2007年10月3日). “Report: Pete Doherty Engaged to Model ? Not Kate Moss”. People. 2007年11月2日閲覧。
  48. ^ “Pete dumps his new lover”. The Sun. (2007年10月24日). http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/showbiz/bizarre/article379370.ece 2007年11月2日閲覧。 


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