ツゲ 文化

ツゲ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/19 14:52 UTC 版)

文化

日本人とツゲの利用

庭木によく利用される[18]。成長に時間が掛かるツゲの材木は、木目が細かく最も緻密でかたく[17]道管が均一に分布する散孔材で、加工後の狂いが生じにくい[4][6][5]。乾燥後の比重は0.8で硬く、黄色みを帯びて美しい[4][6][5]

こうした特徴により、古来、細工物の材料として親しまれ、印章将棋の駒版木そろばんの珠、三味線バチ、彫刻、ブローチなどの装身具家具指物下駄などに用いられてきた[4][6][5][28][13]。現代ではツゲ材の将棋の駒は高級品であり、工芸品・美術品としての価値があるとみなされている[36]。特に、堅く誤差の少なさが要求されるような物に適している[5]。一般の印材字母印材、彫刻材としてもっとも優秀である[37]。製図機、測量用具などの重要な部材でもあり[37][38]、かつては義歯にも使用された[37][38]版画の台木はサクラ材が主だが、人物の頭髪のような繊細な彫刻を必要とする部分のみツゲ材を埋め込んで使用することもある[37][38]。かつて浮世絵の版木などにも用いられた[17]。とりわけ日本で重用されたのがである[5][4]。ツゲ製の櫛は藤原京平城京跡からたびたび出土している[5]

シャムツゲ

将棋の駒など細工品の用途では、材が淡黄褐色かつ緻密でツゲに似るタイ産のアカネ科クチナシ属のプッド[注 7] Gardenia collinsiae(Wikispecies)[39]を「シャムツゲ」と称し、安価な代用品として輸入されてきた[6]。しかしシャムツゲの品質は著しく劣る[6][40]。現代では、特に関東以東ではシャムツゲが大半を占めているとされていたが、公正取引委員会は「ツゲ」ではないものを「ツゲ」と表示することに対して是正を求め、「外国産アカネ」と表示されることになった[40]

文学

万葉集新古今和歌集ではツゲを詠んだ和歌がいくつか登場するが、詠まれているツゲは植物そのものを指すのではなく、櫛、そして櫛の所有者である女性への恋慕の情を表現するために用いられている[4][5]

万葉集 第9巻(1777) 詠み人:播磨娘子
  • 君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる 黄楊の小櫛も 取らむとも思はず
(大意)あなたがいないのに、櫛をとって着飾る気持ちになれません。
万葉集 第13巻(3295) (※長歌の一部抜粋) 詠み人知らず
  • か黒き髪に 真木綿以ち あざさ結ひ垂れ 大和の 黄楊の小櫛を 抑え挿す 刺細の子 それそわが妻
(大意)黒髪にあざさの花と大和産の櫛を挿している可愛い娘が私の妻なのです。
新古今和歌集(1036) 詠み人:式子内親王
  • わが恋は 知る人もなし せく床の なみだもらすな つげの小まくら
(大意)恋の悲しみに人知れず涙を流していることを、他人に告げないでくれ、黄楊の枕よ - 「ツゲ」と「告げる」の掛詞

俳諧では「つげ」「つげの花」は春の季語である[4]

  • つげの花 ふたつ寄りそい 流れくる - 中村草田男
  • 大虻に 蹴られてちりぬ 黄楊の花 - 小野蕪子
  • 閑かさに ひとりこぼれぬ 黄楊の花 - 阿波野青畝

ツゲの花の花言葉は「禁欲」「淡白」[4]

ツゲにまつわる風習

日本では、特に鹿児島・薩摩地方や御蔵島産のツゲが有名である[6][5][41][42]。鹿児島の旧習では、女の子が生まれるとツゲの木を植える[4]。娘が年頃になる頃には、ツゲの木も成長しており、ツゲの木を切って売り、嫁入り道具を揃える[4]。このため「嫁を探すならツゲの木を探せ」という言い回しがある[4]。また、「薩摩つげ櫛」は、鹿児島県の伝統工芸品[注 8]に指定されている[42][43]。高級品とされるツゲ櫛は、使うほど艶が出るといわれ、昔は母から娘へと受け継がれた[19]

西洋のツゲと文化

西洋ではチェスの駒(白)に用いられた。黒は黒檀を使った。(写真の黒駒は模造品)

ヨーロッパのツゲはふつうセイヨウツゲを指す。西洋では古来、ツゲは葬礼と関わりがあり、墓地にツゲの木を植える[4]。葬儀では棺と一緒にツゲの枝を埋葬する[4]ワーズワースは19世紀のイングランド北部の葬儀の様子を伝えており、葬儀の参列者は1本づつツゲの枝を持ち、墓穴に投げ入れるという風習があった[4]

一方、日本と同じように、ツゲは細工物、彫刻などに使われ、古代ギリシャではピュクシス(化粧箱)がつくられた。印章にも用いられたほか、チェスの駒、弦楽器、バグパイプなどに利用された[44]。現代では、こうした西洋楽器の修理・修復にも日本のツゲが用いられている[45]


