インフォームド・コンセント 批判と議論

インフォームド・コンセント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/01 03:15 UTC 版)

批判と議論

パターナリズムとの衝突

健康で判断力を備えた成人ばかりを対象とするわけではない医療においては、困難の欄で述べたごとく、インフォームド・コンセントの前提がそもそも成り立たず、パターナリズムによる医療が行われる場面は多い。

患者が十分な理解力を備えた成人である場合でも問題が無いわけではない。あらゆる医療行為に伴って起こる可能性があり専門家が考慮すべき医学的事項は膨大な範囲に及ぶが、素人である患者は、専門家とはかけ離れた、限られた量の知識を元にして判断せざるを得ない。そのため、「患者の主体性」を無制限に認めることが果たして良いことかどうか疑問視する考えもある[要出典]

しかし、インフォームド・コンセント自体はそのような情報量の不均衡は当然の前提とした上で確立してきた概念である。専門知識と経験をもとにして、真摯なアドバイス・提案を行い、それを聞いた素人が自分の価値観で判断をすることで成り立つものである。「充分な情報提供 (inform) 」が何より重要な前提ではあるが、その上でなされた患者の自己決定権(とそれに伴う責任)は、最大限に尊重されるべきであるとする立場である。

なぜなら、専門家の話しは素人に理解できるはずがない(から勝手に治療内容を決めてしまえ)、という考えそのものがパターナリズムであるという批判があるからである。

前述のエホバの証人の判例が示すように、現在では日本でも、パターナリズムよりも患者の自己決定権が優先される傾向にある[注 5]。書籍やインターネット等である程度専門知識が得やすくなったことも、この傾向を後押しする要素となっている。

それでも、患者が、医学的観点から不適切であることがほぼ確実な治療方針を自ら選ぶ、と言った極端な場合においては、生命を守ることが使命である医療従事者側は、非常に強い心理的抵抗を受けることがある。絶対的無輸血治療を選択する患者は受け入れない方針の病院も多いなど、主体性の尊重とパターナリズムとの衝突は、結果として病院による診療拒否にすら繋がることがある未解決の問題である。

説明の範囲

前述の通り、インフォームド・コンセントの理念が達成されるためには、患者が正確な情報を充分に与えられることが重要だが、どの程度までの情報を提供すれば「充分」なのかについては、2007年(平成19年)現在、各医療機関の裁量に任されており、具体的なガイドラインはほとんど存在しない。裁判例においても見解が必ずしも一致しておらず、法整備やガイドライン作成が望まれている。

たとえば積極的な医療行為の説明にあたって、患者本人のQOLに対して医療上望ましくないケースや予後が不明である場合であっても、医療上の欠点を説明しない事や曖昧にする例がある。これには、医療者側としては患者に対する精神上の配慮、医療者責任回避や医学の推進意図、患者側としては治療に対する過度の期待が背景にある。癌の化学治療や手術、骨髄移植造血幹細胞移植)などで発生しやすい。

現状

「患者に意思確認を行えば医療行為が正当化されるという部分だけに着目し、医療側の免責要件として理解されている側面」[23]つまり、現状、手術で思わぬ副作用や合併症がおきる可能性がありますが責任を負う事は出来ません、というような単なる「(免責事項)同意書」のような扱いにしかならない可能性が批判されている。


注釈

  1. ^ 「説明と合意 (informed consent)」と記す場合があれば[6]、「Informed Consent (説明と同意)」と記す場合もある[7]
  2. ^ 本書において「インフォームド・コンセント(informed consent 以下、IC と略)」と記している[11]
  3. ^ 本人の代理として代理決定をした家族の心理的な負担について、(水野 1990, p. 200-202)。
  4. ^ 精神疾患患者の自己決定権がどのような要件の下で制約されるか、憲法学からの考察として、竹中勲「精神衛生法の強制入院制度をめぐる憲法問題」『判例タイムズ』第34巻第5号、判例タイムズ社、1983年2月、50-76頁、ISSN 04385896NAID 40003206077  を参照。
  5. ^ エホバの証人の輸血拒否事件を法的パターナリズム論の視点から考察したものとして、以下を参照。中村直美 『エホバの証人の輸血拒否とパターナリズム』。ホセ・ヨンパルト、三島淑臣編 『法の理論』13、成文堂、1993年。

