ヒルベルト空間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 13:38 UTC 版)
ヒルベルト空間の構成
直和
二つのヒルベルト空間 H1 および H2 を足し併せて、(直交)直和と呼ばれる別のヒルベルト空間 H1 ⊕ H2 を作ることができる[56]。この空間は(x1, x2) (xi ∈ Hi, i = 1,2) なる順序対の全体からなる集合を台に持ち、その上の内積を
で定めたものになっている。より一般に、i ∈ I を添字とするヒルベルト空間の族 Hi に対して、その(外部)直和 が、Hi のデカルト積の元 で条件 を満たすもの全体から成る集合を台とし、内積を
で定めることによって定義される。このとき、各空間 Hi は直和空間の中へ閉部分空間として埋め込まれる。もっと言えば、埋め込まれた各 Hi はどの二つも互いに直交する。逆に、一つのヒルベルト空間において閉部分空間の族 Vi (i ∈ I) で各空間がどの二つも互いに直交しているようなものが与えられているとき、それら全ての和集合が全体空間 H の中で稠密になるならば、H は本質的に Vi たちの直和に同型である。この場合、H は Vi たちの内部直和であると言われる。(内部でも外部でも)直和には、i-番目の直和因子 Hi の上への直交射影 Ei の族が伴う。これらの直交射影はどれも有界・自己随伴かつ冪等な作用素であって、直交性条件
が成り立つ。
ヒルベルト空間 H 上の自己随伴コンパクト作用素に対するスペクトル論によれば、H は或る作用素の固有空間の直交直和に分解され、またその作用素はその固有空間への射影の直和として明示的に表される。ヒルベルト空間の直和は、(素粒子を変数にもつ系のフォック空間など)量子力学においても用いられ、そこでは直和の各成分たるヒルベルト空間と量子力学系の余剰自由度とが対応する。表現論におけるピーター・ワイルの定理によれば、ヒルベルト空間上で定義されるコンパクト群のユニタリ表現は必ず有限次元表現の直和に分解されることが保証される。
テンソル積
二つのヒルベルト空間 H1, H2 に対し、それらの(代数的な)テンソル積の上に、次のように内積を定めることができる。まず(生成元である)単純テンソルに対して
と定め、これを半双線型 (Sesquilinearly) に 全体で定義される内積に拡張する。H1 と H2 とのヒルベルトテンソル積 とは、いま定義した内積に付随する距離位相に関して H1 ⊗ H2 を完備化して得られるものをいう[57]。
ヒルベルト空間 L2([0, 1]) を使って例を考えよう。L2([0, 1]) の二つのコピーのヒルベルトテンソル積は、正方形 [0, 1]2 上の自乗可積分関数の空間 L2([0, 1]2) に等距かつ線型に同型である。この同型で単純テンソル f1 ⊗ f2 は
なる正方形上の関数に写される。
この例は以下のような意味で典型的である[58]。即ち、各単純テンソル積 x1 ⊗ x2 には(連続的)双対 H1∗ から H2 への 1-階作用素
が対応し、この単純テンソル上定義された写像を拡張して、H1 ⊗ H2 と H1∗ から H2 への有限階作用素全体の成す空間とを同一視する線型同型が得られる。これを拡張して、ヒルベルトテンソル積 は H1∗ から H2 へのヒルベルト=シュミット作用素全体の成すヒルベルト空間 HS(H1∗, H2) に等距線型同型になることがわかる。
- ^ Marsden 1974, §2.8
- ^ この節における数学的な題材は、Dieudonné (1960), Hewitt & Stromberg (1965), Reed & Simon (1980), Rudin (1980) など、標準的な関数解析学の教科書を見れば載っている。
- ^ 第二引数に関して線型であると約束する場合もある。
- ^ Dieudonné 1960, §6.2
- ^ Dieudonné 1960
- ^ メビウスの後押しを受けたグラスマンの手によるところが大きい (Boyer & Merzbach 1991, pp. 584–586)。抽象線型空間の現代的にきちんとした公理的取り扱いは、1888年のペアノが最初である (Grattan-Guinness 2000, §5.2.2; O'Connor & Robertson 1996)。
- ^ ヒルベルト空間の詳しい歴史は Bourbaki 1987 に扱われている。
- ^ Schmidt 1908
- ^ Titchmarsh 1946, §IX.1
- ^ Lebesgue 1904。積分論の歴史の詳細は Bourbaki (1987) と Saks (2005) にある。
- ^ Bourbaki 1987.