注釈

  1. ^ サワフタギとは異なる
  2. ^ ウツギとは異なる
  3. ^ クサギの一種とは異なる
  4. ^ イラクサ科の一種とは異なる
  5. ^ イボタノキ属の一種とは異なる
  6. ^ Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)」では、変種 var. sinicaと、「環境省第4次レッドリスト(2012) 【植物I(維管束植物)】」では 別種 Buxus sinca var. sincaとしている。
  7. ^ この呼称は熱帯植物研究会 編『熱帯植物要覧』(第4版)養賢堂、1996年、421頁。ISBN 4-924395-03-X による。現代のタイ語では พุดผา /pʰút.pʰǎː/ プット・パー と呼ぶ。
  8. ^ 法律で定める国指定伝統的工芸品とは異なり、県が独自に指定したものである。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k 日本維管束植物目録, p. 100
  2. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Buxus microphylla Siebold et Zucc. var. japonica (Müll.Arg. ex Miq.) Rehder et E.H.Wilson ツゲ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年12月25日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g H. Ohba 「Buxus microphylla ツゲ, アサマツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj 図説 花と樹の大事典, p. 286
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af 朝日百科 植物の世界 4巻, pp. 66–68
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 世界有用植物事典, pp. 182–183
  7. ^ 『リーダーズ英和辞典』,研究社,2013,第3版第3刷,ISBN 9784767414324 C0852,p283-284
  8. ^ Online Etymology Dictionary box2015年4月24日閲覧。
  9. ^ a b c d 環境省 第4次レッドリスト 維管束植物2015年4月25日閲覧。
  10. ^ The Royal Botanic Gardens, Kew and The Missouri Botanical GardenBuxus microphylla」『The Plant List』(2015年5月7日閲覧)
  11. ^ a b H. Ohba 「Buxus microphylla ヒメツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  12. ^ 永益英俊 「ツゲ」『週間朝日百科 植物の世界39 ツゲ・モチノキ・ニシキギ』岩槻邦男ら監修、朝日新聞社、1995年、4-66頁。
  13. ^ a b c d e f g h 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 130.
  14. ^ a b c d e 農林水産・食品産業技術振興協会 日本の特別天然記念物 古処山ツゲ原始林 2015年4月25日閲覧。
  15. ^ 福岡県自然環境課 福岡県の希少野生生物2015年4月25日閲覧。
  16. ^ 福岡県レッドデータブック2011 維管束植物2015年4月25日閲覧。
  17. ^ a b c d e f 西田尚道監修 学習研究社編 2009, p. 48.
  18. ^ a b c d e f g h 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 221.
  19. ^ a b c d 田中潔 2011, p. 36.
  20. ^ H. Ohba 「Buxus microphylla var. insularis チョオセンヒメツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  21. ^ H. Ohba 「Buxus microphylla var. kitashimae ミクラツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  22. ^ H. Ohba 「Buxus microphylla var. riparia コツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  23. ^ H. Ohba 「Buxus microphylla var. sinica タイワンアサマツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  24. ^ H. Ohba 「Buxus liukiuensis オキナワツゲ」『Flora of Japan Database(日本植物誌データベース)』(2015年5月7日閲覧)
  25. ^ a b 国指定文化財等データベース - 「古処山ツゲ原始林」で検索し、指定当時の解説を参照
  26. ^ a b c d e 尼川大録 「古処山ツゲ原始林」 『日本の天然記念物』 加藤陸奥雄沼田眞・渡部景隆・畑正憲監修、講談社、1995年、339頁、ISBN 4-06-180589-4
  27. ^ a b c d 嘉麻市産業振興課 嘉麻市観光まちづくり協議会事務局 古処山ツゲの原始林 2015年4月25日閲覧。
  28. ^ a b 朝倉市 教育部 文化課 古処山ツゲ原始林 2015年4月25日閲覧。
  29. ^ 国指定文化財等データベース - 「黄柳野ツゲ自生地」で検索し、指定当時の解説を参照
  30. ^ 新城市 教育委員会 設楽原歴史資料館 黄柳野つげ自生地2015年4月25日閲覧。
  31. ^ 新城市 教育委員会黄柳野つげ自生地2015年4月25日閲覧。
  32. ^ a b c d 倉内一二 「黄柳野ツゲ自生地」 『日本の天然記念物』 加藤陸奥雄沼田眞・渡部景隆・畑正憲監修、講談社、1995年、339頁、ISBN 4-06-180589-4
  33. ^ 山形県植物群落・植物個体群立地調査一覧 - 表・図中の144番
  34. ^ a b c 小林川ツゲ植物群落保護林 - 東北森林管理局
  35. ^ 日本のレッドデータ検索 2015年4月26日閲覧 - 必ずしも最新の状態に更新されているわけではないので注意。
  36. ^ 山形県将棋駒協同組合 将棋駒のあれこれ2015年4月24日閲覧。
  37. ^ a b c d 資源植物事典(増補改訂版), pp. 456–457
  38. ^ a b c 原色木材大事典170種, p. 132
  39. ^ 世界有用植物事典, pp. 474
  40. ^ a b 日本森林技術協会(JAFTA) 薩摩つげをめぐるある事件(3)2015年4月24日閲覧。
  41. ^ 日本森林技術協会(JAFTA) 薩摩つげをめぐるある事件(1)2015年4月24日閲覧。
  42. ^ a b 薩摩つげ櫛指宿市考古博物館公式サイト)2015年4月24日閲覧。
  43. ^ 鹿児島県庁 伝統工芸品 薩摩つげ櫛 2015年4月24日閲覧。
  44. ^ Joshua Dickson (2009年10月9日). The Highland bagpipe: music, history, tradition. Ashgate Publishing, Ltd.. pp. 50–. ISBN 978-0-7546-6669-1. https://books.google.co.jp/books?id=JOfk2YpundEC&pg=PA50&redir_esc=y&hl=ja 2015年4月24日閲覧。 
  45. ^ a b 日本森林技術協会(JAFTA) 薩摩つげをめぐるある事件(4)2015年4月24日閲覧。
  46. ^ オックスフォード 植物学辞典, p. 280
  47. ^ 日本森林技術協会(JAFTA) 薩摩つげをめぐるある事件(2)2015年4月24日閲覧。
  48. ^ a b c 世界有用植物事典, pp. 549





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