お召し列車
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世界各国のお召し列車
日本以外の各国でも、王室が存在する国には、日本のような「お召し列車」が運転されることがあり、イギリスでは「ロイヤルトレイン」 (Royal Train) と呼ばれる列車が運転されることがある。
イギリス以外にも、オランダやノルウェーのように、王室が存在する国においては、王室専用客車(御料車)が用意されているが、その扱いは控車まで含め専用客車が用意され、目的によって色々組み合わせ1編成とするもの(イギリス、ノルウェー)から、基本的に1両で構成され、通常の客車を前後に控車として連結し運用されるもの(オランダ)など様々である。タイ王国では王室専用駅も設置されている。
ロシア、オーストリア、中国など、帝政を廃止した国々においても、かつて帝室や王室が存在した当時にはお召し列車に相当する列車が運行されていた。中でも清朝の西太后が北京から奉天(現在の瀋陽)へ向かう際に乗車したお召し列車は、16両編成というその規模や、150人の料理人を乗せ狭い客車内にかまどを左右25基、計50基も据えさせたこと、合計100皿にもおよぶ彼女の食事の度に長時間停車して他の列車を止めさせたことなど、エピソードにこと欠かない。
こうしたお召し列車に使用された御料車や貴賓車は、今でもその国や、かつてその国の植民地だった国の鉄道博物館に残っていることがある。もっとも西太后のお召し列車に使用された御料車は、彼女の死後は張作霖の専用列車に使用されていたが、爆殺事件の際に彼ごと関東軍に爆破されたので現存しないとされている[39]。
また2010年時点、オーストリアでは、オーストリア・ハンガリー二重帝国時代に運行されていた皇帝フランツ・ヨーゼフのお召し列車の内装などを参考にした皇帝列車 (MAJESTIC IMPERATOR TRAIN) という名の一般の観光客向け企画列車が走っている。
なお、君主制から共和制に移行した国であっても、独裁者が国政を牛耳るような政治体制になった場合はしばしば似たような性格の鉄道車両が元首の命により整備され運行される。ヒトラーの「アメリカ号」のほか、中華民国の蔣介石も総統専用列車を有していた(日本の台湾統治時代から残された皇室用貴賓車の転用)。ソビエト連邦のスターリン、中華人民共和国の毛沢東も国内の移動に専用客車を利用していた。
朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者(金日成、金正日、金正恩)も特別列車(朝鮮民主主義人民共和国最高指導者専用列車)を所有し、旅客機での移動を嫌うために、その列車で数度、中華人民共和国やソ連(後にロシア連邦)を訪問していた。
韓国においても、「トレイン1」と呼ばれる大統領専用のKTXが設定されている。当初は存在が非公開だったが、2011年2月11日に光明駅付近で脱線事故が発生。その事故を起こした列車が、偶然にも大統領専用車両を組み込んだ編成ということで存在が広く知られた[40]。なお、一般列車として運行する場合は大統領専用車両は締め切り扱いとなっている。2017年12月19日、文在寅大統領が京江線に試乗した際、初めて車内が一般に公開された。また、セマウル号仕様の大統領専用編成(景福号)も存在する。
アメリカ合衆国では第32代大統領フランクリン・ルーズベルトが国内移動に専用列車が必要と判断し、フェルディナンド・マゼラン号(Ferdinand Magellan (railcar))が1942年より導入された。ルーズベルトの死後次代大統領に就任したハリー・S・トルーマンは1948年の大統領選で専用列車で各地を遊説し、場所によっては駅間で列車を停めて列車の上から遊説するなどした結果、圧倒的に優位に立っていたトマス・E・デューイ候補を破って再選を果たした。それにあやかって旅客鉄道輸送が殆ど廃れた現代でも大統領が列車で遊説する例が見られる[41]。マゼラン号は現在フロリダ州の ゴールドコースト鉄道博物館(Gold Coast Railroad Museum)に保存されている。
ウクライナには大統領専用列車があり、国内での移動に利用されているが、外観は通常の車両と同等であるため外部から見分けがつかないという[42]。
- ^ a b c 原武史:【歴史のダイヤグラム】幻の車両、運行は2度だけ『朝日新聞』土曜朝刊別刷り「be」2019年10月5日4面(2020年7月19日閲覧)
- ^ a b 原武史:【歴史のダイヤグラム】「生き神」に近づく思いは『朝日新聞』土曜朝刊別刷り「be」2021年4月3日4面(2021年4月11日閲覧)
- ^ 通勤電車を「お召し列車に」TX ヘッドマークを展示/天皇在位30年を記念し秋葉原駅で『毎日新聞』朝刊2019年2月24日(東京面)2019年2月25日閲覧
- ^ 塗色については製造時は同型機と同様のぶどう色2号であったが、61号機は1966年のお召し列車運転直前の検査時から一号編成の塗色(暗紅色・溜色〈ためいろ〉)に合わせた塗色に変えられた。大宮工場で調色したぶどう色2号を基に赤を混ぜて調色した特別色。
- ^ 2023年5月31日付で除籍済み。
- ^ 近鉄では2020年(令和2年)に80000系「ひのとり」が登場したが、80000系の登場以降も引き続き50000系が使用されている。
- ^ 両車とも2010年10月22日に廃車済み。
- ^ それぞれ2021年6月18日、2014年5月13日、2023年1月14日に廃車済み。
- ^ ただし現在のJR東日本では列車の運行管理をコンピュータシステムで行うので、お召し列車にも下りは9001、上りは9002という列車番号が充てられることがあるが、必ずしもそうであるわけではない。
- ^ 白土 貞夫「天皇がご宿泊になった貨物駅 -総武本線新生駅-」『鉄道ピクトリアル』No.808(2008年9月、電気車研究会)pp.67-71