- ^ Dunford & Schwartz 1958, §IV.16
- ^ Fréchet (1907) と Riesz (1907) の結果を併せて Dunford & Schwartz (1958, §IV.16) は「L2[0,1] 上の任意の線型汎関数は積分で表される」と書いている。「ヒルベルト空間の双対がもとの空間と同一視される」という一般な形の主張は Riesz (1934) で述べられている。
- ^ von Neumann 1929.
- ^ Kline 1972, p. 1092
- ^ Hilbert, Nordheim & von Neumann 1927.
- ^ a b Weyl 1931.
- ^ Prugovečki 1981, pp. 1–10.
- ^ a b von Neumann 1932
- ^ Halmos 1957, Section 42.
- ^ Hewitt & Stromberg 1965.
- ^ a b Bers, John & Schechter 1981.
- ^ Giusti 2003.
- ^ Stein 1970
- ^ 詳細は Warner (1983) に見つかる。
- ^ ハーディ空間の一般論は Duren (1970) を見よ。
- ^ Krantz 2002, §1.4
- ^ Krantz 2002, §1.5
- ^ Young 1988, Chapter 9.
- ^ フレドホルム核の固有値は 1/λ でこれは 0 に近づく。
- ^ この観点からの有限要素法の詳細が Brenner & Scott (2005) にある。
- ^ Reed & Simon 1980
- ^ この観点からのフーリエ級数の扱いは、例えば Rudin (1987) や Folland (2009) を参照。
- ^ Halmos 1957, §5
- ^ Bachman, Narici & Beckenstein 2000
- ^ Stein & Weiss 1971, §IV.2.
- ^ Lancos 1988, pp. 212–213
- ^ Lanczos 1988, Equation 4-3.10
- ^ スペクトル法の古典的文献は Courant & Hilbert 1953。より今日的な取り扱いは Reed & Simon 1975 を参照。
- ^ Kac 1966
- ^ Dirac 1930
- ^ von Neumann 1955
- ^ Young 1988, p. 23.
- ^ Clarkson 1936.
- ^ Rudin 1987, Theorem 4.10
- ^ Dunford & Schwartz 1958, II.4.29
- ^ Rudin 1987, Theorem 4.11
- ^ Weidmann 1980, Theorem 4.8
- ^ Weidmann 1980, §4.5
- ^ Buttazzo, Giaquinta & Hildebrandt 1998, Theorem 5.17
- ^ Halmos 1982, Problem 52, 58
- ^ Rudin 1973
- ^ Trèves 1967, Chapter 18
- ^ See Prugovečki (1981), Reed & Simon (1980, Chapter VIII), Folland (1989).
- ^ Prugovečki 1981, III, §1.4
- ^ Dunford & Schwartz 1958, IV.4.17-18
- ^ Weidmann 1980, §3.4
- ^ Kadison & Ringrose 1983, Theorem 2.6.4
- ^ Dunford & Schwartz 1958, §IV.4.
- ^ 添字集合が有限の場合は例えば Halmos 1957, §5、無限の場合は Weidmann 1980, Theorem 3.6 を参照。
- ^ Levitan 2001。様々な文献(例えば Dunford & Schwartz (1958, §IV.4) など)ではこれを単に次元と呼ぶが、考えているヒルベルト空間が有限次元の場合を除けば、これは通常の線型空間の意味での次元(ハメル基底の濃度)と同じものではない。
- ^ Prugovečki 1981, I, §4.2
- ^ von Neumann (1955) はヒルベルト空間は可算ヒルベルト基底を持つものと定義したので、そのようなものは全て ℓ2 に等距同型である。量子力学の厳密な取り扱いにおいて殆どの場合この規約が用いられている(例えば Sobrino 1996, Appendix B を参照)。
- ^ a b c Streater & Wightman 1964, pp. 86–87
- ^ Young 1988, Theorem 15.3
- ^ Kakutani 1939
- ^ Lindenstrauss & Tzafriri 1971
- ^ Halmos 1957, §12
- ^ ヒルベルト空間におけるスペクトル論の一般的な説明が Riesz & Sz Nagy (1990) にある。C∗-環の言葉を用いたより高度な説明は Rudin (1973) や Kadison & Ringrose (1997) を参照。
- ^ たとえば Riesz & Sz Nagy (1990, Chapter VI) や Weidmann 1980, Chapter 7 を参照。この結果は、積分核から生じる作用素の場合には、既に Schmidt (1907) で知られている。
- ^ Riesz & Sz Nagy 1990, §§107–108
- ^ Shubin 1987
- ^ Rudin 1973, Theorem 13.30.
ヒルベルト空間と同じ種類の言葉
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