「電気」産業への価格圧力やソフトウエア圧力

 実は近隣の「電気」産業、重電や白物家電などでも、価格圧力やソフトウエア圧力は、「電子」製品ほど大きくはない。実際、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの白物家電は、純粋の「電子」機器に比べると、平均単価が安定している [小板橋ほか、「白物家電ウオーズ」、『日経ビジネス』、2013年4月15日号、pp.58-65]。

 発電機やモーターなどは「機械」を多く含んでいる。白物家電のほとんどがモーターを内蔵しており、その性能のすべてを集積回路やソフトウエアに依存しているわけではない。

 このため重電や白物家電などの電気産業は日本でも、電子産業ほどには落ち込んでいない。これを象徴するのが、日立製作所や三菱電機などの業績回復パターンである。両社は電子部門を切り捨てることによって業績を回復した。

 ただし世界全体で見れば、「電気」が「電子」より高成長というわけではない。いま伸び盛りなのはモバイル機器という、まぎれもない電子製品だ。集積回路を多用するプログラム内蔵方式システムである。価格圧力とソフトウエア圧力は、たっぷりと加わっている。それにもかかわらずモバイル機器は、世界全体では成長を続けている。電子産業の衰退は日本特有の現象である。

電子化の例外──スイスの機械式腕時計は劇的に復活

 他産業としてもう一例、腕時計産業に触れておきたい。腕時計産業は電子化・デジタル化における例外である。

 1970年代、電子化で先行した日本と米国が腕時計の世界市場を席巻する。しかしその後、香港製や中国製の安価な腕時計が世界市場を支配していく。電子化によって安価なコモディティとなった製品の宿命だ。

 スイス時計業界は壊滅的な打撃を受ける。スイス国内の時計企業の半数が倒産、時計産業の従業者数は1970年の9万人から1984年には3万3000人に減少する [「スイス時計産業の世界戦略」、『ユーロトレンド』、ジェトロ、2012年9月]。

 ところが2012年の状況は違う。スイスは世界一の腕時計輸出国に復活し、228億ドルを稼ぎ出している。その輸出金額の4分の3は機械式による。金額ベースでの時計輸出国の2位は香港で100億ドル。1位スイスの半分にも達しない。3位は中国で、日本は5位以内には登場しない。数量ベースでは1位中国、2位香港、3位スイスである。日本はここでも5位以内には登場しない。

 輸出単価は、中国の3ドル、香港の19ドルに対し、スイスは739ドルである。機械式の比重の高いことが、スイス腕時計の輸出単価が高い理由である。以上のデータはいずれもスイス時計協会の調査資料による。

 実用品からファッション製品へ腕時計のあり方をシフトすること、これにスイスの腕時計業界は成功した。1990年代の後半には高級化路線に向かい、巧みなブランド・マネジメントを展開する [柴田、『モジュール・ダイナミクス』、白桃書房、2008年、pp.36-39]。こうして一度電子化された腕時計市場の主流が、金額では機械式に戻る。そしてスイス腕時計産業が大規模な復活を遂げる。

 超高級ブランド品では欧州にかなわない。クルマ、アパレル、オーディオ、そして腕時計、どの分野でも日本製品の状況は同じだ。一方、数の出るコモディティ製品では価格競争力がない。これまた日本製品の現状だろう。日本製品は付加価値をどこに求めるか。腕時計産業における日本製品の苦境の構造は、腕時計に限らない。