ウイルス 構造

ウイルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 12:54 UTC 版)

構造

ウイルスの基本構造
(A)エンベロープを持たないウイルス、(B)エンベロープを持つウイルス、1. カプシド、2. ウイルス核酸、3. カプソマー、4. ヌクレオカプシド、5. ビリオン、6. エンベロープ、7. スパイクタンパク質

ウイルスの基本構造は、粒子の中心にあるウイルス核酸と、それを取り囲むカプシド (: capsid) と呼ばれるタンパク質の殻から構成された粒子である。ウイルス核酸とカプシドを併せたものをヌクレオカプシド (: nucleocapsid) と呼ぶ。ウイルスの形状はカプシドの形によって基本的には正20面体型(立方対称型)と螺旋対称型に分けられる[7]。ウイルスによっては、エンベロープ (: envelope) と呼ばれる膜成分など、ヌクレオカプシド以外の物質を含むものがある。これらの構成成分を含めて、そのウイルスにとって必要な構造を全て備え、宿主に対して感染可能な「完全なウイルス粒子」をビリオンと呼ぶ。

ウイルスの大きさ(長径)は小さいもので20〜40nmで大きいものも含め平均すると100nmほどである[7]。最も大きい天然痘ウイルスは長径300nmで原核生物で最も小さいマイコプラズマ(200〜300nm)よりも大きい[7]。ウイルスは光学顕微鏡では観察できず、電子顕微鏡が必要だが、電子線を照射するため生きた細胞内のウイルスを観察することはできない[7]

ウイルス核酸

ウイルス核酸は、通常、DNAかRNAのどちらか一方である。すなわち、他の生物が一個の細胞内にDNA(遺伝子として)とRNA(mRNArRNAtRNAなど)の両方の分子を含むのに対して、ウイルスの一粒子にはその片方しか含まれない(ただしDNAと共にRNAを一部含むB型肝炎ウイルスのような例外も稀に存在する)。そのウイルスが持つ核酸の種類によって、ウイルスはDNAウイルスとRNAウイルスに大別される。さらに、それぞれの核酸が一本鎖か二本鎖か、一本鎖のRNAであればmRNAとしての活性を持つか持たないか(プラス鎖RNAかマイナス鎖RNAか)、環状か線状か、などによって細かく分類される。ウイルスのゲノムは他の生物と比べてはるかにサイズが小さく、またコードしている遺伝子の数も極めて少ない。例えば、ヒトの遺伝子が数万個あるのに対して、ウイルスでは3〜100個ほどだと言われる。

ウイルスは基本的にタンパク質と核酸からなる粒子であるため、ウイルスの複製(増殖)のためには少なくとも

  1. タンパク質の合成
  2. ウイルス核酸の複製
  3. 1. 2.を行うために必要な、材料の調達とエネルギーの産生

が必要である。しかしほとんどのウイルスは、1や3を行うのに必要な酵素の遺伝情報を持たず、宿主細胞の持つタンパク合成機構や代謝、エネルギーを利用して、自分自身の複製を行う。ウイルス遺伝子には自分の遺伝子(しばしば宿主と大きく異なる)を複製するための酵素の他、宿主細胞に吸着・侵入したり、あるいは宿主の持つ免疫機構から逃れたりするための酵素などがコードされている。

ウイルスによっては、カプシドの内側に、核酸と一緒にカプシドタンパク質とは異なるタンパク質を含むものがある。このタンパク質とウイルス核酸を合わせたものを「コア」と呼び、このタンパク質を「コアタンパク質」と呼ぶ。

カプシド

カプシド (: capsid) は、ウイルス核酸を覆っているタンパク質であり、ウイルス粒子が細胞の外にあるときに内部の核酸をさまざまな障害から守る「殻」の役割をしていると考えられている。ウイルスが宿主細胞に侵入した後、カプシドが壊れて(脱殻、だっかく)内部のウイルス核酸が放出され、ウイルスの複製がはじまる。

カプシドは、同じ構造を持つ小さなタンパク質(カプソマー)が多数組み合わさって構成されている。この方式は、ウイルスの限られた遺伝情報量を有効に活用するために役立っていると考えられている。小さなタンパク質はそれを作るのに必要とする遺伝子配列の長さが短くてすむため、大きなタンパク質を少数組み合わせて作るよりも、このように小さいタンパク質を多数組み合わせる方が効率がよいと考えられている。

ヌクレオカプシド

ヌクレオカプシドの対称性(左) 正二十面体様(中) らせん構造(右)構造の複雑なファージ

ウイルス核酸とカプシドを合わせたものをヌクレオカプシド (: nucleocapsid) と呼ぶ。エンベロープを持たないウイルスではヌクレオカプシドはビリオンと同じものを指す。言い換えればヌクレオカプシドは全てのウイルスに共通に見られる最大公約数的な要素である。

ヌクレオカプシドの形はウイルスごとに決まっている。基本的には正20面体型(立方対称型)と螺旋対称型に分けられる[7]。ただし、天然痘の原因であるポックスウイルスやバクテリオファージなどでは、ヌクレオカプシドは極めて複雑な構造であり、単純な対称性は持たない。

