セクレタリアト セクレタリアトの概要

セクレタリアト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/08/04 16:57 UTC 版)

セクレタリアト
英字表記 Secretariat
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1970年3月30日
死没 1989年10月4日
ボールドルーラー
サムシングロイヤル
母の父 プリンスキロ
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 メドウ・ステーブル
馬主 メドウ・ステーブル
調教師 ルシアン・ローリン
競走成績
生涯成績 21戦16勝
獲得賞金 131万6808ドル
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出自

セクレタリアトは、アメリカ競馬発祥の地バージニア州で最大級の規模を誇るメドウ・ステーブルで生まれた。名前のセクレタリアトは「事務局」または「書記職」という意味であり、牧場の事務を一手に引き受けたエリザベス・ハムに感謝しつけられたといわれる。

セクレタリアトの母サムシングロイヤルはセクレタリアトの他に名種牡馬サーゲイロード (Sir Gaylord) 、日本へ輸入されホウヨウボーイ等を出したファーストファミリー (First Family) 、他にもシリアンシー (Syrian Sea) 、日本輸入のロイヤルタタン (Royal Tatan) を輩出、出産した18頭中11頭が勝ち上がるという優秀な繁殖牝馬であった。父ボールドルーラーはアメリカのリーディングサイアーを8回に及んだ大種牡馬だが、セクレタリアトが現われるまでアメリカの三冠競走には縁がなかった。

ボールドルーラーのオーナーであるグラディス・フィプスは種牡馬の種付け料として変わった方法を用いた。その方法というのが、種付け料が無料の代わりに生まれた産駒を生産者とフィプスの間で交互に所有し、その順番はコイントスにて決定するという面白い契約だった。セクレタリアトもメドウ・ステーブルの代表者ヘレン・チェナリーとフィプスの間でこの契約が交わされ、1969年サラトガ競馬場で翌年生まれる仔馬をどちらが所有するか勝負した。このコイントスはチェナリーが勝利し、メドウ・ステーブルが所有することになった。

現役時代

2歳時

ルシアン・ローリン調教師のもと鍛えられたセクレタリアトは、7月のアケダクト競馬場で行われたメイドン(未勝利戦)でデビューした。4.1倍の一番人気に押されたもののスタートで出遅れさらに道中でも2度の不利を受けハーブルの4着に敗れてしまい、デビュー戦を飾ることは出来なかった。1週間後同じくアケダクト競馬場で行われたメイドンでは6馬身差の圧勝で初勝利した。セクレタリアトはこの後サンフォードステークス、ホープフルステークス、フューチュリティステークスを含む5連勝を上げた。特にホープフルステークスは当時は2歳最重要レースで、ここも5馬身差で勝利し、マンノウォーの再来、二代目ビッグ・レッドと呼ばれるようになった。7戦目のシャンペンステークスでは出遅れたうえストップザミュージックと接触、結局進路妨害で2着降格したが、ローレルフューチュリティ、ガーデンステートステークスを連勝し、最優秀2歳牡馬とともに2歳にしてアメリカ年度代表馬に輝いた。

3歳時

1月3日、生産・所有者であるクリストファー・チェナリーが死亡したため、チェナリーの遺産管財人はセクレタリアトの売却を決定。19万ドル×32株、総額608万ドル(約18億700万円)のシンジケートが組まれた。これは英三冠馬ニジンスキーが付けた544万ドルを上回るもので、一部からは3歳になったばかりの馬にこの額は異常との声も出た。[要出典]←「ホース・トレーダーズ~アメリカ競馬を変えた男たち~」(スティーヴン・クリスト著 草野純訳 サラブレッド血統センター刊)。またセクレタリアトの重さはこの当時の純金価値よりも高額だった事から、タイム誌の表紙を飾ったときの純金馬というキャッチフレーズになった。しかし実際はその三倍であり、この金額をセクレタリアトの体重で割ると、1オンスが325ドルとなり、当時の純金1オンスの価格(約100ドル)の3倍に当たることから、「ゴールドより高い馬」として大きく報道された。ちなみに、このシンジケートの株購入者の中には、社台グループ吉田善哉も名を連ねていた。

この間暖かいフロリダで過ごし、3月ニューヨークに戻った。ケンタッキーダービーの前哨戦であるウッドメモリアルステークスで3着に敗退するも、それ以外は全勝で、ゴーサムステークスはレコードタイムだった。ケンタッキーダービーは、最後方から徐々に進出し最後の直線で抜け出すと、ノーザンダンサーの持つレコードを0.6秒更新する1分59秒4のレコードでまず一冠を獲得した、このレコードは30年以上経つ現在でもケンタッキーダービーのレコードである。

2冠目のプリークネスステークスも最後方から早め先頭でシャムに2馬身半差をつけ楽勝。タイムは最初1分55秒と発表され、後に1分54秒4と訂正された。当時ピムリコ競馬場の計測器が故障しており、どちらも手動計測値である。さらに、デイリーレーシングフォームは別の手動計測員による1分53秒4のタイムを発表した。レース後従来のレコードタイムを上回っている事が確かめられ、そのため幾つかの成績表では、公式タイムとは別にレコードタイムとなる1分53秒4が載せられている。