出典

  1. ^ 川上武『戦後日本病人史』社人法団農山漁村文化協会、2002年、1ページ、ISBN 4-540-00169-8
  2. ^ a b http://medical.nihon-data.jp/archives/1116
  3. ^ a b 松井英俊「インフォームド・コンセントの歴史的展開から得られた患者:医療従事者関係の検討」『看護学統合研究』第5巻第2号、広島文化学園大学、2004年3月、70-73頁、CRID 1050577818268303232ISSN 13460692 
  4. ^ 五十嵐雅哉「医療におけるパターナリズムが正当化され条件」『日本老年医学会雑誌』第41巻第1号、日本老年医学会、2004年1月、9頁、doi:10.3143/geriatrics.41.8ISSN 03009173NAID 10012898485 
  5. ^ a b c d e 江口聡 著「インフォームド・コンセント: 概念の説明」、加藤尚武・加茂直樹 編『生命倫理学を学ぶ人のために』世界思想社、1998年1月、30頁。ISBN 978-4-7907-0690-8 
  6. ^ 笹子三津留, 石川勉, 松江寛人, 山田達哉, 木下平, 丸山圭一, 岡林謙蔵, 田尻久雄, 吉田茂昭, 山口肇, 斉藤大三, 小黒八七郎「早期胃癌に対する局所切除」『日本消化器外科学会雑誌』第23巻第9号、日本消化器外科学会、1990年、2194頁、doi:10.5833/jjgs.23.2191ISSN 0386-9768NAID 130004116429 
  7. ^ 井上裕美「―Informed Consent (説明と同意) ―婦人科内視鏡手術とInformed Consent ―“Great expectaion syndrome”とDay surgery」『日本産科婦人科内視鏡學會雜誌』第16巻第2号、日本産科婦人科内視鏡学会、2000年12月、180-185頁、doi:10.5180/jsgoe.16.2_180ISSN 1884-9938NAID 10020399469 
  8. ^ a b 星野一正「インフォームド・コンセント-考え方と実際:第42回日本透析医学会教育講演より」『日本透析医学会雑誌』第30巻第10号、日本透析医学会、1997年10月、1222頁、doi:10.4009/jsdt.30.1219ISSN 13403451NAID 10004920752 
  9. ^ 伊澤純「医療過誤訴訟における医師の説明義務違反(一)」『成城法学』第62号、東京 : 成城大学法学会、2000年7月、41-123頁、CRID 1050001337473596544ISSN 03865711 
  10. ^ 水野 1990, p. 61-67,「アメリカのインフォームド・コンセント」節
  11. ^ a b 一宮茂子「生体肝移植ドナーが経験したインフォームド・コンセント -ドナーインタビューの分析より」『Core Ethics : コア・エシックス』第8号、立命館大学大学院先端総合学術研究科、2012年、53頁、doi:10.34382/00005540ISSN 1880-0467NAID 110009426552 
  12. ^ シンポジウム 第54回人権擁護大会 2011年10月6日 2018年7月8日閲覧
  13. ^ a b c d 日本医師会 診療情報の提供に関する指針 第2版』日本医師会、2002年10月。 オリジナルの2019年12月3日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20191203133304/http://www.med.or.jp:80/doctor/member/000318.html 
  14. ^ 名古屋地裁平成19年6月14日、判例タイムズ1266号、271頁。
  15. ^ 浅井篤「インフォームド・コンセントの基本」『健康人間学』第16号、京都大学医療技術短期大学部、2004年、11-15頁、ISSN 09163352NAID 120000896598 
  16. ^ a b 子どもを対象とする看護研究に関する倫理指針(日本小児看護学会)
  17. ^ Reference guide to consent for examination or treatment (second edition), イギリス保健省, (2009-08), https://www.gov.uk/government/publications/reference-guide-to-consent-for-examination-or-treatment-second-edition 
  18. ^ インフォームドアセントを得ると、児の不安・恐怖は和らぐか? 小児から得るのは同意ではなく「賛意」”. 中外医学社(m3.com) (2021年4月6日). 2021年4月6日閲覧。
  19. ^ Division of Mental Health and Prevention of Substance Abuse (1996). This page cannot be found (PDF) (Report). World Health Organization. WHO/MNH/MND/96.9。 [リンク切れ]
  20. ^ 樋澤吉彦「「同意」は介入の根拠足り得るか?:パターナリズム正当化原理の検討を通して」『新潟青陵大学紀要』第5巻第5号、新潟青陵大学、2005年、77-90頁、doi:10.32147/00001138ISSN 1346-1737NAID 110007568924 
  21. ^ a b 2000年2月29日最高裁判決(平成一〇年(オ)第一〇八一号、第一〇八二号平成一二年二月二九日第三小法廷判決)。
  22. ^ a b 『判例時報』1629号、34頁。『判例タイムズ』965号、83頁。
  23. ^ 「患者の権利」の保障は医療現場の改善につながる | TKC全国会 医業・会計システム研究会 | TKCグループ”. www.tkc.jp. 2019年5月25日閲覧。





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