ニホンザル 人間との関係

ニホンザル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 05:37 UTC 版)

人間との関係

後述するように猿を神として祀る信仰が存在する一方で、狩猟対象として肉を食用とする風習が一部の地方には存在した。詳しくは猿食文化を参照。

1952年京都大学によって幸島で生態研究を目的とした餌付けが行われた[9]ほか、後述する天然記念物のうち幸島、高崎山臥牛山箕面山、下北半島でも餌付けが行われた。天然記念物非指定の地域も含めて1970年代までに最盛期には日本で30箇所の計画的な餌付けによる野猿公苑が本州以南に設置されたが、その後減少に転じて1989年時点では17箇所となっていた[16]。それ以外にも、モラルを欠いた観光客によって餌付けされる例がある。餌付けによる個体数増加に伴い、周辺地域での人間に対する直接的な被害も含めた猿害も発生しており、給餌量制限が実施されることもある[9]

また、本種は重要な農業害獣である。1947年以降の狩猟獣からの除外、農村の衰退などにより本種が人間の居住域にも進出するようになった結果、農作物の被害(猿害)が主に1970年代から増加している[8]。シカやイノシシの侵入を防止する通常の柵は登って越えてしまううえ、爆音機やかかしなどの威嚇手段は実害がないことを即座に見抜いてしまう。そのためニホンザル対策には有刺鉄板を柵に取り付ける、電気柵を設置する[9]など相応の工夫が必要であり、高額な対策費を要する。しかし、周囲の木などから飛び降りる、通電していない部位や漏電箇所を伝って柵を越える、などの手段で突破されることも珍しくない。さらにシカ・イノシシと異なり常に十数匹~数十匹の群れで行動すること、農作物の最も食味の良い箇所や最も柔らかい箇所のみを食べて残りの可食部は捨てて食い散らかすこと、収穫期前の農作物を食害する際には手当たり次第に一口のみ齧って熟したものを探し回ることから、農作物に対して甚大な被害をもたらし、摂食量以上の被害額が発生する。昼行性であるため農作物を荒らしている最中の姿を目にしやすいが、本種を追い払おうとすると逆に本種から威嚇や攻撃をされる危険性がある。

2019年の農業被害額は約9億円で、シカとイノシシに次ぐ第三位であるが、被害面積当たりの被害額では第一位である[17]。木登りが得意であることから、土壌に植えられている野菜類のみならず樹上の果実も大規模な食害を受ける[18]。また、食物の乏しい冬季には樹皮を食料とする習性があるため、果樹は果実のみならず樹皮を丸ごと剥がされる被害も発生する。

ニホンザルによる食害の特徴として、農作物への単純な経済損失以上の被害が発生する点が挙げられる。これは前述の摂食習性に加え、畑の外へ農作物を持ち出して摂食行動をとることもあるためである。そのためニホンザルの被害を受けると畑とその周辺に食べ残しの農作物が大量に散乱するという惨状を呈する。 食い散らかされた農作物を目にする農業従事者の精神的苦痛も大きいうえ、可食部が残っている農作物の廃棄にも手間と費用がかかる。また、食べ残しの処理が遅れると、腐敗して悪臭や害虫の発生源となる、家屋の屋根を汚損する、他の害獣を誘引する、などの二次的被害も発生する。

サル対策として、学習能力の高さを利用して山の奥地へ追いやる方法がある(追い上げ)。これはソフトエアガンやスリングショットなどによる非致死的攻撃、またはロケット花火や猟犬などによる威嚇によって追い払い、人間の居住域は危険であると刷り込むことであり、一定程度の効果を上げている。しかしながら地形条件やニホンザルの個体数によっては追い上げを選択できないこともある。

上述の通り甚大な被害をもたらすことから有害鳥獣として駆除されることもあり[9]1996年における駆除数は約10,000頭と推定されている[8]が、個体数は増加の一方である。

人間との接触を通して、素手の人間は有効な攻撃手段を持たないことを学習した個体による咬害や所持品の強奪、家屋への侵入といった猿害も発生しており、もはや農業害獣の範疇に留まらなくなっている。知能の高い本種は人間に対する観察眼も鋭く、力の弱い女性・子供・老人に対しては特に攻撃的となる傾向がある[19]神奈川県小田原市では「H群」と呼ばれる個体群によって農業被害、家屋侵入などの生活被害、さらには人間に対する身体的被害が続いており、2021年5月には全頭駆除の方針が下された[20]