2012年6月19日、メリーランド州競馬委員会は最新のビデオ技術による映像などに基づく修正の結果、現在に至るまでの史上最高記録1分53秒0だったと結論付けた。


史上9頭目のアメリカ三冠を達成したベルモントステークスは、セクレタリアトのベストレースで、ベルモントパーク競馬場には6万7千人の観客が詰め掛けていた。レースはセクレタリアトの独擅場となった。珍しく逃げの戦法を取ったセクレタリアトに、前二冠で連続2着となっていた対抗のシャムが唯一ついて行こうとしたが早めに力尽き後退、その他の馬たちもまったく付いていけず、直線入り口ですでに10-20馬身差、ゴールしたときは2着のトワイスアプリンスに31馬身もの差をつけてしまった。タイムは2分24秒0、従来のレコードを2.6秒短縮する大レコードで、30年以上経過した2011年現在でもダート12ハロンの世界レコードである。セクレタリアトの他に2分24秒台を記録した馬はおらず(25秒台もいない、2分26秒台もわずか7頭)、もはや更新不可能といわれることも多い。また、2400m-2分24秒という時計も然ることながら、自らが逃げて作り出した通過ラップタイム(400m:23秒6-800m:46秒2-1200m:1分9秒2-1600m:1分34秒2-2000m:1分59秒)も驚異的である。400mの通過タイムを除き、800m以降の到達タイムは、いまだにベルモントステークスのレコードタイムとなっている。さらにベルモントステークスの2日後、雑誌『タイム』の表紙を飾り特集が組まれた。これにより競馬に興味のない一般層にも名前が知られる事となった。

セクレタリアトはその後も走り続け、熱発等で2度の敗戦を経験するも、ベルモントステークスの次走アーリントン招待ステークスも9馬身差、のレースにも挑戦し、初戦は初代ビッグレッド、マンノウォーを記念したマンノウォーステークスに出走し5馬身差レコード、芝でも変わらない強さを見せ付けた。引退レースでカナダに遠征したカナディアンインターナショナルチャンピオンシップステークスも圧勝し、2歳時に続いて3歳時も年度代表馬に選出された。

競走成績

年月日 競走名 着順 距離 タイム 着差 騎手 1着(2着)馬
1972 07 04 メイドン 4着 ダ1100m 1.05.0 -1 1/4身 P.フェリシアノ Herbull
1972 07 15 メイドン 1着 ダ1200m 1.10.6 6身 P.フェリシアノ (Master Achiever)
1972 07 31 アローワンス 1着 ダ1200m 1.10.8 1 1/2身 R.ターコット (Russ Miron)
1972 08 16 サンフォードS 1着 ダ1200m 1.10.0 3身 R.ターコット (Linda's Chief)
1972 08 26 ホープフルS 1着 ダ1300m 1.16.2 5身 R.ターコット (Flight to Glory)
1972 09 16 フューチュリティS 1着 ダ1300m 1.16.4 1 3/4身 R.ターコット (Stop the Music)
1972 10 14 シャンペンS 2着 ダ1600m 降着 R.ターコット Stop the Music
1972 10 28 ローレルフューチュリティ 1着 ダ1700m 1.42.8 8身 R.ターコット (Stop the Music)
1972 11 18 ガーデンステートS 1着 ダ1700m 1.44.4 3 1/2身 R.ターコット (Angle Light)
1973 03 17 ベイショアS G3 1着 ダ1400m 1.23.2 4 1/2身 R.ターコット (Champagne Charlie)
1973 04 07 ゴーサムS G2 1着 ダ1600m R1.33.4 3身 R.ターコット (Champagne Charlie)
1973 04 21 ウッドメモリアルS G2 3着 ダ1800m 1.49.8 -4身 R.ターコット Angle Light
1973 05 05 ケンタッキーダービー G1 1着 ダ2000m R1.59.4 2 1/2身 R.ターコット Sham
1973 05 19 プリークネスS G1 1着 ダ1900m R1.53.0 2 1/2身 R.ターコット (Sham)
1973 06 09 ベルモントS G1 1着 ダ2400m R2.24.0 31身 R.ターコット (Twice a Prince)
1973 06 30 アーリントン招待S 1着 ダ1800m 1.47.0 9身 R.ターコット (My Gallant)
1973 08 04 ホイットニーH G2 2着 ダ1800m 1.49.2 -1身 R.ターコット Onion
1973 09 15 マールボロC招待H 1着 ダ1800m R1.45.4 3 1/2身 R.ターコット Riva Ridge
1973 09 29 ウッドワードS G1 2着 ダ2400m 2.25.8 -4 1/2身 R.ターコット Prove Out
1973 10 08 マンノウォーS G1 1着 芝2400m R2.24.8 5身 R.ターコット (Tentam)
1973 10 28 カナディアンインターナショナルS G2 1着 芝2600m 2.41.8 6 1/2身 E.メイプル (Big Spruce)
※1 1972年はグレード制導入前。
※2 タイム欄のRはレコード勝ちを示す。

等速ストライド

バテないスタミナや、サラブレッド離れした筋肉とバネのある独特のフォームから繰り出される爆発的な加速力は等速ストライドと呼ばれた。セクレタリアトは競馬場やレース展開によって2種類のストライドを使いこなしていた。(短:7m60cmピムリコ計測、長:8m53cmベルモント計測)通常、サラブレッドのストライドの長さは馬格と関連している。前脚と後脚の間の距離が長いほど、胴が長くなりステイヤーとなり、逆に胴が詰まっている馬はストライドが短くなりスプリンターとなる。セクレタリアトはストライドを自らが自在にコントロールできたので、こうした類型に当てはめることができなかった。レース前の最終追い切りでは、芝・ダート問わず5ハロン56秒台後半〜57秒台を絶えずマークしていた事実を考えてもスプリンターとしてもかなりの好タイムを出す馬であったことは事実であろう。このストライドについて、ニューヨーク競馬協会 (NYRA) のマニュアル・ギルマン博士は「長年、私が見てきたサラブレッドの中でもっとも理に適ったパーフェクトな走法」と評している。






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