アルキメデス アルキメデスの概要

アルキメデス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/05/08 20:08 UTC 版)

シラクサのアルキメデス
: Ἀρχιμήδης
ドメニコ・フェティ(en)1620年画
『Archimedes Thoughtful』
人物情報
生誕 紀元前287年
シチリア島シラクサ
マグナ・グラエキアの自治植民都市
死没 紀元前212年(75歳前後)
シチリア島シラクサ
居住 シチリア島シラクサ
学問
研究分野 数学物理学工学天文学発明
主な業績 アルキメデスの原理アルキメディアン・スクリュー流体静力学てこ、無限小(en)
テンプレートを表示

一般には、アルキメデスは史上まれな偉大なる古代の数学者という評価を受けている[4][5]級数を用いて放物線面積を求める取り尽くし法[6]円周率の近似値計算[7]、彼の名で「アルキメデスの螺旋」とも呼ばれる代数螺旋の定義[8]、回転面(en)体積の求め方や、大数の記数法も考案している[9]

アルキメデスはシラクサの戦い(en)において、彼には危害を加えないよう命令が下されていたにも関わらず、共和政ローマの兵士に殺害された。マルクス・トゥッリウス・キケロがアルキメデスの墓を参った言い伝えによると、彼の墓は球面に外接(en)する円柱を象っていた。アルキメデスは、球とそれに外接する円柱は、体積の比と表面積の比がどちらも 2:3 であることを立証しており、彼自身この証明が最も成果があるものと見なしていた。

発明した品々とは異なり、アルキメデスの数学に関する記述は古代においてほとんど知られていなかった。アレクサンドリアから伝わった数学は多くアルキメデスを引用していたにも関わらず包括的に纏められなかったが、530年にミレトスのイシドロスが編集し、6世紀にはアスカロンのエウトキオス(en)の著作が広く読まれ、初めて一般に知られるようになった。これらもまた中世までに廃れたが、ルネサンス期には多くの科学者に発想の元を提供する役目を持ち[10]、1906年に発見されたアルキメデス・パリンプセスト(en)からは、彼が得た数学的帰結に至る、知られていなかった洞察の過程についての情報を得ることができた[11]

生涯

ベルリンアルヒェンホルト天文台にあるアルキメデスのブロンズ像。ゲルハルト・ゲルダ作、1972年公開

アルキメデスは紀元前287年、マグナ・グラエキアの自治植民都市であるシシリー島シラクサで生まれた。この生年は、ビサンチン時代のギリシア(en)の歴史家ツェツェース(en)が主張した、アルキメデスは満75歳で没したという意見から導かれている[12]。『砂の計算』の中でアルキメデスは、父親を無名の天文学者[9]「ペイディアス[13] (Phidias)」と告げている。プルタルコスは著書『対比列伝』にて、シラクサを統治していたヒエロン2世の縁者だったと記している[14]。アルキメデスの伝記は友人でもあるヘラクレイデスが書き残しているが、これは失われてしまい細部は伝わっていない[15]。例えば、彼は結婚したのか、子供はいたのかなど全くわからない。若い頃アルキメデスは、サモスのコノンエラトステネスがいたエジプトアレクサンドリアで学問を修めた可能性がある[13]。アルキメデスはサモスのコノンを友人と呼び、『幾何学理論』(アルキメデスの無限小)(en)や『牛の問題』にはエラトステネスに宛てた序文がある[注 1]

アルキメデスは紀元前212年、第二次ポエニ戦争のさ中にローマの将軍マルクス・クラウディウス・マルケッルスが率いる軍隊が2年間の攻城戦を経てシラクサを占領した年に死んだ。プルタルコスが記した俗説によると、まさに街が占拠された時アルキメデスは砂の上に描いた[9]数学図形(en)について熟考していた。ローマの兵士はアルキメデスをマルケッルスの元へ連行するよう命令を受けていたが、アルキメデスは思案中だとこれを拒絶した。これに兵士は激高し、剣をもって彼を殺した[16]。プルタルコスは、この殺害は連行される前の出来事だった可能性も示唆しており、この逸話によると、アルキメデスは製図器械を運んでいたところ、これを金目のものと見た兵士によって殺されたという。マルケッルス将軍はアルキメデスを有能な科学者と知っていたため危害を加えないよう指令を出していたにも関わらず、殺害されたという知らせに激怒したと伝わる[17]