種の保存の観点からは、広葉樹林林伐採や針葉樹植林による生息地の破壊、害獣駆除による影響[8]のほか、近縁外来種による遺伝子汚染が懸念されている。和歌山県で観光施設から脱走した個体に由来するタイワンザルが数十年にわたって定着(1970年代には確認されている)し、1998年には中津村(現:日高川町)で赤血球酵素の電気泳動法やミトコンドリアDNA塩基配列などによる検査から本種との交雑個体が確認された[21]。青森県でも1950年代から1971年までは十和田市・以降は野辺地町で放獣されていたタイワンザルの飼育個体(2004年に全頭除去)の中に大間町で発信機をつけて放獣された本種のオスがいることが判明し、同様の検査により2頭(うち1頭は母親が交雑個体だったとされる)の交雑個体が発見されている[22]。房総半島では1995年に館山市や白浜町(現:南房総市)でマカク類の群れが発見され、2003年にはミトコンドリアDNAの分子系統推定からこれらがアカゲザルであるということが判明し、2002 - 2004年にかけて分子系統解析から館山市・白浜町・市川市で計9頭の本種とアカゲザルとの交雑個体が確認された[23]。このうち8頭は館山市・南房総市で発見されたためアカゲザルの集団に本種のオスが加わったことでアカゲザルのメスが産んだ個体だと考えられているが、2004年に市川市で発見された個体は本種のメスが産んだ交雑個体であることが示唆されている[23]高宕山自然動物園で2016年に行われた164頭の全頭調査では、57頭が交雑個体という解析結果が得られた[24]。 1977年に霊長目単位で、ワシントン附属書IIに掲載されている[2]。日本では1934年幸島宮崎県串間市)が「幸島サル生息地」、1953年に高崎山が「高崎山のサル生息地」、1956年に臥牛山、高宕山を中心にした丘陵、箕面山がそれぞれ「臥牛山のサル生息地」「高宕山のサル生息地」、「箕面山のサル生息地」、1970年に下北半島北西部および南西部の個体群およびその生息地が「下北半島のサルおよびサル生息地」として国の天然記念物に指定されている[9]

M. f. fuscata ホンドザル
LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))[3]
北奥羽・北上山系のホンドザル
1947年に禁猟となるまでの乱獲によって東北地方の個体群は激減し、1998年までは「東北地方のホンドザル」としてレッドリストに掲載されていた[25]。東北地方の個体群は分布が拡大・生息数は回復傾向にあるが、北上山系の五葉山に小規模な隔離個体群が存在し、奥羽山脈北部でも現状が不明な群れが存在するとされる[25]。森林伐採、スギやカラマツといった針葉樹の植林、ニホンジカによる植生の改変による影響が懸念されている[25]。五葉山およびその南側の準平原は県立自然公園に指定されている[25]。五葉山での2008年における生息数は群れ4つで73頭とされる[25]
絶滅のおそれのある地域個体群環境省レッドリスト[25]
金華山のホンドザル
ニホンジカによる植生の改変による影響が懸念されている[25]。生息地は三陸復興国立公園に指定されている。1967年における生息数は群れ1つで約70頭、1983年における生息数は群れ5つで270頭(1983 - 1984年の冬季に約180頭まで減少)、1994年における生息数は群れ6つで約300匹、2003 - 2005年における生息数は156頭、2007年における生息数は群れにいない個体も含めて259頭と推定されている[25]
絶滅のおそれのある地域個体群環境省レッドリスト[25]
M. f. yakui ヤクシマザル
LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))[3]

日本ではマカカ属(マカク属)単位で、特定動物に指定されている(特定外来生物に指定されているアカゲザル・カニクイザル・タイワンザルを除く)[26]


日本のサル学の発祥の地は「高崎山自然動物園」のある高崎山(大分県大分市)ともいわれる[27][注 1]


注釈

  1. ^ 高崎山については「高崎山のサル」(伊谷純一郎 1954, ISBN 9784062919777 )を参照。
  2. ^ 南方は『南方随筆』の中で旧・和歌山県龍神村で見た例を挙げている[31]

