ニューソート ニューソートの概要

ニューソート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/03 01:31 UTC 版)

ニューソートは、アメリカのメスメリスト[注 1]催眠治療家)・心理療法家フィニアス・クインビー[3]クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディの思想を中心としていた。超絶主義者のラルフ・ウォルド・エマーソンの哲学を支えに徐々に社会に浸透していった[4]。アメリカの対抗文化の流れを汲むニューエイジの源流のひとつであり、後のカルトや、通俗心理学自己啓発運動や自己啓発書への影響も大きい[5][1]

概要

エマ・カーティス・ホプキンス
エマニュエル・スウェデンボルグ
フィニアス・クインビー
メリー・ベーカー・エディ

ニューソート運動は、クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディ(1821-1910)に学び、多くの人にその理論とテクニックを教えたエマ・カーティス・ホプキンス英語版(1849-1925)が創始者とされる[1]。エディとクリスチャン・サイエンス、メスメリスト(催眠治療家)・心理療法家のフィニアス・クインビーと彼の弟子たち、ニューイングランドのマインド・キュア運動、メンタル・ヒーリングを実践する様々な独立したグループや個人などが前身または先駆とされている[1][5]。源流として、新教のカルヴァンに火刑にされた16世紀の神学者・医者・人文主義者セルヴェトゥス(ミシェル・セルヴェ)や、17 - 18世紀の科学者・神学者・神秘家エマニュエル・スウェデンボルグを認める向きもある[4][6]

当時、禁欲・宿命論を説くカルヴァン主義が盛り上がっており(第三次大覚醒)、ニューソートはこれに対する反発として生まれた。19世紀後半のアメリカは、工業化の進展により「金ぴか時代」と呼ばれる好景気が到来し、一方カルヴァン主義的禁欲主義は、金ぴか時代の拝金主義を激しく批判していた[7]。スウェデンボルグの思想は、カルヴァン主義的禁欲主義へのアンチテーゼとして支持を集めるようになり、これがニューソートへと拡大・発展していった[8]。また、依然として問題の多かった正統医学への拒否反応も背景にあると言われる[6]

クインビーは、患者の心の在り様が病に影響しており、病気の本質は患者が持つ誤った信念であり、信念を正せば病気が治ると考えた[9]。人間には顕在意識と潜在意識があり、「神に選ばれなかった人類の大半が地獄に落ちる」といった正統派キリスト教が植え付けた恐怖心が人間の潜在意識に入り込み、それが凝り固まったものが腫瘍になるのであり、恐怖心から解放されれば腫瘍も消えると考えたのである[8]。彼の思想は明らかにスウェデンボルグの思想の延長線上にある[7]。ニューソート運動では、心や思考の性向が健康や経済状態として表れる(思いは現実になる)と考え、潜在意識や思考を変えることで現実を直接的に変えようと試みる。

この運動は元々、マインド・キュア(精神療法)やメンタル・サイエンス(心の科学)などの名前で知られていた。マインド・キュアは、19世紀後半にニューイングランドで始まり、1880年代にニューイングランド全体に広がった。哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズは、マインド・キュア運動の最も特徴的な点は、より直接的なインスピレーション(直観霊感)を重視することであり、この信仰の指導者たちは、健全な精神状態の持つ万能の力を直感的に信じ、勇気、希望、信頼の持つ圧倒的な有効性を信じ、疑惑、恐れ、心配、そしてネガティブな精神状態のすべてと関連するものを蔑視してきたと述べている[10]ポジティブ・シンキング自己啓発(セルフ・ヘルプ)、代替医療、信仰療法、心霊主義ロマン主義超絶主義フェミニズムユートピア主義などが非論理的に合体した、複雑な信仰体系であり、論理的に一貫性のある教義とは言い難い[6]。クリスチャン・サイエンス、神智学心霊主義(スピリチュアリズム)などを含む「メタフィジカル」の伝統と呼ばれる広義の運動の中で、最大のものである[1]

ニューソートは、聖書の内容を従来とは違う立場から解釈しようとするもので、「人間の意識は宇宙と繋がっている」と考え、その根拠を聖書に求めるのが主流である[11]。その主張には、「そもそも『原罪』は存在せず、あらゆる人々がキリストの力を内包している」、「正統的宗教哲学は数百年間過ちを犯し続けてきた」といったものが含まれていた。その教えを異端視する者がいる一方、従来の禁欲的キリスト教思想に疑問を抱いていた思想家、労働者、零細農場や工場の経営者らは触発された[9]