とそれに外接する円柱との体積および表面積の比は、いずれも2対3となる。アルキメデスの希望に副って、彼の墓はこの球と円柱の形で作られた。

アルキメデス最期の言葉は「私の図形をこわさないでくれ(私の円を踏むな)」(: μή μου τούς κύκλους τάραττε: Noli turbare circulos meos: Do not disturb my circles)と伝えられる。これは、兵士が踏み込んだ際にアルキメデスは円の図を描いて数学的思索を巡らしている最中だったためである。しかし、この言い伝えには証拠は無く、プルタルコスの記述の中にも見出せない[17]

アルキメデスのは彼自身が好んだ数学的証明を題材に選ばれ、同じ径と高さを持つ球と円筒のデザインがなされたと伝わっていた。彼が亡くなってから137年後の紀元前75年、ローマの雄弁家(en)マルクス・トゥッリウス・キケロクァエストルとしてシチリアに勤めていた頃、アルキメデスの墓について聞いた。場所は伝わっていなかったが、彼は探した末にシラクサのAgrigentine門の近く、低木が繁る省みられない場所に墓を見つけ出した。キケロが墓を清掃させたところ、彫刻がはっきり分かるようになり、詩を含む碑文も見出せるようになった[18]

評価が定まったアルキメデスの人生の記録は、彼が没してから長い時間が過ぎた後に古代ローマの歴史家たちによって記録された。シラクサ攻囲を記したポリュビオスの『Universal History 』(普遍史)には70年前のアルキメデスの死が記されており、これはプルタルコスやティトゥス・リウィウスが出典に利用している。この書ではアルキメデス個人にも若干触れ、また街を防衛するために彼が武器を製作したことも言及している[19]

発見と発明

アルキメデスは浮力の原理を用いて黄金の王冠が純金よりも密度が低いか否か判断したと言われる。

黄金の王冠

最も人口に膾炙したアルキメデスの逸話は、形状の複雑な物質の体積を調べる方法を思いついた一件である。ウィトルウィウスによると、ヒエロン2世が神殿に奉納するために黄金で作らせた誓いの王冠(en)について、アルキメデスは金細工職人の混ぜ物をしてごまかしていないかどうか確認を依頼された[20]。密度を調べれば一目瞭然だが、それには王冠を溶かして体積を計算しやすい形に成形せねばならず、壊さずにこれを解決するには何かしら別の手法を考える必要に迫られた。この問題を解決するヒントをアルキメデスは入浴中に得た。浴槽に入ると、水面が高くなることに気づいたアルキメデスは、水は圧縮では容易に減容しない性質から[21]王冠を水槽に沈めれば同じ体積分水面が上昇し、容易に体積を測ることができると考えた。そして王冠の重量をこの体積で除すれば密度が求められる。もし比重が軽い安物の金属を混ぜていれば、王冠の密度は同じ体積の純金より低い。アルキメデスは「Eureka」(: εὕρηκα!「ユーリカ!」「分かったぞ!」の意)と叫びながら、興奮のあまり服を着るのも忘れて裸で通りに飛び出したという。確認作業は上手く行き、王冠には銀が混ざっていることが示された[22]

この黄金の冠の話は、伝わっているアルキメデスの著作には見られずアルキメデスが没してから約200年後ウィトルウィルスが著した文献に記述されているエピソードである。さらに、比重が大きい金の体積をこの方法で調べようとしても、水位変動が小さいため測定誤差を無視できないという疑問も提示されている[23]。実際には、アルキメデスは論述『浮体の原理』で主張するアルキメデスの原理である流体静力学の原理で解決したのではと考えられる。この原理では、物質を流体に浸した際、それは置き換える流体の質量と同じ浮力を得る[24]。これを利用し、天秤の一端に吊るした冠とバランスを取る同じ質量の金をもう一端に下げて、冠と金を水中に浸ける。もし冠に混ぜ物があって比重が低いと体積は大きくなり、置き換える水の量が多くなるため冠は金よりも浮力が高まる。そして、天秤は冠側が上方に傾くことになる。ガリレオ・ガリレイもアルキメデスはこの浮力を用いる方法を考え付いていたと推測している[25]