出典

  1. ^ Appendices I, II and III (valid from 26 November 2019)<https://cites.org/eng> (downroad 15/04/2020)
  2. ^ a b UNEP (2020). Macaca fuscata. The Species+ Website. Nairobi, Kenya. Compiled by UNEP-WCMC, Cambridge, UK. Available at: www.speciesplus.net. (downroad 15/04/2020)
  3. ^ a b c Watanabe, K. & Tokita, K. 2008. Macaca fuscata. The IUCN Red List of Threatened Species 2008: e.T12552A3355997. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2008.RLTS.T12552A3355997.en. Downloaded on 15 April 2020.
    Watanabe, K. 2008. Macaca fuscata fuscata. The IUCN Red List of Threatened Species 2008: e.T39909A10282194. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2008.RLTS.T39909A10282194.en. Downloaded on 15 April 2020.
    Watanabe, K. 2008. Macaca fuscata yakui. The IUCN Red List of Threatened Species 2008: e.T12565A3360100. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2008.RLTS.T12565A3360100.en. Downloaded on 15 April 2020.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 石井信夫 「ニホンザル」『日本の哺乳類【改訂2版】』阿部永監修、東海大学出版会、2008年、66-67頁。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah 相見満、高畑由起夫「シリーズ 日本の哺乳類 各論編 日本の哺乳類18 ニホンザル」『哺乳類科学』第33巻 2号、日本哺乳類学会、1994年、141-157頁。
  6. ^ a b c d e f g h i 岩本光雄「サルの分類名(その1:マカク)」『霊長類研究』第1巻 1号、日本霊長類学会、1987年、45-54頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m 上原重男 「ニホンザル」『動物大百科 3 霊長類』伊谷純一郎監修 D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、98-105頁。
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 渡邊邦夫 「ニホンザル」『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著、講談社、2000年、139頁。
  9. ^ a b c d e f 加藤陸奥雄、沼田眞、渡辺景隆、畑正憲監修 『日本の天然記念物』、講談社、1995年、716-720頁。
  10. ^ a b c 相見満「最古のニホンザル化石」『哺乳類科学』第18巻 2号、日本哺乳類学会、2002年、239-245頁。
  11. ^ サルが魚食、写真公開 上高地、信大など研究班 共同通信”. 2022年1月20日閲覧。
  12. ^ 飯田知彦「クマタカによるニホンザルの捕食」『日本鳥学会誌』第47巻第3号、日本鳥学会、1999年、125-127頁、doi:10.3838/jjo.47.125ISSN 0913400XNAID 10002156117 
  13. ^ “ニホンザル、ライチョウ捕食の瞬間 研究者が初めて確認”. 朝日新聞デジタル. (2015年8月31日). オリジナルの2016年5月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160506053807/http://www.asahi.com/articles/ASH804WG7H80UOOB00F.html 2015年9月1日閲覧。 [出典無効][リンク切れ]
  14. ^ 相見満、高畑由起夫「シリーズ 日本の哺乳類 各論編 日本の哺乳類18 ニホンザル」『哺乳類科学』第33巻 2号、日本哺乳類学会、1994年、p.149
  15. ^ a b 島泰三『魚食の人類史 出アフリカから日本列島へ』NHK出版、2020年、pp.21 - 22(渡邊邦夫の"Fish:A new addition to the diet of Koshima monkeys"『Folima Primatol』vol.52、1989年、pp.124-131からの引用)
  16. ^ 和田一雄「ニホンザルの餌付け論序説—志賀高原地獄谷野猿公苑を中心に」(PDF)『哺乳類科学』第29巻第1号、日本哺乳類学会、1989年、1-16頁。 
  17. ^ 野生鳥獣による農作物被害の推移(鳥獣種類別)”. 農林水産省. 2021年11月3日閲覧。
  18. ^ 野生鳥獣による農作物被害状況(令和元年度)”. 農林水産省. 2021年11月3日閲覧。
  19. ^ 兵庫県におけるニホンザル地域個体群の管理手法)”. 兵庫県森林動物研究センター. 2021年11月3日閲覧。
  20. ^ ニホンザル(H群)の全頭捕獲について”. 神奈川県小田原市. 2021年11月3日閲覧。
  21. ^ 川本芳、白井啓、荒木伸一、前野恭子 「和歌山県におけるニホンザルとタイワンザルの混血の事例」『霊長類研究』第15巻 1号、日本霊長類学会、1999年、53-59頁。
  22. ^ 川本芳、川本咲江、川合静 「下北半島におけるタイワンザルとニホンザルの交雑」『霊長類研究』第21巻 1号、日本霊長類学会、2005年、11-18頁。
  23. ^ a b 川本芳・萩原光・相澤敬吾 「房総半島におけるニホンザルとアカゲザルの交雑」『霊長類研究』第20巻 2号、日本霊長類学会、2004年、89-95頁。
  24. ^ 川本芳、川本咲江、濱田穣、山川央、直井洋司、萩原光、白鳥大祐、白井啓、杉浦義文、郷康広、辰本将司、栫裕永、羽山伸一、丸橋珠樹「千葉県房総半島の高宕山自然動物園でのアカゲザル交雑と天然記念物指定地域への交雑拡大の懸念」『霊長類研究』第33巻 2号、日本霊長類学会、2017年、67-67頁。
  25. ^ a b c d e f g h i 石井信夫 「北奥羽・北上山系のホンドザル」「金華山のホンドザル」『レッドデータブック2014 -日本の絶滅のおそれのある野生動物-1 哺乳類』環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室編、株式会社ぎょうせい2014年、103-105頁。
  26. ^ 特定動物リスト (動物の愛護と適切な管理)環境省・2020年4月15日に利用)
  27. ^ 「ボス猿」の呼称やめて「αオス」に 大分・高崎山 2004年2月17日 朝日新聞。[出典無効]
  28. ^ 新デザインの普通切手の発行”. 2023年1月31日閲覧。
  29. ^ a b c d e 南方熊楠. “十二支考 猴に関する伝説”. 青空文庫. 2019年3月18日閲覧。
  30. ^ 『広辞苑 第5版』 岩波書店。「得手」
  31. ^ 南方随筆 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  32. ^ a b c d e f g h 中村禎里『日本動物民俗誌』 海鳴社、1987年。 9-14ページ
  33. ^ 『広辞苑 第5版』 岩波書店。「猿回し」
  34. ^ 中村民彦. “東北地方の厩猿信仰”. 2015年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月18日閲覧。, 中村民彦. “牛馬の守護神 -厩猿信仰-”. 2015年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月18日閲覧。
  35. ^ a b c 柳田國男『山島民譚集』 1914年。






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