1916年に宣言された国際ニューソート同盟英語版の設立理念では、「至高の存在の無限性、人間の神性、そして建設的思考の創造力と、インスピレーション・パワー・健康・成功の源である内なる存在の声に従うことを通し、人間の無限の可能性を教えること」と記されている[5]。多くのグループは基本原則に合意していたものの、心と物質の関係については異なる考えを持っていた[5]。ニューソートのグループは、物質をコントロールする上で心が最も重要な役割を果たすと信じていたが、クリスチャン・サイエンスは、絶対的観念論の立場であり、物質の存在を完全に否定している[5]。とはいえ、ニューソートの各グループは、楽観主義、そして人間の神性化という信念において一致していた[5]。健康な心と体は、人間と神の一体性を認識することによって達成されると考えられた[5]。女性に重要な役割を与え、女性の霊性を称揚した[5]

マーチン・A・ラーソンはニューソートの主張を以下のように要約する[12]

  • 人間の心情と意識と生命は宇宙と直結している。
  • あらゆる病の本質は自己意識に対する無知が原因である。
  • 原罪は存在せず、万人が「キリスト」の力を内包している。
  • 全人類に喜びと成長と発展と幸福の機会が既に与えられている。
  • 人間は内なる「神」の一部を顕現すべく無限の発展を遂げつつある。
  • 正統的宗教哲学は数百年間過ちを犯し続けてきた。
  • 愛の力は神の意志の地上的表現である。

生長の家」の創設者谷口雅春光明思想と訳しているように、気持ちを明るく前向きに積極的に保つことで運命が開けるというポジティブ・シンキング(積極思考、引き寄せの法則)や、ディヴァイン・サイエンス教会英語版の牧師ジョセフ・マーフィーの成功法則(日本でも著作がベストセラーになっている)などもニューソートの一環であり、いわゆる成功哲学の面がある。

「神は(人格神ではなく)霊的な存在で、宇宙の全てを満たしており、人間もモノもその一部である」というニューソートの神学思想には、大衆化しやすい面があり、想像力を付け加えて世俗的な解釈がなされ、「宇宙に存在するすべてのものはエーテル状(目に見えない微粒子状)の原質(物を構成する根本となるもの)からなり、人間が思考をもってそのエーテルに働きかければ、それがモノに変化して引き寄せられてくる」という考えに転じ、さらに「人間がより良い状況を思い描くことによって、望み通りの状況を引き寄せることができる」という自己啓発思想が生まれた[13]。人間の人生が自分の考え次第で自由に変えられると信じるなら、成功するのも苦しい状況に陥るのも全く当人の自己責任ということになる[13]。このような自己啓発思想の「ポジティブ志向」「自己責任」の側面は、アメリカ人のメンタリティによく合致した[13]。こうしたニューソートの教義に対しては、「『自分自身が救世主になれ、他人にそれを頼むな』だ。これこそアメリカの独立精神ではないか」という辛口の批評もある[5]

アン・スタイルズは、ニューソートの魔術的思考バラ色の回想英語版(過去を美化する認知バイアスの一種)は、今も我々と共にあると述べている[14]

ニューソートと様々なサブグループは、その歴史の長さとアメリカ文化への広い影響にもかかわらず、学術研究のテーマになることは少ない[1]

運動への影響

ラルフ・ウォルド・エマーソン

エマ・カーティス・ホプキンスに学んだマインド・キュア運動の活動家たちは、クリスチャン・サイエンスがどのように効果を発揮するのかについて考察を深め、超絶主義者の著作、特にラルフ・ウォルド・エマーソンの著作に答えを見つけた[15]ユニテリアンの家庭出身のエマーソンは、スウェデンボルグの思想を高く評価していた。彼の超絶主義は、人間は万物の中に神性を見い出す力を持ち、個人の内に神的存在が内在する神秘的な存在であると考え、内なる神性と一体化することの重要性を説くものである。心が健康に及ぼす影響を示したメスメルの仕事と、エマーソンの霊的・精神的な教えが、マインド・キュアにおいて合体した[16]。エマーソンの超絶主義哲学を取り入れて、メンタル・ヒーリングの霊的な根拠を示すことで、運動が深化し、19世紀のニューイングランドでは、様々な組織や個人がメンタル・ヒーリングを行い、方法を教え・学び合うマインド・キュア運動が盛り上がった[16]