アルキメディアン・スクリュー

アルキメディアン・スクリューは効率的な揚水に威力を発揮する。

工学分野におけるアルキメデスの業績には、彼の生誕地であるシラクサに関連する。ギリシア人著述家のアテナイオスが残した記録によると、ヒエロン2世はアルキメデスに観光、運輸、そして海戦用の巨大な船「シュラコシア号」[26] (en)の設計を依頼したという。シュラコシア号は古代ギリシア・ローマ時代を通じて建造された最大の船で[27]、アテナイオスによれば搭乗員数600、船内に庭園ギュムナシオン、さらには女神アプロディーテーの神殿まで備えていた。この規模の船になると浸水も無視できなくなるため、アルキメデスはアルキメディアン・スクリューと名づけられた装置を考案し、溜まった水を掻き出す工夫を施した。これは、円筒の内部にらせん状の板を設けた構造で、これを回転させると低い位置にある水を汲み上げ、上に持ち上げることができる。ウィトルウィウスは、この機構はバビロンの空中庭園灌漑するためにも使われたと伝える[28][29][30]。現代では、このスクリューは液体だけでなく石炭の粒など固体を搬送する手段にも応用されている。

アルキメディアン・スクリューは、ねじ構造を初めて機械に使用した例として知られている。ねじ構造はアルキメデスのような天才にしか思いつかないという人もおり、実際に中国でねじ構造を独自に機械として使用することはできなかった。「ねじは中国で独自に生み出されなかった、唯一の重要な機械装置である」とも言われる。[31]

アルキメデスの鉤爪

アルキメデスの鉤爪(en)とは、シラクサ防衛のために設計された兵器の一種である。「シップ・シェイカー」(the ship shaker) とも呼ばれるこの装置は、クレーン状の腕部の先に吊るされた金属製の鉤爪を持つ構造で、この鉤爪を近づいた敵船に引っ掛けて腕部を持ち上げることで船を傾けて転覆させるものである。2005年、ドキュメント番組「Superweapons of the Ancient World」でこれが製作され、実際に役に立つか検証してみたところ、クレーンは見事に機能した[32][33]

アルキメデスは海岸に複数のを並べて放物面反射器(en)として太陽光線を集め、シラクサを攻撃する洋上の船に火災を起こしたという説がある。

「アルキメデスの熱光線」は嘘か真実か

2世紀の著述家ルキアノスは、紀元前214年-紀元前212年のシラクサ包囲(en)の際にアルキメデスが敵船に火災を起こして撃退したという説話を記している。数世紀後、トラレスのアンテミオスはアルキメデスの兵器とは太陽熱取りレンズ(en)だったと叙述した[34]。これは太陽光線をレンズで集め、焦点を敵艦に合わせて火災を起こしていたもので「アルキメデスの熱光線」と呼ばれたという。

このようなアルキメデスの兵器についての言及は、その事実関係がルネサンス以降に議論された。ルネ・デカルトは否定的立場を取ったが、当時の科学者たちはアルキメデスの時代に実現可能な手法で検証を試みた[35]。その結果、念入りに磨かれた青銅の盾を鏡の代用とすると太陽光線を標的の船に集めることができた。これは、太陽炉と同様に放物面反射器(en)の原理を利用したものと考えられた。1973年にギリシアの科学者イオアニス・サッカスがアテネ郊外のスカラガマス(en)海軍基地で実験を行った。縦5フィート(約1.5m)横3フィート(約1メートル)の銅で皮膜された鏡70枚を用意し、約160フィート(約50m)先のローマ軍艦に見立てたベニヤ板製の実物大模型に太陽光を集めたところ、数秒で船は炎上した。ただし、模型にはタールが塗られていたため、実際よりも燃えやすかった可能性は否定できない[36]

2005年10月、マサチューセッツ工科大学 (MIT) の学生グループは一辺1フィート(約30cm)の四角い鏡127枚を用意し、木製の模型船に100フィート(約30m)先から太陽光を集中させる実験を行った。やがて斑点状の発火が見られたが、空が曇り出したために10分間の照射を続けたが船は燃えなかった。しかし、この結果から気候条件が揃えばこの手段は兵器として成り立つと結論づけられた。MITは同様な実験をテレビ番組「怪しい伝説」と協同しサンフランシスコで木製の漁船を標的に行われ、少々の黒こげとわずかな炎を発生させた[37]。しかし、シラクサは東岸で海に面しているため、効果的に太陽光を反射させる時間は朝方に限られてしまう点、同じ火災を起こす目的ならば実験を行った程度の距離では火矢やカタパルトで射出する太矢の方が効果的という点も指摘された[3]

