ウガンダ ウガンダの概要

ウガンダ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/08/05 12:48 UTC 版)

ウガンダ共和国
Jamhuri ya Uganda(スワヒリ語)
Republic of Uganda(英語)
ウガンダの国旗 Coat of arms of the Republic of Uganda.svg
国旗 国章
国の標語:For God and My Country
(英語: 神と我が国のために)
国歌Oh Uganda, Land of Beauty
ウガンダの位置
公用語 英語スワヒリ語
首都 カンパラ
最大の都市 カンパラ
政府
大統領 ヨウェリ・カグタ・ムセベニ
首相 アママ・ムババジ英語版
面積
総計 236,040km280位
水面積率 15.4%
人口
総計(2013年 34,758,809人(36位
人口密度 147人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 24兆6,475億[1]ウガンダ・シリング
GDP(MER
合計(2008年 145億[1]ドル(109位
GDP(PPP
合計(2008年 369億[1]ドル(80位
1人あたり 1,151[1]ドル
独立
 - 日付
イギリスより
1962年10月9日
通貨 ウガンダ・シリングUGS
時間帯 UTC +3(DST:なし)
ISO 3166-1 UG / UGA
ccTLD .ug
国際電話番号 256 1
註1: ケニアとタンザニアから掛ける場合は、006

ナイル川(白ナイル)の始まるビクトリア湖に接している。旧イギリス植民地。

国名

スワヒリ語での正式名称は、Jamhuri ya Uganda(ジャムフリ・ヤ・ウガンダ)、英語での正式名称は、Republic of Uganda(リパブリック・オブ・ウガンダ或はユガンダ)。通称、Uganda

日本語の表記は、ウガンダ共和国。通称、ウガンダ。漢字表記は宇岸陀

「ウガンダ」の名はブガンダ王国のスワヒリ語名称にちなむ。

歴史

en:Bantu expansion

16世紀初頭、ブニョロブガンダアンコーレルワンダブルンディなどの大湖地方の諸王国が成立。17世紀中頃、ナルバーレ(ヴィクトリア湖)北西岸のブニョロ王国最盛期。19世紀中頃、ブガンダ王国ザンジバルとの交易で繁栄。

植民地時代

その後、カトリックプロテスタントムスリムの間で勢力争いがあり、その背景には、イギリスドイツ、フランスの権益争いがあった。1890年7月1日ヘルゴランド=ザンジバル条約締結によって、1894年にイギリス領ウガンダ植民地英語版とされた。

独立

第二次世界大戦後、独立の気運が高まり、1962年10月9日英連邦王国の一員として独立した。翌1963年10月8日にイギリス総督に変わってブガンダのムテサ2世が大統領に就任し共和制へ移行。

オボテ政権(第1次)

1966年、首相のウガンダ人民会議ミルトン・オボテが大統領のムテサ2世を排除して終身大統領に就任し、社会主義路線を掲げた。

アミン政権

1971年1月に軍司令官イディ・アミンクーデターで政権を掌握、独裁政治を敷いた。相次ぐ恐怖政治で30万人以上に及ぶ国民が虐殺される。1978年タンザニアに侵攻したが、逆にタンザニア軍に首都のカンパラまで攻め込まれた(ウガンダ・タンザニア戦争)。

オボテ政権(第2次)

1979年、反体制派のウガンダ民族解放軍英語版 (UNLA) に攻撃されてアミンは失脚してサウジアラビア亡命し、大統領にはオボテが復帰した。

ムセベニ政権

LRAによる反乱の影響を受けた地域(2002年以降)

1981年にはウガンダ内戦英語版1981年 - 1986年)が始まり、その後も1985年1986年とクーデタが相次ぎ、ムセベニが権力を獲得しゲリラ闘争を行っていた国民抵抗軍が正規軍と置き換わった。

1987年アリス・アウマケニアに亡命し、ジョゼフ・コニー率いる神の抵抗軍 (LRA) に残存勢力が合流して強力な反政府勢力が登場した。

en:Lord's Resistance Army insurgency (1987–1994)

en:Lord's Resistance Army insurgency (1994–2002)

第二次コンゴ戦争1998年 - 2003年)。

en:Lord's Resistance Army insurgency (2002–2005)

