アナイス・ニン アナイス・ニンの概要

アナイス・ニン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/11/14 05:55 UTC 版)

アナイス・ニン、1970年代

最初の夫は銀行家であり芸術家でもあるヒュー・パーカー・ギラー (1898-1985)であり、1923年3月に20歳の若さで結婚した。1955年にルパート・ポールとも結婚したがギラーとの結婚は続けていた。ポールは森林監督官であり、建築家フランク・ロイド・ライトの継孫でもあった。ギラーが死んだ1985年以降に、ポールによってニンの日記の無修正版が出版された[1]

伝記

アナイス・ニンはフランスのヌイイで両親ともに芸術家の家に生まれた。父親のホアキン・ニンキューバ[2][3]で、ピアニストかつ作曲家であった。母親のローサ・クルメル[4]もキューバ人で、フランス人とデンマーク人を祖先に持つ声楽家で、父親はハバナのデンマーク領事だった。父方の曽祖父はフランス革命のときにフランスを逃れ、初めにハイチ、続いてニューオーリンズに、最後はキューバに移り住み、キューバで最初の鉄道建設に貢献した。[5]両親が離婚すると、ニンの母親はアナイス・ニンと2人の息子トラバルド・ニンおよびホアキン・ニン=クルメルを連れてバルセロナからニューヨークに移住した。ニンの日記『第1巻、1931年-1934年』によると16歳の時に公式な勉学は捨てて、絵画モデルとして働き始めた。

1923年3月3日、キューバのハバナでギラーと結婚した(ギラーは1940年代にイアン・ヒューゴという名前で実験映画の制作者となる)。2人は翌年パリに移動し、ギラーは銀行業務の経験を積み、ニンは書くことへの興味を追求し始めた。ニンの作品で最初に出版されたものはD・H・ローレンスの評論『D・H・ローレンス:専門外の研究』であった。また心理療法の分野でも探求を初め、ジークムント・フロイトの弟子であるオットー・ランクなどを研究した。ニンの日記『第1巻、1931年-1934年』によると、パリにいる時にヘンリー・ミラーとボヘミアンな生活を送ったという。この編集された日記には夫に関する記述が無い。1939年、ニンとギラーはニューヨーク市に戻った。ニンはケネス・アンガーの映画『娯楽施設の落成』にアスタルト役で、マヤ・ディーレンの映画『変貌した時間の儀式』、および『アトランティスの鐘』に出演した。最後の映画は夫のギラー(ヒューゴ)が製作し、音楽はルイス&ベーブ・バロンの電子音楽だった。

ニンは1955年3月17日アリゾナ州クォーツサイトでルパート・ポールとの結婚に入り、2人でカリフォルニア州で生活した[6]。ギラーはニューヨーク市に留まっており、ニンが死ぬ1977年までこの結婚のことを知らなかった。ニンは創造的刺激を受けた作家としてしばしばジューナ・バーンズとD・H・ローレンスの名前を挙げていた。その日記第1巻では、ニンとヘンリー・ミラーがマルセル・プルーストアンドレ・ジッドジャン・コクトーポール・ヴァレリーおよびアルチュール・ランボーから刺激を受けたという。

日記

ニンは日記作者としておそらく最も良く知られている。その日記は数十年の期間に及び、その私的生活と関係者について深く探求する洞察力を備えたものである。多くの著名な作家、芸術家、心理分析家などと知り合い、時には極めて親密になった。その日記ではこれらの人物を深く分析しあけすけに表現している。さらに主に男性の著名人について表現する女性作家として、対抗する見方としての重要度を評価された。

日記を書き始めたのは、11歳で母と兄弟とともにアメリカへ渡る船上だった。家族を捨てた父親に自分の身の上を伝えたいという願いからだった。スペイン旧家出身の音楽家である父とのヨーロッパでの暮らしは華やかで優雅なものであったため、それらを失ったニューヨークでの新生活はアナイスにとっては寂しいものだった。フランス語で書く日記は、自分たちの消息を父に語ると同時に、異国の地で暮らすアナイスの心の支えにもなった。次第に日記を書くことに夢中になり、日々の様子だけでなく、心の内や、創作した物語など、あらゆるものを日記に書いていった。その熱中ぶりに、ヘンリー・ミラーは、日記によってアナイスの創作力が枯れてしまうのではないかと心配したほどだった。[7]


  1. ^ http://www.latimes.com/news/obituaries/la-me-pole26jul26,0,7114784.story?coll=la-home-headlines
  2. ^ [1] "Her Cuban father was a celebrated pianist and composer"
  3. ^ [2] "Joaquin Nin, a prominent Cuban pianist and composer"
  4. ^ [3]
  5. ^ Diaries, Volume 1, 1931 - 1934
  6. ^ Bair biography, 1995 and IMDB.
  7. ^ 「アナイス・ニンの日記について」木村淳子 北海道武蔵女子短期大学紀要 4, 七四-九一, 1971-10-01
  8. ^ http://www.geocities.com/arsenio_grilo/a_nin_1.html


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