その他

てこについて記述した古い例は、アリストテレスの流れを汲む逍遙学派アルキタスに見られる[38][39]が、アルキメデスは『平面の釣合について』において、てこの原理を説明している。4世紀のエジプトの数学者パップスは、アルキメデスの言葉「私に支点を与えよ。そうすれば地球を動かしてみせよう。(: δῶς μοι πᾶ στῶ καὶ τὰν γᾶν κινάσω)」を引用して伝えた[40]プルタルコスは、船員が非常に重い荷物を運べるようにするためにアルキメデスがブロックと滑車(en)機構をどのように設計したかを述べた[41]。また、アルキメデスは第一次ポエニ戦争の際にカタパルトの出力や精度を高める工夫や、オドメーター(距離計)も発明した。オドメーターは歯車機構を持つ荷車で、決まった距離を走る毎に球を箱に落として知らせる構造を持っていた[42]

マルクス・トゥッリウス・キケロは問答法の著作『国家論』(De re publica)にて紀元前129年にあった逸話を採録している。紀元前212年にシラクサを占領した将軍マルクス・クラウディウス・マルケッルスは、2台の機器をローマに持ち帰った。これは、太陽と月そして5惑星の運行を模倣する天文学用機器であり、キケロはタレスエウドクソスが設計した同様の機器にも触れている[43]。問答では、マルケッルスは独自のルートを経由しシラクサから持ち帰って1台を手元に留め、もう1台はローマの美徳の神殿 (ヴィルトゥースの神殿、Temple of Virtue) に寄贈した。キケロは、マルケッルスの機器についてガイウス・スルピキウス・ガルス(en)がルキウス・フリウス・フイルス(en)に説明する下りを残している[43]

Hanc sphaeram Gallus cum moveret, fiebat ut soli luna totidem conversionibus in aere illo quot diebus in ipso caelo succederet, ex quo et in caelo sphaera solis fieret eadem illa defectio, et incideret luna tum in eam metam quae esset umbra terrae, cum sol e regione.
訳:ガルスが球を動かすと、天空に見立てた青銅製の装置上で何度も回転が起り、月が太陽を追った。そして月と太陽が一直線に並ぶところでは月の影が地球に落ち、日食が再現された[43][44][45]

これはまさにプラネタリウム[13]太陽系儀の説明である[43]。アレクサンドリアのパップスは、現代では失われたアルキメデスの原稿『On Sphere-Making』でこれら機器の設計について触れていると述べた。近年、アンティキティラ島の機械やギリシア・ローマの古典時代に同じ目的で製作された機械類の研究が行われている。これらは、以前はオーパーツ視されていたが、1902年に発見されたアンティキティラ島の機械を通じて、古代ギリシア時代には機構の重要部分に当たる差動装置の技術は充分に実用可能な域に達していたと確認された[46][47]




[ヘルプ]

注釈

  1. ^ アルキメデスは『螺旋について』にてペルシウムのドシセオスに宛てた序文を載せているが、そこで彼は「コノンが亡くなってから何年もが過ぎた」と書いている、サモスのコノンは紀元前280年から紀元前220年を生き、この言葉はアルキメデスが著作を書いた時は晩年だった可能性を示す。
  2. ^ 原文:He placed his whole affection and ambition in those purer speculations where there can be no reference to the vulgar needs of life.
  3. ^ アルキメデスの失われた著作については、他にZeuxippusに宛て『砂の計算』で用いた数の単位を説明した『Principles』、『On Balances and Levers』『On the Calendar』がある。T.L.ヒース(en)は、後世に伝わるアルキメデスの業績は『平面の釣合について I』『放物線の求積』『平面の釣合について II』『球と円柱について I, II』『螺旋について』『円錐と球体について』『浮体の原理 I, II』『円周の測定』『砂の計算』だと主張した。
  4. ^ カール・ベンジャミン・ボイヤーの『数学の歴史』(A History of Mathematics、1991年)では「一般にヘロンの公式と呼ばれる三辺の長さから三角形の面積を求める公式は、ヘロンよりも数世紀前の人物であるアルキメデスの仕事だとアラブの学者は伝える。彼らはまた、broken-chord定理もアルキメデスの作だと考える。アラブ人は、いくつもの定理をアルキメデスが証明したと報告している」と述べられている。