エンベロープ

エンベロープ (: envelope) は、単純ヘルペスウイルスインフルエンザウイルスヒト免疫不全ウイルスなど一部のウイルス粒子に見られる膜状の構造のこと。これらのウイルスにおいて、エンベロープはウイルス粒子(ビリオン)の最も外側に位置しており、ウイルスの基本構造となるウイルスゲノムおよびカプシドタンパク質を覆っている。エンベロープの有無はウイルスの種類によって決まっており、分離されたウイルスがどの種類のものであるかを鑑別する際の指標の一つである。

エンベロープは、ウイルスが感染した細胞内で増殖し、そこから細胞外に出る際に細胞膜あるいは核膜などの生体膜を被ったまま出芽することによって獲得されるものである。このため、基本的には宿主細胞の脂質二重膜に由来するものであるが、この他にウイルス遺伝子にコードされている膜タンパク質の一部を細胞膜などに発現した後で膜と一緒にウイルス粒子に取り込み、エンベロープタンパク質としてビリオン表面に発現させている。これらのエンベロープタンパク質には、そのウイルスが宿主細胞に吸着・侵入する際に細胞側が持つレセプターに結合したり、免疫などの生体防御機能を回避したりなど、様々な機能を持つものが知られており、ウイルスの感染に重要な役割を果たしている。

細胞膜に由来するエンベロープがあるウイルスでは、エンベロープタンパク質が細胞側のレセプターに結合した後、ウイルスのエンベロープと細胞膜とが膜融合を起こすことで、エンベロープ内部に包まれていたウイルスの遺伝子やタンパク質を細胞内に送り込む仕組みのものが多い。

エンベロープはその大部分が脂質から成るためエタノール有機溶媒石けんなどで処理すると容易に破壊することができる。このため一般にエンベロープを持つウイルスは、消毒アルコールでの不活化が、エンベロープを持たないウイルスに比べると容易である。


注釈

  1. ^ 日本細菌学会が意訳。中国語に取り入れられ、現在でも使用されている。
  2. ^ 労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)第61条第1項第1号”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2019年12月17日閲覧。に「病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者」とあるが、この場合の伝染性疾患とは結核を指すとされている(労働安全衛生規則等の一部を改正する省令の施行について 平成12年3月30日・基発第207号より)。すなわち、この場合の病毒はウイルスではなく、細菌である結核菌を指す。

出典

  1. ^ Virus Taxonomy: 2021 Release”. International Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV). 2022年4月19日閲覧。
  2. ^ 「国際ウイルス分類委員会の新しい分類体系(「ICTV New Taxonomy Release(2019)」)で提唱された目より上位の分類(2020年3月承認)」神谷茂 監修、錫谷達夫・松本哲哉 編『標準微生物学 第14版』付録:表 27-4、医学書院、2021年(2022年4月19日閲覧)
  3. ^ a b 辻野 2010, p. 63.
  4. ^ 森安史典『あなたの医学書 C型肝炎・肝がん』(誠文堂新光社、2009年)17ページ ISBN 978-4-416-80933-4
  5. ^ パトリック・フォルテ―ルはパスツール研究所及びパリ=サクレ大学名誉教授。インタビュー記事「ウイルスは生命体」『朝日新聞』GLOBE(朝刊別刷り)233号/2020年9月6日付【特集】世界はウイルスに満ちている(7面)による。
  6. ^ 中屋敷均 2016, p. 136-137.
  7. ^ a b c d e f g h i j k l 見えざるウイルスの世界 (PDF) 東京大学医学部東京大学医学部附属病院 健康と医学の博物館(2021年8月22日閲覧)
  8. ^ 山内一也:病気を引き起こすのは「氷山の一角」『朝日新聞』GLOBE(朝刊別刷り)233号/2020年9月6日付【特集】世界はウイルスに満ちている(3面)
  9. ^ 国際組織「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)による。【環境】パンデミックを防ぐため、世界的な自然保護政策を、報告書/哺乳類や鳥類に未知のウイルスは推定170万種、うち85万が人間に感染する恐れ ナショナルジオグラフィック日本語サイト(2020年11月4日)2021年6月24日閲覧
  10. ^ Definition of "virus" > Translations for 'virus' (Collins English Dictionary)
  11. ^ William T. Stearn: Botanical Latin. History, Grammar, Syntax, Terminology and Vocabulary. Third edition, David & Charles, 1983. 「Virus: virus (s.n. II), gen. sing. viri, nom. pl. vira, gen. pl. vīrorum (to be distinguished from virorum, of men).」
  12. ^ Pons: virus
  13. ^ e.g. Michael Worboys: Cambridge History of Medicine: Spreading Germs: Disease Theories and Medical Practice in Britain, 1865-1900, Cambridge University Press, 2000, p. 204
  14. ^ e.g. Karsten Buschard & Rikke Thon: Diabetic Animal Models. In: Handbook of Laboratory Animal Science. Second Edition. Volume II: Animal Models, edited by Jann Hau & Gerald L. Van Hoosier Jr., CRC Press, 2003, p.163 & 166
  15. ^ 『文章表現辞典』(東京堂出版、1965年)p.48
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  30. ^ Coronavirus Resource Center” (英語). Harvard Health (2020年2月28日). 2022年6月12日閲覧。
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  32. ^ 中屋敷均 2016, pp. 27–30.






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