ウィリアム・ジェームズは『宗教的経験の諸相』(1902年)で、この「新しい思想(ニューソート)」には様々な宗派があり、それぞれ呼び名があるが、便宜的にこの運動を「マインド・キュア運動」と呼び、単純化して話すと前置きして解説を行った。ジェームズは、アメリカ的で典型的な「健全な心の宗教」「心を治す宗教」であるマインド・キュアがシンクレティシズムであることを指摘し、その教義の源として、キリスト教の4つの福音書、エマーソンの思想をはじめとするニューイングランドの超絶主義哲学、ジョージ・バークリー理想主義的哲学(主観的理想主義英語版)、「法則」「進歩」「発展」のメッセージを掲げる心霊主義、大衆の楽観的科学進化論があり、ヒンドゥー教が影響を与えていると分析している[10]。ヒンドゥー教では特にヴェーダーンタが重要だった[1]。また、19世紀後半のヘーゲル協会や、宗教の世俗化(衰退)も関連している[1]


注釈

  1. ^ メスメリズムフランツ・アントン・メスメルに始まる治療法で、催眠術のもとになった。
  2. ^ チャネリング」と呼ばれるシャーマン的な入神行為によってもたらされる大いなる存在・高次の自己からの「啓示」を中心とする神秘主義思想・宗教的潮流。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k New Thought Movement”. Encyclopedia. 2022年7月23日閲覧。
  2. ^ a b c 川上恒雄 著『「ビジネス書」と日本人』 PHP研究所、2012年
  3. ^ 「成功哲学」の元祖フィニアス・クインビー【前編】―スピリチュアル史解説[コラム] 伊泉龍一 マイナビニュース
  4. ^ a b 宗教と科学について-ニューエイジ批判を通しての一考察- 渋沢光紀 日蓮宗 現代宗教研究所
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r PHILIP JENKINS. “New Thought”. patheos. 2022年7月23日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i Jessica Straley. “Children’s Literature and the Rise of ‘Mind Cure’: Positive Thinking and Pseudo-Science at the Fin de Siècle by Anne Stiles (review)”. Project MUSE. 2022年7月24日閲覧。
  7. ^ a b 尾崎 2016, p. 71.
  8. ^ a b c 尾崎 2016, p. 72.
  9. ^ a b 漆原直行 著 『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』 マイナビ、2012年
  10. ^ a b c MAUREEN BYRNE (1999年8月7日). “New Thought opens mind to the God living inside us”. Tampa Bay Times. 2022年7月19日閲覧。
  11. ^ 羽仁礼 著 『超常現象大事典』 成甲書房、2001年
  12. ^ ラーソン(1990)
  13. ^ a b c 尾崎 2016, pp. 74–75.
  14. ^ a b c d e f Alexandra Valint. “Children's Literature and the Rise of 'Mind Cure': Positive Thinking and Pseudo-Science at the Fin de Siècle by Anne Stiles (review)”. Project MUSE. 2022年7月24日閲覧。
  15. ^ a b c d e f g h Background of New Thought: Mind Cure”. Truth Unity. 2022年7月19日閲覧。
  16. ^ a b c d e f New Thought Pioneers: Warren Felt Evans”. Truth Unity. 2022年7月19日閲覧。
  17. ^ a b c Donald F. Duclow. “New Thought Pioneers: Warren Felt Evans”. ResearchGate. 2022年7月20日閲覧。
  18. ^ Emma Kate Sutton (2012年). “Interpreting "Mind-Cure": William James and the "chief task…of the science of human nature"”. PubMed. 2022年7月20日閲覧。
  19. ^ a b c d e 吉永進一「民間精神療法書誌(明治・大正編)」、「心理主義時代における宗教と心理療法の内在的関係に関する宗教哲学的考察」研究代表者 岩田文昭 (大阪教育大学教育学部助教授)平成13〜平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1))研究成果報告書 平成16年3月
  20. ^ 町山智浩『アメリカは今日もステロイドを打つ USAスポーツ狂騒曲』〈集英社〉2009年2月。 
  21. ^ 速水健朗自分探しが止まらない』ソフトバンククリエイティブ〈ソフトバンク新書 064〉、2008年2月。ISBN 978-4-7973-4499-8http://www.sbcr.jp/products/4797344998.html 
  22. ^ 尾崎 2016, p. 78.
  23. ^ a b 尾崎 2016, pp. 77–78.
  24. ^ 船井幸雄『人間のあり方 われわれの本質は宇宙意志と一体、希望を持って生きよう』 1998年、PHP研究所
  25. ^ 尾崎 2016, p. 77.


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