出典

  1. ^ Maruzen’s Rare Books Catalogue 2005 (PDF)” (日本語). 丸善. 2010年7月2日閲覧。
  2. ^ a b c アルキメデス(c.287B.C-212B.C).哲学及び幾何学の卓越たる全集/バーゼル, 1544年, 初版” (日本語). 金沢工業大学ライブラリーセンター. 2010年7月2日閲覧。
  3. ^ a b Archimedes Death Ray: Testing with MythBusters” (英語). マサチューセッツ工科大学. 2007年7月23日閲覧。
  4. ^ Calinger, Ronald (1999年). A Contextual History of Mathematics. Prentice-Hall. pp. 150. ISBN 0-02-318285-7. "Shortly after Euclid, compiler of the definitive textbook, came Archimedes of Syracuse (ca. 287-212 BC), the most original and profound mathematician of antiquity." 
  5. ^ Archimedes of Syracuse” (英語). The MacTutor History of Mathematics archive (1999年1月). 2008年6月9日閲覧。
  6. ^ a b 新居俊作. “アルキメデスによる放物線の求積 (PDF)” (日本語). 九州大学大学院数理学研究院. 2010年7月2日閲覧。
  7. ^ O'Connor, J.J. and Robertson, E.F. (1996年2月). “A history of calculus” (英語). セント・アンドルーズ大学. 2007年8月7日閲覧。
  8. ^ Chapter11.グラフィックスと計算 11-2-5.螺旋(らせん)を描く (PDF)” (日本語). 慶應義塾大学. 2010年7月2日閲覧。
  9. ^ a b c 尾山(立川)貴子. “アルキメデス Archimedes(前287-前212頃)” (日本語). 大阪教育大学種村研究室. 2010年7月2日閲覧。
  10. ^ Bursill-Hall, Piers. “Galileo, Archimedes, and Renaissance engineers” (英語). sciencelive with the University of Cambridge. 2007年8月7日閲覧。
  11. ^ Archimedes - The Palimpsest” (英語). ウォルターズ・ミュージアム(en). 2007年10月14日閲覧。
  12. ^ T.L.ヒース(en), Works of Archimedes, 1897年
  13. ^ a b c d e TOSM三重. “人名索引 あい アルキメデス” (日本語). 三重大学. 2010年7月3日閲覧。
  14. ^ プルタルコス. “Parallel Lives Complete e-text from Gutenberg.org” (英語). プロジェクト・グーテンベルク. 2007年7月23日閲覧。
  15. ^ O'Connor, J.J. and Robertson, E.F.. “Archimedes of Syracuse” (英語). セント・アンドルーズ大学. 2007年1月2日閲覧。
  16. ^ a b c d e f 森毅 『数学の歴史』 講談社学術文庫、1994年(初版1988年)、第12刷、45-50頁。ISBN 4-06-158844-3
  17. ^ a b Rorres, Chris. “Death of Archimedes: Sources” (英語). クーラン数理科学研究所(en). 2007年1月2日閲覧。
  18. ^ Rorres, Chris. “Tomb of Archimedes: Sources” (英語). クーラン数理科学研究所. 2007年1月2日閲覧。
  19. ^ Rorres, Chris. “Siege of Syracuse” (英語). クーラン数理科学研究所. 2007年7月23日閲覧。
  20. ^ ウィトルウィウス. “De Architectura, Book IX, paragraphs 9–12, text in English and Latin” (英語). シカゴ大学. 2007年8月30日閲覧。
  21. ^ Incompressibility of Water” (英語). ハーバード大学. 2008年2月27日閲覧。
  22. ^ HyperPhysics. “Buoyancy” (英語). ジョージア州立大学(en). 2007年7月23日閲覧。
  23. ^ Rorres, Chris. “The Golden Crown” (英語). ドレクセル大学. 2009年3月24日閲覧。
  24. ^ Carroll, Bradley W. “Archimedes' Principle” (英語). ウェーバー州立大学(en). 2007年7月23日閲覧。
  25. ^ Rorres, Chris. “The Golden Crown: Galileo's Balance” (英語). ドレクセル大学. 2009年3月24日閲覧。
  26. ^ 斉藤憲. “『よみがえる天才アルキメデス』のページ” (日本語). 大阪府立大学人間社会学部. 2010年7月10日閲覧。
  27. ^ Casson, Lionel (1971年). Ships and Seamanship in the Ancient World. Princeton University Press. ISBN 0691035369. 