2006年8月12日、ウガンダ政府と反政府武装組織「神の抵抗軍」 (LRA) との和平交渉は(en:2006–2008 Juba talks)、双方の戦闘行為停止に関する合意が出来ないまま14日まで休会されることになった。戦闘と敵対的宣伝の停止で合意している。26日、3週間以内にスーダン南部に設けられる2か所のキャンプに集結することで合意した。

2007年8月3日アルバート湖ホイマ県タロー石油)で石油探査中ヘリテージ・オイル社がコンゴと交戦し、両国が国境に軍隊を派遣。ヘリテージ・オイルは民間軍事会社エグゼクティブ・アウトカムズで共同経営者だったトニー・バッキンガム英語版の設立した紛争地帯専門の石油会社である。 2007年11月29日、ウガンダでエボラ出血熱が発生し、51人が感染し、16人が死亡した。新種のエボラウィルスである。

2008年12月14日から2009年3月15日まで、ウガンダと南スーダン自治政府、コンゴ民主共和国軍による神の抵抗軍に対するガランバ攻勢英語版が行われた。

2010年7月11日、ウガンダの首都カンパラソマリアの反政府軍勢力アル=シャバーブ(犯行声明を出した)による同時自爆テロが起き、W杯観戦中の73人が死亡した。政府は、16日、現在ソマリアにアフリカ連合 (AU) ソマリア派遣団 (AMISOM) ウガンダ部隊2500人に2000人増派する方針を明らかにした。これに対し従来から派兵を批判してきた野党は、「軍事冒険主義が恐ろしい結末を招いた」と批判を強めている。

政治

ウガンダは1995年10月に発効した憲法に基づき統治されている。国家元首大統領で、国民の直接選挙で選出され任期は5年。大統領は首相閣僚任免権など強大な権力が保障されている。

国民抵抗運動 (National Resistance Movement (NRM) が無党制を導入していたため、他にウガンダ人民会議、ウガンダ愛国運動 (Uganda Patriotic Movement(解散)、保守党などの政党が存在するものの、NRM以外の政治活動は禁止されている。議会選への立候補も特定の党員資格を持つ者は許されず、個人資格のみ許可される。しかし個人資格といってもNRMの選挙機関「ムーブメント」の組織的支援を受けた者しか、事実上当選しない仕組みとなっている。複数政党制の導入をめぐる国民投票が2000年6月に実施されたが、野党のボイコットにより一党制が「圧倒的支持」を受けた。しかし2005年7月の国民投票では複数政党制が支持され、現在では登録された政党が公的に活動し、選挙に候補者を送ることができるようになった。

また、ウガンダ自体は共和制であるが、ウガンダ国内にトロ王国ブニョロブガンダブソガの伝統的な地方王国が存在している。これらは1967年に一度廃止されたものが1990年代に復活したものであり、各王国の国王は「文化的指導者」と位置づけられ、政治的な力を持たない儀礼的な存在である。

地方行政は、地方評議会 (LC) 制度によって行われている。地方自治体への予算配分は、2005年度には政府予算総額の32%が充てられた。2000年代末頃から条件付き交付金、無条件交付金平等化交付金の3種類の割合が大きく増加した。しかし、地方自治体の自主財源で賄われる割合が低下し、中央政府の交付金に頼らざるを得なくなってきている。[2]




  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 斎藤文彦「地方行政と開発」/ 吉田昌夫・白石壮一郎編著『ウガンダを知るための53章』 明石書店 2012年 93-94ページ
  3. ^ 吉田昌夫・白石壮一郎編著『ウガンダを知るための53章』 明石書店 2012年 18ページ
  4. ^ プランテーション方式で生産されるのではなく、土着の農民が生産し、その生産物を買い付け業者が買い、輸出するという方式である。吉田昌夫「小農輸出経済の形成」/ 吉田昌夫・白石壮一郎編著『ウガンダを知るための53章』 明石書店 2012年 99ページ
  5. ^ 吉田昌夫・白石壮一郎編著『ウガンダを知るための53章』 明石書店 2012年 15ページ
  6. ^ ウガンダで女性のミニスカ着用禁止法可決 nikkansprots.com 2013年12月21日15時46分


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