- ^ 原宿駅については接続する山手貨物線が埼京線・湘南新宿ライン等旅客列車の増発でダイヤが過密化し、専用列車の設定が難しくなったという事情もあり、2000年代以降、関東地区発着の在来線お召し列車は、皇居に近く線路容量に余裕のある東京駅を始発としている。
- ^ 進士 友貞『国鉄最後のダイヤ改正 -JRスタートへのドキュメント-』(交通新聞社)pp.290-292
- ^ 1950年(昭和25年)3月から1961年(昭和36年)頃まで東京駅発で運転する場合は「つばめ」(9時発)を指導列車の代わりとし、その10分後を特急に準じたダイヤで運行していた。同様に2008年(平成20年)11月12日の上野駅発土浦駅行でも「スーパーひたち15号」の後を追う形でE655系「なごみ」が運転された。
- ^ 「両陛下、下田へ」『朝日新聞』昭和51年(1976年)2月3日12版22面
- ^ 『鉄道ジャーナル』1993年8月号 p.146
- ^ 交友社『鉄道ファン』通巻428号 1996年12月号 P.118
- ^ 国外要人乗車の際は戦前は国旗を掲げて運転されていたが、戦後は国旗取り付けを行っていなかった。
- ^ 交友社『鉄道ファン』通巻484号 2001年8月号 P.182
- ^ a b 『RAIL FAN』第49巻第8号、鉄道友の会、2002年8月1日、16-17頁。
- ^ “両陛下、スペイン国王とお召し列車でつくば市をご訪問”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2008年11月12日). オリジナルの2009年2月10日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b 『鉄道ファン』2009年1月号 pp.83
- ^ “「お召し列車」で移動 鳥取訪問の両陛下(動画あり)”. 47NEWS (よんななニュース) (2011年10月31日). 2012年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年11月3日閲覧。
- ^ “お召し列車、10年ぶりに中央線を走行-鉄道ファンら詰めかける”. 八王子経済新聞 (2011年11月14日). 2011年11月17日閲覧。
- ^ “【JR東】E2系N編成使用のお召列車運転”. Rail Magazine RM News (2012年7月10日). 2012年7月25日閲覧。
- ^ “お召し列車に鉄道ファン興奮 天皇、皇后両陛下の茨城県ご訪問で運行”. 『産経新聞』 (2017年11月28日). 2017年11月30日閲覧。
- ^ “近鉄でお召列車運転”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2019年3月27日). 2019年4月19日閲覧。
- ^ “近鉄名古屋線・山田線でお召列車運転”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2019年4月18日). 2019年4月19日閲覧。
- ^ “両陛下、茨城へ お召し列車が令和初「特別車両」連結で常磐線を走る E655系電車「和」”. 乗りものニュース. メディア・ヴァーグ (2019年9月28日). 2019年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月10日閲覧。
- ^ “近鉄名古屋線・山田線でお召列車運転”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2019年11月22日). 2019年12月14日閲覧。
- ^ 天皇は岡山県の宇野港から横須賀港までは軍艦で移動し、横須賀駅から東京駅までお召し列車を利用した。
- ^ 「御召列車脱線」『東京日日新聞』 明治44年11月19日『新聞集成明治編年史. 第十四卷』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『朝日新聞』連載記事。同社より出版の単行本『国鉄物語』に収録。
- ^ 初出は「お召列車、後退せず」の題で、1967年講談社『別冊小説現代』第2巻第1号(1967年1月15日発売、新春特別号)pp.218-243。
- ^ 明治41年11月18日舞子駅
- ^ 「聖上御乗の宮廷列車動かず」『東京朝日新聞』明治41年11月19日『新聞集成明治編年史. 第十三卷』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 原武史:【歴史のダイヤグラム】運行は極秘、シェルターも『朝日新聞』土曜朝刊別刷り「be」2019年11月2日4面(2020年11月9日閲覧)
- ^ 原武史:【歴史のダイヤグラム】戦後初めての御召列車『朝日新聞』土曜朝刊別刷り「be」2021年12月18日4面(同日閲覧)
- ^ 「鉄道ピクトリアル」1972年10月号 お召列車100年 星山一男著
- ^ 一部が上海でレストランに転用されているとの説もある
- ^ 時代錯誤の韓国大統領専用列車 Archived 2011年9月12日, at the Wayback Machine. 朝日将軍の執務室 2011年2月16日(『朝鮮日報』2011年2月15日からの記事引用)
- ^ 「オバマ米次期大統領、遊説しながら列車でワシントンへ 」ロイター(2009年1月18日付記事)
- ^ “鋭い目つきのゼレンスキー氏、水も飲まず語り続けた58分…列車の一時停車中には物売りが接近”. 読売新聞オンライン (2023年3月25日). 2023年3月25日閲覧。
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