  28. ^ Dalley, Stephanie. Oleson, John Peter. “Sennacherib, Archimedes, and the Water Screw: The Context of Invention in the Ancient World” (英語). Technology and Culture Volume 44, Number 1, January 2003 (PDF). 2007年7月23日閲覧。
  29. ^ Rorres, Chris. “Archimedes screw - Optimal Design” (英語). Courant Institute of Mathematical Sciences. 2007年7月23日閲覧。
  30. ^ Watch an animation of an Archimedes screw” (英語). Wikimedia Commons. 2007年7月23日閲覧。
  31. ^ ねじの歴史
  32. ^ Rorres, Chris. “Archimedes' Claw - Illustrations and Animations - a range of possible designs for the claw” (英語). クーラン数理科学研究所. 2007年7月23日閲覧。
  33. ^ Carroll, Bradley W. “Archimedes' Claw - watch an animation” (英語). Weber State University. 2007年8月12日閲覧。
  34. ^ Hippias, 2 (cf. ガレノス, On temperaments 3.2, who mentions pyreia, "torches"); トラレスのアンテミオス, On miraculous engines 153 [Westerman].
  35. ^ ジョン・ウェスレー. “A Compendium of Natural Philosophy (1810) Chapter XII, Burning Glasses” (英語). Online text at Wesley Center for Applied Theology. 2007年9月14日閲覧。
  36. ^ Archimedes' Weapon” (英語). タイム誌 (1973年11月26日). 2007年8月12日閲覧。
  37. ^ 怪しい伝説実験ハイライト映像 鏡と太陽の光で船が炎上?” (日本語). Discovery Channel Japan. 2010年7月3日閲覧。
  38. ^ Rorres, Chris. “The Law of the Lever According to Archimedes” (英語). クーラン数理科学研究所. 2010年3月20日閲覧。
  39. ^ Clagett, Marshall. Greek Science in Antiquity. Dover Publications. ISBN 0486419738. 
  40. ^ パップス『Synagoge』, Book VIII、引用部分
  41. ^ Dougherty, F. C.; Macari, J.; Okamoto, C.. “Pulleys” (英語). 女性科学者の会(en). 2007年7月23日閲覧。
  42. ^ Ancient Greek Scientists: Hero of Alexandria” (英語). テッサロニキ科学博物館(Technology Museum of Thessaloniki). 2007年9月14日閲覧。
  43. ^ a b c d マルクス・トゥッリウス・キケロ、岡道夫訳. “古代の機械と音楽 アルキメデスのプラネタリウム、キケロ著「国家について」岡道夫訳『キケロー選集』岩波書店、第8巻、p23-24引用部分” (日本語). 東京大学駒場博物館. 2010年7月3日閲覧。
  44. ^ マルクス・トゥッリウス・キケロ. “De re publica 1.xiv §21” (英語). thelatinlibrary.com. 2007年7月23日閲覧。
  45. ^ マルクス・トゥッリウス・キケロ. “De re publica Complete e-text in English from Gutenberg.org” (英語). プロジェクト・グーテンベルク. 2007年9月18日閲覧。
  46. ^ Rorres, Chris. “Spheres and Planetaria” (英語). クーラン数理科学研究所. 2007年7月23日閲覧。
  47. ^ Ancient Moon 'computer' revisited” (英語). BBC News (2006年11月29日). 2007年7月23日閲覧。
  48. ^ 野崎昭弘; 何森仁; 伊藤潤一; 小沢健一 『微分・積分の意味がわかる』 ベレ出版〈数学の風景が見える〉、2000年ISBN 4939076490 
  49. ^ プルタルコス. “対比列伝” (英語). fulltextarchive.com. 2009年8月10日閲覧。
  50. ^ 小山哲也. “アルキメデスに倣って円周率を計算する (PDF)” (日本語). 広島工業大学工学部. 2010年7月3日閲覧。
  51. ^ 井上淳. “微分積分学第一 1類M組第2回講義内容 (PDF)” (英語). 東京工業大学大学院理工学研究科 数学専攻. 2010年7月3日閲覧。
  52. ^ R.W. Kaye. “Archimedean ordered fields” (英語). web.mat.bham.ac.uk. 2009年11月7日閲覧。
  53. ^ Quoted in T. L. Heath, Works of Archimedes, Dover Publications, ISBN 0-486-42084-1.
  54. ^ a b c d e 奥山洋士. “求績のはなし (PDF)” (日本語). 筑波大学大学院教育研究科. 2010年7月3日閲覧。
  55. ^ a b English translation of The Sand Reckoner” (英語). ウォータールー大学. 2007年7月23日閲覧。
  56. ^ Friedlander, Jay and Williams, Dave. “Oblique view of Archimedes crater on the Moon” (英語). NASA. 2007年9月13日閲覧。
  57. ^ Planetary Data System” (英語). NASA. 2007年9月13日閲覧。
  58. ^ Fields Medal” (英語). 国際数学連合. 2007年7月23日閲覧。
  59. ^ Rorres, Chris. “Stamps of Archimedes” (英語). Courant Institute of Mathematical Sciences. 2007年8月25日閲覧。
  60. ^ Wilson,NigelGuy (2006), Encyclopedia of ancient Greece, Routledge, p. 77, ISBN 9780415973342 
  61. ^ Editions of Archimedes' Work” (英語). ブラウン大学図書館. 2007年7月23日閲覧。
  62. ^ Van Helden, Al. “The Galileo Project: Hydrostatic Balance” (英語). ライス大学. 2007年9月14日閲覧。
  63. ^ Heath,T.L.. “The Works of Archimedes (1897). The unabridged work in PDF form (19 MB)” (英語). インターネット・アーカイブ. 2007年10月14日閲覧。
  64. ^ a b c d アルキメデス『著作集』 (PDF)” (日本語). 京都外国語大学附属図書館. 2010年7月3日閲覧。
  65. ^ 中村滋. “数学史の窓から 古代ギリシアの数学者たちの新しい姿 (PDF)” (日本語). 学習院大学. 2010年7月3日閲覧。
  66. ^ a b c d e f Archimedes; 佐藤徹 『アルキメデス方法』2巻 東海大学出版会〈東海大学古典叢書〉、1990年ISBN 4486011023 
  67. ^ 大峰巌. “課題20081112” (日本語). 名古屋大学理論化学研究室. 2010年7月3日閲覧。
  68. ^ 伊東俊太郎 『アルキメデス』 朝日出版社〈科学の名著〉、1981年ISBN 425581029X 
  69. ^ Kolata, Gina (2003年12月14日). “In Archimedes' Puzzle, a New Eureka Moment” (英語). ニューヨーク・タイムズ. 2007年7月23日閲覧。
  70. ^ Ed Pegg Jr. (2003年11月17日). “The Loculus of Archimedes, Solved” (英語). アメリカ数学協会(en). 2008年5月18日閲覧。
  71. ^ Rorres, Chris. “Archimedes' Stomachion” (英語). Courant Institute of Mathematical Sciences. 2007年9月14日閲覧。
  72. ^ Graeco Roman Puzzles” (英語). Gianni A. Sarcone and Marie J. Waeber. 2008年5月9日閲覧。
  73. ^ a b 松原望. “牛の問題” (日本語). 2010年7月3日閲覧。
  74. ^ B. Krumbiegel, A. Amthor, Das Problema Bovinum des Archimedes, Historisch-literarische Abteilung der Zeitschrift Für Mathematik und Physik 25 (1880) 121-136, 153-171.
  75. ^ Calkins, Keith G. “Archimedes' Problema Bovinum” (英語). Andrews University. 2007年9月14日閲覧。
  76. ^ 共通科目のための読書案内” (日本語). 愛知教育大学附属図書館. 2010年7月3日閲覧。
  77. ^ Miller, Mary K. (2007年3月). “Reading Between the Lines” (英語). スミソニアン・マガジン(en). 2008年1月24日閲覧。
  78. ^ Rare work by Archimedes sells for $2 million” (英語). CNN (1998年10月29日). 2008年1月15日閲覧。
  79. ^ X-rays reveal Archimedes' secrets” (英語). BBC News (2006年8月2日). 2007年7月23日閲覧。
  80. ^ Archimedes' Book of Lemmas” (英語). cut-the-knot. 2007年8月7日閲覧。
  81. ^ O'Connor, J.J. and Robertson, E.F. (1999年4月). “Heron of Alexandria” (英語). セント・アンドルーズ大学. 2010年2月17日閲覧。


「アルキメデス」の続きの解説一覧





アルキメデスと同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

アルキメデスに関係した商品

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「アルキメデス」の関連用語

アルキメデスのお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す




アルキメデスのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアルキメデス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2014 Weblio RSS